219 / 376
第九章 師走(十二月)
215.十二月七日 夜 追い込み
しおりを挟む
明らかにいらいらしている様子の八早月、そして今にも逃げ出しそうな美晴の二人を閉じ込めるために、綾乃と夢路は扉の前に陣取りテコでも動かないと言う強い意志を持って二人と相対していた。
「もう我慢ならないわ! 今すぐここから出してちょうだい!」
「ダメ、約束したでしょう? 終わるまで絶対にダメだからね!
はい、『約束』はさっきも出たよね、なんだっけ?
忘れているなら辞書を引くのよ、ほらがんばろう?」
「こんな思いするなら赤点でも構わないわ! 確かに約束はしたけれど……
やっぱり昨晩のうちに出かけてしまえば良かった!」
「でも飛雄さんにもテスト勉強を疎かにしないようにって言われたんでしょ?
事前に行こうとしてたけど止められた事、零愛さんから聞いてるんだからね」
「まさかまた綾乃さんか夢路さんが言わせたのではないでしょうね?
いや、そんなはずないわ、だって飛雄さんは英語が得意だから私の気持ちわからないんだもの」
「もう八早月ちゃんうるさいってば! アタシだって我慢してんだからね?
早く終わらせて休憩したいのは一緒なの! だから邪魔しないで!」
八早月も美晴も大分気が立っており、このために作った小テストをやらせるために二人を閉じ込めている綾乃と夢路も必死である。その証拠に、いつもなら知らん顔して寝ているモコまでが常世へ避難して出てこないくらいなのである。
『そこまでして試験でいい点を取る必要があるのでしょうかねえ。
いっそのこと出来の良い子の答案を見て主様へお伝えすれば済むのでは?』
『恐らく八早月様は拒絶なさるでしょう、いかさまはお嫌いですからね。
不正を働くくらいなら恥辱を受け入れる方をお選びになるかと存じます』
『でも不思議だな、うちの主は生き神様なら異国語も出来るはずって言ってた』
『左様ですなあ、主様がお得意な古語も現代では異国語同様の扱いですからね。
恐らくは頑なに異国語を用いないところに原因があるのではないでしょうか』
『確かに日常的に使われているような言葉ですらほとんど使用いたしませんね。
特に思い当たる理由は無く、好き嫌いの問題なのかも不明でございます』
『真宵殿がわからないもの、私たちが判るはずもございませぬ。
まあ好きなように振舞っていただくのが一番、いざとなればお助けすればよろしいのですからね』
カンニングならいつでも出来ると言わんばかりな藻たちではあるが、もちろん八早月がそんなことを許すはずがない。人の悪意を糧に発生する妖を退治する神職の身でありながら小さな不正に手を伸ばす弱い人間ではない、はず。
しかし英語漬けで閉じ込められる事には、その態度がいくらみっともなかろうとも必死で抵抗するのだった。それでも懇願が何の意味もないと悟り、諦めて小テストに手を伸ばし取り組み始める。一足先に美晴はすべて解き終わり採点待ちだ。
「綾ちゃんどうしたの? 出来が良過ぎてびっくりした―― わけないか……
どれくらい足りないのかズバリ言ってよ、ため息よりもそっちが聞きたいよ」
「ハルちゃんは大分重症ね…… この小テストが百点じゃなくてもいいけどさ。
ここで常に三十点以上取れれば赤点はほぼ回避できると思うよ? でも……
文章問題が一つも出来てないのよねえ、なんでなのかなぁ」
「だって日本語と違って順番がデタラメなんだもん、覚えられないよ。
それにいちいちアタシが書くとか彼は食べるとか文章としておかしいでしょ」
「もうそれはそう言う物だって割り切るしかないと思うんだけどなぁ。
数学だって1+1x2=3とかルールがあるじゃないの、同じことだよ」
「ちょっと綾乃さん? 今のは4ではないの? りんごとバナナが二つずつ。
なら答えは四つにならないとおかしいわ、ふふ、綾乃さんでも間違えるのね」
「八早月ちゃん、それ本気で言ってるのかな? 計算には順番があるんだよ?
掛け算と割り算が先、他は前から順番って教わったよね? 小学生の時……」
「あ、ああ、そうね、そうだったわね、うっかりしていたわ、ええうっかりよ?」
数学担当の夢路は頭を抱えてうつむいたまま動かない。この調子では週明けの期末テストには到底間に合いそうもない。しかし親友が困っているのを見捨てるわけにはいかないのだ。
「綾ちゃん、英語はどうなの? もう終わった? そしたら八早月ちゃんの数学に取り掛かりたいんだけど?」
「それじゃ小テスト終わったらバトンタッチしようかな、私も疲れて来たし。
夢ちゃんは平気? 随分がっくりしてたけど?」
「正直言って、八早月ちゃんがハルよりも出来が悪いなんて想定外だわ。
辛うじて英語は微妙に上回ってるみたいだけど、微々たる差だもんね。
でも数学は、いや、算数の段階で結構な差があるような気がしてるんだよ……
分校では算数やらないなんてこと無かったでしょ? 全国学力テストもあるし」
「テストなんて中学の入試まで見たこともなかったわよ?
もちろん教科書には例題が載っていたと思うけれど、うっすらとした記憶しかないわね」
「さも当然のように言われても困るんだけど…… そっか、算数からだったか。
このままじゃ明日は神事どころじゃ無さそうだねえ」
「それは困るわ、私が行かないと儀式ができないしまだ部屋に置いたままだもの。
でも数学三十点はとても難易度が高いのではないかしら。中間の追試には六人くらいいたわよ」
「苦手な人が多いんだろうけど、だから八早月ちゃんも苦手でいいわけないわ。
さ、しっかりやってもらうから覚悟しなさいよ? まずさっきの計算は――」
夢路に解説されながら基礎的な計算問題に取りかかる八早月、そしてその八早月が終えたばかりの英語小テストを採点する綾乃、その向かいでは間違えた箇所の直しをするために辞書とにらめっこしている美晴がいる。
なんとも言えない空気感のまま夜は更けていき、いつの間にか一人二人とその場に崩れていき、日を跨ぐ前には全員が倒れるように眠りこけていた。結局のところ一番苦労したのは、寝ている子供らを運んで布団へ寝かせた綾乃の母だったかもしれない。
だが母としても、綾乃だけでなく世話になっている八早月や友人たちが健やかで楽しい学園生活を送れるのであれば苦労は厭わないつもりでいる。今回は大騒ぎしていただけの先週と違い、ちゃんと勉強しているのだからなおさらだ。
こうして全員に布団を掛け終えると部屋の電気を消し、笑顔と優しさを残しながら扉を閉めた。
「もう我慢ならないわ! 今すぐここから出してちょうだい!」
「ダメ、約束したでしょう? 終わるまで絶対にダメだからね!
はい、『約束』はさっきも出たよね、なんだっけ?
忘れているなら辞書を引くのよ、ほらがんばろう?」
「こんな思いするなら赤点でも構わないわ! 確かに約束はしたけれど……
やっぱり昨晩のうちに出かけてしまえば良かった!」
「でも飛雄さんにもテスト勉強を疎かにしないようにって言われたんでしょ?
事前に行こうとしてたけど止められた事、零愛さんから聞いてるんだからね」
「まさかまた綾乃さんか夢路さんが言わせたのではないでしょうね?
いや、そんなはずないわ、だって飛雄さんは英語が得意だから私の気持ちわからないんだもの」
「もう八早月ちゃんうるさいってば! アタシだって我慢してんだからね?
早く終わらせて休憩したいのは一緒なの! だから邪魔しないで!」
八早月も美晴も大分気が立っており、このために作った小テストをやらせるために二人を閉じ込めている綾乃と夢路も必死である。その証拠に、いつもなら知らん顔して寝ているモコまでが常世へ避難して出てこないくらいなのである。
『そこまでして試験でいい点を取る必要があるのでしょうかねえ。
いっそのこと出来の良い子の答案を見て主様へお伝えすれば済むのでは?』
『恐らく八早月様は拒絶なさるでしょう、いかさまはお嫌いですからね。
不正を働くくらいなら恥辱を受け入れる方をお選びになるかと存じます』
『でも不思議だな、うちの主は生き神様なら異国語も出来るはずって言ってた』
『左様ですなあ、主様がお得意な古語も現代では異国語同様の扱いですからね。
恐らくは頑なに異国語を用いないところに原因があるのではないでしょうか』
『確かに日常的に使われているような言葉ですらほとんど使用いたしませんね。
特に思い当たる理由は無く、好き嫌いの問題なのかも不明でございます』
『真宵殿がわからないもの、私たちが判るはずもございませぬ。
まあ好きなように振舞っていただくのが一番、いざとなればお助けすればよろしいのですからね』
カンニングならいつでも出来ると言わんばかりな藻たちではあるが、もちろん八早月がそんなことを許すはずがない。人の悪意を糧に発生する妖を退治する神職の身でありながら小さな不正に手を伸ばす弱い人間ではない、はず。
しかし英語漬けで閉じ込められる事には、その態度がいくらみっともなかろうとも必死で抵抗するのだった。それでも懇願が何の意味もないと悟り、諦めて小テストに手を伸ばし取り組み始める。一足先に美晴はすべて解き終わり採点待ちだ。
「綾ちゃんどうしたの? 出来が良過ぎてびっくりした―― わけないか……
どれくらい足りないのかズバリ言ってよ、ため息よりもそっちが聞きたいよ」
「ハルちゃんは大分重症ね…… この小テストが百点じゃなくてもいいけどさ。
ここで常に三十点以上取れれば赤点はほぼ回避できると思うよ? でも……
文章問題が一つも出来てないのよねえ、なんでなのかなぁ」
「だって日本語と違って順番がデタラメなんだもん、覚えられないよ。
それにいちいちアタシが書くとか彼は食べるとか文章としておかしいでしょ」
「もうそれはそう言う物だって割り切るしかないと思うんだけどなぁ。
数学だって1+1x2=3とかルールがあるじゃないの、同じことだよ」
「ちょっと綾乃さん? 今のは4ではないの? りんごとバナナが二つずつ。
なら答えは四つにならないとおかしいわ、ふふ、綾乃さんでも間違えるのね」
「八早月ちゃん、それ本気で言ってるのかな? 計算には順番があるんだよ?
掛け算と割り算が先、他は前から順番って教わったよね? 小学生の時……」
「あ、ああ、そうね、そうだったわね、うっかりしていたわ、ええうっかりよ?」
数学担当の夢路は頭を抱えてうつむいたまま動かない。この調子では週明けの期末テストには到底間に合いそうもない。しかし親友が困っているのを見捨てるわけにはいかないのだ。
「綾ちゃん、英語はどうなの? もう終わった? そしたら八早月ちゃんの数学に取り掛かりたいんだけど?」
「それじゃ小テスト終わったらバトンタッチしようかな、私も疲れて来たし。
夢ちゃんは平気? 随分がっくりしてたけど?」
「正直言って、八早月ちゃんがハルよりも出来が悪いなんて想定外だわ。
辛うじて英語は微妙に上回ってるみたいだけど、微々たる差だもんね。
でも数学は、いや、算数の段階で結構な差があるような気がしてるんだよ……
分校では算数やらないなんてこと無かったでしょ? 全国学力テストもあるし」
「テストなんて中学の入試まで見たこともなかったわよ?
もちろん教科書には例題が載っていたと思うけれど、うっすらとした記憶しかないわね」
「さも当然のように言われても困るんだけど…… そっか、算数からだったか。
このままじゃ明日は神事どころじゃ無さそうだねえ」
「それは困るわ、私が行かないと儀式ができないしまだ部屋に置いたままだもの。
でも数学三十点はとても難易度が高いのではないかしら。中間の追試には六人くらいいたわよ」
「苦手な人が多いんだろうけど、だから八早月ちゃんも苦手でいいわけないわ。
さ、しっかりやってもらうから覚悟しなさいよ? まずさっきの計算は――」
夢路に解説されながら基礎的な計算問題に取りかかる八早月、そしてその八早月が終えたばかりの英語小テストを採点する綾乃、その向かいでは間違えた箇所の直しをするために辞書とにらめっこしている美晴がいる。
なんとも言えない空気感のまま夜は更けていき、いつの間にか一人二人とその場に崩れていき、日を跨ぐ前には全員が倒れるように眠りこけていた。結局のところ一番苦労したのは、寝ている子供らを運んで布団へ寝かせた綾乃の母だったかもしれない。
だが母としても、綾乃だけでなく世話になっている八早月や友人たちが健やかで楽しい学園生活を送れるのであれば苦労は厭わないつもりでいる。今回は大騒ぎしていただけの先週と違い、ちゃんと勉強しているのだからなおさらだ。
こうして全員に布団を掛け終えると部屋の電気を消し、笑顔と優しさを残しながら扉を閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる