限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

170.十一月一日 午前 道すがら

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 通学中に正体不明の声が聞こえたことで八早月たちはにわかに警戒し、当然のように周囲の探索を始めた。その声はうっすらではあるが運転していた板倉にも聞こえており尋常な出来事ではないことを示している。

 だがこれだけはっきりとした現象であれば、元をたどり原因を突き止めるのは容易い。みくずの探知の力により、すぐにその声の主は見つかった。

『八早月様、声の主は、和装の人形でございます。
 節句の―― とは異なるような気もしますが、どうやらかなり古いものでゴミに出されているようですね』

『なるほど、未練があって妖が憑りついたか付喪神つくもがみになったのかもしれません。
 しかし自力で動ける様子では無さそうですね』

『はい、いかがいたしましょうか。
 このまま放置しておくわけにはいかないと思いますが……』

『今車を回してもらいますので誘導をお願いします。
 場合によっては連れて帰るしかないでしょうが…… 車には残せませんね』


 こうして八早月は、真宵の案内にそって村の一角にあるゴミ集積場でやって来たのだが、よくよく考えるとおかしなことに気が付いた。そもそも人形が声を発するのがおかしなことなのだがそうではなく、棄てられた恨みや悔いによっての出来事ではないと言うことだ。

 なんせ発する言葉は『サムイ』ということだけ、かと言って人形だろうと妖だろうと寒さを感じることはない。百歩譲ったとしても目の前の人形はしっかりと着物を着ており、どちらかと言えば暑そうなくらいである。

 八早月は人形の傍らにしゃがみ込み手をかざしながら気配を探る。どうやら悪しき妖の気配は感じられないが、かと言ってまっとうなものであるとも言い切れなずどうしたものかと考え込んでいた。

「集積所に棄てられている物を勝手に持って言ってはまずいはずでしたね。
 近隣の方に聞き込みしてみるとしましょうか」

「そうですね、それじゃ私は向かい側の家に言って聞いてきますぜ。
 なんだか探偵になったみたいでワクワクしますな!」

『八早月様、当たり前のように声に出ておりましたよ……
 幸い板倉殿はやる気なので良かったのかもしれませんが』

『うっかりしておりました、でも手伝って頂けてちょうど良かった。
 では私たちはこのすぐ前のお宅へ参りましょうか』


 あまりのんびりしていると遅刻してしまうので手早く済ませないといけない。不可抗力とは言え板倉に手伝ってもらえたのは幸いだったと言えよう。その甲斐あってゴミに出した家がわかったのだが、どうやら昨日で越していってしまったとのことだった。

「ここは横山さんと言うご夫婦と小さなお子さんの三人家族だったんだけどね。
 奥さんが目を離したすきにお子さんが行方不明になってしまったのよ。
 それからはご夫婦の折り合いもねぇ……
 間もなくして離婚した後、旦那さんだけ住んでいたけどまあこうなるわよねぇ」

「まったくかわいそうな話なのよぉ、ホンの十分かそこら出てる間にですって。
 お子さんが体調崩して薬局へ行って、帰ってきたらいなくなっていたらしいわ。
 奥さんったらもう見ていられないくらい大声で辺りを探しててねぇ。
 旦那さんには随分叱責されてやつれてしまいかわいそうだったわぁ」

「そうですか、それではこの人形はそのお子さんのものかもしれませんね。
 私は神社の関係者ですので、持ちかえって供養させて頂こうと思います。
 お話ありがとうございました」

 近所のおばちゃんが聞いてもいないのにあれこれと話をしてくれたので事情はあっさりと把握できた。きっと当時は報道もされたのだろうが、八早月には地方ニュースまで事細かに目を通すほど新聞が好きではない。

「当時の事件のことは必要があったら調べてみましょうか。
 板倉さん、お手伝いありがとうござました。
 まだ学校には間に合うかしら?」

「まだまだ余裕ですよ、なんならもう少し聞き込みしてもよろしいですぜ?
 なんて調子のってると叱られちまうんで本業を頑張りましょうかね」

「そうしてもらえると助かるわ、一応まだ遅刻したことはないのだから。
 問題はこの人形をどうするかだけど――」

「まさか車の中に置いていくなんて言いませんよね?
 いや、もちろんそれでも構いませんが、なんと言うか……」

「そうよね、少し気味が悪いと感じるかもしれないわね。
 だってこの――」

「いやいやいや、それ以上は結構です、説明は不要、わかってます、ああわかってますとも!」

 そんな真相に迫るようなこと聞いてなるものかと言わんばかりに、板倉は八早月の発言を押しとどめひたすら車を走らせた。それでも時折車内には『サムイ』と言う声が聞こえてくる。その度に板倉は背筋をピンと伸ばし小声で『ヒィ』と呟いていた。


◇◇◇


「それで? そのいわくつきの人形を教室へ持ち込んでしまったってことね?
 確かに運転手さんに押し付けるのはかわいそうだけどさ、教室ならいいってこともなくない?」

「大丈夫、この人形から悪意は感じないわ、私もそばにいるし安全よ?
 もしかしたらたまに空耳程度になにか聞こえるかもしれないけど、ただそれだけ。
 気にしなければ誰も気が付かないんじゃないかしら」

「そう願いたいけどアタシは嫌な予感しかしないよ……
 一体全体その人形がなんなのか、それが問題なわけでしょ?」

「ええ、恐らくは妖だとは思うのだけれど、動きだす気配もないし何か変なの。
 まるでここに意識はないような、そんな感じね」

「それって幽霊とかじゃないの? 行方不明の子の霊が乗り移ってる的な?」

「私は断言するけど、霊や幽霊なんてものはこの世に存在しないわ。
 夢路さんから借りた雑誌にも心霊特集が乗っていたけれど、全部作り話だもの。
 常世の住人と数えきれないくらいやり取りしてきた私が言うのだから絶対よ」

「八早月ちゃんの言うことは信じてるけどさぁ、真宵さんも藻さんも霊でしょ?
 その当人が幽霊はいないって力説するのはどうかと思うんだけどさ……」

「なるほど、その認識が違っているの、真宵さんは現世へやって来た魂ね。
 いわゆる幽霊とは違って生前の記憶はないわ。
 藻さんの場合は少し違うんだけど、人々の恐れや祈りが概念化したものなの。
 そこへ元となった人物や物体が結び付けられ神として成立すると言うわけね。
 だから厳密に言えば大本の妖狐とは別の存在なのよ」

「うーん、全然わからんちん、難しすぎるよー
 要は死んだ人がそのまま霊になっているなんてことはないってこと?」

「そういうことね、だって私がお墓参りに行っても先祖と出会ったことないのよ?
 死んでも現世に来られるなら、私なら絶対に子孫と会おうとするに決まってる。
 でも実際には先祖代々、先祖の霊と会った記録はないんだもの」

「なるほどね、そっちは信憑性高そうに聞こえるよ。
 かといってこの人形の正体がわかるわけじゃ無いだろうけどさ」

「まあこのまま連れ帰って色々と調べてみることにするわ。
 常世由来のものであることは間違いないからきっとすぐわかると思うのよね」

 この自信がどこから来るのかわからないが、先日多邇具久たにぐく捜索に失敗したことをすっかり忘れて楽観的に考える八早月だった。

 そして一人だけ席が離れている夢路は、いくら聞き耳を立てても聞こえてこない八早月と美晴の話している姿をちらちら見ながら歯ぎしりをするのだった。
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