ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第86話 我が主

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 いきなり想定していた物とは違う反応をされてしまい、弥助は面食らったように動かなったが、やがて殺意が向いていると分かって焦り始めた。

「お、おいシバタ。落ち着けよ」
「黙れいっ ! 信長様を裏切りおった恩知らずがあ!!」

 心当たりがないわけでは無いが、弥助は武器を仕舞って制止を試みる。しかし勝家は全く聞き入れる素振りも無く襲い掛かって来た。言葉を遮って放たれてくる槍の突きを、弥助は寸前で躱して距離を取ろうとする。しかし、勝家は逃がすまいと踏み込みながら次々と突きを繰り出し、弥助に反撃の隙を与えようとしない。

「いい加減にしろ ! 俺の話を聞けよ !」

 手を出そうとしない弥助はその代わりに怒鳴り返し、手早く印を結んでから右腕だけに造生鎧を発動する。籠手に覆われた手でやりに切っ先を弾き、素早く柄を掴み、動きを封じてから彼を見た。

「俺だって、佐那だって助けたかったさ ! 龍明を追いかけているせいでそれどころじゃなかったんだ !」

 だが彼の呼びかけも虚しく、勝家は掴まれた槍を無理やりへし折ってみせる。更に開醒をへし折った柄に纏わせ、木刀の如く振り下ろして来た。弥助は慌てて槍を捨て、左手にも籠手を出現させてから頭上でその打撃を受け止める。骨が粉々にされてしまうのではないかという衝撃が、腕を起点に体中を駆け巡った。地面に足の裏が沈み、クレーターの様に陥没する。昔によく見せてもらった馬鹿力は、死者となった後も健在のようだ。

「それをワシは恨んでいるのだ ! 」

 得物に力を籠めながら、勝家は弥助に怒鳴る。その時、弥助のバッグの中からキヨが姿を現し、勝家が反応するよりも前に飛び掛かる。そして彼の鼻の頭に全力で噛みついた。それによって怯んだ隙に、弥助は勝家が持っていた槍の柄を払いのけると、即座に飛び蹴りを食らわせて彼を吹き飛ばす。そのまま倒れてくれればいいが、彼はすぐに態勢を整え直して再び臨戦の姿勢を見せる。勝家から離れたキヨは、そのまま弥助の方と戻り、彼の肩に乗って勝家の方を睨んでいた。


「信長様が貴様ら二人を懐刀として傍に立たせていたのはなぜか ! その実力を信用しての事だろう !あのお方が高く買っているというから、ワシらもその意志に歯向かう事などしなかった ! だが厚意を無駄にした挙句、主君を死に至らしめる様ななまくら刀など、生かす価値も会わせる価値も無いわ !」

 かつて弥助は、佐那と共に信長に仕えていた。表向きこそ、武士の端くれとして帯刀を許可された実質的な召使いという扱いではあったが、その裏では破壊工作や暗殺…更には領土内で起きる怪異への対処といった、表沙汰には出来ない荒事を任されており、いわばヒットマンとして暗躍をしていたのだ。しかし本能寺の変の阻止は叶わず、それについては恨まれても仕方が無いということだけは分かっていた。

「会わせる… ? やっぱり、信長様がいるんだな ! どこに⁉大事な話があるんだ !」
「ほざけ ! 貴様の様な役立たずなど、生首にして差し出し―――」
 
 勝家は再び動こうとするが、それを遮る物音が響き渡り出す。背後の門が空き始めたのだ。 そこから現れたのは、この等活地獄に屯している個体よりも明らかにデカい二匹の鬼と、一人の口髭を生やした男である。顔や体に大きな火傷跡が目立っていた。

「もうよい。猪の如く先走りおってからに」
「信長様 ! しかし…」
「警戒を怠り、茶飲みに勤しんだワシの不手際だ。命令を出さなかった以上、弥助と佐那を責めてもしょうがあるまい」

 他ならぬ探し人であった。それに気づいた弥助が顔を明るくし、そんな彼を見て信長は不敵な笑みを浮かべる。

「お久しぶりです ! 信長様」
「久しいな弥助よ。前よりも肌の黒さが色濃く見えるが、地獄の業火に焼かれて来たのか ?」
「はっはっは ! 次言ったらぶちのめしますよ」
「ウム、相変わらず元気そうだな。よかった」

 握手と抱擁、そして軽快な挨拶を二人は交わす。乱暴ではあるが、どことなく嬉しそうだった。信長が弥助をからかい、それに弥助がキレるというこの流れがどうも鉄板と化してしまっており、彼らを良く知るものはこの光景を幾度となく見ていた。

「それより信長様、今日は少し重要な話をしたくて来たんです。現世で起きている騒動について」
「成程。まあ話がてらくつろいでいけ。地獄で休息が出来る場所など、恐らくこの城ぐらいだからな…勝家 ! 何を不貞腐れている ! すぐに戻ってもてなしの準備をしろ !」

 弥助は真剣な表情に戻ったが、信長は特に気にも留めていなかった。一日の始まりと終わりすら分からず、同じことを繰り返すこの地獄で久々に変化が起きたせいか、明らかにテンションが高くなっていた。不服そうな勝家に指示を出し、そのまま弥助の背中を押して城の中へと入らせる。仁豪町に残した龍人の動向が心配だったが、ひとまずは元上司との再会を喜ぶことにした。
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