限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

176.十一月四日 日中 少女探偵

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 確かに娘っ子はいた。正確にはかなり昔に娘っ子だったおばさん、もしくはこの家唯一の女性だから娘っ子なのかもしれない。そのふくよかさには夢路も圧倒されてしまい、自分もそうならないよう戒めとして目に焼き付けようと思うほどだ。

「あんらー、おめら朝から長婆おさばあに捕まってたんかい。そりゃご苦労なこったねえ。
 ここいらの婆共のおさだから長婆だけんども、長話のながでもあんのよ、ぶふふ」

「でも貴重なお話をたくさん聞けて良かったです。
 それでえっと、綿子わたんこさんにもお話聞けたらなって思いまして」

「おん、いいよ、ちなみに綿子は屋号だかん、おいらの名は小曽根おぞね絹子な。
 親は綿花農家から嫁に出て絹を着られるようにってつけてくれたけんどよ。
 他に子が出来ねえでおいらが家を継いだんさ、おもしれえだろ?」

 二人とも面白さがわからなかったがとりあえず愛想笑いをしてみる。おばちゃん改め絹子はケラケラと大笑いしながら縁台に腰を下ろし、二人も座るようにと手で縁台をバンバン叩いた。

「そんでお向かいの横山さんちのことな?
 おかあちゃんがチビちゃん連れて綿花を見に来たことがあったくらいか。
 おいらよりも十以上は下だったはずだかん詳しいことはわからねえが、家飛び出した息子がいたことは知ってたかん、帰ってきたんだなあと」

「親御さんとはお付き合いあったんですか?
 亡くなった後にご夫婦で移住されてきたと聞きましたけど、松茸のために?」

「そこらへん知らねけんど、横山家ではまったけを売って生活してたのは事実な。
 息子が知っててもおかしくはねえが、ありゃどっかのサラリーマンだったはず。
 一朝一夕でまったけ採りになれるとは思えねえんだけんがなあ」

「山のまま売ったんでは儲からないんですかね? 松茸があると証明が必要とか?
 でも一年中は採れませんよね?」

「だかん、一年分一気に稼ぐ必要が出るってわけさ。
 でもそんなことできんのは名人だけだろ? あの若造には無理な話だったろな」

 絹子は綾乃の聞き取りにすんなりと応じ、ぺらぺらとよく話してくれる。ただ聞いているだけの夢路はやや退屈ではあったものの、ついてきた段階である程度は覚悟していたので不満は無い。ただし朝食を食べてこなかったため腹が減っていた。

「だいたいよ、あんな小さい子連れて移住してくるようなとこじゃねえよな。
 病弱だからってめったに表出さねえで暮らしてたからその辺が理由かもだけどよ。
 でもたまに散歩してるとこ見かけっとキレイなべべ着て女の子みてえだったな」

「もしかしてそれって和服ですか? 着物か浴衣かはわかりませんけど。
 顔は? 男の子らしい顔してましたかね?」

「い、いやあ、遠目だかんらわからねえよ、でも着てたのは浴衣か何かだな。
 それがどうかしたんかね? 第一よく和服だってわかったんなあ」

「いやそれはどうでもいいことだったんですけど……
 引っ越しの時に和服の人形を棄てて行ったらしいんですよね。
 それがどうしても気になってしまって」

「そいやチビちゃんがいなくなる前はおかあちゃんもお人形さんみたいだったんな。
 悪く言うと厚化粧だけどんも、可愛らしくて舞台役者みてえっての?
 きっと都会の人だったんじゃねえかな、んでも」

『ぐううぅ……』

 絹子が更に何か続けようとした瞬間、綾乃の隣からものすごい音が聞こえて来て会話が中断した。振り返ると夢路が両手を合わせ申し訳なさそうに頭を下げている。どうやら聞こえたままの腹の虫であるようだ。

「なんだおめえら腹減ってんのか?
 ちと早えけど昼にすっか、簡単なもんだけど用意するから食っていけ」

「そんな、突然お邪魔して食事までご馳走になるなんて悪いですよ。
 私たちはコンビニでおにぎりでも買って食べようかと思ってますから」

「ぶっはっは、この村にそんなしゃれた商店はねえよ。
 飯を買うなんてバスで金井町へ向かう途中の街道沿いか、ジジババ用の宅配弁当位なもんさ」

「えー、まさかそれほどとは考えていませんでした……
 すいませんがご馳走になっていいですか?」

「だかんそうしようって言ってるじゃねえかいよ。
 二人とも少しくらい台所仕事できるなら手伝えさあ、ホレ大根、も一人はネギな」

 凄い勢いで話は進み、あれよあれよと言う間に二人へ手渡された泥だらけの野菜を言われるがまま井戸水で洗う。洗い終わった大根とネギは、これまたさっさと絹子にひったくられトントンと刻まれていった。庭に置かれた七輪にはすでにいくつかの野菜が入った鍋がかかっており、昆布出汁の香りが辺りに漂い始めている。

 やがて畑から絹子の旦那と父親が戻って来たので、夢路はまたもや言われるがままに絞った手拭いを渡し、綾乃は切り終わった食材を次々に鍋へと投入する。いい感じに煮込まれた鍋はパッと見はけんちんの様だが渡されるままに入れていったので何が入っているのかすでにわからなくなっていた。

「ま、そんな気にしねで食おかね、二人とも素麺は平気か?
 喰えるならこっから取って椀に入れてから汁をかけるんだよ」

「はい、ありがとうございます、では遠慮なく……
 けんちん煮麺にゅうめんですかね? おいしそうです」

「わっはっは、おいしそうじゃなくておいしいかんらねい。
 いっぱい食べておいき、小さな探偵さんたちよお」

 今戻って来たばかりで事情を知らないはずの旦那と老父までが絹子と一緒に笑っている。その様子を見ると、人を呼びとめて一緒に鍋を囲むことが珍しくないのかもしれない。それくらい絹子は朗らかで人懐っこい娘っ子・・・なのだ。


 すっかりお昼ご飯をご馳走になった二人はまたもや時間をたっぷりと費やした『聞き込み先』から開放された。早朝から出かけて来たと言うのにまだ二人からしか話が聞けていないが、それでも時間はすでに昼を回ったところだ。

 だが有用な話が聞けたのは幸先が良く、二人にとっては幸運であったと言える。なにせこの後は人通りもほとんどなく、話を聞く相手を探すことにすら難儀する羽目になっていたのだから。

 ようやく大人の姿を見つけ横山夫妻について聞き込みをするが、前の二人のような詳しい話は聞けず、やはりこの夫婦と子供は村の中で孤立していたのだと推察できる。

「事件のこともあってもっと有名人かと思ってたけどそうでもないんだね。
 あまり興味を持たれてないと言うか、触れたくないとまでは言わないけどねえ」

「そうだね、話題にするのを避けているほどではないけど積極的ではないよね。
 嫌われてる感じじゃなくて、本当に付き合いが無くて知らないんだろうなあ。
 こういう田舎の村でそんな風に生活していくのって大変そうなのに」

「だよね、セルフ村八分って感じだもん。
 子供の教育にも良くないだろうに、なんでわざわざ移住してきたんだろうね。
 松茸山で一攫千金、あとは遊んで暮らすって言うほどの価値は無いらしいしさ」

 二人はまたもや道すがら声をかけた農婦に手渡されたジュースのピンを次々に上げ下げしながら感想を述べ合っていた。自動販売機の場所を聞いたところちょっと待てと座らされ、村の入り口のバス停まで戻らないと無いと聞かされ倒れそうになったところへ渡されたビンは、まるで砂漠でオアシスを見つけた気分だった。
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