限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

193.十一月十五日 放課後 悩む少女

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 普段ずっと一緒にいる夫婦でわざわざ旅行をすることに、一体どういう楽しみがあるのだろうか。八早月は朝からそんなことばかり考えていた。今までしたことの無い体験を共有することは確かに楽しそうではあるし、長年連れ添っている相手なら気兼ねすることもなく道中も気楽だろう。

 だが、それは友人でも同じこと、むしろ四六時中一緒にいられない間柄なら親交を深めるとか、もっと相手を知る機会になるとかわかりやすい理由付けができる。もちろん恋人同士ならなおさらだ。

「なんで跡継ぎを産み終わった夫婦が一緒にいるのかしらねえ。
 全く持って理解できないのだけれど、皆さんのお宅も夫婦一緒にいるわよね?
 世の中には離婚する夫婦がいて、それほど珍しくもないのでしょう?」

「ちょ、ちょっと八早月ちゃん? いきなりどうしたの?
 女子中学生が放課後集まってする話題とはとても思えないんだけど……」

「そうだよ、アタシんちみたいにしょっちゅうケンカしてるならまだしもさ。
 八早月ちゃんちのご両親って仲いいんでしょ?」

「そうね、良過ぎて腹が立つくらいには仲が良いわね……
 お母さまには私がいれば十分だと思って欲しいのにわかってもらえないのよ」

 これには色々な事情が含まれての発言なのだが、友人たちにそんなことがわかるはずもなく、ただ単に八早月が親離れ出来ていないのだと思われただけだ。

「でも仲が良くてダメな事なんて無いでしょ?
 夫婦仲が悪かったら家の中がギスギスするんじゃないかな?」

「そうかもしれないけれど、私はそういうことが気になっているのではないの。
 夫婦と言うものは、一族や家系を維持するために必要な子作りにおいて、女が使い捨てにされない仕組みだと考えているのよ」

「こっ! 子作りって…… ちょっと八早月ちゃんってば何言いだすのよ。
 こんなところでいきなりビックリだよ」

「なんか今日の八早月ちゃん変だね? ご両親のことで悩み事でもあるの?
 やけに哲学的と言うか、難しいこと言いだしてさ。
 心配事でもあるならなんでも相談してよね、アタシなんかで力になれることがあるかわからないけどさ」

 綾乃も美晴も八早月の様子を心配して声をかける。夢路もさすがに茶化したりはせずに黙って聞いてはいたのだが、それでも気になることがあるらしく我慢できないと言った様子で口を開いた。

「まさか浮気でも疑っているの!?
 どっち? お父さんは会ったことないけどお母さんは美人だから心配だよね。
 でもあんなに誠実そうなんだもん、滅多なことはしないと思うよ!」

 これには八早月も目を丸くしてなにも返すことができない。あまりにも意外すぎて笑う事すら忘れてしまった様子だ。

「ちょっと夢! なにバカなこと言ってるのよ、昼ドラじゃないんだからさ。
 八早月ちゃんのお母さんに限ってそんなことあるわけないじゃないの!
 もう下品な事ばっか言ってさ! ちゃんと謝んなさいよね」

「美晴さん、私は気にしていないわ、夢路さんの想像力に圧倒されただけなの。
 実は両親が旅行へ行くことになったのだけれど、なんで一緒に行くのかと気になってしまって頭から離れないのよ」

 これもまた、八早月の考えには父親に対する強い憎悪と嫌悪感が根底にあるからややこしい。そして同時に母同様、実は父のことを愛しているのも確かなのである。

 それなのになぜ夫婦が仲良いことに疑問を持つのか、それ自体が自分でもわからず混乱しているのだ。理由の一つとして八早月に恋愛経験がまったく無いことが挙げられる。さらにその知らない恋愛事情の補填として少女漫画の知識を取り入れてしまっていることも影響しているかもしれない。

「だって一緒にいたいだけの理由がないでしょう?
 もう十何年も夫婦なのだから飽きるくらい二人で過ごしているのよ?
 会いたくてたまらないとか胸が高鳴るなんてことあるわけない。
 それなのに二人で旅行へ行くって、いったい何が楽しみなのかしら」

「そこまで言わなくても…… アタシんちの両親はケンカもするし仲もいいね。
 家族旅行に行ったことあるくらいで、さすがに夫婦だけでは行ってないけどさ」

「普通は子供一人置いて旅行に行かれないから家族全員で行くだろうね。
 私はもし二人で旅行に行くから恭二の面倒見てろって言われたら困るなあ。
 八早月ちゃんちはお手伝いさんがいるから行けるだけで、一般的じゃないんだよ」

「その通りだとは思うけれど、かと言って私を誘う雰囲気は微塵もなかったわよ?
 毎日一緒にいない恋人同士ならわからなくもないわ。
 でももう子作りも終わっているのよ?」

「ね、ねえ八早月ちゃん、いったん跡継ぎ問題からは離れよう?
 確かに大切かもしれないけど、夫婦旅行とは別問題だから、ね?」

 綾乃はどうしていいかわからないと言った様子で八早月をなだめている。結局話は堂々巡りで何の進展も解答もないまま時間だけが過ぎて行き、いつもと同じ約一時間程度のお茶会が終わりを告げた。

「じゃ、アタシは部活だからまた明日ね!
 八早月ちゃんは深く考えすぎないこと、夫婦仲良いならそれでいいじゃないの」

「私も展示の下書き進めないといけないから学校へ戻らないと。
 夢ちゃん? 書道部がお休みの時は部室も閉まってるの?」

「いつもは閉まってるけど文化祭までは四宮先輩がいる間は空いてるはず。
 展示する書をどうするか決めかねてて練習もしたいからって毎日出てるみたい」

「二人っきりかあ…… 今日はやめとこっと。夢ちゃんって良く平気だね。
 四宮先輩って顔の造形良過ぎて見てるとドキドキしちゃわない?」

「それこそ恋じゃないのー!? 綾ちゃんもいよいよその気になったかなー?
 でもそれなら一緒にいたいもんじゃないの? って八早月ちゃんが言いたそうにしてるけどね」

「夢路さん鋭いわね、まさに今そう言おうとしていたところよ?
 好きなら一緒にいたいと言うのが自然なら、一緒にいたくないのは好きではないと言うことになるでしょう?」

「そこがまた恋の難しいところ、女心ってことなんだよ、多分ね。
 私も自分では経験ないからよくわからないけどさ、ハルなんて小学校の時に涼君が近くに来ると走って逃げてたんだからさ」

「なるほど、必ずしも画一的であるとは限らないわけなのね。
 いつか私や夢路さんも恋をするのかしら、綾乃さんは直臣に恋をしているのでしょう?」

「違うよ! なんでそう言うことになるのかなぁ…… 夢ちゃんのせいだからね?
 でも多分恋なんて、こうだからこうみたいな簡単なものじゃ無いんだと思うよ?
 もちろん一緒に居づらいから好きってこともないんだからね?」

「ああ、そうなのですね、今の話の流れから恋していると言うことなのかと。
 本当に難しすぎて頭が混乱してしまいます、英語と数学の次どころかそれ以上かもしれません」

「きっと一番難しいと思うよ、大人だってうまく行かないことばかりって言うよ?
 だからマンガやドラマの題材にしやすいんだろうね、ウケが良いからさ」

「そうですか…… でもあまり難しいと困りますね、早くしないと間に合わなくなるかもしれないではありませんか」

「何に間に合わなくなるの?
 そりゃ結婚はともかく、若いうちに恋人くらいは見つけたいけどさ」

「夢路さんはご存じないのですか? コウノトリは今や絶滅寸前なのですよ?」
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