ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第87話 目的不明

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 不気味な城の天守閣に招かれた弥助だが、そこにもまた夥しい髑髏があしらわれており、その真ん中には巨大な浴槽が備わっている。辺り一面に広がる悍ましい地獄のパノラマを、風呂に浸かりながら堪能できるという魂胆なのは分かる。しかし、よりにもよって浴槽を満たしているのは、淀んだ赤黒さと吐き気がする程の鉄臭さを併せ持つ大量の血であった。

「わざわざ血の池地獄から引いてきた代物よ」

 信長が裸体を披露し、浸かりながら語り掛けて来る。何の躊躇も怯みも無い事から、かなり寛ぎ馴れているのだろう。誘ってくれているのかもしれないが、弥助はそれには乗らずに信長に傍らに近づいたのみであった。血生臭いまま帰って心配されるというのも心外であり、何より衛生的な観点からの不安が拭えない。

「地獄ではこれぐらいしか楽しみが無いんでな。後はマズい鬼の肉を食らうか、奴等が持ってる酒を奪って呷るぐらいよ」
「でしょうな。まっ、天罰だと思ってくださいよ」
「こやつめ言いよるわ」

 信長が笑っていると、のしのしと鬼たちが現れてボロボロの盃を用意し始める。白濁とした酒が注がれ、年季の入った埃っぽさとアルコール臭の混じった何とも言えない香りが漂ってきた。

「まあ見てくれは悪いが、酔えるだけ上等だ。地獄ではな」

 遅れてやってきた勝家がぼやき、鬼たちから酒の入ったカメを奪うように貰ってからがぶ飲みする。その彼からさらに遅れて、小柄な人影が天守閣へと足を踏み入れてきた。憎たらしい目つきをしながらも、どこか愛嬌のある笑顔をしている男であった。

「トウキチロウ !」

 弥助が驚きながら叫んだ。

「おお ! 弥助ぇ ! お前もとうとう死んだのか !」
「んなわけねえだろ ! 俺は死んだらお袋に会いに極楽に行くって決めてんだ !」

 藤吉郎と弥助は互いに握手をし、再会を喜ぶ。藤吉郎と名を呼ばれるこの男だが、かつて太閤秀吉と呼ばれたその人であった。猿だの秀吉だのと呼び名を複数持つ男だが、弥助に対してだけは藤吉郎と呼ぶよう快諾をしていた。かつて武士ではない出自の小者として仕えていた経歴から、同じく武士の生まれではない彼に親近感を抱いていたのだろう。

「仲がよろしくて結構。明智のヤツもいればもう少し楽しくなってたのかもしれんな」
「全員であのキンカン頭を血祭りにしろと言いたいのですか信長様」
「もうした。逃げ出て行ったきり戻って来なくなったが」
「ええ…」

 冗談を冗談で済まさず、平然と実行に移す。信長のやり口というのはいつだってそうだった。比叡山での焼き討ちの頃からその点は変わっていない。安心した反面、そんな事ばかりしてるから部下に寝首を掻かれるようなザマになったのではないかとも思ってしまう。

「それより弥助。お前は大事な話があると言っていたな。”果実”が出回っている話と、人間の小僧について…それで合っていたか ?」

 勝家が二つ目のカメを空に下あたりで、ほろ酔いのまま彼に尋ねた。

「霧島龍明の子孫が現代にいたって聞いたら、あなた達は信じるかしら ?」

 弥助の肩に乗っかっていたキヨが口を開き、龍人の存在を示唆した瞬間であった。地獄の喧騒と熱気が静まり返ったのかと錯覚するほどに、重苦しい沈黙と緊張が一同の周辺を包み込んでしまう。その空気感の中、弥助は龍人の経歴と彼の持つ力量、そして自分と佐那が調べ上げた周辺の情報をくまなく伝える。信長達はやはり信じられないのか、激しい反応を示すことなく耳を傾けていた。

「そんな馬鹿な…」

 話が終わり、藤吉郎は目を丸くして慄く。

「弥助よ、その話は事実か ?」
「幽生繋伐流を彼も使える。おまけに訓練を積む前から、開醒程度なら使えていたと。正直私も疑ってはいたが、既に並大抵ではない…昔は数多にいた流派の門下生や師範代程度では、もはや相手にならないだろうな。成人になったばかりの若造がだぞ ?」
「そして霧島の姓を持っていると…確かに状況だけで判断するなら、可能性は大いにあるな。しかしお前がそこまで言うとは、武芸においてかなりの才覚があると見える」

 勝家も龍人に興味を示して弥助に尋ねていたが、信長だけは黙ったままであった。血の池に浸かりながらぼんやりと天井を仰ぎ、小さく唸って後に首を弥助に向けた。

「霧島を勝手に名乗っているだけという可能性は ?」
「それも考えたのですが、龍人が発見された当時に傍らにあった名の書かれた紙きれが不可解です。警察関係者が資料として保管してくれていたそうですが、調べた所によれば材質や保存状態からして現代に作られた物ではないと」
「別の時代に作られた書き置きと赤ん坊か…まあ何かしらの秘密を疑う事に筋が通らんわけでは無い。それに、幽生繋伐流の使い手達は戦国の世で次々と命を落とし、残る者達も龍明の乱心によって殺された。もし使い手が残っているとすれば、佐那かお前か龍明の関係者である可能性が高いだろう。だが…龍明の血族だというのであれば、今日までの歴史のどこかにその痕跡がある筈。佐那によればそれすら無いと」
「ええ。彼女は戦国から今の世までくまなく探し続けたそうですが、幽生繋伐流の素質がある者は一切現れなかったそうで…源流となり得る者達が皆死んでしまった影響でしょう。しかし血が悉く途絶えた筈の今になって、霧島龍人が現れた」

 信長は険しい顔のまま弥助と問答を繰り広げるが、やはり満足の行く結論は出てこない。龍人という存在の歪さが、彼らの頭を酷く痛めさせていた。

「あるとするなら…別の時代から紛れ込んだ、か」

 唐突に信長が閃き、小さくぼやく。一同は驚いたように彼を見た。

「ま、紛れ込む ?」

 何を言い出すんだと言わんばかりに弥助は信長の方を見返す。だが彼は自分がおかしい事を言っているわけが無いと、そう言わんばかりの自信に満ち溢れた明るい顔をしていた。

「亜空穴だ。ワシらの時代にもあったろう。様々な世界と時代が混じった闇の空間…そこへ龍明による虐殺から逃れるために、霧島の血族の人間が赤子を投げ入れて、助かる可能性に賭けた。どうだ ? 悪くない線だろう」
「しかし、そう都合よく亜空穴が現れる物でしょうか ?」
「あり得る。かつて読んだ伝記によれば、かの源義経は亜空穴をどこからともなく生み出す力を得て、その闇の中で”果実”を見つけたと残している。必ずや技術…あるいは条件がある筈だ。亜空穴を自在に生み出すための。まあ私は見つけられんかったが」

 流石は信長様だ。弥助は感心した。タイムスリップをした際は短い滞在だった故に、当時の詳しい資料を調べる余裕などなかった。しかしそのような過去の記録があったとなれば、龍人のルーツについても更なる推理が可能になって来る。彼の見立て通りなら、今日まで霧島一族の痕跡が無い理由についても説明が出来るだろう。だが可能性の誕生は、同時に新たなる疑問を弥助の心中で生み出す事となってしまった。

「しかし誰が…何のために龍人を現代へ ?」
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