限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

200.十一月二十四日 午前 文化祭までの障害

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 予期せぬ問題に阻まれるなんて普段の行いが悪いとでも言うのか、飛雄はそんな風に自分の悪運を呪っていた。電車に五時間近くゆられ、八早月の誘いを受けた姉の代理として、遠く離れたこの町まで遊びにやって来ただけなのに。

 飛雄がそんなことを思うのも無理はない。朝から八早月と共に鍛錬をしご機嫌でここまでやって来たと言うのに、校門でいきなり足止めを食ってしまったのだ。しかし警備員は自分の仕事をしているだけなので、彼に文句を言うのもお門違いではある。

「生徒の紹介だとしても男性一人での入場はお断りする決まりなのです。
 来賓証があればまた違うのですが、私にはどうすることもできません」

「わかりました、お役目ご苦労様です。事前確認を怠って申し訳ありません。
 まずは担任へ相談してみますので、飛雄さんは車で待っていていただけますか?
 入場許可証がいただければ問題なく入れるでしょうからご辛抱くださいませ」

「全然気にしてないから大丈夫、姉ちゃんの代わりで突然来たから仕方ないさ。
 まあのんびり待ってるよ」

 そんな決まりがあったことを知らなかった八早月は冷静に職員室へと向かう。しかし綾乃は納得いかず怒り心頭と言った様子である。どうしても怒りが収まらないからと職員室まで行くと言って聞かない。

 廊下をドンドンと踏みしめながら歩く綾乃と、いつもと変わらずすたすたと姿勢よく歩く八早月が対照的で目立つせいか、他の生徒だけではなく教職員や来賓の視線を集めている。

『ガラガラッ』
「失礼します! 文化祭の管理責任者はどの先生でしょうか。
 私は二年の寒鳴綾乃と申しますが、入場の許可をいただきに参りました」

 綾乃がものすごい剣幕で職員室へ駆けこむと、残っていた教師たちが騒めいた。

「入場許可? 来賓には事前に手配しているはずだけど、漏れでもあったのかな?
 責任教諭は教頭だけど、先ずは事情を聞こうじゃないか」

「あっ、小幡先生! ちょっと聞いて下さい! 酷い話なんですよ!
 友達が浪内西郡からわざわざ来てくれたんですけど入れなくて困ってるんです」

「特に入場に制限はないはずなんだけどなあ、主任、なにか心当たりありますか?
 寒鳴の友人が正門で足止め食っているようなんです」

 綾乃の担任が学生主任へ確認すると、やはり男性一人の入場は防犯上の観点から入場を制限しているとの回答があった。だがそんなことで綾乃が納得するはずもない。

「では何の問題もないので入場許可証を出してください。
 確かに性別は男性ですが、本来は双子のお姉さんも呼んだんですよ。
 でも都合がつかなくて弟さんだけでもって遠方から来てくれたってわけです」

「だが男子生徒一人なんだろう? 簡単に特例と言うわけにはいかないぞ。
 教頭が戻ってくるまで待ってからもう一度相談して――」

「ダメです! 時間がもったいないし私たちだって高等部回りたいんですから。
 今すぐ許可出してくださいよ、双子なんだからDNAはほぼ同じでしょう?
 それならほとんど女子じゃないですか、生物教師的には認めるしかありませんよね?」

「おいおい寒鳴、無茶言いすぎだろ…… いくらなんでも屁理屈が過ぎるぞ?」

 食い下がる綾乃に意外性を感じつつ、見ていてなんだか面白くなってきた八早月は、無言のまま背後でニコニコしている。だが綾乃は八早月にも噛みついてきた。

「八早月ちゃんだって当事者なんだからしっかりしてよ!
 こういう時こそ理事長身内権限を発動させるとかできないわけ?
 今すぐお母さんか叔父さんへ電話して何とかしてもらえばいいじゃないの!」

「そんな我がままできないわ、私は幼い童女わらわめではないのよ?
 あまり無茶を言っては先生も困ってしまうし、綾乃さんが怒られないか心配だわ」

「まあこれくらいで怒りはしないが無茶を言っているのは確かだなあ。
 もうすぐ始業時間だし、二人とも教室へ行きなさ―― っと、校長先生!」

「何の騒ぎでしょうか? 校長室まで声が聞こえてきたので、気になって見に来てしまいました」

 ニコニコしながらやって来た校長の富山雷蔵だったが、八早月の顔を見るなり背筋を伸ばし緊張を高めた。どうやら以前あった金井中の生徒とのトラブルで町会議員までやって来たことがトラウマになっているのだろう。

「これはこれは校長先生、いつもお疲れ様です。お騒がせして申し訳ありません。
 実は私の友人が男子生徒一人だと言うだけで入場できず困っているのです。
 ですが文化祭の責任教諭は教頭先生らしいので、お帰りを待って後ほど改めてご相談に参ろうかと考えております」

「なるほど…… 小幡先生、入場許可証をお渡、えー持たせてあげてください。
 特別扱いするわけではありませんが、せっかく来てもらって入れませんではね。
 我が学園は生徒を信用しておるのですから心配は無用でしょう」

「は、はあ、それでは寒鳴、これを持っていきなさい。
 くれぐれもトラブルを起こさないように頼むぞ」

 入場許可証を受け取った綾乃は八早月とハイタッチをし、意気揚々と職員室を後にした。この綾乃の態度は今まで見たことがないほど押しが強く、これはこれで新鮮だと思わせるものである。

 だがそのおかげで飛雄は無事に入場できることになったわけで、八早月一人ではきっと結果は違うものだっただろう。例え校長が八早月に気を使いすぎた結果だとしても、だ。

 こうして二人は十五分程度で車まで戻り中を覗き込んだ。何の話をしていたのかわからないが、飛雄は板倉と談笑中で少し驚いたような表情を見せてから窓を開ける。

「飛雄さん、お待たせしました。綾乃さんのお蔭で入場許可がいただけました。
 私たちはホームルームへ出てから後ほどご連絡しますので合流しましょう」

「うんわかった、何か面倒かけちゃってごめんな、でもありがとう。
 遠目に見えたけどグラウンドでもなにかやってるみたいだから楽しみだよ」

 紆余曲折と言うのは大げさだが、全く想定していなかった入場規制で校門をすんなり通してもらえなかった時にはどうなることかと思ったが、それでも綾乃の強引な押しと威光に弱い校長のお蔭で事なきを得た。

 待たされていた飛雄は初めて他の学校の文化祭、しかも好きな相手の学校へやって来たこともあってかなり緊張していたのだが、車内で板倉から言われた一言で大分気持ちがほぐされていた。

 その板倉の言葉とは――

『どんな鈍い人間でも気が付くまで言われ続ければいずれ気が付くんですからね。
 私もばあたちも応援してますし、ま、気長に行きましょうや。』

 板倉が言うように、気持ちが伝わるまで伝え続けると言うのは当たり前のようで簡単ではないことだ。なぜ飛雄が八早月に思いを寄せていることを板倉が知っているのかはさておき。

 細かい事情を知らない飛雄をにとって、板倉は顔に怪我の跡がある怖そうな運転手との印象だったが、もしかしたら女性関係では色々な苦労をしているのかもしれないと勝手に想像するのだった。
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