限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第九章 師走(十二月)

220.十二月十九日 昼 奇跡

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 この日を含めて二学期は残すところあと三日間、今週末で待望の冬休みに突入である。そんなこともあり、この日の午前中は体育館に全校生徒が集められ、冬休み前のオリエンテーションと交通安全教室が行われていた。

 冬休みは正月を挟むこともあって、例年羽目を外しすぎる生徒が多いとか、お年玉の無駄遣いで保護者からの相談が増えるだとか、校長から出てくるのはそう言ったつまらない話が中心で退屈この上ない。これなら以前のように初崎宿がやって来て夏休みの注意事項について講演をする方がマシである。

 しかし交通安全教室は八早月にとってなかなか興味深かった。始めは信号を守って横断歩道を渡るだとか、歩きスマホをしないだとか当たり前すぎてとても中学生向けとは思えない内容から始まった。

 しかし車の運転手目線による自転車の見え方や、歩道を駆け抜ける自転車のルール違反や危険性、罰則を解説したビデオ上映会は最高だった。そのビデオは東京かどこか見たことの無い大都会で撮られたもので、人や車の多さはまるで漫画の中の話のようである。

 そんな非現実的な映像を見ながら感嘆していたのは実は八早月だけではなく、この近所から出たことの無い生徒にとっては刺激の強いものだったことは間違いない。

「それにしても凄かったわね、あの車の数と言ったらとても表現しきれないわ。
 どこからあんなにたくさん集めて来たのかしら、都会には役者さんも大勢いると言うことがわかったわ」

「あそこまでじゃないけど、瑞間みずままで行けば人にぶつかるくらい普通だよ?
 それに車だって信号で並んだりしてるし、たまには渋滞もあるらしいからね」

「本当に? それはそれで驚きね。
 それほど離れていないのにこの辺りとそれほど違うの?
 もしかして八畑村のような場所は他にない可能性があるのかもしれないわ」

「それってもしかして何か困ったり考えないといけなかったりするものなの?
 私は別に田舎だっていいところはいっぱいあるから気にならないけどなあ」

「私も別に何とも? ただ資料集に載っている日本の人口は疑っているわ。
 だって一億人以上よ? 八畑村には百人もいないし、金井町でも千くらい?
 十久野郡全体で一万程度なのでしょう? それなのに日本にその一万倍も住めるかしらねえ」

「でもなんとか調査で調べてるんだからあってるんじゃないの?
 赤ちゃんも含まれてるし、都会には数十階建てのマンションだってあるしさ」

 そんな風に四人は、社会情勢についての高尚な話をしながら教室へ戻っていく。階段のところで綾乃と別れたのだが、彼女は一人二階へ上って行くのが悔しいらしく、階段の上から何度も顔を出してなかなか教室へ向かおうとしない。

『キーンコーンカーンコーン――――』

「ほら綾乃さん、チャイムが鳴りましたよ、また後でお話しましょう。
 今日はもう給食と掃除しかないのですから時間はたっぷりありますしね」

「そうだよ綾ちゃん、また後でねー」

「はーい、誰か一人でいいから二年生になればいいのに……」

 綾乃はそんな無茶を言いながらようやく二階へと上がって行った。八早月たちも気を取り直し改めて教室へと向かうが、廊下に人だかりができていて何やら賑やかである。

 一体何があったのだろうか。どうやら何かが掲示してあるように見えるが――

「あー、そういうことじゃないの! 自分が無関係だからすっかり忘れてた。
 さてと、八早月ちゃんとハルがどれだけ私たちに感謝するのか楽しみだよ」

「ああ、まさか、そういうこと!? だからオリエンテーションだったのか!」

「夢路さんも美晴さんもなにを突然わかったような―― はっ! まさか!
 でも今回は平気なはずだし問題ないわ、どうせ休みに入ってしまうのだしね。
 まさか休みの日に出て来て追試を受けろとは言わないでしょう」

 そんな大口を叩いているところへ担任の松平吉宗がやって来た。聞かれていたのかどうかまでは何とも言えないが、松平は特に言及せず教室へ入るように促してくる。

「ほら、全員教室へ入りなさい、給食の前にホームルームだぞー
 テスト結果を返すから出来なかったところは冬休み中に見直しをするように。
 苦手をそのままにしておくとどんどんできなくなって辛いのは自分だからな。
 ちなみに事前に言うと気が緩むから黙っていたが、二学期末には追試はない」

 この言葉にクラスでは少なくない歓声が上がった。実は出来の悪い生徒が多いのではないかと八早月は思ったが、自分の成績が極端なだけにギリギリの生徒も喜ぶに決まっているとの考えには至らない。

「はーい、うるさいぞー、それでは冬休みの宿題を配布する。
 一冊取ったら後ろへ回してくれ、書き初めと合わせて三学期初日に提出だぞ。
 それと名前を呼ばれた者は順番に並ぶように」

 冬休みのワークが配布されたが大した厚みではなく、教室は安堵の空気に包まれていた。だが名前を呼ばれた生徒が教卓の前に並び始めると徐々に教室は騒がしくなっていく。

 最後に美晴と八早月が呼ばれたところで、夢路はため息をつきながらかぶりを振った。五十音順でも出席番号順でも無いバラバラな順番、頭の回転が無意味な方向に早い夢路は、これは教科別に呼ばれているのだとすぐに察した。

 教科ごとの担当教師から出された追加の課題を受け取りうなだれる生徒たち、中には二冊三冊と複数受け取っている者もいた。もちろんその危険性の高い中には八早月も美晴も含まれているのだが、今回はどうやらセーフだったらしい。

「あのな、櫛田だけじゃないが期末の英語、本当はまた赤点だったんだぞ?
 だが一年生の英語は赤点一人だから、今回はオマケでプリント五枚だけだ。
 大体、小文字のbとdがわからなくても縦棒を真ん中に立てるんじゃない。
 同じくqとgも左右にぐにゃぐにゃ曲げたらどちらにもなるはずがない。
 そう言うインチキクサいことをしないできちんと書き取りをするんだぞ?
 そのプリントにも書いてあるから後でしっかりと読んでおくように! 問題もきちんと解くんだぞ、わかったな?」

「かしこまりました…… でも数学は合格点を取れたのですよね?
 これは頑張った甲斐があったと言うもの、夢路さんたちに感謝だわ」

「逆に板山は英語は頑張ったな、だが歴史と美術が赤点だぞ……
 年表を覚えるのが苦手なようだが、こればかりは覚えるしかない、頑張れ」

 そう言われて追加の宿題を二冊渡された美晴の顔色は暗い。しかし八早月は追試が無かっただけで上機嫌である。結果はまごうこと無き赤点だったのだが、八早月にとっては追試かどうかが重要だったらしい。

 その後はすぐに給食と掃除が待っているため、テスト結果を披露しあうのは放課後までお預けとなった。
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