ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第78話 ご褒美

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「いいか龍人。すき焼きってのは、まさに和洋折衷の神髄とも言える料理だ。俺も今みたいに忙しくなる前は、佐那によく食わせてもらったよ」
「戦国時代に ? すき焼きって明治からでしょ」
「お前そういう知識はあるんだな…ちげーよ。現代に戻って再会してからだ。仕事の都合上、よく会える様になってな。あいつがアメリカに来るときは、大体一緒にバディを組んで仕事をやっている。その時に教えて貰った」

 夕方、弥助と龍人は二人して台所に立っていた。黒鉄の鍋に白菜、春菊、白滝、エノキダケを並べて煮立たせる。割り下は醤油、白だし、酒、僅かな砂糖、そして蜂蜜で整えており、微妙にとろみがついている。更に台所の中央には、きめ細かいサシの入った和牛の肩ロースが山盛りに積まれていた。

「そういや…あまり詳しく教えて貰ってないんだけど、老師の仕事って何 ?」
「何だ。ちゃんと教えてないのかあいつ。調査員兼戦闘員だよ。"国際超常現象対策機構"…略してNAFPPナフ・トゥー・ピーって組織がある。国連に加盟してる国の中でも、かなり限られた枠組みで作っている上に、公にはされていないがな。こちらが調査を行い、異常現象として認定をした場合のみ…それも当該国の情勢やセキュリティ部分を加味した後でようやく参画させてもらえるんだ。恐らくほとんどの国の政府は存在そのものを知らない。扱う内容はかなり多いぞ。地球外生命体や、亜空穴の様な別次元の存在に関する調査もその一環だ」

 カセットコンロを戸棚から引っ張り出しながら説明をする弥助だが、龍人は細かく把握までは出来ていない。ひとまずメン・イン・ブラックみたいな物だろうかとボンヤリ想像をしていた。

 食材を載せた皿とカセットコンロをテーブルに運び出すと、そこには緊張した面持ちの兼智と、隣の席でテーブルに顎を付けて待ちくたびれているムジナがいる。自分も手伝った方が良いのではと考えたのか、一瞬彼は立ち上がりかけたが「そのまま座っとけ」という龍人の声によって再び沈黙した。

「よし、準備オーケーよ」

 テーブルを拭き、橋やお椀を揃えたキヨが言った。予備のカセットボンベを傍らに、龍人と一斉に弥助は座ってから火を付ける。予め熱が通ってたこともあってか、すき焼きが小さく音を立てて煮えたぎり出すまでに時間はかからなかった。

「ビールあるぞ。飲むか ? それとも焼酎派 ? どっちも老師のだけど」
「え、あ…じゃあ…ビールで」

 思いのほか気さくな龍人に兼智はただ戸惑い、断るのも却って失礼な気がしてビールを恐る恐る要望した。龍人は何も言わず席を立ち、冷蔵庫から五百ミリの缶を三本持ってきてからそのうちの一本を寄越す。

「あ、あのよ」

 缶を開けた直後、兼智がこちらを見た。

「ん ?」
「何で俺呼んだんだ ? なんかやらかしたか ?」
「別に。頑張ってたっぽいから。そんだけ」
「そんだけ… ?」

 龍人も缶ビールを開け、肉を頬張った後にビールを流し込む。異常にがっつくのが早く、野菜も含めて次々と鉄鍋から消えていく様はさながら流れ作業であった。楽しいディナーと言うにはあまりにも野性的であり、切羽詰まっている様な勢いである。

「もっとゆっくり食えよ。量ならあるぞ」

 弥助が追加の食材を投入しながら言った。

「ああごめんごめん…いやまあ話を戻すけど、今日は出血大サービスだからな。もう二度と無いぞ」

 肉を頬張った口がしぼむと、龍人は口の周りをティッシュで拭いて兼智を見る。冷淡な意見の割には、どういうわけか優し気な眼をしていた。

「でもさ。お前が頑張ってるって分かったから、俺も優しくする気になったんだよな。今日はありがと。全然参加してくれる人集まらなかったから、俺怒られるところだったし」
「あ、ああ…」
「老師が声掛けたら皆一発で頼み聞いてくれるのにさ。俺なんかあの人の拾ってきた子供って扱いだからどうも嘗められてんだよな。大変なんだよ。人に認められるのって」

 こいつはこいつで苦労してるんだと、兼智はふと考えてしまう。思えば自分は恵まれない生まれと環境だった。まともに働かず、金も無い癖に尊大な態度で賭けに負けた鬱憤を家族で晴らす父親。幼かった兼智による介抱の甲斐なく栄養失調と高熱で死んだ妹。そんな妹の事など無視し、現実逃避から薬物の摂取に傾倒した母親。アルコール中毒で父がくたばった直後に母はオーバードーズによって死に、妹の死体の死臭からようやく近隣の住民たちに発見されたのが兼智であった。自分に金さえあれば、妹と一緒にあんな家族から逃げる事だって出来たという未練…そして、自分だけでも幸福になってやるという野心が金品への執着心を駆り立て続けてきた。

 自分が悪いんじゃない。全ては環境のせいだ。自分がする行いの全ては環境に起因する物であり、あんな父親と母親がいなければこんな事をする必要も無かった。自分を慰めるための言葉が、いつしか自分のしでかした全ての業に対する免罪符として利用するようになり、その結果があのザマである。挙句、仇に命を救われてこうして施しまで受けているという始末だった。本来なら屈辱の筈である。しかし、なぜか不愉快さが無かった。

「まあ頑張ろうぜ、互いに。人生まだまだ先長いんだし。やり直せるやり直せる」
「頑張ろうぜって…俺のこと知ってる奴だって大勢いる。今更やり直すって言ったって、誰も―――」
「じゃあそん時は俺が味方してやるよ。こいつはサボらずにゴミ拾いぐらいはできるぞってな。その代わり、また悪さしたらもう庇ってやらねーからな」

 龍人が笑った。この男の屈託の無い態度が不愉快さを消してくれているのだろうか。それにしても、なぜ彼はここまでして自分に構って来るのか。どのような生い立ちがあればこんな男が出来上がるのか。純粋な興味が湧き始めた。

「……なあ、お前も昔は悪かったのか ?」
「ああ俺 ? ボチボチだよ。そういうのって、なんか武勇伝的に自慢してるみたいでカッコ悪いから言いたくないけど。ああそうだ。俺なんかより弥助さんの話聞いた方がいいって。戦場での色んな面白い話 !」
「お、何だ俺に話を振るのか ? しょうがねえなぁ。どれから話すか…ヤギとフ〇ックする俺の同僚を目撃した話するか ?」
「…弥助さん…それ今初めて聞いたんだけど、…怖…」

 酒が入り、一同の口の軽さに拍車がかかっていく。今まで仲間達としていた馬鹿騒ぎとは違う、妙な暖かさを兼智は微かに感じ取っていた。
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