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第八章 霜月(十一月)
188.十一月十日 昼過ぎ 和平交渉
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昼過ぎになり飲食を出店している教室はどこも混雑してきた。そこはこの『喫茶ダイヤモンド』も同じことなのだが、他とは違う目立つポイントがあった。
「なにあれ、かわいいー」
「野球部の子だってさ」
「坊主にメイド服は草」
通りがかりに冷やかされているのは、当番をほっぽり出して脱走を企てた(ことにされた)高岳飛雄である。早とちりと言うのか、とにかく焦って飛び出していったために罰として調理実習室前で客引きよろしく置物にされているのだ。
そしてそのきっかけを作った八早月はと言うと、零愛によって説教ではないものの講釈を受けていた。その隣にはルーファスも神妙な顔をして座らされている。
「ルーファス君、いい? 日本の神様については大体理解できた?
一神教じゃないから形も成り立ちも様々で自然神も多いんだからね。
むやみな決めつけや否定は諍いの元なんだよ」
「はい…… わかりました……
それにしても蛇が神だなんて考えたこともないし今でも信じられない」
八早月の思考を受けて真宵が即座に抜刀すると、ルーファスは両手を顔の前で振り無駄な抵抗をする。
「そして八早月もさあ、いくらなんでもやり過ぎってか限度があるでしょ?
まあ信仰している神様を悪魔扱いされたら頭に血が上っても仕方ないけどね。
向こうでは蛇が原因で人が神の国を追われたって伝承だからさ」
「それはおかしな話です。
欲しいと請われ譲った蛇を持ちかえり甲斐性がなく被害を出しただけでしょう?
なのに恩を受けたことを忘れ、恥を隠すために事実を捻じ曲げての流布とは。
神にも欲があることくらいわかっていますが、それにしても呆れる限りです」
「なにデタラメなことを! それこそ我らが神に対する侮辱ではないか!」
ルーファスは激高しながら立ちあがったが、その喉元には瞬時に真宵の持つ小太刀の切っ先が触れておりいつでも一刺し可能な状態となった。そのことが脅しではないとすでに先の戦いで良く知っているため大人しく引き下がるしかない。
「まあそう興奮せずにお坐りなさい。ルーファスさんとやら、よろしいですか?
私も八岐大蛇様も妖ではない、これが何より事実を証明していると理解なさい。
あなたも道を踏み外したわけではなく、信徒として正しいと考えただけ。
それがハナから間違っていたのはあなたのせいではなく先人たちのせいです。
悲観することは有りません、これから正しい事柄を学んで行けばよいのです」
「そのような侮蔑、我が神に誓って受け入れることは出来ぬ!
だが学んできた歴史や思想に相違があるのもまた事実、争う気はない……
今後はお互い不干渉と言うことで手打ちにしたいのだがいかがだろうか」
「あら、私は存じているのですよ? 先ほど口にされた『十字兵』の意味を。
どうやら大規模すぎて非道の数々を隠すことが出来なかったようですね。
そのあなた方の流儀をなぞるのであれば、決着は力づくではありませんか?」
「ちょっと八早月! その辺にしておきなよ。
歴史と現代をごっちゃにしちゃダメ、まさか本当にこ、こ――」
「いくら私が世間知らずと言っても法律の存在くらい存じております。
ですので彼を殺めるなどとは考えておりません。
しかし法の下では裁かれない存在ならいかがでしょうか。
彼が言うところの天界との結び付きを切断するもよし、神を消滅させるもよし」
八早月の発言はひどく物騒なものであるがこれはただの脅しであった。実際に出来るかどうかは考えておらず、どうしたら相手を委縮させられるかが重要なのだ。そしてこの言葉が効果絶大なことはルーファスの態度を見れば明らかである。
つい先ほど自慢の鎧騎士を粉々に切り裂かれ、それはもう圧倒的な力の差を体験したばかり、八早月の発する言葉に信憑性を感じて当然だ。机に両手を付き顔を伏せ震える姿は誰が見ても怯えた子犬のようだった。
人種的にも宗教的にも選民志向の強いルーファスの血族、それゆえ神からの力を代々賜ってきた。その高いプライドが打ち砕かれただけでなく、さらには力まで奪われるかもしれないと考えれば恐れる理由は十分だろう。
「―― ぁりません…… 本当に申し訳ありません。蛇を邪悪とは妄言でした。
今ここに取り消して謝罪いたします……」
八早月はそれまで鬼の形相で仁王立ちしていたのだが、ルーファスによる謝罪の言葉を聞き笑顔へと変わる。ようは八岐大蛇が貶められなければそれでいいのだ。
「はい、良くできました、あなたの謝罪、快く受け入れましょう。
それと零愛さんたち海側から来ている生徒への差別行為もおやめくださいね」
「あ、八早月、それはさ、どっちもどっちでいがみ合ってんだよね。
でもウチらもむやみにケンカ腰にならないようにって周知しておくよ」
「ええ、何事も平和が一番ですからね」
目の前の零愛も、すぐそばで聞いている綾乃たちも、それをどの口が言っているのかと明らかな呆れ顔で眺めていた。
「なにあれ、かわいいー」
「野球部の子だってさ」
「坊主にメイド服は草」
通りがかりに冷やかされているのは、当番をほっぽり出して脱走を企てた(ことにされた)高岳飛雄である。早とちりと言うのか、とにかく焦って飛び出していったために罰として調理実習室前で客引きよろしく置物にされているのだ。
そしてそのきっかけを作った八早月はと言うと、零愛によって説教ではないものの講釈を受けていた。その隣にはルーファスも神妙な顔をして座らされている。
「ルーファス君、いい? 日本の神様については大体理解できた?
一神教じゃないから形も成り立ちも様々で自然神も多いんだからね。
むやみな決めつけや否定は諍いの元なんだよ」
「はい…… わかりました……
それにしても蛇が神だなんて考えたこともないし今でも信じられない」
八早月の思考を受けて真宵が即座に抜刀すると、ルーファスは両手を顔の前で振り無駄な抵抗をする。
「そして八早月もさあ、いくらなんでもやり過ぎってか限度があるでしょ?
まあ信仰している神様を悪魔扱いされたら頭に血が上っても仕方ないけどね。
向こうでは蛇が原因で人が神の国を追われたって伝承だからさ」
「それはおかしな話です。
欲しいと請われ譲った蛇を持ちかえり甲斐性がなく被害を出しただけでしょう?
なのに恩を受けたことを忘れ、恥を隠すために事実を捻じ曲げての流布とは。
神にも欲があることくらいわかっていますが、それにしても呆れる限りです」
「なにデタラメなことを! それこそ我らが神に対する侮辱ではないか!」
ルーファスは激高しながら立ちあがったが、その喉元には瞬時に真宵の持つ小太刀の切っ先が触れておりいつでも一刺し可能な状態となった。そのことが脅しではないとすでに先の戦いで良く知っているため大人しく引き下がるしかない。
「まあそう興奮せずにお坐りなさい。ルーファスさんとやら、よろしいですか?
私も八岐大蛇様も妖ではない、これが何より事実を証明していると理解なさい。
あなたも道を踏み外したわけではなく、信徒として正しいと考えただけ。
それがハナから間違っていたのはあなたのせいではなく先人たちのせいです。
悲観することは有りません、これから正しい事柄を学んで行けばよいのです」
「そのような侮蔑、我が神に誓って受け入れることは出来ぬ!
だが学んできた歴史や思想に相違があるのもまた事実、争う気はない……
今後はお互い不干渉と言うことで手打ちにしたいのだがいかがだろうか」
「あら、私は存じているのですよ? 先ほど口にされた『十字兵』の意味を。
どうやら大規模すぎて非道の数々を隠すことが出来なかったようですね。
そのあなた方の流儀をなぞるのであれば、決着は力づくではありませんか?」
「ちょっと八早月! その辺にしておきなよ。
歴史と現代をごっちゃにしちゃダメ、まさか本当にこ、こ――」
「いくら私が世間知らずと言っても法律の存在くらい存じております。
ですので彼を殺めるなどとは考えておりません。
しかし法の下では裁かれない存在ならいかがでしょうか。
彼が言うところの天界との結び付きを切断するもよし、神を消滅させるもよし」
八早月の発言はひどく物騒なものであるがこれはただの脅しであった。実際に出来るかどうかは考えておらず、どうしたら相手を委縮させられるかが重要なのだ。そしてこの言葉が効果絶大なことはルーファスの態度を見れば明らかである。
つい先ほど自慢の鎧騎士を粉々に切り裂かれ、それはもう圧倒的な力の差を体験したばかり、八早月の発する言葉に信憑性を感じて当然だ。机に両手を付き顔を伏せ震える姿は誰が見ても怯えた子犬のようだった。
人種的にも宗教的にも選民志向の強いルーファスの血族、それゆえ神からの力を代々賜ってきた。その高いプライドが打ち砕かれただけでなく、さらには力まで奪われるかもしれないと考えれば恐れる理由は十分だろう。
「―― ぁりません…… 本当に申し訳ありません。蛇を邪悪とは妄言でした。
今ここに取り消して謝罪いたします……」
八早月はそれまで鬼の形相で仁王立ちしていたのだが、ルーファスによる謝罪の言葉を聞き笑顔へと変わる。ようは八岐大蛇が貶められなければそれでいいのだ。
「はい、良くできました、あなたの謝罪、快く受け入れましょう。
それと零愛さんたち海側から来ている生徒への差別行為もおやめくださいね」
「あ、八早月、それはさ、どっちもどっちでいがみ合ってんだよね。
でもウチらもむやみにケンカ腰にならないようにって周知しておくよ」
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