2 / 3
連続性タイムリミット
しおりを挟む
俺は予想していたとおり、というより予想よりあっさりと母親に絶縁を言い渡された。しかし、父が密かに仕送りをしてくれるなどの支援もあり、舞薗の家の負担も幾分か減らすことができたのは良かった。
「進捗どうだ?」
「進捗ダメです」
「昨日時点で七日の遅れだったが今は?」
「七日半の遅れです」
「くっ……原画も若干遅れてる。動画は私と舞薗でどうにか先行しているが急いでくれ」
今俺は舞薗の家で使わせてもらっている部屋でグループ通話を繋げながら作業をしていた。監督と舞薗は監督の家で作業、音峰と桧垣はそれぞれ自宅で作業している。
「こんな泥沼状態で良い作品が仕上がるのか……」
ついつい弱音を漏らしてしまうのも仕方ないというものだろう。今日で二ヵ月半。俺と桧垣と監督に至っては登校すらしていない。高校の進級規定は年間欠席日数が百日を超えない事なので、あと余裕は五十日。夏休みを考えてもこのペースだと本当にギリギリだ。
「泥沼で生き、清流で死ぬ。それが私たちクリエイターの生き様だろう! とにかく進め! とにかく足掻け! 行きつく先を私たちは知っているはずだ」
その声に誰しもが納得し、言葉を飲む。みんな知っているんだ。泥臭い努力と創作の連続の先に産まれた作品は美しいと。
「むしろ私たちは泥の中で良い。汚くて良い。私たちが輝くんじゃない! 輝くのは私たちが作った世界だ!」
「そうですね! いや、俺たちだって輝くんです! 俺は知ってます。本当に美しいのは惑わぬ心を貫いた生き様だと! うぉーー!!」
「うぉーー!!」
もはや監督のノリが伝搬してしまった舞薗も、自分に言い聞かせるように気合を入れて通話先で吠えていた。それほどまでに追いつめられている状況なのだ。俺と桧垣はそんな二人とは違って必要最低限の会話しか混ざらずに必死で絵を描き続けているし、音峰も通話に混ざらずにチャットのみで黙々と作曲活動に精を出している。
本来ならもっと気楽にやる予定だったらしい音峰も、いざ作業が始まって全員の切羽詰まった毎日を見ることで主題歌とエンディング曲まで作ると言い出し、自ら首を絞めていた。
若さに任せた我武者羅なタイムスケジュールの中、俺達の作業は着実に進んではいた。
予定より二週間遅れた七月下旬。原画と背景画が全て終わったところで俺と桧垣はギリギリ保っていた意識を手放して泥のような睡眠に落ちた。俺が目を覚ましたのは二日後。気を遣って起こさないでいてくれて作業を肩代わりしてくれているのかと淡い期待を抱えて舞薗に尋ねると、何のことは無い。しっかり二日分の仕事を残してくれていた。
というより他人の予定分まで手が回らなかったというのが本当のところだろう。
しかし、本業である俺と桧垣の動画作業参入で一気に仕事が進んだ。
箱詰め状態が五ヵ月になった九月中旬。作画作業が全て終わり晴れて俺と桧垣は作業から解放された。学校での活動は五人揃って赤点ギリギリ回避、欠席可能日数も残り僅か。監督に至ってはこれから編集作業もあるので卒業できないかもしれないと言っている始末。
「なんでそこまでして今やらなければいけないんだ?」
自分に余裕ができた途端、俺は放送室で監督にそんなことを聞いた。
「私もお前のところと似たようなもので親に縛られているんだ。結果が出ていないものは認めない。結果の出ていない曖昧なものは許されず、このまま何もしなければ大学を卒業して会社を継がないといけない。だから今結果を出すしかない。文化祭にはすでにアニメ関係者や脚本家、映画業界の人間を招待してある。そこで売り込んで商業作品として成立させるんだ」
「いつの間にそんなことまでやってたんだ……」
そんな時間があったのだろうか? いや、俺達が動き始めるより前に決まっていたのかもしれない。
「そのコネクションを作るためにあまり好きでもない舞台脚本を手掛けたりだってしたんだ。全てはこの為だけに。私は一パーセントの成果の為に平気で九十九パーセントを犠牲にするぞ。それが夢を叶えるということだろう?」
「そりゃ間違いない」
本当に、この人の言うことは心に刺さる。これがカリスマというものなのだろう。
一瞬前まで会話をしていたのにもう集中してパソコンに向かっている。この人の脳味噌はいったいどうなっているのやら。本当にこの人はアニメを愛しているんだな……。
「愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合いだ」
唐突に後ろから掛けられた言葉に俺は飛び退きながら振り返った。心を読まれたようで気味が悪い。
「なんだ舞薗か」
「今のはこのアニメの台詞だけど、監督を見ていると何だか考えさせられるよな」
先程の作られた声とは違って普段通りの声。
「どういうことだよ?」
「このアニメと言わず、アニメ業界全体って意味」
アニメで世界を変えたいとまで言った彼女だ。アニメに対する愛は確かなものだろう。それに合わせて読み解く今の台詞……。なるほど、舞薗の言う通り意味が深い。
「ロボットが世界の主導権を奪おうと考えたり、主人公の男の子が幼少期から大切にしてきたロボットを壊そうとしたり……。そのくせ大切に守ろうとしたり、独占しようとしたり。両親が主人公に洗脳まがいな事を続けてまで大切にしていた……なんてエピソードもあったり。かなり屈曲した愛の物語だけど、本質を突いた話だしな。監督の家庭環境にも深く切り込んだ内容でもあると俺は思うよ」
本質を突いているように感じるのは俺達が皆似たような境遇を持っているからなのだろう。舞薗だって学校と家で人格が入れ替わっているんじゃないかというくらいに違うのも、複雑な事情があるからなのだろうし。
音峰だってそう。桧垣だってそう。皆何かしら抱えていて、それが互いに似通っていると感じているんだ。だからこんな貴重な青春時代を切り売りしてでも協力したいと思えたんだ。
「さて、俺の仕事はこれからだな。監督ってば酷いんだぜ? 一人四役やるからって、動画作業中にも役になり切って話せなんて言ってきてさ」
「ははは。俺はこれからは主だった仕事もないけどできることは協力するよ」
「じゃあ、監督の編集作業の手伝いだな。監督と音峰も声優として出演するわけだしな」
「ああ、せめて監督には高校を卒業できるようにしてやりたいな。欠席日数が本当にギリギリだ」
「ギリギリって言うならこの作品の方がもっとギリギリだけどな」
「もっと言えば俺たちの体調とか命もな」
「違いない」
「舞薗! 来てたならさっさと言え! 収録するぞ!」
「はいはーい」
二人がマイクの準備を始めたところで俺は監督の代わりにパソコンに向かって編集作業の続きに手を付けた。
「進捗どうだ?」
「進捗ダメです」
「昨日時点で七日の遅れだったが今は?」
「七日半の遅れです」
「くっ……原画も若干遅れてる。動画は私と舞薗でどうにか先行しているが急いでくれ」
今俺は舞薗の家で使わせてもらっている部屋でグループ通話を繋げながら作業をしていた。監督と舞薗は監督の家で作業、音峰と桧垣はそれぞれ自宅で作業している。
「こんな泥沼状態で良い作品が仕上がるのか……」
ついつい弱音を漏らしてしまうのも仕方ないというものだろう。今日で二ヵ月半。俺と桧垣と監督に至っては登校すらしていない。高校の進級規定は年間欠席日数が百日を超えない事なので、あと余裕は五十日。夏休みを考えてもこのペースだと本当にギリギリだ。
「泥沼で生き、清流で死ぬ。それが私たちクリエイターの生き様だろう! とにかく進め! とにかく足掻け! 行きつく先を私たちは知っているはずだ」
その声に誰しもが納得し、言葉を飲む。みんな知っているんだ。泥臭い努力と創作の連続の先に産まれた作品は美しいと。
「むしろ私たちは泥の中で良い。汚くて良い。私たちが輝くんじゃない! 輝くのは私たちが作った世界だ!」
「そうですね! いや、俺たちだって輝くんです! 俺は知ってます。本当に美しいのは惑わぬ心を貫いた生き様だと! うぉーー!!」
「うぉーー!!」
もはや監督のノリが伝搬してしまった舞薗も、自分に言い聞かせるように気合を入れて通話先で吠えていた。それほどまでに追いつめられている状況なのだ。俺と桧垣はそんな二人とは違って必要最低限の会話しか混ざらずに必死で絵を描き続けているし、音峰も通話に混ざらずにチャットのみで黙々と作曲活動に精を出している。
本来ならもっと気楽にやる予定だったらしい音峰も、いざ作業が始まって全員の切羽詰まった毎日を見ることで主題歌とエンディング曲まで作ると言い出し、自ら首を絞めていた。
若さに任せた我武者羅なタイムスケジュールの中、俺達の作業は着実に進んではいた。
予定より二週間遅れた七月下旬。原画と背景画が全て終わったところで俺と桧垣はギリギリ保っていた意識を手放して泥のような睡眠に落ちた。俺が目を覚ましたのは二日後。気を遣って起こさないでいてくれて作業を肩代わりしてくれているのかと淡い期待を抱えて舞薗に尋ねると、何のことは無い。しっかり二日分の仕事を残してくれていた。
というより他人の予定分まで手が回らなかったというのが本当のところだろう。
しかし、本業である俺と桧垣の動画作業参入で一気に仕事が進んだ。
箱詰め状態が五ヵ月になった九月中旬。作画作業が全て終わり晴れて俺と桧垣は作業から解放された。学校での活動は五人揃って赤点ギリギリ回避、欠席可能日数も残り僅か。監督に至ってはこれから編集作業もあるので卒業できないかもしれないと言っている始末。
「なんでそこまでして今やらなければいけないんだ?」
自分に余裕ができた途端、俺は放送室で監督にそんなことを聞いた。
「私もお前のところと似たようなもので親に縛られているんだ。結果が出ていないものは認めない。結果の出ていない曖昧なものは許されず、このまま何もしなければ大学を卒業して会社を継がないといけない。だから今結果を出すしかない。文化祭にはすでにアニメ関係者や脚本家、映画業界の人間を招待してある。そこで売り込んで商業作品として成立させるんだ」
「いつの間にそんなことまでやってたんだ……」
そんな時間があったのだろうか? いや、俺達が動き始めるより前に決まっていたのかもしれない。
「そのコネクションを作るためにあまり好きでもない舞台脚本を手掛けたりだってしたんだ。全てはこの為だけに。私は一パーセントの成果の為に平気で九十九パーセントを犠牲にするぞ。それが夢を叶えるということだろう?」
「そりゃ間違いない」
本当に、この人の言うことは心に刺さる。これがカリスマというものなのだろう。
一瞬前まで会話をしていたのにもう集中してパソコンに向かっている。この人の脳味噌はいったいどうなっているのやら。本当にこの人はアニメを愛しているんだな……。
「愛とは、大切にしたい気持ちと全てを奪いたい気持ちの鬩ぎ合いだ」
唐突に後ろから掛けられた言葉に俺は飛び退きながら振り返った。心を読まれたようで気味が悪い。
「なんだ舞薗か」
「今のはこのアニメの台詞だけど、監督を見ていると何だか考えさせられるよな」
先程の作られた声とは違って普段通りの声。
「どういうことだよ?」
「このアニメと言わず、アニメ業界全体って意味」
アニメで世界を変えたいとまで言った彼女だ。アニメに対する愛は確かなものだろう。それに合わせて読み解く今の台詞……。なるほど、舞薗の言う通り意味が深い。
「ロボットが世界の主導権を奪おうと考えたり、主人公の男の子が幼少期から大切にしてきたロボットを壊そうとしたり……。そのくせ大切に守ろうとしたり、独占しようとしたり。両親が主人公に洗脳まがいな事を続けてまで大切にしていた……なんてエピソードもあったり。かなり屈曲した愛の物語だけど、本質を突いた話だしな。監督の家庭環境にも深く切り込んだ内容でもあると俺は思うよ」
本質を突いているように感じるのは俺達が皆似たような境遇を持っているからなのだろう。舞薗だって学校と家で人格が入れ替わっているんじゃないかというくらいに違うのも、複雑な事情があるからなのだろうし。
音峰だってそう。桧垣だってそう。皆何かしら抱えていて、それが互いに似通っていると感じているんだ。だからこんな貴重な青春時代を切り売りしてでも協力したいと思えたんだ。
「さて、俺の仕事はこれからだな。監督ってば酷いんだぜ? 一人四役やるからって、動画作業中にも役になり切って話せなんて言ってきてさ」
「ははは。俺はこれからは主だった仕事もないけどできることは協力するよ」
「じゃあ、監督の編集作業の手伝いだな。監督と音峰も声優として出演するわけだしな」
「ああ、せめて監督には高校を卒業できるようにしてやりたいな。欠席日数が本当にギリギリだ」
「ギリギリって言うならこの作品の方がもっとギリギリだけどな」
「もっと言えば俺たちの体調とか命もな」
「違いない」
「舞薗! 来てたならさっさと言え! 収録するぞ!」
「はいはーい」
二人がマイクの準備を始めたところで俺は監督の代わりにパソコンに向かって編集作業の続きに手を付けた。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる