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第八章 霜月(十一月)
191.十一月十三日 放課後 精神修行(閑話)
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どうにも集中できない、そんな日もあるとは言えこの数日はそれが顕著だった。理由はわかっていて、浪西高校の学園祭から帰って来てからこうなってしまったのは明らかである。
「はあ…… うーん………… はああ……」
「どうしたの? 今日はなんだか集中できていないみたいだね。
心配事や悩みでもあるなら無理をしないでまた明日でもいいんじゃないかな?」
「いえ、そう言うわけでもないんですけど……
つかぬことをお伺いしますが、先輩って好きな人に告白したことありますか?」
「いや、それは…… ないけど…… って、思わず答えてしまったじゃないか。
唐突になんだい? 山本さんたらビックリさせないでよ」
「あらま、すいません、先輩ってきっと自分からするよりされる方ですもんね。
実は知り合いの男子が告白したところ見ちゃったんですけど、振られてしまったどころか相手にもされなくて――」
「あー! 夢ちゃんってばしゃべっちゃってるー!
人の恋バナ言いふらしたらダメじゃないの」
「綾ちゃん! こんなとこへどうしたの? もしかして書道部入りに来たの?」
夢路が四宮直臣へ飛雄と八早月の間に起きた一方通行の出来事を暴露しようとしたところへ綾乃が入ってきた。書道部の部室に関係者以外が立ち入るのは珍しく、夢路は喜んで中へ入るよう勧めているが、直臣は戸惑いを隠せずにいた。
「あれ? もしかして四宮先輩って綾乃ちゃんのこと知ってました?
学年違うから顔見知りじゃないと思ってたんですけど意外ですねえ」
「そうやってニヤニヤしないでおくれよ、先日朝礼で紹介されたばかりでしょ?
それに編入前に筆頭から聞いていたから大体のことは知っているさ」
「そっか、そういう繋がりがあったんだっけ、私はてっきり――」
「てっきりなあに? もう、夢ちゃんはすぐそうやって脳内変換するんだから。
でも確かに実際にお会いするのは初めてですね、寒鳴綾乃と申します」
綾乃はそう言って丁寧に頭を下げる。すると直臣も釣られて立ち上がり思わず畏まった挨拶をした。そしてこんなところを見せられたら黙って眺めていられないのが夢路である。
「はあ、もう様になり過ぎてるって言うかなんと言うか、美男美女って得よねえ。
四宮先輩、ちょっと試しに綾ちゃんへ結婚申し込んでみてくださいよー」
「こら! 夢ちゃんったらもう調子のり過ぎだよー、まったくもう……
先輩ごめんなさい、いつもこんな風だから大変ですよね?」
「い、いや、いつもは結構黙々と書いているんだけどねえ。
どうにも今日は集中できないらしく、ずっとため息ついたりしてるんだよ、なにかあったの?」
「あったと言えばあったし、無かったからこそこうなったと言うか……
でも私のことじゃないから勝手にべらべら話せません! ごめんなさい!
でも気にしないで下さい、夢ちゃん本人のことでもないですから」
「なるほど、なら詮索するのもおかしな話だしあまり気にしないようにしておくよ。
それで寒鳴さんはどうして書道部の部室へやって来たんですか?」
「そうだ、先生がここに模造紙があるから使っていいって言われたんです。
この間の事件のことをまとめて文化祭で展示することになったので……
本当は夢ちゃんと一緒にやるつもりだったんですけど書道があるからって逃げられちゃって!」
「逃げたんじゃないよ、ここで一緒にやればいいって言ったんだもん。
どのみち私はおまけみたいなもんだったんだしちょうどいいって」
「なんか誤魔化されてる気分だけどなー
まあいいや、先輩すいませんが場所をお借りしますね」
こうしていつも静かな部室に一人加わったことで、そわそわと落ち着きを無くす夢路だった。なんと言っても今のところ『最推し』と公言して憚らない四宮直臣と寒鳴綾乃の組み合わせである。
この光景を黙って見ているだけで興奮してしまうのが正直なところだ。しかし文化祭に向けた作品を書くため、直臣が真剣に調べものをしたり練習したりしているところで騒ぐなんて許されるはずがない。
『これってなんかの精神修行かなにかじゃないの?』
心の中でそんなことを呟いている夢路はそれでも集中しきれず、チラチラと二人の一挙手一投足すら見逃さないと別の集中力を発揮している。別に綾乃を呼び寄せるために展示物作成から逃げた訳ではなかったが、結果的に夢路の望みどおりな展開になった。それなのに堂々と眺めるわけにいかないのは相当の我慢が必要である。
かたや綾乃は、興味本位で探りに行った近名井村の一件を、文化祭で展示発表するために未解決事件を調べていたなどという言い訳をしたことを悔いていた。
『もう絶対にその場しのぎの嘘なんて言わないんだから……』
なんと言っても口から出まかせで余計なことを言ったばかりに、今となって重荷となる余計な課題を抱えることになったのだから当然である。今回は幸運にも八早月に助けられたため何事もなく済んだが、一歩間違えれば命の危険もあったと考えれば反省しないわけがない。
不幸にも、そんな二人が醸し出す空気に当てられているのが直臣である。二人が時折発するため息に集中力を乱されてしまうことが許せないと自身を責めていた。その姿は、まるで周囲を取り巻き乗り移らんとする邪念に抗う修験者の様と言っても大げさではない。
『一体何がどうなっているんだ……
寒鳴さんのこと、山本さんが良く話題に出すから変に意識してしまう……
でも僕自体は嫌われてそうだし近寄りがたいよ……』
綾乃の肩の上には子狐のモコが鎮座しており直臣を威嚇するように見つめている。完全な敵意と言うわけではなさそうだが、直臣からその小さな姿は、邪な気持ちを持って主へ近寄ることは許さないと言いたそうに見えていた。
あまりにも珍しい状況となった書道部の部室は、部活終了時間に顧問がやってくるまでずっとおかしな空気が漂うままだったし、文化祭の準備が整うまでの数日はずっとこんな調子だった。
「はあ…… うーん………… はああ……」
「どうしたの? 今日はなんだか集中できていないみたいだね。
心配事や悩みでもあるなら無理をしないでまた明日でもいいんじゃないかな?」
「いえ、そう言うわけでもないんですけど……
つかぬことをお伺いしますが、先輩って好きな人に告白したことありますか?」
「いや、それは…… ないけど…… って、思わず答えてしまったじゃないか。
唐突になんだい? 山本さんたらビックリさせないでよ」
「あらま、すいません、先輩ってきっと自分からするよりされる方ですもんね。
実は知り合いの男子が告白したところ見ちゃったんですけど、振られてしまったどころか相手にもされなくて――」
「あー! 夢ちゃんってばしゃべっちゃってるー!
人の恋バナ言いふらしたらダメじゃないの」
「綾ちゃん! こんなとこへどうしたの? もしかして書道部入りに来たの?」
夢路が四宮直臣へ飛雄と八早月の間に起きた一方通行の出来事を暴露しようとしたところへ綾乃が入ってきた。書道部の部室に関係者以外が立ち入るのは珍しく、夢路は喜んで中へ入るよう勧めているが、直臣は戸惑いを隠せずにいた。
「あれ? もしかして四宮先輩って綾乃ちゃんのこと知ってました?
学年違うから顔見知りじゃないと思ってたんですけど意外ですねえ」
「そうやってニヤニヤしないでおくれよ、先日朝礼で紹介されたばかりでしょ?
それに編入前に筆頭から聞いていたから大体のことは知っているさ」
「そっか、そういう繋がりがあったんだっけ、私はてっきり――」
「てっきりなあに? もう、夢ちゃんはすぐそうやって脳内変換するんだから。
でも確かに実際にお会いするのは初めてですね、寒鳴綾乃と申します」
綾乃はそう言って丁寧に頭を下げる。すると直臣も釣られて立ち上がり思わず畏まった挨拶をした。そしてこんなところを見せられたら黙って眺めていられないのが夢路である。
「はあ、もう様になり過ぎてるって言うかなんと言うか、美男美女って得よねえ。
四宮先輩、ちょっと試しに綾ちゃんへ結婚申し込んでみてくださいよー」
「こら! 夢ちゃんったらもう調子のり過ぎだよー、まったくもう……
先輩ごめんなさい、いつもこんな風だから大変ですよね?」
「い、いや、いつもは結構黙々と書いているんだけどねえ。
どうにも今日は集中できないらしく、ずっとため息ついたりしてるんだよ、なにかあったの?」
「あったと言えばあったし、無かったからこそこうなったと言うか……
でも私のことじゃないから勝手にべらべら話せません! ごめんなさい!
でも気にしないで下さい、夢ちゃん本人のことでもないですから」
「なるほど、なら詮索するのもおかしな話だしあまり気にしないようにしておくよ。
それで寒鳴さんはどうして書道部の部室へやって来たんですか?」
「そうだ、先生がここに模造紙があるから使っていいって言われたんです。
この間の事件のことをまとめて文化祭で展示することになったので……
本当は夢ちゃんと一緒にやるつもりだったんですけど書道があるからって逃げられちゃって!」
「逃げたんじゃないよ、ここで一緒にやればいいって言ったんだもん。
どのみち私はおまけみたいなもんだったんだしちょうどいいって」
「なんか誤魔化されてる気分だけどなー
まあいいや、先輩すいませんが場所をお借りしますね」
こうしていつも静かな部室に一人加わったことで、そわそわと落ち着きを無くす夢路だった。なんと言っても今のところ『最推し』と公言して憚らない四宮直臣と寒鳴綾乃の組み合わせである。
この光景を黙って見ているだけで興奮してしまうのが正直なところだ。しかし文化祭に向けた作品を書くため、直臣が真剣に調べものをしたり練習したりしているところで騒ぐなんて許されるはずがない。
『これってなんかの精神修行かなにかじゃないの?』
心の中でそんなことを呟いている夢路はそれでも集中しきれず、チラチラと二人の一挙手一投足すら見逃さないと別の集中力を発揮している。別に綾乃を呼び寄せるために展示物作成から逃げた訳ではなかったが、結果的に夢路の望みどおりな展開になった。それなのに堂々と眺めるわけにいかないのは相当の我慢が必要である。
かたや綾乃は、興味本位で探りに行った近名井村の一件を、文化祭で展示発表するために未解決事件を調べていたなどという言い訳をしたことを悔いていた。
『もう絶対にその場しのぎの嘘なんて言わないんだから……』
なんと言っても口から出まかせで余計なことを言ったばかりに、今となって重荷となる余計な課題を抱えることになったのだから当然である。今回は幸運にも八早月に助けられたため何事もなく済んだが、一歩間違えれば命の危険もあったと考えれば反省しないわけがない。
不幸にも、そんな二人が醸し出す空気に当てられているのが直臣である。二人が時折発するため息に集中力を乱されてしまうことが許せないと自身を責めていた。その姿は、まるで周囲を取り巻き乗り移らんとする邪念に抗う修験者の様と言っても大げさではない。
『一体何がどうなっているんだ……
寒鳴さんのこと、山本さんが良く話題に出すから変に意識してしまう……
でも僕自体は嫌われてそうだし近寄りがたいよ……』
綾乃の肩の上には子狐のモコが鎮座しており直臣を威嚇するように見つめている。完全な敵意と言うわけではなさそうだが、直臣からその小さな姿は、邪な気持ちを持って主へ近寄ることは許さないと言いたそうに見えていた。
あまりにも珍しい状況となった書道部の部室は、部活終了時間に顧問がやってくるまでずっとおかしな空気が漂うままだったし、文化祭の準備が整うまでの数日はずっとこんな調子だった。
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