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参ノ章:激突
第75話 やる気
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「よう、俺だ。無事に着いたぜ」
タンクトップと軍用のズボンを纏った姿で、弥助は携帯越しに佐那へ声を聞かせる。スコットランドとは違い、仁豪町は清々しい程の白昼であった。
「それは良かった。龍人には会った ?」
「おう。中々骨のあるチビだ。今はコイツの知り合いらしい連中の職場にお邪魔中だよ」
「龍人の ? どうして ?」
「いやね。鍛えるにしても広い場所が欲しくなったからな。鮎沼工業だったか ? 悪くない場所だ」
弥助の話を聞きながら、佐那は帰りたがっているワトソンに手を振り、彼の車が消え失せるのを確認してから自分の停めている車の方へ歩き出す。乗せて行ってもらえばよかったのかもしれないが、車のボディだけでなく内装まで汚れる可能性がある事をワトソンは承知しないだろう。自分も少し新鮮な空気が吸いたかった。
「好きなだけしごいて良いわよ。あの子なら多少は耐えられる」
「言われなくともさ。それに…話に聞いていた裂田亜弐香にも出くわした」
「…何ですって ?」
「幸い、挨拶だけで殺し合いにはならなかったがな…ありゃあかなり強いぞ」
「ええ。だからあなたを助っ人に呼んだの。万が一、何かあった時はお願いするわ」
「分かったよ、じゃあな。ついでにお土産頼むぜ」
電話を切った後、龍人と弥助が余計な騒ぎに巻き込まれないか僅かばかり不安になっていた佐那だが、すぐに調子を取り戻したらしく早足で動き出した。あの二人ならば些細な事では死なないだろう。最悪の場合、仕事の合間を縫って少し顔を出してしまえばいい。それよりすぐに滞在拠点のホテルに戻る必要があった。土産に出来そうなスコットランドの名産品を調べたかったのだ。
――――電話を切り、弥助は自分の隣に居た龍人の方を見る。拳立てをしていた。だが、沈んだままの態勢を維持している背中には鉄板が乗せられ、更に変身を行っているムジナとキヨがいた。ムジナは体育座りのままでキヨを腕の腕力だけで抱え上げており、龍人には二匹の体重と分厚い鉄板の重さが圧し掛かっている。
「龍人。スピーカーにしてたんだが、今の話聞こえてたか ?」
「あ、ああ !…聞こえて…た」
「そうか。じゃあ余裕があるな…十五回追加だ、頑張れよ」
「ああああああ ! クソがああああ ! 言わなきゃよかったあああ!!」
もし聞こえてないとほざくのであれば二十回させる所であるが、わざわざ正直に答えた点からするに心の根っこは完全に曲がっているわけではない。それに、文句を言いながらもちゃんとトレーニングを行う。向上心さえ持てるようになれば、更に成長に期待が出来るだろう。腕を震わせながら拳立てを続行する龍人の姿を見て、弥助は頷きながら興味を示していた。
佐那から託された弥助の使命は、主にフィジカル面に関する強化であった。技術面と座学については佐那の方が指導者として向いているだろうが、根本的な肉体改造という部分については、米軍にも所属していた弥助の方が適任だと彼女は判断していたのだろう。何より、龍人を少し甘やかす節があるという、彼女自身の悩みによるところが大きかったらしい。
「よし、今日は終わりだ。明日は下半身を追い込むぞ。ムジナ、キヨ、どいてやれ」
「あ~終わった…」
弥助から許しを貰い、ムジナとキヨに鉄板をどかしてもらった龍人はそこで倒れ伏した。コツコツとした小石が背中に食い込み、砂が髪や汗を吸った服に纏わりついているだろうが知った事ではない。腕が震え、腹筋は力を入れているのかどうかさえ分からない程に感覚が麻痺している。
「おーおー、やってんなー」
声が聞こえた。芋虫の様に情けなく体をくねらせ、態勢を変えてから龍人は声のする方を見てみる。ビニール袋を携えた颯真が空から飛来し、銀色の翼をぎらつかせながら歩み寄って来た。
「ほい」
義翼の連結を解除してから、颯真は袋から出した缶のコーラを投げつける。水滴も付いておらず、冷え具合も悪くない事から近場で購入した物だろう。美味くキャッチできず腹にぶつかり、少しだけ唸る羽目になったが龍人はどうにか地面に転がり落ちた缶を手に取った。
「やべ…開かね…」
「開けたげる。てかコーラも良いけど、先に着替えた方が良いんじゃない ? 予定あるんでしょ ?」
「ああ…そうだった…」
トカゲの姿に戻ったキヨは、コーラを代わりに開けたついでに腕時計を覗き込んだが、何かに気付いたらしく龍人へ行動を促す。彼もまたハッとした様子で震えながら移動をしようとするが、砂まみれで生きる屍の如く動く姿は中々に無様であった。
「何かあんのか ?」
「弥助さん知らねえの ? 町内会でゴミ拾いのボランティアあんだよ。月一恒例」
颯真は弥助に言ってから、気合を入れるかの如くストレッチをし始める。学生時代によくやっていたと弥助は懐かしさを感じ、教え子にとっても自分にとってもちょうどいい気分転換が出来ると期待をした。少しして着替え終わった龍人が帰還し、事務所にいた夏奈の父に礼を言ってから鮎沼工業を立ち去る。だが出入口の門を通り過ぎた時、フェンスに寄り掛かっている鴉天狗の存在に一同は気づいた。
「おっ、ちゃんと来たな。サボる気なら探し出すつもりだったが」
「…おう…」
バツが悪そうにしているピンク色の羽毛の鴉天狗に、龍人はニヤつきながら話しかけた。
タンクトップと軍用のズボンを纏った姿で、弥助は携帯越しに佐那へ声を聞かせる。スコットランドとは違い、仁豪町は清々しい程の白昼であった。
「それは良かった。龍人には会った ?」
「おう。中々骨のあるチビだ。今はコイツの知り合いらしい連中の職場にお邪魔中だよ」
「龍人の ? どうして ?」
「いやね。鍛えるにしても広い場所が欲しくなったからな。鮎沼工業だったか ? 悪くない場所だ」
弥助の話を聞きながら、佐那は帰りたがっているワトソンに手を振り、彼の車が消え失せるのを確認してから自分の停めている車の方へ歩き出す。乗せて行ってもらえばよかったのかもしれないが、車のボディだけでなく内装まで汚れる可能性がある事をワトソンは承知しないだろう。自分も少し新鮮な空気が吸いたかった。
「好きなだけしごいて良いわよ。あの子なら多少は耐えられる」
「言われなくともさ。それに…話に聞いていた裂田亜弐香にも出くわした」
「…何ですって ?」
「幸い、挨拶だけで殺し合いにはならなかったがな…ありゃあかなり強いぞ」
「ええ。だからあなたを助っ人に呼んだの。万が一、何かあった時はお願いするわ」
「分かったよ、じゃあな。ついでにお土産頼むぜ」
電話を切った後、龍人と弥助が余計な騒ぎに巻き込まれないか僅かばかり不安になっていた佐那だが、すぐに調子を取り戻したらしく早足で動き出した。あの二人ならば些細な事では死なないだろう。最悪の場合、仕事の合間を縫って少し顔を出してしまえばいい。それよりすぐに滞在拠点のホテルに戻る必要があった。土産に出来そうなスコットランドの名産品を調べたかったのだ。
――――電話を切り、弥助は自分の隣に居た龍人の方を見る。拳立てをしていた。だが、沈んだままの態勢を維持している背中には鉄板が乗せられ、更に変身を行っているムジナとキヨがいた。ムジナは体育座りのままでキヨを腕の腕力だけで抱え上げており、龍人には二匹の体重と分厚い鉄板の重さが圧し掛かっている。
「龍人。スピーカーにしてたんだが、今の話聞こえてたか ?」
「あ、ああ !…聞こえて…た」
「そうか。じゃあ余裕があるな…十五回追加だ、頑張れよ」
「ああああああ ! クソがああああ ! 言わなきゃよかったあああ!!」
もし聞こえてないとほざくのであれば二十回させる所であるが、わざわざ正直に答えた点からするに心の根っこは完全に曲がっているわけではない。それに、文句を言いながらもちゃんとトレーニングを行う。向上心さえ持てるようになれば、更に成長に期待が出来るだろう。腕を震わせながら拳立てを続行する龍人の姿を見て、弥助は頷きながら興味を示していた。
佐那から託された弥助の使命は、主にフィジカル面に関する強化であった。技術面と座学については佐那の方が指導者として向いているだろうが、根本的な肉体改造という部分については、米軍にも所属していた弥助の方が適任だと彼女は判断していたのだろう。何より、龍人を少し甘やかす節があるという、彼女自身の悩みによるところが大きかったらしい。
「よし、今日は終わりだ。明日は下半身を追い込むぞ。ムジナ、キヨ、どいてやれ」
「あ~終わった…」
弥助から許しを貰い、ムジナとキヨに鉄板をどかしてもらった龍人はそこで倒れ伏した。コツコツとした小石が背中に食い込み、砂が髪や汗を吸った服に纏わりついているだろうが知った事ではない。腕が震え、腹筋は力を入れているのかどうかさえ分からない程に感覚が麻痺している。
「おーおー、やってんなー」
声が聞こえた。芋虫の様に情けなく体をくねらせ、態勢を変えてから龍人は声のする方を見てみる。ビニール袋を携えた颯真が空から飛来し、銀色の翼をぎらつかせながら歩み寄って来た。
「ほい」
義翼の連結を解除してから、颯真は袋から出した缶のコーラを投げつける。水滴も付いておらず、冷え具合も悪くない事から近場で購入した物だろう。美味くキャッチできず腹にぶつかり、少しだけ唸る羽目になったが龍人はどうにか地面に転がり落ちた缶を手に取った。
「やべ…開かね…」
「開けたげる。てかコーラも良いけど、先に着替えた方が良いんじゃない ? 予定あるんでしょ ?」
「ああ…そうだった…」
トカゲの姿に戻ったキヨは、コーラを代わりに開けたついでに腕時計を覗き込んだが、何かに気付いたらしく龍人へ行動を促す。彼もまたハッとした様子で震えながら移動をしようとするが、砂まみれで生きる屍の如く動く姿は中々に無様であった。
「何かあんのか ?」
「弥助さん知らねえの ? 町内会でゴミ拾いのボランティアあんだよ。月一恒例」
颯真は弥助に言ってから、気合を入れるかの如くストレッチをし始める。学生時代によくやっていたと弥助は懐かしさを感じ、教え子にとっても自分にとってもちょうどいい気分転換が出来ると期待をした。少しして着替え終わった龍人が帰還し、事務所にいた夏奈の父に礼を言ってから鮎沼工業を立ち去る。だが出入口の門を通り過ぎた時、フェンスに寄り掛かっている鴉天狗の存在に一同は気づいた。
「おっ、ちゃんと来たな。サボる気なら探し出すつもりだったが」
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バツが悪そうにしているピンク色の羽毛の鴉天狗に、龍人はニヤつきながら話しかけた。
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