砂漠の鳥籠

篠崎笙

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泉水Ⅰ

まだ覚めぬ夢の中で

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「ひどく汗をかいているね。びっしょりだ」
 アッシュに汗で濡れた服を脱がされて。汗の浮いた肌を、拭かれるのではなく、舐められた。

 もう、何度も抱かれた身体だ。
 望んでもいないのに、アッシュの愛撫に、勝手に反応してしまう。


「……よく眠れるように、あげよう」
 囁かれて、ベッドに押し倒される。

 大きくて体温の高い手は、落ち着かせるためでなく、明らかに性的な意思でもって俺の太股を撫で上げている。

 服の上からでも、見てわかる。アッシュがしていることが。で、何度も貫かれた。

 また俺を、抱こうとしているんだ。

 


 アッシュの視線から、滴るような色気と、情欲の気配を感じて。

「いや、やだ……、」
 ゾクゾクして。思わず、抗うようにアッシュの胸板を押してしまった。

「イズミ? 何故、震えているんだい?」
 耳たぶを噛むように、囁かれる。


 ああ。
 あの、熱を孕んだ瞳で。欲望を剝き出しにした視線で。
 俺を見ている。

 俺だけを映す、琥珀色の瞳。


「こわがらなくていい。わたしに逆らわなければ、ひどくはしない。……ね?」
 優しい声で。

 ……気付かれてしまった。

 俺が、すべてを思い出したことを。
 彼から、逃げたことを。


 †††


 この身体は、アッシュに、もう何度も抱かれている。

 彼の、体温の高く熱い肌を。
 逞しい腕に抱き締められる心地好さを。
 彼のものに貫かれ、揺さぶられることによって生じる快楽を。
 この身体は記憶している。覚え込まされてしまった。

 アッシュは定期的に護衛達と格闘や剣術護身術の訓練をしていて、身体を鍛えているのは知ってる。全身、しなやかな筋肉で覆われてるのも。

 力ではアッシュには絶対に敵わないことも、すでにわかっている。
 いくら抵抗しても無駄だということも。


 ここに連れて来られた時。
 最初に逃げることができたのは、俺の涙にアッシュが動揺したからだ。

 その隙をついて、アッシュを蹴っ飛ばして逃げたんだ。

 今はもう、そんなことでは油断してくれないだろう。
 ……泣き叫んでも、許してくれなかった。


 せめて、記憶を失っていた期間の記憶なんて、記憶を取り戻した時点ですべて消えてしまえば良かったのに。

 産まれたてのヒナが最初に見たものを親だと認識するように。
 記憶を失った俺は、心配そうに自分を見ていたアッシュを、自分の絶対的な保護者だと認識したんだ。
 何があっても、この人だけは自分を傷つけない、護ってくれる相手だと。

 実際に、アッシュはまるで親のように俺の世話を焼いてくれた。
 いや、親よりも献身的だったと思う。

 そうなったのは自分のせいだという罪悪感があったとしても。


 俺が色々なことを理解できるようになるまでは、仕事で忙しいのに、片時も離れず傍にいてくれた。
 朝も夜も、目を開ければいつもアッシュが微笑んでくれた。その笑顔を見て、安心できた。この人の傍にいれば、何があってもこわくないと思えた。

 最初にアッシュ、と名を呼んだ時くらいだ。彼が表情を変えたのは。

 あれは、嬉し泣きだった。
 名前を呼ばれたくらいで嬉しくて泣いてしまうほど、アッシュは俺を愛していた。


 記憶を取り戻す前の俺も、アッシュが大好きだった。

 純粋に、アッシュだけを慕って。
 純粋に、アッシュだけを愛した記憶。

 そして、アッシュに愛され、幸せだった記憶が、俺を戸惑わせる。


 ……ああ、そうか。そうだったんだ。
 記憶を失っている間、俺がずっと恐れていたのはだったんだ。

 心の奥底では、思い出したら、すべてが壊れると理解していたんだろう。
 だからずっと、すべてを忘れたままでいたかった。

 なのに。
 すべて、思い出してしまった。


 アッシュから、女みたいに抱かれるなんて、嫌だ。
 普通の、友人のままでいたかった。

 こんなこと、望んでないのに。

 記憶を失った俺を、周囲を。
 行方不明だと言って誤魔化して、騙して。

 ここに閉じ込めていたのに。
 酷い男なのに。


 どうしてだろう?
 そんなアッシュを、心底憎んだりできないのは。


 †††


「あぅ、」
 慣らすのもそこそこに、挿れられたのに。

 抱かれるのに慣れたは、大好きなアッシュを受け入れて、喜んでいる。
 アッシュのものを締め付けて。離したくない。もっとが欲しい、と。

 身体だけが、アッシュを求めてる。
 心は、そうじゃないのに。


「ん、……あ、」
 自然に、腰が揺れてしまう。

「……ん、いい子だね。気持ち良い? 身体は、ちゃんと、わたしを、覚えてるんだ? わたしが、きみを、そういう身体に、したんだよ?」
 揺さぶられるまま、がくがくと、頷いてしまう。

「ああっ、」
 灼熱の塊に、何度も突き上げられて。

「わたしのものだ、イズミ。もう、逃がさないよ……絶対に」
 熱い囁き。


 痛いくらい、きつく抱き締められる。

 アッシュが俺を絶対に逃がさないと決めたのなら、そうなるんだろう。
 ……もう、逃げられない。

 俺は、捕まってしまったんだ。
 この、熱い腕の中に。


「ひっ、」

 膝の上に乗せられる、あの、串刺しにされるような体位。
 最初の、あの時以来、しなかったのに。

「い、痛い。アッシュ、裂けちゃう、」

 めりめりと、肉を引き裂かれ。アッシュの性器が内臓をかきわけて。喉の奥まで圧迫されてるみたいな感覚。
 痛いし、息苦しいし。きつい。


「まだ、対面座位には慣れないようだね。ここは狭いから、しかたないかな……」
 アッシュは諦めたように、すぐにやめてくれたが。

「これからは、毎日こうして可愛がってあげようね。今まで出来なかったことも。いろいろ、この身体に教えてあげるからね?」
 うっとりとした顔で。俺の頬を撫でて、言った。


 俺が、記憶を思い出したから?
 アッシュから逃げたことに対するお仕置きでもするつもりなのか?

 これから、毎日。


 †††


「うう……、」

 身体が重くて、起き上がれない。
 腰が痛い。というか、お尻がヒリヒリしている。執拗に弄り回された胸の先も。

 お尻にも胸にも、消炎鎮痛効果のある軟膏が塗られているようだ。
 でも、まだ腫れていて、ジンジンする。

 ここまでひどくされたのは、はじめての時以来だ。


 アッシュの激しすぎるセックスは、朝方まで終わらなかった。

 俺が気を失っている間に、風呂に連れて行ったんだろうか?
 身体だけじゃなく、髪もさっぱりしている。全身丸洗いされたようだ。あちこちぐちゃぐちゃにされたもんな……。

 俺の身体を綺麗にして、後始末までして。
 アッシュはほとんど寝てない状態だろうに。

 俺には「まだ寝てなさい、眠いだろう?」と言って。
 額に軽くキスをすると。

 アッシュは王子スマイル全開で、颯爽と仕事に行ってしまったのだった。


 何であんなに体力があるんだろう? あれが絶倫ってやつなのか?
 あんなにいっぱい出して、腰が抜けたりしないのが凄い。精力どうなってるんだ。羨ましくなんて、全然ないけど。


「今朝、やたらご機嫌でしたね」
 ジャファルが不思議そうに首を傾げていた。

 まだ、俺が記憶を取り戻したことには気づいていないようだ。


 ご機嫌だった?
 それは、久しぶりに思う存分性欲をしたせいだろう。


 今までは一応、子供相手だろうと思って、手加減していたわけだ。

 記憶が無くて、まっさらだった。
 まだ赤ん坊みたいなものだったのに。

 あの時も、俺の頭の中身的にはまだまだ子供だったので、充分鬼畜的所業だが。


 しかし、あれだけの精力があって、それをセーブしていたと思えば。
 今までは、かなり我慢していたほうなのだろう。

 アッシュにしては。
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