限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

186.十一月十日 午前 果し合い

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 こんな八早月の姿は珍しい、いや初めて見たと三人は感じていた。それは怒りを隠そうともせずこれ以上の狼藉は許さないという強い態度である。だが相手も腕に自信があるのだろう。簡単に引き下がるつもりはないようだ。

「このチビ、今何をしやがった…… 中坊のくせに生意気なんだよ。
 高岳もそうだが海のやつらは何でこうすぐ逆らいやがるんだ」

「私たちも分類するなら山の民だけれど、あなた達と一緒にされたくないわね。
 これ以上何もしなければ見逃してあげるからさっさとお行なさい。
 あなた達も恥をかきたくはないでしょうに」

 このセリフは目の前の相手を激高させるに十分、そして綾乃たちが頭を抱えるにも十分の、非常に有効的な台詞だった。もちろん悪い方に、だが。


 そんな険悪な雰囲気の中、遠くから走ってくる生徒が見えた。剣道着を着て長い栗色の髪をなびかせた姿は場の空気を変える力があるようだ。恐らくは剣道部の生徒だろうが、そのがやってくると先ほどまで凄んでいた女子生徒が突然大人しくなる。

 どうやら助太刀を呼んだのだろうと当たりを付けたが、その相手が異国人だとは考えていなかったため、八早月は少々面喰っている。目鼻立ちのくっきりした彫りの深い面長の顔は、丸顔でそばかすの目立つドロシーとはまた異なる国の出かもしれない。

「ルーファス? この子たちが剣道部は大したことないから勝てるって言うのよ。
 だから私たち腹が立ってしまって謝らせようとしたんだけどね……」

「そんなことはしなくて良いのデース、誰が強いかなんてどうでもいいよ?
 みんな仲良くしまショー、そうすれば世界は平和なのデースからね。
 神も人類は一つの家族だとおっしゃってマース、アンダスタン?」

「どうやら私に向かって言っているようね、仕掛けてきたのはそちらですよ?
 まあいいでしょう、大人しく引き下がれば許すと申し上げたばかりですしね」

「ハハハ、あなたは優しいのデスね、小さなレディー。
 ここはどちらも剣を納めるとしましょう、よろしいですね?」

 誰もが平和的に終わったと感じたその瞬間、あとからやって来たルーファスと言う生徒は八早月にだけ聞こえるように暴言を吐いた。

『汚らしく卑劣な蛇の遣いよ、早くこの場から立ち去れ、さもないと粛清するぞ』

 この感覚は常世の物である。つまりこのルーファスは巫か妖に属する者。だがそんなことで八早月が臆するはずも大人しく引き下がるはずもない。しかも八岐大蛇を侮辱されているのだから同等以上に言い返す以外の選択肢はなかった。

『命が惜しいなら謝罪だけで許してあげましょう、そうでないならこの場で斬る』

「ハハハ、わかってくれてありがとう『ではまた後で』」

 そう言い残しルーファスも女生徒たちも引き上げていった。


 緊迫した一連のやり取りがようやく終わったと、美晴はため息をつき夢路はへたり込む。だが綾乃ははっきりとは聞こえなかったものの、二人の間に何らかのやり取りがなされていたことに気が付いており、零愛に相談すべきかどうか悩んでいた。

 しかしその後は特に変わった様子もなく校内を見て回り、展示物や出店を眺めて過ごした。そして十一時を過ぎようかと言うあたりで調理実習室へと向かい始める。今から行くとちょうどいい時間だろう。

 だが、あとは角を曲がれば目的地と言うところで一人の生徒が八早月へ近づいてきた。しかし八早月は慌てることなく手元に出された二つ折りの紙片を受け取る。周りに気付かれないよう素早く中を確認するとすぐに鞄へと仕舞いこんだ。

「ちょっと私、飲食の前にお手洗いへ行っておくわ。
 すぐに追いつくから先に向かっていて貰えるかしら?」

「うん、わかった、もうすぐそこだから迷わないよね?
 トイレも今来た途中にあったし、先に入ってるから慌てないで平気だよ」

 何も知らない美晴は気楽に返事をしたが、綾乃はなんだか胸騒ぎが止まらない。かと言ってどうすればいいか見当も付かないのだ。自分のせいで、先ほどの嫌な雰囲気の男子生徒と戦うつもりではないだろうか。

『モコ、八早月ちゃんが本当にトイレへ行くかどうかつけて行って。
 どちらにしてもすぐに報告するのよ?』

『主は心配性だなあ、そんなことしたって仕方ないっての』

 モコは相変わらず悪態を付くが、今の綾乃にできる精一杯はこれくらいだ。美晴と夢路には知らん顔しながらついていきモコの報告を待つことにした。

 だが、五分たっても十分たってもモコからの報告は無く、戻ってくることもなかった。どうやら綾乃の心配は当たっていて、モコはみくずの命により綾乃へ報告を返せないのだろうと結論付ける。

 つまりここから導き出される最適解は――

「おー、いらっしゃい、アレ? 八早月はどうしたん?」

「八早月ちゃんはトイレ行って来るって言って戻ってこないんだよね。
 でも多分…… ルーファスって人に呼ばれたんだと思う、色々あって……」

「ええ? ルーファスって剣道部の留学生だよね? うちの高校の。
 一体何があったって言うのさ、ほら綾、そんな泣きそうな顔しないで言ってみ?」

 零愛が優しく声をかけ肩を抱きながら元気づけようとすると、綾乃はつい先ほど起こった出来事の顛末を話し始めた。話し終えてようやく肩の荷が下りた綾乃は涙をこらえ最後の一言を振り絞った。

「―― ってことがあったの。
 もし八早月ちゃんが人殺しになっちゃったらどうしよう、私のせいだよ……」

「いやいや、まさかいくらなんでもそんなことにはならないっしょ。
 綾は心配性だなあ、ハルと夢はどう思う? そんな風に見えた?」

「見えたか見えないかで言えば見えたかも…… 凄い怖かったよね。
 きっと妖と戦っているときってあんな感じなんだろうなって」

「でもねえ、いくらなんでも一般人相手にそこまでは――」

 そう言いかけた零愛が突然背筋を伸ばして窓の外を凝視する。同時に綾乃も椅子から立ち上がり同じ方向を向いた。その時綾乃の頭の中に声が聞こえてきた、藻孤である。

『主! やばいよやばいよ、相手のやつは、あ、ちょっと待って、みく――』

 藻孤が藻の命令を破って連絡してくるほど切羽詰まった状況と言うことなのだろうか。それなら助けを求めるモコを止めるはずは無く、つまり八早月の身に危険はない。イコール、相手の身に何があっても不思議ではないと言うことになりかねない。

 たった今発生した綾乃にさえ感じ取れた強大な妖気、いや神通力なのかもしれないが、とにかく生半可な力ではなさそうだ。もしそれがルーファスの物であったら? あの男子が実は妖だったなら考えられないことではない。

 そう言えば仲間なのか部下なのかが盛んに零愛を敵視していたのも気になった。つまり妖が生徒として紛れ込み、正体を悟られないように暗躍しているのではないだろうか。嫌な事ばかり考えすぎて綾乃の頭の中はもう大混乱である。

 その時もう一度強い力の発生があった。今度は先ほどよりも小さな範囲で、しかし強さは同じようなものだと感じられる。その直後、先ほどの気配共々一瞬で消えてしまったが、それが何を意味するのかが気になって仕方がない。

「綾も気が付いたんだね? ハルと夢は無理だよなあ。
 こりゃ一戦交えてるとしか思えないんだけど、あのルーファスがまさか妖なのか?
 留学してきてから女子にすげえ人気でさ、人当たりのいい善人だって話だよ?」

「でも取り巻きみたいな不良っぽい女子は零愛さんのこと憎んでる感じでしたよ?
 憎まれる覚えなんてないでしょ? しかも高岳って言ってたから飛雄さんもかも」

「ああ、そりゃこの辺の地元民だろ、海側と山側は昔から仲が悪いんだよなあ。
 しかも数年前に海側にあった高校が廃校になってさ、みんなこっちへ通うようになってから余計におかしくなっちまったんよ」

「それって大人の都合じゃないの…… 酷い話ですね」

「だからルーファスの件とは無関係だろうけど、八早月が危ないかもしれない――」

「姉ちゃん! 今なんつった!? あの子が何か危ないのか!?
 さっきの気配がそうなんだな? ちょっと行ってくる!」

 こうして飛雄は、詳しい事情を何も聞かずに学園祭の当番を放り出し、調理準備室から飛び出していった。

 ひらひらのメイド服をひるがえしながら。
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