限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

189.十一月十日 昼過ぎ 大切な美学

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 その後は何事も無かったかのように野球部とソフト部による喫茶店で食事を取り、しばしの閑談を楽しんでおり、綾乃以外にとっては初めての喫茶店体験でもあった。

 ただ一つ注意しなければならないのは、これが一般的な形態ではなく『メイド喫茶』なる特殊なものだと言うことだ。

 しかもメディアで紹介されたりアニメに出てくるメイド喫茶とは異なり、店員は野太い声の野球部員である。その中にはもちろん飛雄も含まれており、外部から来た見知った女子に観察されながら恥ずかしそうに働いていた。

「私一度でいいからメイド喫茶って行ってみたかったのよねえ。
 金井町どころか県内にもあるかどうかでしょ?
 東京にでも行かないと見ることないなんて考えてたからなんかうれしー」

「夢ってば好きなもん多すぎでしょ…… しかもなんかいつもマニアックなんだよ。
 そんな好きならせっかくだし借りて来てみたらいいんじゃない?」

「こういうのは着るんじゃなくて眺めるのがいいのよ、わかんないかなぁ。
 みんな似合ってて可愛いね」

「いや、それだけはわかんないわ…… どう見てもおかしいでしょうに」

「やらせてるウチが言うのもなんだけど、似合ってはいないと思うよ?
 そのミスマッチが面白いんだからさ、笑ってあげないと却って辛いっての」

 笑われて嬉しいわけはないのだが、確かに同情されてもそれはそれで恥ずかしさが増しそうである。それでも校内でのイベントなのだからある程度羽目を外していることも売りの一つなのだ。

「確かにみずまっち? の面白さと言うのはわかりますね。
 可愛らしい服装と勇ましいスポーツマンは水が合わなそうですから」

「えっ!? 八早月ちゃんもダジャレとか言うんだ、それも英語交じり!?
 今日一番のビックリポイントだよ」

「ちょっと美晴さん? 駄洒落を解説するのはマナー違反のはずですよ?
 私にしては上出来で渾身の一言でしたのに、もう」

「あははー、ごめんごめん、次から気を付けるから許してー
 そう言えばもう少ししたら体育館でバンド演奏の二回目があるね、行ってみる?」

 生演奏を聴いたことなどない面々なので返答に困ったが、美晴は行きたくて仕方ないらしく、押し切られるように次は体育館へ行くことに決まった。しかし八早月にはその前にやらねばならないことがある。

「零愛さん、どこかに持ちかえりの出来るお食事はありませんか?
 そろそろ板倉さんがお腹を空かせている頃かもしれません」

「それじゃウチから持って行ったらいいじゃん、他回る手間も省けるしさ。
 ダイジョブダイジョブ、トビに運ばせるから一緒に連れて行っていいよ。
 こっちはもう落ち着いたし、アイツももう当番お終いだからちょうどいいさ」

「なんだかお手間ばかりおかけしてしまいますね、
 ですがこの際ですからお言葉に甘えさせていただきましょう。
 飛雄さんよろしくおねがいしますね」

 空虚な目をしてぼーっと突っ立っていた飛雄は、八早月からの一言でスイッチが入ったかのように動き出した。恋する男子は完全に見とれていて周囲が目に入っていなかったらしい。

 後ほど体育館で合流すると約束し、零愛たちと別れ駐車場へと向かう。その零愛と美晴はハイタッチをしながらご機嫌の様子、八早月はそんなにバンド演奏なるものが楽しみなのかと小首をかしげていた。

「わざわざ運んでいただきありがとうございます。
 いくら部活動の一環とは言え甘えてしまい恐縮です」

「そ、そんなの気にすることないって、別にやらされてるわけじゃ無いからな。
 実はオレって結構バカ騒ぎとかも好きなんだよ、まあ海の男はそんなもんさ」

 なんだかいい雰囲気で歩く二人、そして体育館へ向かったと言っておいてこっそり後ろから覗いている零愛と美晴、もちろん綾乃も夢路も一緒である。全員落ち着かない様子でそれぞれを突っつきあってキャーキャー騒ぎたい気分を抑えていた。

「でもなあ、まさか八早月の普段着があんな男児っぽいものだとは……
 あれじゃ完全に村の小学生って感じじゃないのか?
 しかもトビはメイド服のままだしなあ…… 姉としてやっちまったって感じだよ」

「前に清楚なワンピースとかの時もあったんだけどね。
 カワイイカワイイって言われるのがあんまり好きじゃないみたいなのよ」

「言われてるうちが花なんだけどねえ、ウチなんてもう誰も言ってくれないよ?
 春ごろに後輩女子からカッコいいからってラブレター貰った時は泣いたね……」

「わかる、零愛さんカッコいいもんなー、アタシもそっち系がいいんだけどさ。
 金井町には売ってないのよね、服もコスメもおばちゃん向けしかないよ」

 背後でこんな会話と共に監視されているとはつゆ知らず、八早月と飛雄は、沢山の車が並ぶ駐車場で板倉が待つ車を探しながら並んで歩いていく。なんせ八早月には黒くて四角い車は全部同じに見えるためなかなか見つからずひと苦労だ。

 ようやく板倉を見つけ出し、離れたところから駆け寄ろうと八早月は飛雄の腕を掴んだ。この行動に飛雄が驚いたのは言うまでもなく、手に持ったオムライスを落とさないようにするだけで精いっぱいである。

「おや、お嬢、いったん休憩ですかい? こりゃまた仲のいいことで」

「え? ああ、そうね、仲良しだから一緒に板倉さんへお昼ご飯を持って来たわ。
 これが喫茶店の制服ですって、かわいらしいわよね」

 答えに困った板倉は飛雄を見ながら愛想笑いで誤魔化す。飛雄もどうすればよいかわからず無言でオムライスを差し出した。

「こりゃどうも、ありがたくいただくとしますか。
 随分きれいに出来てますな、今時の高校生は料理が上手なもんだ」

「まだ食べてはダメよ? これでは未完成なんですって。
 さ、飛雄さん、さっきのアレ、やってくださいね」

「ええ!? マジでやるのか? せっかく店内から出て来たってのになあ。
 まあでも仕方ねえ、リクエストにお応えして披露してやるさ!
 ハイ、では参ります、おいしくなあれ、おいしくなあれ、萌え萌えきゅん」

 飛雄は板倉に持たせたオムライスへ向かって両手で作ったハートサインを差し出した。それを見た八早月は大喜びで手を叩きはしゃいでいる。

 すでにケチャップで書いた文字は崩れてしまっているが、こういったことは雰囲気と様式美が大切なのだ。同級生とは異なり声変わりの済んだ男っぽい声での可愛らしい掛け声はなぜか八早月のツボに入っているらしくやたらと喜んでいる。

「では後で食器を下げに来ますからごゆっくり、そして程々にね」

 八早月はそう言って自分の耳をトントンと叩き、また飛雄の手を引いて去って行った。耳元から垂れているイヤホンのコードをぶらつかせた板倉は、バツが悪そうに頭を掻いた。

 それから誰に言うでもなく呟きながらオムライスへスプーンを差し入れる。

「いやいや、これでおいしくなったように思えるかって話でしょ……」
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