限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

172.十一月一日 丑三つ時 受難の巫女

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 いつものようにみんなでおしゃべりをしていた放課後の帰り際、綾乃は自分でも驚くほど積極的に『とあること』を提案していた。だがそれが不幸な出来事の発端になるとはこの段階で誰が想像できただろうか。

「ねえ八早月ちゃん、その人形なんだけど今日は私が連れて帰っていいかな?
 週末で時間が空いた時にきれいにしてあげたいんだよね。
 間違いなく呪われていたり、妖が乗り移っているわけじゃ無いんでしょ?」

「そうね、モコもわかっていると思うのだけれど、脅威を感じるものではないわ。
 綾乃さんの自宅は結界もちゃんとしているし問題はないでしょう。
 今のところ実害と言えるのは声が聞こえると言うことくらいだものね」

「それって私には聞こえないみたいだから気にならないね。
 せっかくかわいいお顔しているんだもん、ちゃんと綺麗にしてあげないとかわいそうだからさ」


 そんなやり取りを経て連れ帰ってきた人形を、今は帰宅後に学習机の上に座らせてある。明らかにくたびれているその躯体は、綾乃が一目で見立てた通り少し年代物の球体関節人形であったのだが、各関節を繋いでいるゴム紐が大分弱っているようだ。

 綾乃が元々所有している人形はまだ新しく、中学へ上がる際に親戚のお姉さん母の妹 四十歳からお祝いで贈られた物だ。それまではぬいぐるみばかりだった部屋にクラシカルなドレスを纏った姿が加わりちょっとしたアクセントとなり、綾乃お気に入りの一体である。

 みんなが遊びに来た時に気がつかなかったのは、きっと学習机に貼ってあるカレンダーと色合いが似ていたからだろう。だってこんなに素敵なのだから気が付いたなら興味を持たれないはずがない、などと思いながら預かった人形と見比べていた。

 その後、汚れている服を脱がせ洗面所で漬け置き洗いにし、代わりに手持ちのワンピースを着せてあげるとまあまあ小奇麗に見えた。人形の表面も汚れているのだが、まさか水洗いするわけにはいかないだろうと手入れの方法を教えてもらうために叔母へメッセージを送っておいた。

 こんな風に丁寧に、愛情をもって接してから就寝したはずなのに――


「―― サムイ…… サムイヨ……」

 かすかに何かの声が聞こえた気がした綾乃は、夢うつつながら目を覚まして耳を澄ませてみる。すると空耳ではなく誰かの声が聞こえてくるのだった。

「サムイノ…… オネガイ…… サムイ……」

 自宅には神杭による結界が効いているので妖が入ってくることはめったにないはず。と言うことは声の主は妖ではないのか、それとも綾乃が連れて入ってしまったのがいけなかったのだろうか。

 いずれにせよ声の主はどう考えてもあの人形である。みんなといる時には声なんて聞こえなかったと言うのに、よりによって一人になってから聞こえてくるなんて信じられない。だがこれも巫女の力のなせる技なのか、などと考えてみる。

 しかしそんなことを考えてばかりはいられない。この状況で綾乃が頼れるのはただ一人? いや一匹だけ。何とか声を振り絞り自身の遣いに助けを求めた。

「藻孤? お願い助けて! モコったら! 聞いてるの?
 聞こえたら助けに来て! お願いだから!」

『主? こんな夜中に珍しいな。何かあったのか?』

「モコには聞こえないの? あの人形がしゃべってるのよ!
 お願い、早く助けに来てよ」

『なんだ、怖いのか? 主も意外にだらしないんだな。
 俺みたいな狐だってしゃべるんだから人形だってしゃべるくらいわけないだろ?
 なんの害意も悪意も感じないから気にしないで寝てりゃいいさ』

「なんでそんな冷たいこと言うのよ、怖いものは怖いんだから仕方ないでしょ!
 いいから早くこっちに来なさい!」

 いつもは撫でろだ膝に乗せろだうるさく言う割に、こういうときには素直に従ってくれないのは綾乃が完全に舐められているせいに違いない。綾乃はそう考えたのだが真相は異なっていた。

 モコが言う通り、人形からは悪意が発せられていないため、遣いとしての防衛本能が働かない。そのため何から身を護るよう命じられたのかが理解できないのだ。いくら可愛らしい子狐の姿であっても神から遣わされた存在である。愛玩動物のような扱いでは素直に従うはずがなかった。

 それでも根気強く言い聞かせた結果、モコはしぶしぶ綾乃の側に現れる。しかし外敵がいるわけでもなく何をすればいいかがわからない。ただただ怯える綾乃の側に寄り添うだけだった。


◇◇◇


 翌日、綾乃はほぼ眠れずに朝早くから人形の服を乾かしてから元のように着せ、丁寧にくるんで学校へ連れてきた。もちろん早急に八早月へ返すためだ。

「八早月ちゃんおはよう…… 昨晩はもう大変だったよ……
 ずっと寒い寒いって言っててね、怖くて眠れなかったもん」

「それは大変だったわね、でもうるさいくらいで実害はなかったでしょう?
 ああ、眠れなかったのは実害かもしれないわね」

「そうなのよ、気にしなければいいってわかってるんだけどね。
 私はまだまだ未熟だからどうしても怯えてしまうんだわ。
 そして今日は授業中に寝不足とも戦わないといけないしね……」

 こうして早々と人形の世話を断念した綾乃は、再び八早月へと託し肩の荷を下ろしたのだった。この件で株を上げたモコだけが一人満足げだったのは内緒の話である。
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