泥沼で生き、清流で死ぬ

色部耀

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連続性タイムリミット

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 俺は予想していたとおり、というより予想よりあっさりと母親に絶縁を言い渡された。しかし、父が密かに仕送りをしてくれるなどの支援もあり、舞薗の家の負担も幾分か減らすことができたのは良かった。


「進捗どうだ?」


「進捗ダメです」


「昨日時点で七日の遅れだったが今は?」


「七日半の遅れです」


「くっ……原画も若干遅れてる。動画は私と舞薗でどうにか先行しているが急いでくれ」


 今俺は舞薗の家で使わせてもらっている部屋でグループ通話を繋げながら作業をしていた。監督と舞薗は監督の家で作業、音峰と桧垣はそれぞれ自宅で作業している。


「こんな泥沼状態で良い作品が仕上がるのか……」


 ついつい弱音を漏らしてしまうのも仕方ないというものだろう。今日で二ヵ月半。俺と桧垣と監督に至っては登校すらしていない。高校の進級規定は年間欠席日数が百日を超えない事なので、あと余裕は五十日。夏休みを考えてもこのペースだと本当にギリギリだ。


「泥沼で生き、清流で死ぬ。それが私たちクリエイターの生き様だろう! とにかく進め! とにかく足掻け! 行きつく先を私たちは知っているはずだ」


 その声に誰しもが納得し、言葉を飲む。みんな知っているんだ。泥臭い努力と創作の連続の先に産まれた作品は美しいと。


「むしろ私たちは泥の中で良い。汚くて良い。私たちが輝くんじゃない! 輝くのは私たちが作った世界だ!」


「そうですね! いや、俺たちだって輝くんです! 俺は知ってます。本当に美しいのは惑わぬ心を貫いた生き様だと! うぉーー!!」


「うぉーー!!」


 もはや監督のノリが伝搬してしまった舞薗も、自分に言い聞かせるように気合を入れて通話先で吠えていた。それほどまでに追いつめられている状況なのだ。俺と桧垣はそんな二人とは違って必要最低限の会話しか混ざらずに必死で絵を描き続けているし、音峰も通話に混ざらずにチャットのみで黙々と作曲活動に精を出している。

 本来ならもっと気楽にやる予定だったらしい音峰も、いざ作業が始まって全員の切羽詰まった毎日を見ることで主題歌とエンディング曲まで作ると言い出し、自ら首を絞めていた。

 若さに任せた我武者羅なタイムスケジュールの中、俺達の作業は着実に進んではいた。

 予定より二週間遅れた七月下旬。原画と背景画が全て終わったところで俺と桧垣はギリギリ保っていた意識を手放して泥のような睡眠に落ちた。俺が目を覚ましたのは二日後。気を遣って起こさないでいてくれて作業を肩代わりしてくれているのかと淡い期待を抱えて舞薗に尋ねると、何のことは無い。しっかり二日分の仕事を残してくれていた。

 というより他人の予定分まで手が回らなかったというのが本当のところだろう。

 しかし、本業である俺と桧垣の動画作業参入で一気に仕事が進んだ。

 箱詰め状態が五ヵ月になった九月中旬。作画作業が全て終わり晴れて俺と桧垣は作業から解放された。学校での活動は五人揃って赤点ギリギリ回避、欠席可能日数も残り僅か。監督に至ってはこれから編集作業もあるので卒業できないかもしれないと言っている始末。


「なんでそこまでして今やらなければいけないんだ?」


 自分に余裕ができた途端、俺は放送室で監督にそんなことを聞いた。


「私もお前のところと似たようなもので親に縛られているんだ。結果が出ていないものは認めない。結果の出ていない曖昧なものは許されず、このまま何もしなければ大学を卒業して会社を継がないといけない。だから今結果を出すしかない。文化祭にはすでにアニメ関係者や脚本家、映画業界の人間を招待してある。そこで売り込んで商業作品として成立させるんだ」


「いつの間にそんなことまでやってたんだ……」


 そんな時間があったのだろうか? いや、俺達が動き始めるより前に決まっていたのかもしれない。


「そのコネクションを作るためにあまり好きでもない舞台脚本を手掛けたりだってしたんだ。全てはこの為だけに。私は一パーセントの成果の為に平気で九十九パーセントを犠牲にするぞ。それが夢を叶えるということだろう?」


「そりゃ間違いない」


 本当に、この人の言うことは心に刺さる。これがカリスマというものなのだろう。

 一瞬前まで会話をしていたのにもう集中してパソコンに向かっている。この人の脳味噌はいったいどうなっているのやら。本当にこの人はアニメを愛しているんだな……。


「愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合いだ」


 唐突に後ろから掛けられた言葉に俺は飛び退きながら振り返った。心を読まれたようで気味が悪い。


「なんだ舞薗か」


「今のはこのアニメの台詞だけど、監督を見ていると何だか考えさせられるよな」


 先程の作られた声とは違って普段通りの声。


「どういうことだよ?」


「このアニメと言わず、アニメ業界全体って意味」


 アニメで世界を変えたいとまで言った彼女だ。アニメに対する愛は確かなものだろう。それに合わせて読み解く今の台詞……。なるほど、舞薗の言う通り意味が深い。


「ロボットが世界の主導権を奪おうと考えたり、主人公の男の子が幼少期から大切にしてきたロボットを壊そうとしたり……。そのくせ大切に守ろうとしたり、独占しようとしたり。両親が主人公に洗脳まがいな事を続けてまで大切にしていた……なんてエピソードもあったり。かなり屈曲した愛の物語だけど、本質を突いた話だしな。監督の家庭環境にも深く切り込んだ内容でもあると俺は思うよ」


 本質を突いているように感じるのは俺達が皆似たような境遇を持っているからなのだろう。舞薗だって学校と家で人格が入れ替わっているんじゃないかというくらいに違うのも、複雑な事情があるからなのだろうし。

 音峰だってそう。桧垣だってそう。皆何かしら抱えていて、それが互いに似通っていると感じているんだ。だからこんな貴重な青春時代を切り売りしてでも協力したいと思えたんだ。


「さて、俺の仕事はこれからだな。監督ってば酷いんだぜ? 一人四役やるからって、動画作業中にも役になり切って話せなんて言ってきてさ」


「ははは。俺はこれからは主だった仕事もないけどできることは協力するよ」


「じゃあ、監督の編集作業の手伝いだな。監督と音峰も声優として出演するわけだしな」


「ああ、せめて監督には高校を卒業できるようにしてやりたいな。欠席日数が本当にギリギリだ」


「ギリギリって言うならこの作品の方がもっとギリギリだけどな」


「もっと言えば俺たちの体調とか命もな」


「違いない」


「舞薗! 来てたならさっさと言え! 収録するぞ!」


「はいはーい」


 二人がマイクの準備を始めたところで俺は監督の代わりにパソコンに向かって編集作業の続きに手を付けた。
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