限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第九章 師走(十二月)

212.十二月二日 昼下がり 一族会議(閑話)

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 十二月最初の土日、高岳こうだけ家では一族集まっての大騒動となっていた。議題はもちろん飛雄が持ちかえってきた婚約話である。

「まあ本家としては反対する気も権利もねえ、ぬしらの好きにしたらええ。
 しっかし相手は相当の名家で旧家っちゅうじゃねえか、あヤツで平気へえきなんか?」

「おじじいちゃんはどう思った? 飯食いに行っただけだからわかんないか。
 ウチは賛成っちゃ賛成、八早月はとってもいい子だもん、釣り合うかは……
 でもトビなら立派に尻に敷かれてくれて波風は立たないだろって思うよ」

「そうけ、あんとき連れてきた娘っ子たちの中にいたってことなんだな。
 こんことになんなら先に聞かせといてくれりゃ挨拶くらいできたろうによ」

「あの時にはまさかこんな話がとんとん拍子に進むなんて思うわけないってば。
 だって中学生が高校生に婚約迫るなんて考えるはずないでしょ?」

「んでその当の飛雄はどうしてんだ? まさか逃げ出しちまったんじゃねよな?
 あんにゃろも大分成長したん思ったんが、まだまだワッパか?」

「いいや、トビは今日野球の試合で隣の県まで行ってるから帰りは夜だよ。
 そんなの知らなかったからちょっとやりすぎちゃったなあ……」

「オメ、まーた飛雄のこと締めたんかよ、気が強すぎんのもええ加減にしろて。
 それこそ跡継ぐとか大口叩いといて婿の成り手が居ねえじゃ笑えねえってんだ」

「親父だって母ちゃんに締められてんじゃないか、いつからか知らんがさ。
 そんな母ちゃんを嫁にもらっといて良く言うよ」

『パカッ!』
「なーん生意気なこと言ってんのさ、昼飯出来たから運びさいよ。
 父ちゃんも娘にくだねえこと言うんじゃねえ、男なんざ飯食わせときゃなんとでもなるさね」

 この日の高岳家には本家から零愛たちの叔父にその家族と大叔父の総勢六人がやって来ており、用意に時間がかかったこともあって遅めの昼食となっていた。予定されていなかった訪問だったが、それでも料理には定評のある零愛の母によってテーブルには大量のおかずが盛り上げられている。

 話はまとまらないまま一時中断となり、全員が一心不乱に昼食を貪っている。いち早く食べ終わった零愛は母と共に片っ端から片付けながら考えを巡らせる。高校生ながら飛雄が婚約すること自体は問題ないし反対もしない。しかし両親や本家的には簡単に決めかねるらしい。

「ねえ母ちゃん、なんでみんなそんなに慎重なんだ? 別に構わないだろ?
 もしかしてウチが嫁に行けなくなるとか余計な心配してるのか?」

「そういうこっちゃないだろうけどさ、さすがにこんな話初めてだもんでなあ。
 先方さんに失礼があったら申し訳が立たんからよおく考えてんだろてるんだろう
 そのお相手の櫛田さんも御神子みかんこでうちよりも大きな神職のお宅なんだろ?
 だからみんなビビってんさ、粗相そそうがあったら潰されちまうんじゃねえかってな」

「あー、それはないない、八早月に限ってそんなことはあり得ないっての。
 一緒にお役目へ出たことあるけど、もう桁が違うんだよ、向こうとこっちは。
 だから初めから釣り合うとかそう言うのは考えてないはずさ」

「それが本当ならええけど、父ちゃんたちは心配性だかすぐは無理かもなあ。
 アンタが賛成なら話に混じって説得したらええさ、跡継ぐん話も一緒にな」

「はーい、でもみんな頭が固いから話すの面倒なんだけどなあ。
 母ちゃんは婚約することに賛成してんの? トビが婿行くってのも含めてさ」

「オレはどっちで構わねえ、本人がしてえようにやればええからな。
 だけんどその鍛冶師ってヤツ? 刀とか作る仕事なんて飛雄にできんのかねえ。
 なーんもやったことねんでないのに覚えられるよな甘いもんと違うんでねえかい?」

「それはウチもわかんないなあ、だけど鍛冶師を継ぐのは絶対らしいよ。
 お役目を手伝う必要は全然ないらしいけど、こっちはトビがいなくなったら忙しくなっちゃうなあ」

 零愛は洗い物を母に任せ、お茶を淹れてから居間へと戻って行った。その顔にはありありと面倒そうな表情が現れているが、姉として飛雄に幸せになってもらいたいのは本心だった。

 それだけに、美晴から話を聞いた直後からずっと、今後どうするかを早く決めるようにと迫るだけでなく、煮え切らない弟を拳でわからせようとしたことを反省していた。この、つい手が出てしまうのは母譲りの悪癖であり、小中高と長く変わらず男子から距離を置かれている要因の一つでもある。

◇◇◇

 方や、練習試合のため朝早く家を出て、ようやく姉から逃げ出せた飛雄は、安堵の表情を浮かべながら遠征先のグラウンドにいた。

「おいトビよ、なんか気の抜けた顔してっけど今日の試合平気なんか?
 相手はプロのスカウトが見に来るようなガッコだぞ?
 歯が立つとは思えねえが遠征してきたかいがあったくらいの結果は見せてくれ」

「はあ、先生もあんまやる気無さそうだけど、なんで申し込んだんすか?
 練習試合にもならねえくらいじゃ意味ないでしょうに」

「そう言われてもなあ、一昨年卒業した野村の就職先絡みでの紹介だからよ?
 俺だってそこまで強いとは思って無くて二つ返事しちまったんさ、カンベンな」

「プロかあ、どれくらいならプロ目指せるのか知っておくのも悪くはないか。
 オレもいつまで野球やるのか考えとく必要あるし、まあ全力は尽くしますよ」

 八早月に言われてから、野球への未練が無くなるくらいまでやりきるべきだろうか。それとも限界を知って早々に諦めてもいいのだろうか、などと悩んでいた飛雄である。知るべき高みと言うのを想像するだけでなく肌で味わえるなら早い方がいい。

 今日の相手は去年の夏に全国初出場し三大会連続出場、そして今夏全国制覇を成した高校で、しかも同じ公立だった。飛雄たちの浪西高校は県大会ベスト4が関の山の、弱小でも強豪でもない中堅高である。地方の隣県でどちらも都市部ではなく、境遇はそれほど変わらないだろうにどうしてそこまで違いがあるのか。

 しかし飛雄は相手の選手達を間近で見た際、それをあっさりと悟ってしまった。

『デ、デケぇ…… これで本当にオレの一つ上なのか? もうプロ級だろこれ。
 でも投手はそうでもないか、でも背丈はそう変わらないわりに筋肉質だな。
 それに…… ちっ――』

 整列が終わりベンチへ引き上げていく際、明らかにあの投手の彼女だと思われる美人女子が笑顔で手を振っており、さっきのやつが恥ずかしげもなく手を振り返していたのだ。それだけではない、相手チームが守備に散って行き各守備位置に就いてみると、セカンドには一人だけ飛びぬけて小柄な女子部員が見えた。

「センセ? セカンドは女子みたいですけど控え―― いや背番号は4なのか。
 なんかデータありますか? ちょっと本なんか読んで! 聞いてます?」

「いいからトビ、オマエ無事に帰ってこいよ? ほら、トップバッターだろ。
 相手ピッチャーの吉田君は甲子園でノーノー一回、準完全一回の怪物だ。
 直球最速は155キロ、変化球も多彩な今年のドラフトナンバーワンらしい。
 セカンドはレギュラーの掛川由布さん、ブレイカーズ一軍コーチの娘だとさ。
 他も全部わかるぞ、向こうの美人顧問に詳細が載ってる雑誌貰ったかんな」

「レギュラー全員が雑誌に紹介されてるってマジっすか!? ヤベエなこれ……
 マジでオレら何しに来ちゃったんですか…… 勝ち負け以前の問題じゃ?」

「いやでもな、最初はノーカンで吉田って子を九人に投げさせてくれとさ。
 それから三年は一打席で引っ込めて交代していくからって言われたよ。
 引退試合を兼ねてるから勘弁してくれって話だけん、ま、胸を借りてこい」

「まあそれなら試合になりそうだし、出来るだけ頑張ってみますかね。
 もしかしたらエースをそのまま投げさせるって言いだすかもしれ――」

『ヒュッ、ズバンッ!』
「ナイピー、今日は昨日よりマシか、頼むからこっち向いて投げてくれよ?」

「いつもちゃんと投げてるってば、木戸はいちいちうるさいんだよ、ったく」

 一番バッターの飛雄は、投球練習を始めた相手投手の初球に釘づけになる。今まで見たことの無い早くて強いボール、これがプロレベルなのか? しかもなんだかストイックさを感じず楽しそうにプレイしているのも意外だと感じていた。

『別に羨ましくなんてねえさ、オレにだって八早月がいるからな。
 いい報告できるよう活躍して、あの件にもちゃんと向き合わないとだぜ』

 こうして気負ってバッターボックスに向かった飛雄だったが、エースとの対決では一度かすっただけの三振で終わった。しかしその後の八人はかすりもせずに全員が三球三振なので一番マシだったのかもしれない。

 本戦に入ってからはいい勝負だと思われた矢先の二回、三年生の四番五番に連続ホームランを喰らって浪西が追いかける展開になった。その後は取ったり取られたりでまあまあ面白い展開と言えなくもないが、最終的には地力の差が明らかに出て大敗で終わった。


 練習試合が終わり、電車に揺られながら反省会にもならない雑談会をしながらまた長い道のりを帰って行く飛雄たち野球部員。顧問は精神的に疲れ切ったのかすでに居眠りを始めている。

「全国って言うのはあんなバケモン揃いってことかあ、マジとんでもなかったな。
 特にあの投手のストレートなんて渦巻きみたいな回転してただろ」

「はあ? んなもん見えるかっての、適当に振るくらいしかできなかったぜ。
 スピードがどうこうってレベルじゃねえな、こうぐぐっと伸びて来てよ?」

「そうそう、ワンバンかと思ったら普通に低めに入ってきてビビるわ。
 高めなんて振りたくないのに恐ろしくて勝手に手が出ちまったよ」

「あれ? そう言えば全員に同じとこ投げてたんじゃねえの?
 アウトロー、アウトサイド、アウトハイの順番だっただろ?」

「うへえ、完全に遊ばれてたんだな、でもあいつがプロ行ったら自慢できるな。
 ちくしょー、サインくらいもらっときゃ良かったかもしれん、もったいない」

 こうして遠征を終え、飛雄は夜遅くなってから自宅へと帰り着いた。大分気晴らしになったようでもやもやとした気持ちはスッキリと晴れており、零愛にひっぱたかれて腫れていた頬も今はきれいに治っている。

 勢いよく玄関を開けた飛雄の表情は、いつものような高校球児らしい元気さを取り戻しており、今ならすぐに八早月へ連絡することもできそうだと感じていた。

「ただいま! あー腹減った、七つ星ってとこ凄い奴らがいっぱいいてめっちゃ強かっ―― って、母ちゃんどした?」

「遅かったねい飛雄、場合によっちゃ明日はガッコさ休んでええかんいいかもしれん。
 零愛も父ちゃんらも無茶はすんな、大事な身体を傷物にしちゃいかんよ?」

「トビ、とりあえず居間まで来なさい、話が全然まとまらなくて困っとるのよ。
 おじじいちゃんたちは大分出来上がってっから覚悟したほうがええだろね」

「いや、待って、せめて先に飯を、風呂だけでも、うわ、うわああ」

 だが、高岳家の長い一日はまだまだ終わりそうになかった。


※今話は、拙作『僕が一目惚れした美少女転校生はサキュバスなのか!?』とのクロスオーバーでした。どちらも長い作品ですが、目を通してくださると幸いです。
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