限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

174.十一月四日 午前 内緒の行動

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 日曜日の朝、天気も良く絶好のジョギング日和である。いつもなら母親と一緒に散歩へ行く時間だが今日の綾乃は別の予定を建てていた。

『主? 本当に行くのか? みくず様へ相談してからが良くないか?
 いや、別にやましいとか怖いとかそういうことじゃないんだからな?
 ただ黙って行くにはちょっとまともじゃないと言うか、怪しげなんだろ?』

藻孤モコが意外と臆病だってことはわかったわよ。
 でも妖とは無関係なんだし、危ないことなんてなにもないってば。
 確かに事件があった場所だからいい気分はしないけど、それも三年前の話よ?
 今は誰も住んでない元の家があるだけだし、ちょっと見に行くくらい平気だってば」

 なぜそんな好奇心を持ってしまったのかわからないが、昨晩の会議グループ通話で聞かされた事件のあらましをもっと知りたくなってしまった綾乃だった。通話終了後に美晴へお願いし新聞のコピーを送ってもらって読んでみたがやっぱり書いてある以上のことはわからない。

 それならば現地へ行ってみるしかないと思い立ってしまった。現地と言うのはもちろん近名井きんない村にある事件のあった元横山宅に決まっている。人形がゴミへと出されたのが十一月一日の朝、だがそのお宅はすでに空き家だったらしい。

 八早月が聞いてきたとおり前日に越していったとして、ゴミは夜のうちに出して行った可能性が高い。ご主人だけが残っていたとの話だったが、最後に人形を置いて去って行くときにはどんな気分だっただろう。

『いや、ちょっと待って? 子供が大切にしていた人形を棄ててしまったの?
 それに球体関節人形なんて凝った物を小さな子へ与えるのは珍しすぎない?
 本当に行方不明になった男の子の物なの? あり得なくはないけど……』

 行方不明になった子供と、捨てられていた人形を短絡的に結び付けてしまっていたが不自然な点があることに気が付いた。だからなんだと言う事でもないが、やはりもっと詳しく知っておきたい、綾乃にしては珍しく積極的である。

 外出用のトートバッグに水筒とおやつを少し詰め込んでから玄関でスニーカーの紐を結んでいると母親がやって来た。どうやら一人でジョギングへ出かけるらしい。

「綾乃は最近随分と積極的に出かけるわね、ママうれしいわ。
 これもきっとお祓いがうまく行ったってことなんでしょう?
 八岐大蛇って神話では恐ろしいものとして描かれているけど全然そんなこと無かったわ」

「そうよ、八岐大蛇様はすごいんだから、私とっても感謝してるんだ。
 もちろんそのために苦労してくれたママとパパにもね。
 私って本当に恵まれているって思ってるよ」

「まあ今朝は随分大げさなことね。
 それでどこまで出かけるのかしら? また櫛田さんたちと一緒?」

「ううん、今日は文化祭用の調べものだから一人だよ。
 明るいうちに帰ってくるから心配いらないからね。
 いつも気遣ってくれてありがとう、ママ大好きだよ」

「一人とは珍しいわね、何にせよ気を付けて行ってきなさいね。
 それで? お小遣いが欲しいなら素直に言いなさい?」

「あはは、見抜かれてたかー
 バスに乗るかもしれないのとお昼は過ぎるだろうからそれくらいお願いします!」

 こうして出がけに小遣いをせしめた綾乃はご機嫌で出発した。頭の上に乗ったモコはやれやれと呟いている。ここまで来たらもう主を止めることは出来ないと諦めた神使は、気が乗らなそうなまま大人しくするのだった。

 家を出て少しすると近名井方面へ向かうバス乗り場があるのだが、このバスを使って乗り継ぐと料金が高くつくので早足で通り過ぎる。以前別の方面へ行く際に一度乗ったとき、目的地がまだまだ先なのにどんどん上がり続ける料金表を見て目を回しそうになったことを思い出していたのだ。

 そのため少しだけ遠回りにはなるが、定期を使って学園最寄りの金井駅まで行き、そこからバスで近名井村を目指すことにした。これならバス代は半分くらいで済むはずだし道に迷うこともない。

 電車の中ではおさらいとして記事を読み返し、自分なりの推測でも立ててみようと考え込んだ程度で目的地へ到着してしまった。電車は平日よりもガラガラで、慣れた二駅と言うこともあるがいつもより早く着いたように感じる。

 数年前に自動改札が導入されたが、以前と変わらず無人駅の金井駅を出ると、毎日通っている学園への道がある。しかし今日はそちらではなく駅のすぐ隣にあるバス乗り場へと向かった。

 どうやら次のバスは十五分ほどで来るらしくあまり待たされないようで一安心である。まだ朝早いせいもあって駅前にひと気は無く、配送か何かのトラックが一台通り過ぎただけだ。

 そのトラックが通り過ぎたあと、目に入った脇道から一人の女の子が顔を出す。それは綾乃の良く知っている顔ではあるが、あまりにも意外すぎて夢でも見ているのかと思ったほどである。

「綾ちゃんおはよー、やっぱり行くんだね。
 朝っぱらにハルが連絡してきてさ、もしかしたらって言うから来てみたんだー」

「凄いねハルちゃんの勘、それを信じてここに来た夢ちゃんも凄いけどね。
 しかももしかしてお出かけの準備できてる!? まさか――」

「そのまさか、一緒に行こうかなって思ったんだよね。
 近名井に聞き込み行くんでしょ? 私にはお見通しだよホームズ君」

「ホームズより勘の鋭いワトソン君なんているのかな?
 でも良かったあ、ひとりじゃちょっと心細かったんだよね。
 そう言えばそのホームズ張りの推理をしたハルちゃんは?」

「ああ…… ホームズはデートだってさ。
 きっとドキドキワクワクで早く起き過ぎたから私に連絡してきたんだよ?
 涼君と二人でサイクリング行くって、まったくいい気なもんだよねえ」

「さすが体育会系の二人だ、私は自転車乗れないからなぁ。
 そこはちょっとうらやましいかもー」

「運動神経悪くないのに意外、もしかして乗ったことないとか?
 意外に親御さんが慎重だったり厳しかったりするの?」

「私ってほら、この間まで事故とかにあいやすい体質だったからね。
 普段は極力家の中から出ないで、学校も送り迎えしてもらってたんだよ。
 それでも目の前に飛び出しがあったり、車ぶつけられたり大変だったなあ……」

「そっか、それじゃ今はもう問題ないなら自転車の練習もできるね。
 こう見えても私はちゃんと乗れるから教えてあげられるよ。
 もしかしたら八早月ちゃんも乗れないかもしれないね。
 あの山道だからかもだけど、確か家には自転車無かったでしょ」

「それじゃ今度教えてもらおうかな、学校で練習出来たら安全なのにな。
 先生に相談してみたらいいって言ってくれるかもしれないよ?
 他にも乗れない子はいるだろうしさ、体育でやるとかさ」

「そう言えば小学校で交通安全教室が開かれたことあったよ!
 役場主催だと思ったから、私立の九遠学園には来てくれないのかな」

「どうだろうね、久野小にはそういうの来たこと無かったな。
 それも一緒に聞いてみたらいいかも―― あ、バス来た!
 おしゃべりしてたから待ってた感じしないや、来てくれて良かったよ」

 こうして美晴の機転で合流した綾乃と夢路は、二人だけと言う珍しい組み合わせで休日のお出かけ、いや聞き込み捜査に繰り出したのだった。
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