限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

202.十一月二十四日 午後 文化祭デート

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 完全無欠に見える八早月ではあるが、近しい友たちからすればまったくそんなことはなく、数点に絞ってみればむしろ弱点だらけ隙だらけと言ったところだ。

 一つは一般的で常識的な人づきあいが出来ないこと、そしてもう一つは八早月が考えている現実は一般人からすると相当に非現実だと言うことである。そしてその二つが色濃く出るものこそ恋愛に関することなのだ。

 つまり、現実ではそんなに都合よく友達に用事ができてその場から去って行くことはなく、まして学園祭のようなイベントで起きることがそうそうあるはずもない。もちろん誘った女友達が都合が悪いからと自分の弟を代わりに寄こすことなんてあり得ないことだ。

 一般的な生い立ちを過ごしていれば、この一連の偶然が仕込まれた物だと気付いて当然なのだが、八早月にあるのは少女漫画で読んだ非現実的なフィクションの知識のみ。そしてこれまでの出来事を良くある現実だと思い込んでいる。

 八早月はこうして考え方を見透かされ良いように誘導されてしまった。計画を練ったのは綾乃と夢路、そして零愛だった。さらに言えば画策した中心人物だと自認している綾乃も夢路の策に乗せられていると言う二重の作戦なのは言うまでもない。


 その綾乃はまったくそんな意識なく直臣と二人きりで高等部を回り始めていた。どうやら予定通り演劇を見に行くようだ。

「ねえ寒鳴さん、こんなことして本当に筆頭が丸くなるんだろうかね?
 はっきり言って今までで一番恥ずかしい思いをした意味はあって欲しいものだよ」

「先輩、お付き合いありがとうございました。とは言えすぐは無理ですからね?
 でもこのまま仲が深まってお付き合いするようになれば絶対変わりますって!
 その証拠に先輩だって私と一緒に居ると少し性格変わるって自覚ありますよね?」

「そ、そんな、僕はそんなことない、変わってなんかないさ。
 だって別に寒鳴さんのこと―― ちょっと待って、今僕はからかわれてるんだろ」

「いいえ? 別に好きな相手と一緒だと変わるとは言ってませんよ?
 関係性が近くなるとって意味で、私も最初は戸惑ったけど今は普通に話せますからね」

 直臣は綾乃にそう言われると、悔しさをにじませながらおでこの辺りに手をやり天を仰いだ。先走った考えのせいで余計なことを言ってしまったからである。


 そしてその頃美晴と夢路はと言うと――

「それにしてもあの堅物そうな先輩がよくオッケーしたもんだよ。
 夢ったら一体なんて言って言いくるめたわけ?」

「先輩は簡単だったよ。八早月ちゃんに彼氏が出来たらきっと丸くなるってね。
 それだけで身を乗り出してくるくらいだったもん、まあならないと思うけど」

「ひっどー、アタシは夢のそういう策士なところ怖いと思うことが多々あるよ。
 でも確かに八早月ちゃんの性格が変わるなんてあんま想像できないよね。
 答え合わせに時間がかかるからこそ上手く言いくるめることに成功したわけだ」

「まあね、どう転んでも怒られたり責めえられたりすることはないってこと。
 それにこの作戦にはもう一つのたくらみもあるんだからね? ってハルならとっくに気付いているか」

「まあね、これで先輩と綾ちゃんをくっつけようってことでしょ?
 綾ちゃんもああ見えて自分のことには鈍いから、夢がそんなこと考えて先輩にお願いしたなんて考えてないだろうなぁ」

「こっちは別にどちらも好意を持ってるわけでもないから気長にって感じかな。
 でも綾ちゃんは展示の製作で毎日のように書道室へ来てたからね。
 段々と距離が詰まって行くとこをたっぷり堪能できて私的にはおいしかったよ。
 これからも時間があれば顔出してって言ったらまんざらでもなさそうだったしね」

「ホント夢って怖いわぁ、なんでそんなに上手く誘導できるわけ?
 えっ!? まさかアタシにもなんか仕掛けてないだろうね?」

「してないしてない、涼君はハルのこと好きだし、ハルも同じじゃない。
 そういうのはつまらないんだよね、必要なのは二人の時間だけって感じでさ」

「こらっ! サラッと恥ずかしいこと言わないでよね!」

「あはははー、あーアツイアツイ、みんなアツすぎて羨ましーなー。
 そう言えば今日は涼君来てないの?」

「うん、今日明日両方ともサッカーの試合だってさ。
 高等部と違ってアタシたちに見せ場は無いからどうでもいいよ、んじゃ行こう!」

 小学校の友達とは数分話をしただけの二人は、作戦の順調な滑り出しに満足しながら文化祭の喧騒へと消えて行った。


 そして夢路が打った策謀の本命である八早月と飛雄はと言うと、高等部を回りながら文化祭を楽しんでいた。八早月はもちろんのこと、この状況に大分慣れて来たのか飛雄の緊張感も解けているようだ。

 同年代と言ってもいい男子と二人きりで過ごすなんてことは今までになかった八早月だが、そんなシチュエーションを知らないわけではない。知識だけならもう散々少女漫画で仕入れており、こういう時には楽しんだ者勝ち、今後本当に好きな相手が出来た時の予行練習くらいに考えている。

 かたや飛雄は自分の緊張が解けた今、次にやるべきことは八早月の誤解を解くことだと気合を入れなおしていた。これまででわかったのは、八早月が相当に鈍いことと思い込みが激しい性格だと言うことだ。きっと生半可な言い方では崩すことは出来ない。なんとか会話の主導権を握りうまいこと説明するのだと闘志を燃やしている。

 そんな二人が高等部の校舎を回っているとき、知った顔が目の前に現れた。それは英語教師のドロシーである。

「オー、筆頭様、楽しんでマスカ? ボーイフレンドと一緒とは羨ましいデス。
 ドーですか? イングリッシュクラブで遊んで行ってはいかがデショー?
 ゲームで高得点を出せばプレゼントを用意してオルのでございますヨ」

「生憎だけど私は英語が嫌いなのよ、まったく頭に入ってこないんだもの。
 飛雄さんはどうかしら? ちなみにドロシーは八家の中の七草家当主なの」

「えっ!? 外国人の分家がいるのか? いったいどういう…… まあいいか。
 よし、それじゃオレが挑戦してみるとしよう」

 八早月の勝手な予想に反して、実は飛雄の得意科目は英語だった。札に書いてある英文を読み上げて和訳された札を取るカルタ取りや、手札を使って文章を作る英作文ポーカーで規定得点をクリアし、見事プレゼントをゲットすることができたのだ。

「飛雄さん凄いです! これほど英語ができるなんてさすが高校生ですね!
 一体どういう勉強をしたらこれほどの知識を得ることができるのでしょう。
 きっと相当の修練を積んだのでしょうね、素晴らしいです」

「そんな大層なもんじゃないさ、幼馴染で一緒に野球してたアメリカ人がいてさ。
 そいつの親が集めてた野球グッズで覚え始めたのが最初かな。
 中学に入ってからは教科の中で英語が一番面白くて今に至るって感じ。
 まあでも他の教科はからっきしなんだけどな」

「得意なことがあるだけで充分誇れることだと思います。
 しかもそれが異国の言語であるならばなおのこと、言うほど簡単ではないでしょう」

「相変わらず八早月は大げさだなあ、ホント一緒に居ると楽しいよ。
 家が遠いのがマジで残念だ、近けりゃ野球も見せてやれるのに」

「そうですね、美晴さんがサッカーの応援へ行くことがあるらしいのです。
 スポーツの試合と言うのがどういうものか知らないのですが、夢中になれるものと聞き興味は魅かれますからね」

「それならなおさら見てもらいたいもんだな、結構アツくなれるぜ?
 もちろん好みもあるだろうから誰でも夢中ってわけじゃないけどさ。
 でも俺なら、もし八早月が剣術でもなんでも試合するようなことがあれば見てみたいよ」

 飛雄は思いつきではあるが、八早月のことを気にかけているのだと示すための言葉を紡いだ。だが遠回りな文言では伝わるはずもなく、遠くて残念だ程度の返答で締められてしまった。

 それでも一緒に行動している意味は十分にあり、八早月は確実に飛雄への好意を増していった。それはやはり意外性と言う側面が大きい。飛雄が意識して好感度を上げようとしても何一つ成果はあげられていないが、そんなことをせずとも実は普通に行動すればいいだけだったのだ。

 まずは英語が得意であることから始まり、休憩に立ち寄ったジャズ喫茶では音楽に耳を傾ける姿を見せ、走り回る小さな子供への気遣いや模擬店の店員をしている生徒への態度等が、まだ未成熟な精神を持つ八早月の目には随分と大人びて映る。

 こうして夢路たちの策謀によって生まれた二人で過ごす時間は、飛雄にとって決して無意味ではなく絶大な効果があったのだが、残念ながらその当人の知るところではない。それでも着実に八早月と飛雄の仲は深まっていると言えた。
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