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第八章 霜月(十一月)
206.十一月二十五日 夕方 大どんでん返し
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失意の黒一点を引きずってあちこち回って行くうち、あっという間に夕方になりいよいよ文化祭も終わりが近づいてきた。九遠学園の文化祭では、打ち上げ的な意味合いを込めてなぜかフォークダンスが行われる。
今年初めての八早月たちはそんなこと知らなかったのだが、先ほど顔を出した高等部の書道部で仕入れた新情報である。そしてそれを教えてくれた高等部の先輩に昨日一緒に居たところを見られていた直臣と綾乃は、冷やかされながら後で合流する約束をさせられていた。
「ところでフォークダンスと言うのはどういったものなのかしら?
ダンスなのだから踊るのはわかるけれど、フォークは食器ではないわよね?」
「フォークダンスは食器じゃなくて庶民とかそんな感じだから庶民的な踊りだな。
野球にもフォークってボールがあるけどそっちは食器のフォークだよ」
「はああ、本当に飛雄さんは英語が得意だし博識ですね! 素晴らしい!
庶民の踊りと言うことは盆踊りのようなものでしょうか、そちらも未体験なので詳しくは知らないのですけれどね」
「そんな大したことじゃないよ、フォークってなんなのか気になったからさ。
たまたま調べたことがあっただけだからあんまり大げさに褒めないでくれよ。
八早月はいちいち大げさすぎるし褒めすぎなんだよなあ」
「でも褒めるのはいいことでしょう? 褒められて嫌な人もいないはずだし。
それとも飛雄さんは褒められると気分が良くないのかしら?」
「まあそりゃ悪くはならないさ、でも俺はもっと他の言葉を望んでるんだよな」
なぜか八早月が強い口調で迫ると、飛雄もなぜか同様に言い返す。どうしたらこんなことで険悪な雰囲気になると言うのかと、周囲はハラハラしながらも見守るしかない。
「他に言ってほしいことがあるならはっきりそう言えばいいのだわ。
どうせ私は飛雄さんの想い人のように思い通りの受け答えは出来ないわよ。
だって親友にだって鈍感だとか非常識だとか言われる程度の人間だもの!」
明らかに先ほどよりも強めた語気に誰もが戸惑い、言われた飛雄は何も言い返せず立ちすくむだけだ。感受性豊かな綾乃は瞳を潤ませているし、美晴は呆気にとられてどうしていいかわからない様子である。
しかしここに全員を救うべく立ち上がった者がいた。
「ねえ八早月ちゃん、なんでそんなに声を荒げるの? 誰も責めてないでしょ?
飛雄さんだって褒め方が大げさだって言っただけなんだよ?」
「でも夢路さんも聞いていたでしょう? 私はいいことだと思って褒めただけ。
それなのにまるでそのことが悪いことみたいに言われたら腹も立つわよ。
私がなにか間違ってるの? これも鈍感だから何かを見落としているの?」
「そうね、これは八早月ちゃんが間違ってる、と言うより勘違いが正しいかな。
自分がなんでそんなに機嫌を悪くしているのかわかってないでしょ?」
「それは…… 自分の意見が否定されたからではなくて?」
「ううん、これが違うんだなぁ、今から私がその理由を教えてあげるからね。
今八早月ちゃんが怒って機嫌を悪くしているのはね――」
その言い回しで何かに気付き目を輝かせた綾乃、なにがなんだかさっぱりわかっていない美晴、そして間もなく帰宅時間なのでそれまでには何とか仲直りしたいと気が気じゃなく、夢路に全てを託し祈るような面持ちの飛雄が、勿体ぶって言葉を溜める夢路を見つめている。
「―― 八早月ちゃん、それを嫉妬って言うんだよ?」
夢路の言葉に八早月は驚き口元を抑えている。直前に気が付いていた綾乃は夢路を背中から突っついて喜びを現した。意外すぎてまだ信じられない様子でいる美晴は、すぐ横にいる綾乃の顔と八早月を見比べて混乱中である。
そして一番おかしな行動を取ったのは飛雄である。夢路の言った言葉がどうにも理解を超えていたようで、自分の頬を引っ張ったり叩いたりしている。しまいには夢路のほうへと振り向いてから綾乃を見て美晴へと視線を移す。
混乱して呆けている美晴を見て安心したのかもう一度八早月へと向き直ると、そこには顔を真っ赤にして明らかに怒り心頭な少女の姿があった。
「ちょっと八早月? 俺が言ったわけじゃ無いからそんな怒らないでくれよ?
オレもちょっと今の意見は違うんじゃないかなって思ってるしさ。
だからまずは冷静に話をしないか?」
「黙っていてちょうだい…… 飛雄さんは黙っていて!
夢路さん、ちょっと来てもらえるかしら?」
八早月はそう言って夢路の手を引き皆から少し離れた。どうやらこまごまと話をしているようだが、傍から見ても八早月は冷静ではなく興奮している様子がありありと出ている。
「なんで私が嫉妬していることになるの? 飛雄さんのことで? 一体誰に?」
「そんなの簡単だよ、実在しない飛雄君の想い人にだよ?
自分でもまだわかってないんだと思うけどさ、いちいち引き合いに出すのもおかしかったんだよね」
「私がその方を引き合いに出していたってこと? そんなことしていたかしら?
そう言われてみると言ったかもしれないけれど、元々は彼が想い人がいることをほのめかして来たのよ?」
「もう最初から間違ってるんだけどね? それがすでに八早月ちゃんの勘違い。
いったん冷静になって飛雄君の話を聞いてあげなよ、ほら行こう?」
八早月は珍しく夢路へ素直に頷き戻って行った。そして促されるままに飛雄の前に立つと睨めつけるように見上げて尋ねる。
「飛雄さん? この間好きな女性がいるとおっしゃっていましたよね?
でも夢路さんがそれが間違いだと言い、私の勘違いだと言うのです。
その辺りの事実関係をはっきりさせておきたいのですがよろしいですか?」
「違う違う、八早月ちゃんてば、聞き方がそれじゃダメなんだってば。
仕方ないから私が代わりに言うから聞き逃さないようにするんだよ?」
なぜ夢路が代わりに確認するのかわからないが、八早月が間違っていると言い始めたのは夢路であるし、先ずは任せてみてその真意を測ることにしようと素直に頷いた。年下の女子二人に詰め寄られているような状況に困っている飛雄の気持ちは完全に無視されているが、かといって逃げ出せるような雰囲気でもない。
「飛雄君、好きな人がいるのが本当だって言うならここで証明してください。
それをもう一度八早月ちゃんに聞かせてほしいんです。
今度こそ間違わずに受け止めてくれるはずですからお願いします」
「ええっ!? こんなに人がいっぱいいる中で? マジかよ……
これって公開処刑か何かじゃないのか? もしかしてオレ嵌められてる?」
「違います、みんな応援してるんですよ。でも八早月ちゃんはあんなだし……
先日お邪魔した時の件だって普通ならちゃんと伝わったはずなんですけどねぇ」
「やっぱりちょっと普通じゃないってことなのかな? いや悪口じゃなくてさ。
ずれてると言うか一般人とは違うと言うか…… いや悪口じゃないからな?」
「わかってますけど、すでに相当不機嫌なので一気に決めてください。
もう私に対してだって嫉妬心むき出しだってさすがにもうわかってますよね?」
「え? 嫉妬って誰に? 何を嫉妬するわけ? 全然わかんないけど?」
「くぅ、どっちもどっちじゃないですか! いいから八早月ちゃんとこへ!
言わなきゃいけないことはわかってますよね? 躊躇わずはっきりですよ!?」
中学生に誘われた扱いで文化祭に顔を出しただけでも恥ずかしいのに、今やその年下女子たちに良いようにあしらわれて微妙な表情だが、それは不満と言うよりはどう対処していいか困っているように見える。
それでも気を取り直して夢路に言われた通り、八早月への想いをもう一度伝えるために目の前へと歩み出て行った。
「なあ八早月、なんで間違って伝わったのかオレにもわかんないんだけどさ。
ちゃんと伝わるまで何度でも言うから疑問に思ったら聞き返してくれ。
それじゃ改めて行くぞ…… 八早月! 俺は君のことが好きだ!」
「ええ、知っているわよ? 私も好きだと伝えたと思ったのだけれど?
お互いを好きだと言えるのは友人として素晴らしい関係だと思ったわ。
でもそんなことわざわざ宣言するほどのことではないでしょう?
私は綾乃さんや美晴さん、夢路さんのことも大好きよ? もちろん零愛さんも。
だけれどわざわざ口に出して宣言はしないわ。
なぜなら不安を感じることもないから改めて確認する必要がないもの。
でも飛雄さんはわざわざ宣言した上に、その出来事を覚えていないなんて…… なんだか残念な気持ちだわ」
「ちょっと待ってくれ、それはこの間うちの高校へ来た時のことだろ?
帰り際に、その、伝えた…… 告白の……」
「告白? まさか飛雄さん? 想い人がいるのに私にそのようなつもりで?
もしかしてこれは噂に聞く二股と言うものではありませんか?
夢路さん、一体これはどういうことなのでしょう、全く分かりません!」
「八早月ちゃん違うってば、もっとちゃんと聞いてあげてよ。
順を追ってというか…… そう、最初にさかのぼって先入観無しで、ね?」
「最初と言われてもどこの事だかわかりません、出会う前からくらいですか?
でも初めて会ったところで好きだとか言われても戸惑うだけでしょう?」
「うーん、もう私にはどうすればいいかわからなくなってきたよ。
綾ちゃん、なんとかできない?」
嫉妬していると言われたせいで静かに興奮しているのか、聞く耳持たない八早月には夢路の言葉がちっとも刺さらないらしい。もちろん飛雄の言い分をまともに聞く気配もない。かと言って綾乃もどうしていいのかわからず考え込んでしまった。
その時飛雄が三度繰り返すと言わんばかりに八早月のすぐ目の前まで歩み寄る。それはもう本当に目の前で、八早月の顔が飛雄の胸にくっつくのではないかと言うほどである。
「ちょっと飛雄さん、近いですよ、これでは見上げるのが大変なのです。
話ならいくらでも聞きますから私の背丈をもう少し考慮していただけませんか?」
「いいかい? もう帰りまでにあまり時間がないから直球で勝負するよ。
ここまで来たら恥だとか照れくさいだとか言ってられないからな。
オレが好きだと言ったのは友達としてとか尊敬できる相手としてとかもある。
でも本当に言いたいのは、オレの好きは一人だけに向けたもんだってことなんだ。
八早月が最初に勘違いしたときすぐに訂正すべきだったんだけどさ。
オレが八早月に好きだって言ってるのは、あ、あ、あぃ…… 愛してるってことなんだよ!」
「…… あの…… それなら飛雄さんが想いを寄せている人と言うのは……」
「八早月のことだ」
「でも私はまだ中学生で子供みたいなものですし……」
「オレもまだガキだけどいずれ二人とも大人になるさ」
「なるほど、お気持ちはわかりましたが今は頭を冷やす必要がありそうです。
結局夢路さんが言っていた嫉妬の件は不明のままですけれど」
「もうそれはどうでもいいよ、とりあえず二人で踊っておいでよ。
周りを見ながら適当に合わせればいいんだからさ」
ようやくカタがついて安堵の表情を浮かべた夢路が二人を校庭へと押し出した。中央にはキャンプファイヤーの代わりに非常用電灯が置かれ、校内放送で音楽が流れ始めたところだ。
八早月はわけもわからず輪の中へと進んでいき、飛雄に手を引かれるがまま不格好な踊りを披露していた。
今年初めての八早月たちはそんなこと知らなかったのだが、先ほど顔を出した高等部の書道部で仕入れた新情報である。そしてそれを教えてくれた高等部の先輩に昨日一緒に居たところを見られていた直臣と綾乃は、冷やかされながら後で合流する約束をさせられていた。
「ところでフォークダンスと言うのはどういったものなのかしら?
ダンスなのだから踊るのはわかるけれど、フォークは食器ではないわよね?」
「フォークダンスは食器じゃなくて庶民とかそんな感じだから庶民的な踊りだな。
野球にもフォークってボールがあるけどそっちは食器のフォークだよ」
「はああ、本当に飛雄さんは英語が得意だし博識ですね! 素晴らしい!
庶民の踊りと言うことは盆踊りのようなものでしょうか、そちらも未体験なので詳しくは知らないのですけれどね」
「そんな大したことじゃないよ、フォークってなんなのか気になったからさ。
たまたま調べたことがあっただけだからあんまり大げさに褒めないでくれよ。
八早月はいちいち大げさすぎるし褒めすぎなんだよなあ」
「でも褒めるのはいいことでしょう? 褒められて嫌な人もいないはずだし。
それとも飛雄さんは褒められると気分が良くないのかしら?」
「まあそりゃ悪くはならないさ、でも俺はもっと他の言葉を望んでるんだよな」
なぜか八早月が強い口調で迫ると、飛雄もなぜか同様に言い返す。どうしたらこんなことで険悪な雰囲気になると言うのかと、周囲はハラハラしながらも見守るしかない。
「他に言ってほしいことがあるならはっきりそう言えばいいのだわ。
どうせ私は飛雄さんの想い人のように思い通りの受け答えは出来ないわよ。
だって親友にだって鈍感だとか非常識だとか言われる程度の人間だもの!」
明らかに先ほどよりも強めた語気に誰もが戸惑い、言われた飛雄は何も言い返せず立ちすくむだけだ。感受性豊かな綾乃は瞳を潤ませているし、美晴は呆気にとられてどうしていいかわからない様子である。
しかしここに全員を救うべく立ち上がった者がいた。
「ねえ八早月ちゃん、なんでそんなに声を荒げるの? 誰も責めてないでしょ?
飛雄さんだって褒め方が大げさだって言っただけなんだよ?」
「でも夢路さんも聞いていたでしょう? 私はいいことだと思って褒めただけ。
それなのにまるでそのことが悪いことみたいに言われたら腹も立つわよ。
私がなにか間違ってるの? これも鈍感だから何かを見落としているの?」
「そうね、これは八早月ちゃんが間違ってる、と言うより勘違いが正しいかな。
自分がなんでそんなに機嫌を悪くしているのかわかってないでしょ?」
「それは…… 自分の意見が否定されたからではなくて?」
「ううん、これが違うんだなぁ、今から私がその理由を教えてあげるからね。
今八早月ちゃんが怒って機嫌を悪くしているのはね――」
その言い回しで何かに気付き目を輝かせた綾乃、なにがなんだかさっぱりわかっていない美晴、そして間もなく帰宅時間なのでそれまでには何とか仲直りしたいと気が気じゃなく、夢路に全てを託し祈るような面持ちの飛雄が、勿体ぶって言葉を溜める夢路を見つめている。
「―― 八早月ちゃん、それを嫉妬って言うんだよ?」
夢路の言葉に八早月は驚き口元を抑えている。直前に気が付いていた綾乃は夢路を背中から突っついて喜びを現した。意外すぎてまだ信じられない様子でいる美晴は、すぐ横にいる綾乃の顔と八早月を見比べて混乱中である。
そして一番おかしな行動を取ったのは飛雄である。夢路の言った言葉がどうにも理解を超えていたようで、自分の頬を引っ張ったり叩いたりしている。しまいには夢路のほうへと振り向いてから綾乃を見て美晴へと視線を移す。
混乱して呆けている美晴を見て安心したのかもう一度八早月へと向き直ると、そこには顔を真っ赤にして明らかに怒り心頭な少女の姿があった。
「ちょっと八早月? 俺が言ったわけじゃ無いからそんな怒らないでくれよ?
オレもちょっと今の意見は違うんじゃないかなって思ってるしさ。
だからまずは冷静に話をしないか?」
「黙っていてちょうだい…… 飛雄さんは黙っていて!
夢路さん、ちょっと来てもらえるかしら?」
八早月はそう言って夢路の手を引き皆から少し離れた。どうやらこまごまと話をしているようだが、傍から見ても八早月は冷静ではなく興奮している様子がありありと出ている。
「なんで私が嫉妬していることになるの? 飛雄さんのことで? 一体誰に?」
「そんなの簡単だよ、実在しない飛雄君の想い人にだよ?
自分でもまだわかってないんだと思うけどさ、いちいち引き合いに出すのもおかしかったんだよね」
「私がその方を引き合いに出していたってこと? そんなことしていたかしら?
そう言われてみると言ったかもしれないけれど、元々は彼が想い人がいることをほのめかして来たのよ?」
「もう最初から間違ってるんだけどね? それがすでに八早月ちゃんの勘違い。
いったん冷静になって飛雄君の話を聞いてあげなよ、ほら行こう?」
八早月は珍しく夢路へ素直に頷き戻って行った。そして促されるままに飛雄の前に立つと睨めつけるように見上げて尋ねる。
「飛雄さん? この間好きな女性がいるとおっしゃっていましたよね?
でも夢路さんがそれが間違いだと言い、私の勘違いだと言うのです。
その辺りの事実関係をはっきりさせておきたいのですがよろしいですか?」
「違う違う、八早月ちゃんてば、聞き方がそれじゃダメなんだってば。
仕方ないから私が代わりに言うから聞き逃さないようにするんだよ?」
なぜ夢路が代わりに確認するのかわからないが、八早月が間違っていると言い始めたのは夢路であるし、先ずは任せてみてその真意を測ることにしようと素直に頷いた。年下の女子二人に詰め寄られているような状況に困っている飛雄の気持ちは完全に無視されているが、かといって逃げ出せるような雰囲気でもない。
「飛雄君、好きな人がいるのが本当だって言うならここで証明してください。
それをもう一度八早月ちゃんに聞かせてほしいんです。
今度こそ間違わずに受け止めてくれるはずですからお願いします」
「ええっ!? こんなに人がいっぱいいる中で? マジかよ……
これって公開処刑か何かじゃないのか? もしかしてオレ嵌められてる?」
「違います、みんな応援してるんですよ。でも八早月ちゃんはあんなだし……
先日お邪魔した時の件だって普通ならちゃんと伝わったはずなんですけどねぇ」
「やっぱりちょっと普通じゃないってことなのかな? いや悪口じゃなくてさ。
ずれてると言うか一般人とは違うと言うか…… いや悪口じゃないからな?」
「わかってますけど、すでに相当不機嫌なので一気に決めてください。
もう私に対してだって嫉妬心むき出しだってさすがにもうわかってますよね?」
「え? 嫉妬って誰に? 何を嫉妬するわけ? 全然わかんないけど?」
「くぅ、どっちもどっちじゃないですか! いいから八早月ちゃんとこへ!
言わなきゃいけないことはわかってますよね? 躊躇わずはっきりですよ!?」
中学生に誘われた扱いで文化祭に顔を出しただけでも恥ずかしいのに、今やその年下女子たちに良いようにあしらわれて微妙な表情だが、それは不満と言うよりはどう対処していいか困っているように見える。
それでも気を取り直して夢路に言われた通り、八早月への想いをもう一度伝えるために目の前へと歩み出て行った。
「なあ八早月、なんで間違って伝わったのかオレにもわかんないんだけどさ。
ちゃんと伝わるまで何度でも言うから疑問に思ったら聞き返してくれ。
それじゃ改めて行くぞ…… 八早月! 俺は君のことが好きだ!」
「ええ、知っているわよ? 私も好きだと伝えたと思ったのだけれど?
お互いを好きだと言えるのは友人として素晴らしい関係だと思ったわ。
でもそんなことわざわざ宣言するほどのことではないでしょう?
私は綾乃さんや美晴さん、夢路さんのことも大好きよ? もちろん零愛さんも。
だけれどわざわざ口に出して宣言はしないわ。
なぜなら不安を感じることもないから改めて確認する必要がないもの。
でも飛雄さんはわざわざ宣言した上に、その出来事を覚えていないなんて…… なんだか残念な気持ちだわ」
「ちょっと待ってくれ、それはこの間うちの高校へ来た時のことだろ?
帰り際に、その、伝えた…… 告白の……」
「告白? まさか飛雄さん? 想い人がいるのに私にそのようなつもりで?
もしかしてこれは噂に聞く二股と言うものではありませんか?
夢路さん、一体これはどういうことなのでしょう、全く分かりません!」
「八早月ちゃん違うってば、もっとちゃんと聞いてあげてよ。
順を追ってというか…… そう、最初にさかのぼって先入観無しで、ね?」
「最初と言われてもどこの事だかわかりません、出会う前からくらいですか?
でも初めて会ったところで好きだとか言われても戸惑うだけでしょう?」
「うーん、もう私にはどうすればいいかわからなくなってきたよ。
綾ちゃん、なんとかできない?」
嫉妬していると言われたせいで静かに興奮しているのか、聞く耳持たない八早月には夢路の言葉がちっとも刺さらないらしい。もちろん飛雄の言い分をまともに聞く気配もない。かと言って綾乃もどうしていいのかわからず考え込んでしまった。
その時飛雄が三度繰り返すと言わんばかりに八早月のすぐ目の前まで歩み寄る。それはもう本当に目の前で、八早月の顔が飛雄の胸にくっつくのではないかと言うほどである。
「ちょっと飛雄さん、近いですよ、これでは見上げるのが大変なのです。
話ならいくらでも聞きますから私の背丈をもう少し考慮していただけませんか?」
「いいかい? もう帰りまでにあまり時間がないから直球で勝負するよ。
ここまで来たら恥だとか照れくさいだとか言ってられないからな。
オレが好きだと言ったのは友達としてとか尊敬できる相手としてとかもある。
でも本当に言いたいのは、オレの好きは一人だけに向けたもんだってことなんだ。
八早月が最初に勘違いしたときすぐに訂正すべきだったんだけどさ。
オレが八早月に好きだって言ってるのは、あ、あ、あぃ…… 愛してるってことなんだよ!」
「…… あの…… それなら飛雄さんが想いを寄せている人と言うのは……」
「八早月のことだ」
「でも私はまだ中学生で子供みたいなものですし……」
「オレもまだガキだけどいずれ二人とも大人になるさ」
「なるほど、お気持ちはわかりましたが今は頭を冷やす必要がありそうです。
結局夢路さんが言っていた嫉妬の件は不明のままですけれど」
「もうそれはどうでもいいよ、とりあえず二人で踊っておいでよ。
周りを見ながら適当に合わせればいいんだからさ」
ようやくカタがついて安堵の表情を浮かべた夢路が二人を校庭へと押し出した。中央にはキャンプファイヤーの代わりに非常用電灯が置かれ、校内放送で音楽が流れ始めたところだ。
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