限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
210 / 376
第八章 霜月(十一月)

206.十一月二十五日 夕方 大どんでん返し

しおりを挟む
 失意の黒一点を引きずってあちこち回って行くうち、あっという間に夕方になりいよいよ文化祭も終わりが近づいてきた。九遠学園の文化祭では、打ち上げ的な意味合いを込めてなぜかフォークダンスが行われる。

 今年初めての八早月たちはそんなこと知らなかったのだが、先ほど顔を出した高等部の書道部で仕入れた新情報である。そしてそれを教えてくれた高等部の先輩に昨日一緒に居たところを見られていた直臣と綾乃は、冷やかされながら後で合流する約束をさせられていた。

「ところでフォークダンスと言うのはどういったものなのかしら?
 ダンスなのだから踊るのはわかるけれど、フォークは食器ではないわよね?」

「フォークダンスは食器じゃなくて庶民とかそんな感じだから庶民的な踊りだな。
 野球にもフォークってボールがあるけどそっちは食器のフォークだよ」

「はああ、本当に飛雄さんは英語が得意だし博識ですね! 素晴らしい!
 庶民の踊りと言うことは盆踊りのようなものでしょうか、そちらも未体験なので詳しくは知らないのですけれどね」

「そんな大したことじゃないよ、フォークってなんなのか気になったからさ。
 たまたま調べたことがあっただけだからあんまり大げさに褒めないでくれよ。
 八早月はいちいち大げさすぎるし褒めすぎなんだよなあ」

「でも褒めるのはいいことでしょう? 褒められて嫌な人もいないはずだし。
 それとも飛雄さんは褒められると気分が良くないのかしら?」

「まあそりゃ悪くはならないさ、でも俺はもっと他の言葉を望んでるんだよな」

 なぜか八早月が強い口調で迫ると、飛雄もなぜか同様に言い返す。どうしたらこんなことで険悪な雰囲気になると言うのかと、周囲はハラハラしながらも見守るしかない。

「他に言ってほしいことがあるならはっきりそう言えばいいのだわ。
 どうせ私は飛雄さんの想い人のように思い通りの受け答えは出来ないわよ。
 だって親友にだって鈍感だとか非常識だとか言われる程度の人間だもの!」

 明らかに先ほどよりも強めた語気に誰もが戸惑い、言われた飛雄は何も言い返せず立ちすくむだけだ。感受性豊かな綾乃は瞳を潤ませているし、美晴は呆気にとられてどうしていいかわからない様子である。

 しかしここに全員を救うべく立ち上がった者がいた。

「ねえ八早月ちゃん、なんでそんなに声を荒げるの? 誰も責めてないでしょ?
 飛雄さんだって褒め方が大げさだって言っただけなんだよ?」

「でも夢路さんも聞いていたでしょう? 私はいいことだと思って褒めただけ。
 それなのにまるでそのことが悪いことみたいに言われたら腹も立つわよ。
 私がなにか間違ってるの? これも鈍感だから何かを見落としているの?」

「そうね、これは八早月ちゃんが間違ってる、と言うより勘違いが正しいかな。
 自分がなんでそんなに機嫌を悪くしているのかわかってないでしょ?」

「それは…… 自分の意見が否定されたからではなくて?」

「ううん、これが違うんだなぁ、今から私がその理由を教えてあげるからね。
 今八早月ちゃんが怒って機嫌を悪くしているのはね――」

 その言い回しで何かに気付き目を輝かせた綾乃、なにがなんだかさっぱりわかっていない美晴、そして間もなく帰宅時間なのでそれまでには何とか仲直りしたいと気が気じゃなく、夢路に全てを託し祈るような面持ちの飛雄が、勿体ぶって言葉を溜める夢路を見つめている。

「―― 八早月ちゃん、それを嫉妬って言うんだよ?」

 夢路の言葉に八早月は驚き口元を抑えている。直前に気が付いていた綾乃は夢路を背中から突っついて喜びを現した。意外すぎてまだ信じられない様子でいる美晴は、すぐ横にいる綾乃の顔と八早月を見比べて混乱中である。

 そして一番おかしな行動を取ったのは飛雄である。夢路の言った言葉がどうにも理解を超えていたようで、自分の頬を引っ張ったり叩いたりしている。しまいには夢路のほうへと振り向いてから綾乃を見て美晴へと視線を移す。

 混乱して呆けている美晴を見て安心したのかもう一度八早月へと向き直ると、そこには顔を真っ赤にして明らかに怒り心頭な少女の姿があった。

「ちょっと八早月? 俺が言ったわけじゃ無いからそんな怒らないでくれよ?
 オレもちょっと今の意見は違うんじゃないかなって思ってるしさ。
 だからまずは冷静に話をしないか?」

「黙っていてちょうだい…… 飛雄さんは黙っていて!
 夢路さん、ちょっと来てもらえるかしら?」

 八早月はそう言って夢路の手を引き皆から少し離れた。どうやらこまごまと話をしているようだが、傍から見ても八早月は冷静ではなく興奮している様子がありありと出ている。


「なんで私が嫉妬していることになるの? 飛雄さんのことで? 一体誰に?」

「そんなの簡単だよ、実在しない飛雄君の想い人にだよ?
 自分でもまだわかってないんだと思うけどさ、いちいち引き合いに出すのもおかしかったんだよね」

「私がその方を引き合いに出していたってこと? そんなことしていたかしら?
 そう言われてみると言ったかもしれないけれど、元々は彼が想い人がいることをほのめかして来たのよ?」

「もう最初から間違ってるんだけどね? それがすでに八早月ちゃんの勘違い。
 いったん冷静になって飛雄君の話を聞いてあげなよ、ほら行こう?」

 八早月は珍しく夢路へ素直に頷き戻って行った。そして促されるままに飛雄の前に立つと睨めつけるように見上げて尋ねる。

「飛雄さん? この間好きな女性がいるとおっしゃっていましたよね?
 でも夢路さんがそれが間違いだと言い、私の勘違いだと言うのです。
 その辺りの事実関係をはっきりさせておきたいのですがよろしいですか?」

「違う違う、八早月ちゃんてば、聞き方がそれじゃダメなんだってば。
 仕方ないから私が代わりに言うから聞き逃さないようにするんだよ?」

 なぜ夢路が代わりに確認するのかわからないが、八早月が間違っていると言い始めたのは夢路であるし、先ずは任せてみてその真意を測ることにしようと素直に頷いた。年下の女子二人に詰め寄られているような状況に困っている飛雄の気持ちは完全に無視されているが、かといって逃げ出せるような雰囲気でもない。

「飛雄君、好きな人がいるのが本当だって言うならここで証明してください。
 それをもう一度・・・・八早月ちゃんに聞かせてほしいんです。
 今度こそ間違わずに受け止めてくれるはずですからお願いします」

「ええっ!? こんなに人がいっぱいいる中で? マジかよ……
 これって公開処刑か何かじゃないのか? もしかしてオレめられてる?」

「違います、みんな応援してるんですよ。でも八早月ちゃんはあんなだし……
 先日お邪魔した時の件だって普通ならちゃんと伝わったはずなんですけどねぇ」

「やっぱりちょっと普通じゃないってことなのかな? いや悪口じゃなくてさ。
 ずれてると言うか一般人とは違うと言うか…… いや悪口じゃないからな?」

「わかってますけど、すでに相当不機嫌なので一気に決めてください。
 もう私に対してだって嫉妬心むき出しだってさすがにもうわかってますよね?」

「え? 嫉妬って誰に? 何を嫉妬するわけ? 全然わかんないけど?」

「くぅ、どっちもどっちじゃないですか! いいから八早月ちゃんとこへ!
 言わなきゃいけないことはわかってますよね? 躊躇わずはっきりですよ!?」

 中学生に誘われた扱いで文化祭に顔を出しただけでも恥ずかしいのに、今やその年下女子たちに良いようにあしらわれて微妙な表情だが、それは不満と言うよりはどう対処していいか困っているように見える。

 それでも気を取り直して夢路に言われた通り、八早月への想いをもう一度伝えるために目の前へと歩み出て行った。

「なあ八早月、なんで間違って伝わったのかオレにもわかんないんだけどさ。
 ちゃんと伝わるまで何度でも言うから疑問に思ったら聞き返してくれ。
 それじゃ改めて行くぞ…… 八早月! 俺は君のことが好きだ!」

「ええ、知っているわよ? 私も好きだと伝えたと思ったのだけれど?
 お互いを好きだと言えるのは友人として素晴らしい関係だと思ったわ。
 でもそんなことわざわざ宣言するほどのことではないでしょう?
 私は綾乃さんや美晴さん、夢路さんのことも大好きよ? もちろん零愛さんも。
 だけれどわざわざ口に出して宣言はしないわ。
 なぜなら不安を感じることもないから改めて確認する必要がないもの。
 でも飛雄さんはわざわざ宣言した上に、その出来事を覚えていないなんて…… なんだか残念な気持ちだわ」

「ちょっと待ってくれ、それはこの間うちの高校へ来た時のことだろ?
 帰り際に、その、伝えた…… 告白の……」

「告白? まさか飛雄さん? 想い人がいるのに私にそのようなつもりで?
 もしかしてこれは噂に聞く二股と言うものではありませんか?
 夢路さん、一体これはどういうことなのでしょう、全く分かりません!」

「八早月ちゃん違うってば、もっとちゃんと聞いてあげてよ。
 順を追ってというか…… そう、最初にさかのぼって先入観無しで、ね?」

「最初と言われてもどこの事だかわかりません、出会う前からくらいですか?
 でも初めて会ったところで好きだとか言われても戸惑うだけでしょう?」

「うーん、もう私にはどうすればいいかわからなくなってきたよ。
 綾ちゃん、なんとかできない?」

 嫉妬していると言われたせいで静かに興奮しているのか、聞く耳持たない八早月には夢路の言葉がちっとも刺さらないらしい。もちろん飛雄の言い分をまともに聞く気配もない。かと言って綾乃もどうしていいのかわからず考え込んでしまった。

 その時飛雄が三度みたび繰り返すと言わんばかりに八早月のすぐ目の前まで歩み寄る。それはもう本当に目の前で、八早月の顔が飛雄の胸にくっつくのではないかと言うほどである。

「ちょっと飛雄さん、近いですよ、これでは見上げるのが大変なのです。
 話ならいくらでも聞きますから私の背丈をもう少し考慮していただけませんか?」

「いいかい? もう帰りまでにあまり時間がないから直球で勝負するよ。
 ここまで来たら恥だとか照れくさいだとか言ってられないからな。
 オレが好きだと言ったのは友達としてとか尊敬できる相手としてとかもある。
 でも本当に言いたいのは、オレの好きは一人だけに向けたもんだってことなんだ。
 八早月が最初に勘違いしたときすぐに訂正すべきだったんだけどさ。
 オレが八早月に好きだって言ってるのは、あ、あ、あぃ…… 愛してるってことなんだよ!」

「…… あの…… それなら飛雄さんが想いを寄せている人と言うのは……」

「八早月のことだ」

「でも私はまだ中学生で子供みたいなものですし……」

「オレもまだガキだけどいずれ二人とも大人になるさ」

「なるほど、お気持ちはわかりましたが今は頭を冷やす必要がありそうです。
 結局夢路さんが言っていた嫉妬の件は不明のままですけれど」

「もうそれはどうでもいいよ、とりあえず二人で踊っておいでよ。
 周りを見ながら適当に合わせればいいんだからさ」

 ようやくカタがついて安堵の表情を浮かべた夢路が二人を校庭へと押し出した。中央にはキャンプファイヤーの代わりに非常用電灯が置かれ、校内放送で音楽が流れ始めたところだ。

 八早月はわけもわからず輪の中へと進んでいき、飛雄に手を引かれるがまま不格好な踊りを披露していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...