限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

196.十一月十八日 午後 真の儀式

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 全ての準備が整うと、八早月は儀式前最後の確認へと取り掛かった。その準備と言うのは当事者の心構えを確認することである。

『ではお牛様も準備はよろしいですか?
 本日で現世うつしよも見納めですから悔いの無いようお願いします』

『悔いも何も常世へ帰るのを心待ちにしていたんだからな。
 生き神様には何から何まで世話になっちまってありがたい限りだ。
 向こうで牛頭天王様にお会い出来たら必ずお伝えしてなにか礼をするからな』

『そんなことは考えなくてよろしいのですよ、お牛様が満足ならそれだけで十分。
 私は神に使える身ですし、その遣いの望みを叶えることは本懐と言えますからね』

『やはり生き神様ともなると考え方が神々しいねえ。
 こりゃおいらも遣えた方が良かったかもしれないかな?
 でも現世にも飽きて久しいし素直に戻るとするぜ』

『それがきっとお互いの為だと思います。私もこれ以上抱えるのは大変ですから。
 ところで見込みではどれくらい湧きそうでしょうか』

『塚が出来てから大分時間が経ってることだしそれほど多くないと思うがな。
 まあいいとこ数十程度じゃねえか? 生き神様一人でも平気なんだろ?』

『私が出る幕は無いと思います、ここにいる皆は強者ぞろいですから。
 それでは始めますね、短いお付き合いでしたけれど良い出会いでした』

『おいらも最後に貴重な体験ができてうれしいよ、常世でまた会おうな』

 常世ではみんな一緒に暮らしているのだろうか、などと八早月は思いつつ、のんびり考えていないで儀式を始めることにした。八早月の合図で綾乃が手順通りに歩みを進め宮司へ大幣おおぬさを手渡す。

 宮司は祓詞はらえことばを唱え八岐大蛇へ儀式の開始を伝えると、大岩を取り囲むように作られた祭壇の内側が光を帯びていく。と言ってもこれは一般人に見えるものではない。

 近隣住民を中心とした周囲に集った見学者にとっては、今時珍しい地鎮祭と似たようなもの程度の認識だろう。しかし待機している者たちにとっては緊張が高まる瞬間である。間もなく始まるのは見えるものにしかわからない真の儀式なのだから。

 あたりの空気がひんやりと緊迫感を帯びる。双宗聡明とドロシーは祈りをはじめ祭壇に沿った結界を構築していく。八早月は綾乃たちへ結界の中へ入らないようにと改めて注意を促した。

 結界内には槍を構えた麗明とサーベルを握りしめた春凪、そして抜刀せず自然体で事を待つ真宵の姿がある。見える者たちにとってはその雰囲気だけで何が起こるのか想像がつく。それは妖討伐において全くの素人である美晴たちでもわかるくらいには緊迫感のある状態である。

 こうして準備が整い八早月は次の段階へと進めるべく両手を合わせ祈りを捧げはじめた。結界の中央にある大岩の上では、赤べこの姿である牛神が首をぶらぶらさせてその時を静かに待つ。

『では参ります! はああっ!』

 八早月は掛け声とともに地面へ置いた護符へとたなごころを叩きつけた。すると結界内の光が一層強くなっていく。それと共に赤べこの体が段々と薄くなり、間もなく消えることを予見させる。

 まったく表情が変わらない赤べこなのだが、なんとなく別れの言葉を口にしたようにも見える。そしていよいよお別れとなり薄くなっていた体が完全に消える時がやって来た。

 赤べこの姿が完全に消えたと同時に結界内の光が激しさを増し、火柱ならぬ光の柱が上空へと伸びた。その光の中にはなにやら影のようなものが――

「ちょっと八早月ちゃん! あれなに!? なんか出て来たよ!?」

「綾乃さん、まずは落ち着いて静かにしていた方がいいわ。
 私は別にかまわないのだけれど、見ている人たちから変に思われてしまうわよ?
 この光景は私たちにしか見えていないのだし、念話を使うことをお勧めするわ」

『あああ、そうだったね…… 恥ずかしいよお……
 それはともかくあの舞っているのはなんなの? 妖なのかな』

『これは祀られたご神体が押さえ込んでいた悪気あくけよ。
 悪気とはつまり人々の悪意やよこしまな願いのことでいいものではないわね。
 純粋な悪気の他にも、あのお牛様が押さえ込んでいた疫病関連もあるでしょう。
 それらを完全に払うのが今回のお役目―― では真宵さんたちは始めてください』

 その合図により三名の呼士は地表から飛び立ち、ふらふらと漂う黒っぽい影を切り刻んでいく。結界内に封じ込められ逃げ場を失っている悪気たちは特に抵抗するわけでもなくあっという間に数を減らし間もなくすべてが消しさられた。

『八早月様、残存はございません、無事に討伐できたようです。
 ほとんどを麗明殿と春凪殿で片付けてしまい私の出る幕がありませんでした』

『皆さすがですね、泰明さんとドリーもお疲れさまでした。
 もう結界を解いても問題ないでしょう。
 悪気が妖へと変貌していなくて本当に良かった、お牛様のお蔭ですね』

『色々と知らないことばかりだからもっと覚えていきたいな。
 これからも私が参加できそうな神事があったら誘ってね、八早月ちゃん』

『ええ、祓いの儀など危険の無いものもたくさんありますから是非に。
 逆に美晴さんたちは退屈で仕方なかったでしょう?』

『退屈ってことはないかな、こんな体験普通できるものじゃないしさ。
 でもなんだか疎外感みたいなのは感じちゃって寂しいのは確かだなぁ。
 こういう世界を知っちゃうとさ、アタシも巫女の家系に産まれたかったなって思っちゃうよ』

『でもハル? そしたら神事には駆り出されるは普段から修行とか必要だわだよ?
 マンガ読んでゴロゴロする時間が無くなるのは嫌だから今くらいが丁度いいって。
 めったに出来ない体験だけで私はもう十分お腹いっぱいだー』

 体を動かすのが好きな美晴は実際に参加してみたいらしく、見学のみの現状に多少の不平はあるようだ。しかし完全なインドア派の夢路にとっては、これも一つの娯楽作品と捉えているらしく楽しんでいる様子がうかがえる。しかし――

『でもあえて言うなら刺激とロマンスが足りないかなぁ。
 八早月ちゃんたちが強すぎるからなのかもしれないけど淡々と進むでしょ?
 もっと手に汗握る展開があってもいいし、ないならラブコメ展開になって欲しいよ』

『そうね、現実は小説よりも奇なりと言うけれど、実際には現実は現実だもの。
 非現実的な事なんてそうそうあるものでもなく流れ作業のようなものよ』

『いやいや、妖が出てくる段階で十分非現実的なんだけど?
 やっぱり八早月ちゃんはどこかずれてるよねー
 だから飛雄さんとも、私たちが思うようには進んでいかないんだろうなぁ』

『なぜここで飛雄さんの話が出てくるのかしら?
 確かに彼らは私たちよりも少人数だから、夢路さんが望むような刺激的な戦いをしているかもしれないけれどね』

『アハハハー、これだもん、夢の希望通りになるまで何年かかるかわからないね。
 これじゃ大人になってもこんな感じだって方に、アタシは全財産かけてもいいよ』

『いつかきっとくっつけてみせるんだから! もちろん綾ちゃんと四宮先輩もね!』

『もう、夢ちゃんってばそういうのやめてよー 変に意識しちゃうでしょ?
 文化祭の準備で書道室にも出入りしてるのに困っちゃうよ、まったくー』

 夢路の暴走に綾乃が困った様子を浮かべ諭していると、宮司の八畑由布鉄ゆうてつが歩み寄ってきて声をかける。

「あのう筆頭様? 魂抜きはもう終わったんでしょうか?
 ならば儀式を締めていきますけども…… よろしいのですよね?」

「これは失礼しました、つい余韻に浸り過ぎてしまいましたね。
 悪気はすべて取り払いました、続きをお願いしましょうか」

 観衆にとってはなぜ儀式が中断していたのかなどわかるはずもなく、巫たちが結界を張るために祈祷をしている間もただ眺めるのみだった。それがようやく終わったのかと期待の目を向けていたが、一向に再開する気配がないためざわめきが聞こえ始めていたのだ。

 大きな騒ぎになるわけではないがいつまでも放っておくわけにもいかない。そう考えた由布鉄が、タイミングを見計らって八早月へ声をかけたのだ。そして了承を得てから締めの挨拶へと取り掛かった。

「八岐大蛇の力をもちて悪祓ひ邪消し去に場を清むべかりき清めることができた
 この場に皆の信仰の注がるる極み限り、その加護は続かむ続くでしょう

 宮司は締めの言葉に続いて大幣おおぬさを右へ左へと振りかざし、最後に前で握りながら祈祷の姿勢を取った。同じように巫たちも両の手を合わせ祈りを始める。

「それでは牛塚祓いの儀はこれにて終了と致します。皆さまお疲れさまでした」

「今回は本当にお世話になりました。この後この場所はどうしたら良いのですか?
 町議会で議題として取り挙げる予定ではあるのですがご指示があればお聞かせください」

 久野町長に聞かれた由布鉄は困った様子で八早月に目をやる。しかしこの場に(見た目小学生の)中学生が出て行くわけにもいかない。だが次に八早月から聡明へと対処の指示が出た。

「町長殿、私がこの度の儀に関しての責任者代行、双宗聡明と申します。
 今後についてはすでに宮内庁へと話が挙がっておりますからご心配なく。
 追って指示が参ると存じます」

「え、ええっ!? 宮内庁、ですか? なぜそんなことに……
 久野町になにか粗相でもあったのでしょうか、今までの扱いに問題でも……」

「いやいやご心配なさらぬように。我々の―― 元締め? 統括? ――
 ―― ああそうだ、担当部署というだけで深い意味はござらんのです。
 あいにく自治体のように細やかに分けられてはいませんからな」

 普段は宿が引き受けているようなことを突然振られた聡明は、しどろもどろになりながらもなんとかやり過ごした。なんとなく納得した町長もなんとなく安心した様子で引き上げていく。

 観衆もほとんどが引き上げていったが、中には大岩をバックに写真を撮る若者がいたり、よくわからないまま拝んでいく年寄りもいる。住宅地の中にある謎の三角地と置かれた大岩は、今まで人々の興味を惹きつつも素性がわからず謎の扱いだったようだ。

 場所の保全をすると言うことのみが過去の久野町議会で取り決められ代々引き継がれてただけで、牛塚だと言う事すら一部の地域学者くらいしか知らないほどマイナーな史跡なのである。

「この大岩は残してあげた方が人が集まりやすくていいかもしれないわね。
 そのついでにでも藻さんをお参りしてくれるなら悪くない目印だわ」

「ちょっとしたパワースポットって感じで名所になっちゃうかもね。
 八岐神社だって宣伝したらきっと観光客がやってくると思うよ?」

「ぱわーすぽっと…… 知っていますがむやみに巡るのはお勧めできませんね。
 感受性の強い御仁だと短期間にいくつもの加護を受けることで悪影響もあり得ます」

「そうなんだ、でも私には神社や祠を回った方がいいって言ってたよね?
 大丈夫なの? おかしくなったりしない?」

「巫と一般の方は違いますからね。まあ乱暴に言えば武術と似たようなものよ。
 一方的に打ちこまれていたら体は傷んでしまいますが、打ち合いならそんなこともないでしょう?」

「そっか、そういうもんなのか、ならこれからも安心して散歩に行かれるよ」

 そんな話をしながら後片づけをし、八畑由布鉄とドロシーは双宗泰明の車で、少女たちはいつものように板倉の運転で帰路についた。
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