ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
89 / 112
参ノ章:激突

第89話 最後の仕事

しおりを挟む
 レインコートを身に纏い終わった直後、乱暴なエンジン音と共に車が敷地の中に雪崩れ込んできた。統一性の無い様々な車種に化け猫や鬼たちが乗っており、おおよそどこの所属かは察しが付く。

「龍人、鴉天狗がそっちに行ってる。結構な数だ。コート使え」

 颯真からの合図を聞き、龍人はすぐさま襟元の裏側に備えているスイッチを押した。爆竹じみたパチンという強烈な音がすると、徐々に身体が透き通っていき、足元を見てみれば自分の体が屋根に溶け込んでいるような感覚を味わえてしまう。

「これどういう仕組みだ ?」
「ウチの財閥で開発した即席装備だよ。生地と生地の間に光の屈折率を操作できる特殊な蟲たちを敷き詰めてる。スイッチの音に反応する様に訓練させて、音を聞いた瞬間に防衛本能として体を透明化するように仕向けてんだ。後は適当に体動かしてたら勝手にストレスをためて常時透明になってくれる。仕組みが仕組みだから、製造してからの消費期限が短い上に一回こっきりの使い捨てだがな…蟲たちはご愁傷様だ」

 何ともおぞましい道具である事を聞き、龍人は身震いしながら天窓から再び観察を続ける。スイッチを入れた音に誰も気づかなかった事は幸いだろう。車から降りてきた者達は、皆揃って兼智のいる倉庫の中へと入って来ていた。

「やあ~兼智くん。待たせてゴメンなあ」

 最後に入って来たのは籠樹であり、彼の傍らには裂田の側近である源川がなぜかいる。

「あ…あの…裂田さんは ?」
「ああ~、それなんやけどな。ちょっとあの人急な用事できて来れんくなってん。やから代わりに源川さんに代理してもろおとるんよ。それと…これ土産や、ほれ」

 若干の怯えが見え隠れする兼智の方に、籠樹は笑いながら黒い大きめのビニールを放り投げた。何か丸みのある、重たそうな物体が入ったそれは兼智の足元へ落ちると、ゴツンという音を立てた。どういうわけか臭い。ビニールの臭いとは別に何か別の異臭が混じっている。袋の中にその原因がある様だった。

「はよ開けえや。お前のために頑張ったんやぞ、こっちは」

 籠樹の言葉に脅しにも似た怒気が微量に含まれていると分かり、兼智は震えながら近寄ってそれを開ける。「ひっ」という、兼智らしくない悲鳴が漏れ、彼はゆっくりと後ろへ後ずさった。

「翔希…」

 兼智がそう呟いた通りだった。見間違いようのない。夥しい殴打の跡が余すところなく見られ、両目を抉り取られた惨めな姿になっていた。異臭の正体はゴミ袋の中に溜まっていた血液だったのだ。昼頃の解散の連絡以降に音沙汰がなくなった事を怪しむべきだったと、兼智は今更ながらに後悔していた。

 遠目とはいえ龍人も動揺したが、すぐに冷静さを取り戻して観察を続行する。このような事態に直面した際、平静さを保つために真っ先にやるべきは正当化である。目の前の死体に対して”あいつは死んで当然であり、悲しむ必要は微塵も無い”と言い聞かせるのだ。たとえ事実と違っても無理やり頭に叩き込み、傍観者的な立場に自らの意識を置く事で、いくらかショックが和らぐ。佐那からの教えであった。

「酷いもんやと思わんか ? お前がウチと手ェ切って足洗うために解散するって話、こいつ真っ先にタレ込んだんやで ? ウチみたいな組織は利益あれば何でもするし、使えそうな奴は全然ウェルカムなんやけど…正直、頼んでもないのにチクリを平気でする奴は、身内にいたら何しでかすか分からんからな…勝手に落とし前付けさせてもろたわ。文句ないな ?…ん… ?」

  籠樹は兼智へ語り掛けていたが、いきなり中断をしてから、後ろにいた自分の部下達の方へ振り返った。何人かは銃器を所持しており、その中でも一際巨大な装備…対物ライフルを所持している者を指で呼び寄せる。

「この武器めっちゃええやろ。最近アメリカからようやく仕入れてん。ホンマ裂田ちゃん様様やわ」

 武器を譲り受けた籠樹は上機嫌な態度でそれを弄り出し、弾倉を挿入してからボルトを引いた。まさか撃つ気だろうか。兼智は義翼を動かして逃げようとしたが、籠樹は手をかざして彼を止める。

「ちょい待ちや。お前何勘違いしとんのや」

 真顔でこちらに語り掛ける籠樹に兼智は気圧され、ピクリとも動けなくなった。籠樹はそんな彼へと一歩、また一歩と近寄っていくが、天窓の真下手前で静かに足を止める。

「そこやな」

 籠樹は呟くと、すぐさま銃身を構えて天窓を狙った。厳密に言えば天窓からは阿若干ズレている屋根の部分であったが、轟音を立てて放たれた弾丸は屋根を貫通し、窓から体を引いて身を隠していた龍人の胸へと命中する。体が透明とはいえ念のために身体を隠していたというのに、あっさりと見抜かれてしまっていた。

「捕まえろや。まだ死んどらん」

 籠樹に命じられ、部下達の内の数名はすぐさま外へと出て行く。そこから籠樹は別の部下に使っていたライフルを返し、再び兼智の方へと歩みを進めた。

「すまんすまん、邪魔がおったから…でも惜しいな。もう一緒に仕事できんのや。兼智君はとても働き者で、結構気に入っとったんやけど」

 兼智の肩を叩き、不満と寂しさを籠樹は漂わせている。何かが変だ。だってあんたは怒っていたじゃないか。たった一度のしくじり程度で翼を奪い、俺のこれからの人生プランを何もかもめちゃくちゃにしてくれたじゃないか。どうしてそんなに優しげな顔が出来る ? それらの疑問の意味は、間もなく分からされてしまった。

「せやから、これが最後の仕事やな」

 籠樹の発言の直後、彼が隠し持っていたオートインジェクターがシャツの上から兼智の腹に刺さった。中には妙な黒い液体が詰め込まれており、それが一滴残らず兼智の体内へと流れ込んでいく。

「ワシらのスポンサー様に、ええ所見せてやってくれや」

 のたうち回り、漆黒に染まった眼球から黒い涙を流し始めた兼智へ、籠樹は笑みを投げかける。やがて彼の体があらぬ方向へとねじ曲がり、繊維が千切れる音と骨のが砕かれる渇いた音が聞こえ、彼の体が絶叫と共に変態し出したのを見て籠樹は満足げに頷く。どうやって治療を受けたのかは知らないが、あれほどの仕打ちをしても尚生きていられた生命力を兼智は持っている。もしかすればと思ったが自分の目に狂いはなかったのだ。実験は大成功だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

第2の人生は、『男』が希少種の世界で

赤金武蔵
ファンタジー
 日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。  あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。  ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。  しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。

クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました

髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

処理中です...