限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

210.十一月三十日 夜 勉強会いずこ

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 もはやだれも勉強をしようなどとは言い出せない、いや、言いださない雰囲気となり、八早月を囲んでの追及会が始まろうとしていた。その前にまず頭をしこたま打ちつけた夢路の心配が先だ。

「ちょっと夢、綾ちゃんち壊さないでよ? いくらなんでも興奮しすぎだっての。
 気持ちはわかるけど少し落ち着こうよ」

「そうよ夢路さん、なにをそんなに慌てているの? 私は事実を伝えたのみ。
 ひっくり返るほど驚くようなことがあって?」

「いやいやいや、これが驚かずにいられますかっての、八早月ちゃんが振られた?
 なんで? なんで振られたと思うの? 飛雄さんがその場で断ったの?
 それとももう断りの連絡をしてきたとかそういうこと?」

「いいえ、それきり連絡がないのよね、私としては親しくなれて嬉しかったの。
 だけど遠いから頻繁にはお会いできないでしょう? だから会える時だけ交際すると言うことでいいのかと思ったのだけれどそうではないみたい」

「んんん? 会った時だけ? それは一般的にデートって言うんじゃないの?
 遠距離だったら普段は通話したりメッセージやり取りしたいでしょ。
 そもそもお互いが好き合っているならそれでいいと思うけどなぁ」

「好きと愛しているはどう違うのかしら。私にはそれがわからないわ。
 四六時中一緒に居たいかと言えばそんなこともないけど会いたいとは思うわ。
 その会いたい気持ちが高くないと愛している事にはならないのかしらねえ。
 それに電話やメッセージなら綾乃さんたちともしているじゃない?
 私にとってはみんなが好きな相手ってことだし、飛雄さんのことも同じよ?
 だからもしかしたら特別好きな相手ではないかもしれないとも考えているの。
 でも私としては知らない方より親しい方のほうがいいのは確かでしょう。
 そんなこともあってきちんとご挨拶へ行くと言ったのよね。
 飛雄さんには準備が整ったら連絡をお願いしてあるのだけれど音沙汰ないわ。
 つまりこれはお断りされたと言うことだと思い始めているのよ」

 八早月が堰を切ったように話し出し言葉が止まらない。こんな事は珍しいどころか始めてぐらいの出来事である。これには皆呆気にとられて言葉が出ない。その呆けた顔からいち早く立ち直ったのが夢路である。

「八早月ちゃんにしては珍しく情報量が多すぎてすぐに消化しきれなかったわ。
 いくつか確認したいんだけどさ、音沙汰ないと言うのは飛雄君からだよね?
 ということは八早月ちゃんからなにか問いかけたってことであってる?
 それは知らないより知ってる飛雄君の方がいいってことと関係あるんだよね?
 しかもそれを元に高岳家へ挨拶へ行くつもりがあるから返事待ちなんでしょ?
 それが来ないから振られたと思ってるわけ? それってもしかしてさ――
 以前話していた見合いの話を断るために飛雄君を使おうってこと?」

 夢路が一気にまくしたてると、綾乃と美晴は拳を握りしめて興奮隠せないと言った様子だ。だがその様子を見た八早月はニコニコと笑顔を崩さず夢路の疑問へと答える。

「夢路さん、そんなに早口で言われたら返答に困ってしまうわ。
 情報量と言うなら私よりもよほど多い気がするのだけれど気のせいかしら?
 まあそれはともかく、飛雄さんを利用することについてはまず否定しておくわ。
 私としては利用するのではなくこの機会に許嫁になって貰おうと考えただけよ。
 それなのに一向に返答が帰ってこないんですもの、嫌だと言う事でしょう?」

「えええっ!? なんで突然許嫁に!?」
「そんな急展開あるわけ!? 信じらんない!」
「ちょっと八早月ちゃん、一気に行きすぎだってば!」

「そんな三人いっぺんに言われても困るけれど私としては渡りに船だもの。
 もちろんそれだけではないのよ? 飛雄さんが私に求婚してきたのだしね
 私も同じくらい愛しているかまではまだわからないけれど嫌いではないわ」

「ちょ、ちょっと!? 飛雄君が求婚してきたの? まさかそんな訳ないわよ。
 一般的な高校男子がまだ付き合ってもいない女子に結婚を申し込むだなんて話あるわけないってば!」

「そうだよ八早月ちゃん、きっと早とちりだから飛雄さん困ってるだろうなぁ。
 彼としては付き合いたくて告白したんだし断るわけにもいかないねえ……」

「ああそうね、結果的に婚約すればすべて解決だと考えたのは私だもの。
 確かに飛雄さんは交際を申し込んできただけと言うことで間違いないわ。
 でも遠く離れているから交際は無理でしょう? だから婚約を申し出たのよ。
 そうすればお互いの希望通りの妙案だと思わないかしら?」

「うーん、希望通りなのかなぁ、私わからなくなってきちゃった。
 後は綾ちゃんに任せてもいい?」

「えええっ!? ちょっとこんな特殊すぎるの私にはとてもわからないってば。
 ここは恋愛経験のあるハルちゃんの出番だと思うんだけど?」

「そんな! 夢にも綾ちゃんにもわからないのにアタシがわかるわけないよ。
 一体どうすれば…… 誰か…… ―― あっ!」

 美晴は何かを思いついたようにスマホを取り出して電話をかけ始めた。数回コールの後、電話の向こう側から馴染みのある声が漏れ聞こえてくる。

『もしもーし、どしたのハル、こないだは世話になったねぇ』

「ちょっと零愛さん!? 飛雄さんどうしてる? 帰ってから何か聞いてる?
 この間こっちに来た時に八早月ちゃんとの婚約話が出たらしいんだけど!」

『はあ!? 婚約ってなにそれ、マジで八早月がそう言ってんの?
 あのバカ帰って来てから落ち込んでるみたいだから振られたのかと思ってそっとしといたってのに全く! おい、トビっ! ガチャガシャ、ガサガサ――』

 どうやら零愛は、スマホを放り出して飛雄を探しに行ってしまったようだ。美晴はもうどうすることもできないと言った様子で首をすくめ、折り返しが来ることに期待しながら電話を切った。

「これで動きがあるでしょ、飛雄さんが零愛さんに何されるかわからないけど。
 こうなったのも八早月ちゃんが悪いんだよ? 非常識なこと言うからさあ」

「非常識だったかしら、私としては婚姻できないことへの打開策なのだけれど?
 だって年齢的にまだ無理なのよ? それに私は高校くらいは行ってみたいもの。
 だからお断りはしないけれどもう少し待っていて欲しいことを伝えたつもりよ」

「でも普通の中高生はそこで婚約とか許嫁とかって話は出てこないんだってば。
 だからお互いを知るためにもまずは付き合って仲を深めるんだと思うの。
 それを全て飛び越して婚約を迫ったのが、八早月ちゃんが今回したことなのよ」

「でも綾乃さん、私は直臣と綾乃さんのように近くにはいられないわ。
 その間はどうすればいいの? デートと言っても簡単でもないじゃない?
 私だって飛雄さんがそばにいるならば面倒な形式は採りたくないのよ?
 身内ではない幼馴染でもいれば話は早かったのかもしれないけれどね。
 だから私に早々いい話があるなんて期待はしていなかったところへこの話よ?
 飛び越したと言うわけではなく飛びついてしまったのが早計だったってこと?」

「わかったわかった、八早月ちゃんの気持ちはよーくわかったよ。
 でも今は四宮先輩のことは関係ないから頭から消しといてよね。
 つまり遠くて会えない、何の約束もしない、そんな関係は不安ってことでしょ?
 八早月ちゃんはそれがどういうことなのか自分でわかっているの?
 自分の気持ちがわかってないからこうして暴走しちゃってるんだと思うよ?」

 綾乃がここまで話す間、八早月はうつむいて考え込んでいる。しかし部屋の中は全く静かにならず、興奮した夢路が美晴の横尻をさかんに叩く音が響いていた。その叩かれている美晴はと言うと、夢路を背中から抱きしめるように締め上げている。

「ちょっと二人とも興奮しすぎだってば、八早月ちゃん考え中なんだからね。
 出来れば自分で気が付いて欲しいんだけどなぁ」

 どうやら三人が八早月に求めている答えは揃っているのだろう。それでも当の八早月は何を求められているのかわからずひたすら考え込むのだった。
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