ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第53話 退屈

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「こいつら、今日は随分と苛立ってんな」

 どこかから仄かに聞こえる騒音に耳を傾けながら、気だるげな様子で賭場の見張りをしている河童が言った。それもその筈である。夜通しの馬鹿騒ぎと聞いてテンションを上げていたにも拘らず、なぜか自分はこうして地下で暗逢者の世話をさせられているのだから。

「やかましいねん、はよ動けやアホ。餌やり遅れて文句言われるの俺らやぞ」

 由来はあまり言及したくない肉片を、檻の前で暗逢者にぶん投げながら相方が注意する。だらごだけではなく、翼を持った鳥に似た種や蛇のような姿を種もいた。これら大量の暗逢者たちは、この賭場で開かれるパーティーの見世物として大人気である。闘犬の如く戦わせるのは勿論の事、どこかから拉致してきた民間人を追いかけ回させ、何分逃げ延びられるかといった様々な賭け事に用いられるのだ。

 頑丈な檻やアクリルケースは、彼らの膂力を良く知る者達によって設計された特注品だから危険も少ない。それに、万が一逃げそうになっている場合に備えて”助っ人”もいる。

「コロス…コロス…」
「ドコダ…ヤツ…ドコダ…!!」

 暗逢者達は口々に簡単な言葉を吐く。まだ正気を保っていた頃の名残だろうか。

「聞いた事あるんやけどな」

 相方の見張りが言った。

「こいつら、とある人間がいる時とそうやない時で凶暴さが変わるらしいで」
「え、マジ ? 誰だよ」
「噂だけやからよう知らんのやけどな。なんかそいつを見ると、他の獲物を無視して襲いよるらしいわ。名前なんて言うたっけ ? 確か、霧島―――」

 相方がそう言いかけた時である。地下の照明が消え、隣に居た仕事仲間の顔や輪郭さえ見えなくなる。狼狽えかけた直後、隣から呻き声と何かが床に倒れる後が響く。安っぽい運動靴に何かが付いた気がした。血の匂いが鼻に入り、暗逢者たちのどう猛な声がさらに強さを増していく。視界以外の全ての感覚が異常を察知する中、見張りの河童は逃げ出そうとしたが背後から飛び掛かられ、首に何かを巻きつけられる。息が入ってこない苦しさは僅かの出来事であり、間もなく首に激しい捻りが加えられた。

「うしっ、終わり」

 緊急用の予備電源が付いた地下では、河童の首を捻って始末した龍人が一安心していた。隣には相方の見張りを殺害したレイもいる。

「お優しい殺り方やな」

 死体を足で踏みながらレイが龍人を見る。

「印結んで武器出すの結構面倒なんだ。それよりどうすんだこっから」
「そこは問題あらへん、こっちや」

 暗逢者がやかましい中を通り抜け、彼女が案内する先には頑丈そうなエレベーターが待ち構えている。ボタンを押すとLEDのライトで照らされた室内が出迎えてくれる、至って普通のエレベーターであった。

「ホテルやった場所を賭場に変えた時に作ったっちゅう、最上階への直通やねん。しかもごっつ速い」

 中へ入ってからレイが説明をする。確かに使えそうなボタンはこの地下と一階から四階までの賭場エリア、そして最上階だけである。それ以外は皆テープで塞がれていた。

「でも何で最上階に ? 泊まれる場所あんなら片っ端から漁ればいいだろ」

 目出し帽で顔の体温が上がるのが辛いせいか、ふうと息を吐いてから龍人が言った。

「最上階はVIPルームオンリーや。しかもこの時間はどんちゃん騒ぎのために客が全員出て行くから功影派の連中以外誰もおらん。好きなだけ入り放題、盗り放題。仮におったとしても全室が防音仕様。荒事になろうが気にも留めんで」
「いや功影派はいたらマズいだろ…」
「あいつらのおる部屋は扉からして一発で分かるくらい派手な上に奥の方やからな。逆に言えば、そこ以外を漁ればええ。ぎょうさん金持ってる連中だらけや。現金だろうがバッグだろうが服だろうが、何でもや。下手したら適当に放ってる腕時計一個でも当分遊べる額になるで」

 お面を付けたまま、背伸びをしてからストレッチをレイはし始める。到着した時もそうだが、かなり高い建築物であり、最上階まではもう少しかかりそうだった。

「やけに詳しいなお前」
「功影派のボスがな。ウチの兄貴やねん。家から出て行った後の事は知らんけど、子供ん頃よく遊びに連れてきてくれたんや。まっ、度胸あるんなら直接聞いてみればええんやないか ? 出来るもんならやけど」
「やめとこう。盗み聞きぐらいはするかもしれんが」
「それがええ。少なくとも、用心棒兼スポンサーもおるやろうし、真正面から探り入れるんは得策やない。このエレベーターも、暗逢者が暴れた時にそいつが直行できるようにするためや」

 用心棒とやらは誰の事を言ってるのか、龍人には何となく察しがついていた。やがてエレベーターが止まり、二人は静かに開いた扉から顔を覗かせる。静寂だった。

「裂田亜弐香ねえ…」

 一体どんな怪物なのやら。怖いもの見たさに近い期待感と、出来れば合わずに過ごしたいという緊張が入り混じったまま廊下に出ると、レイが軽く肩を叩いてきた。

「これ、やっとく」

 小声でそう言って渡されたのは、最上階の簡単な見取り図であった。自分達がいる地点から右に曲がり、更に奥の方へ行った突き当りに功影派専用の部屋があるらしい。

「ウチは連中に興味ないし、ぶっちゃけ会いたくないし。アンタは好きに動いてええで。その代わりに金目のモンはぜ~んぶ、頂くけどな。ただ見張りが二人ぐらい立ってるやろうから、行くんなら気ぃ付けた方がええで」

 フフと笑ってから、レイはそのまま反対側の通路へ歩いていく。忍び足が上手いのか、一切物音が立っていない。流石であった。

「さて、どうするかね」

 一瞬迷った龍人だが、近くにあっためぼしい部屋の入り口へと近づく。そして印を結んで刀を出現させると、ドアに突き刺して下半分に小さく切り込みを入れる。その部分を軽く部屋の方へ倒すと簡単に穴が開いた。

「よいしょっと…うひゃ~、不用心の極みだなこりゃ」

 慎重に部屋へ入り込んだ龍人だが、荷物や衣服が散乱しており、中々好き勝手に使うタイプの客がいた事を察知した。誰も来ないと思っていたのだろうか、財布や飲みかけの酒なども散乱している。酒と言ってもかなりの上物である。

「下品な事する金持ちってのは見るに堪えんぜ。お仕置きしてやるか」

 そうして物色をして現金とクレジットカードを漁っていた時、ある事を思いついた。扉を斬って入って来たのだから、それと同じ要領で壁も斬っていけば、見張りに勘づかれずに功影派が陣取っている部屋の近くまで行けるではないか。直接会うのは別の機会、まずは声や話だけでもいいから相手の情報を探る必要がある。

 見取り図を確認すると、このまま隣の部屋を次々に移動していけば、功影派のいるとされている場所の隣までなら行く事が出来る。後は道中を目撃されない事を祈るばかりであった。そんな風にして龍人がそのまま次の一手に出ようとしていた頃、功影派が陣取るVIPルームでは、悲鳴が上がっていた。派手な二枚扉の両隣に立っていた見張り達も、辛うじてくぐもって聞こえて来る小さな音を耳にして眉をひそめる。

 部屋の中央には翼を引き千切られた兼智が苦痛に喘ぎ、そんな彼を尻目にして血だらけになった手をハンカチで拭いている一匹の鬼がいた。デカい。かなりの高さがある部屋の天井にさえ届きそうな背丈であり、青い肌と二本の豪快な角が目立つ。長髪を後ろでポニーテールの様に縛っているが、何より啞然とさせるのはグレーのパンツやワイシャツの上からでも分かる圧倒的な筋肉である。

「ハァ…」

 後ろで悲鳴を上げている兼智の姿には目もくれず、中性的な端麗な顔立ちをしているその鬼は溜息をついた。息と共に微かに漏れ聞こえた声は、その体躯から想像出来るよりも高い女性の声である。

「随分お疲れやな裂田」

 奥に座って兼智の様子を見ている化け猫が言った。こちらはフォーマルさとは無縁の、いかついレザーのジャケットと赤いタンクトップが似合う獰猛そうな顔つきをした雄だった。功影派首領、渓村籠樹である。

「疲れてないよ。でも思ってたよりつまんなかった…ふあ」

 ”お仕置き”を任されていた裂田が欠伸をする。そして部屋の片隅にあった自分専用のソファにどっかりと腰を下ろし、まるでスポーツドリンクでも飲むかのようにジンのボトルを開けてがぶ飲みし出した。

「さて…兼智くん。しくじっちゃったねえ、君は」

 改めて兼智を睨みつけながら、籠樹は言い放った。
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