限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第九章 師走(十二月)

216.十二月八日 夕方 供養祭

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 一晩中勉強するくらいのつもりで泊まりに行った八早月だったが、結局いつもより少し長い程度で眠ってしまった。それでも一人でいるよりは随分と勉強がはかどったと好感触を得ており、その表情は根拠の薄い自信に満ち溢れている。

「じゃあ八早月ちゃんは数学もうバッチリだね、問題は英語だけどねえ。
 まあダメだったとしても追試があるのと成績が悪くなるくらいだから……
 普通の公立中学だったら受験に響くからってもっと厳しく見られるんだよ?」

「それならみんな九遠学園に入ればいいと思うけれど、事はそう簡単な話ではないのよね?」

「もちろん、まずは入学試験もあるし受かったら授業料も公立より高いんだよ。
 仲のいい友達が全員行くとは限らないから馴染めるかどうかもあるでしょ。
 後は他に行きたい高校や大学があるならメリットばかりでもないとかかな」

「でも高校から別の学校へ進むこともできるわけでしょう?
 そうすると中学で私立へ進んだ意味が薄くなってしまうのかしらね」

「そうだよ、それと九遠は色々緩いから学力落ちることも不安だろうね。
 追試はあっても形式だけなんて甘さだと、自分で勉強頑張る子は少なくなるよ。
 大学行くつもりで勉強していても一人でコツコツは大変だもん、私もだよ?」

「綾乃さんはすでに目標を持っていると言うことね。頭が下がります。
 私は何があっても勉強を続けようとは思わない、最低限が十分すぎるもの」

「そう言う割には古文書とか読み漁ってるし、現代訳を勉強しているでしょ?
 私はそっちのが凄いと思ってる、将来は日本史か日本文学を学びたいからね。
 だから八早月ちゃんの環境は少しだけ羨ましいかな、山奥で不便だけどさ」

「そうね、他にやることもないから読み続けていたと言うのもあるわ。
 継続すれば自然と覚えてしまうだけで凄くもなんともないわ。
 飛雄さんが言っていたけれど、英国では子供も英語を読み書きし話すのよ?」

 そんな当たり前すぎることを誇らしげに披露する八早月に、綾乃と美晴は呆れ気味に笑い返したのだが、夢路だけは瞳を輝かせている。どうやら八早月が飛雄に言われたことなら何でも凄いと思い込んでしまうことに尊み? を感じているらしい。

 興奮冷めやらぬと言った様子の夢路は『その言い回しも感覚も誰かに理解されるものではないと、学校の勉強よりも先に学ぶ必要がある』と、美晴にたしなめられていた。

 本日は土曜日なので、朝食を食べ終わったら勉強の続き、となるのが当たり前だろうが、八早月には神事が待っているので帰宅することになっている。そしてそれを見に行きたいがために、美晴たちは昨晩あれほど頑張ったと言う打算的理由があった。

「儀式開始は十六時からよ、でも準備もあるから昼過ぎには家に居たいわね。
 少し遅めになるけれど昼食はうちで食べると言うことでも構わない?
 最近のお昼は茸雑炊ばかりだけれど大丈夫かしらね?」

「むしろ大歓迎だよ、八早月ちゃんちで食べるキノコおいしいもんね。
 土鍋で焚いてるのがまたいいのかもしれないなあ、ってやばっ、よだれ出そう」

「ちょっと夢ってばいやしいまでにしといてよね、いちいち興奮しすぎだよ。
 まあ気持ちはわからなくもないけどさ」

「頻繁に食べているとありがたみを感じなくなってしまって良くないわね。
 夢路さんのようにありがたく感謝していただくよう心がけたいものだわ」

「そんな高尚なもんじゃないと思うけどー」

 その後予定通りに板倉の迎えがやって来て、少女たちは八畑村へと向かうこととなった。本日の儀式に備えて、それぞれ思い思いの品を持ち寄っているのだが、それが四者三様なのはまだ互いに内緒であった。


◇◇◇


 昼食の後、朝の鍛錬が足りなかったと体を動かしている八早月を眺めながら、三人の友人たちは濡れ縁へと腰かけている。話題はこの後行われる儀式についてである。

「八早月ちゃんは大体予想がつくのよね、どうせアタシと一緒なんでしょ。
 あーわかってる、言わなくてもお見通しだよ、アタシは中学の分全部持って来たんだからね?」

「美晴さんの眼力には敬服するわ、恐らく当たっているとだけ言っておくわ。
 逆に夢路さんと綾乃さんには無さそうよね、もちろんなくて良いのだけれど」

「私は黒歴史ノートと夢日記帳どっちにしようか悩んじゃったよ。
 でも見返してたらなんかもったいなくてね、だから押し入れの中から出てきた、もう捨てたと思ってたものにしてみた」

 そう言って夢路が取り出したのは、拙い出来のフェルト細工だった。それはどう見ても子供の手作りで思い出が詰まってそうである。隣の綾乃は本当にそれでいいのか気になる様子だ。

「夢ちゃん、それってなんだか想い出詰まってそうなんだけど大丈夫なわけ?
 あんまり突発的なことはしない方がいいんじゃないかなぁ……」

「ああこれはさ、小学校の家庭科で作ったんだけどね、実は呪いの人形なの。
 ハルは覚えてるかもしれないけど、当時この人形を作るのが流行っててさ。
 嫌いな相手に渡して棄てさせると呪いがかかるってやつ」

「あったねえ、なんて言うのあれ、都市伝説? 田舎だから田舎伝説かな。
 誰が言い出したのかわからないけど低学年の時にはすでにあったよね。
 アタシは作らなかったけど夢が作ったのは覚えてるよ、相手のことも!
 ヤマテツだったよね、ホント嫌な男子でさあ、夢は何度も泣かされてたの」

「そうそう、山田哲郎ね、女子にデブとかクサいとか言って嫌われてたね。
 でも転校することになったからってみんなで記念品渡すことになってさ。
 私はこの人形持って行ったんだけど、直前で怖くなってやめたってわけ」

「呪いの人形はいつの時代にも形を変えて引き継がれていくものよね。
 古くは誰でも知っている藁人形もだし、千代紙や端切れの人形も一般的だわ。
 きっとこの手芸人形も誰かが何の気なしに言い始めたものなのでしょう。
 夢路さんの悪意が込められている気配はないけれど、処分にはいい機会でしょうね」

 本日十二月八日は年に一度の供養祭の日である。今年集めた呪いや妖憑きの品々を本供養と言う儀式によって燃やす祭りで、そのついでに村人たちが持ち寄ったものも一緒に燃やして新年へ持ち越さないようにしようと言う習わしである。

 八早月と美晴の持ち込む物は、中学に入ってから行われた数々の返却答案用紙であることは言うまでもない。そして夢路は前述の人形と言うわけだ。では綾乃は何かあるのだろうか。

 人をうらやんだり恨んだりすることに無縁そうで成績も優秀、自己研鑽をいとわず模範的に過ごしていると誰もが考えている彼女にも始末してしまいたい過去があるとなるとその中身がなんなのか誰でも気になるだろう。

 綾乃が何かを持ってきていることは間違いなく、カバンの中にしっかりと仕舞われていることは周知の事実である。だが本人が言いたく無さそうなことを察し、あえて誰も口にはしなかった。


 やがて儀式の時間が近づき儀式場へと移動すると、そこには教室よりも広いくらいの大穴が大口を開けていた。周囲には杭が打たれており真四角に囲われている。

 この場所は普段演舞場と呼ばれる儀式会場であり、八家の面々による武術仕合が行われる場所でもある。元々は大たたら場と呼ばれ製鉄を行っていたのだが、時代と共に鉄の生産量は減り続け、今では八家がそれぞれ持っている小さなたたら場で十分なため使われなくなって久しい。

 その演舞場から羽目板を外すと現れるのがこのたたら場跡地であり、大穴もその名残である。長年の製鉄で土壌へ沁み込んだ鉄分が、まるで溶鉱炉のように頑丈な窯となり大量の厄物を燃やし尽くすのだ。

 この供養祭は、八畑村そして八岐神社にとっては年内最後の大儀式である。ごくまれに取材が来ることもあるが、どうやら今年は申し込みが無く外貨を稼ぎ損ねたと宮司は嘆いていた。

 一年分の厄物はそれなりにかさが有り、燃やしはじめると立ち上る火柱も大層な規模である。立ち上る炎にべる物が無くなるまでの間は、もしもに備えて八家の面々が結界を這っており、呼士はその傍らで待機しているのだが、それはもちろん普通の人に見えることはない。

 周囲の者たちが汗をかくくらいに大きくなる炎であるからして、村から持ち寄られた品々を放り込むのも危険を伴う。そのため大きなものはあらかじめ運ばれて火を付けられるのを待っている。

 他の小物は全て八早月が受け取りながら放り込んでいくのだが、これがかなりの重労働で、少ないとは言え村人は百人近くいるのだから品物も数十には及ぶ。それを順に受け取っては投げ、また受け取っては投げと繰り返していく。

 中には渡すのが恥ずかしい物なのか勝手に投げ入れる者もいるが、大抵は八家筆頭による浄化を期待して受け渡しの列へと並ぶ。村外からやって来た友人たちの番は当然最終盤になってからで、ようやく順番が巡ってきた美晴は封筒へ入れたテスト用紙を、夢路は布でくるんだ例の人形を、そして綾乃は封筒をテープで幾重に巻いたものを八早月へと手渡した。

「八岐大蛇へ願ひ聞こゆお願い申し上げます
 この小さき悪心が二度と産まれぬやうようお導たまへ導きたまえ
 今後、健やかに健全なる心を保つべきやう保てますようお力分け与へたまへ。
 厄がこの者へと戻らぬやう守りたまへ」

 八早月は一つ一つ丁寧に祝詞のりとを唱え、受け取った品々を炉へ焚べていく。実際には真宵へと手渡し炎の真上まで運んでもらうのだが、参加者の中でそれが見えるのは八家の人間と綾乃だけだ。

 八早月と真宵の手により供養の大火へと焚べられたそれ・・を見つめていた綾乃は、いつの間にか大粒の涙を流していた。
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