限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第九章 師走(十二月)

234.十二月二十七日 午前 偶然の祝事

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 軽はずみに婚約の話を持ちだしたはいいが、その相手である飛雄からの吉報が来ないことで日々気をもんでいた八早月だったが、こうして話をすることで理由がわかり一安心していた。

 だが問題の本質はなにも解決したわけではなく、今慌てて事を進めようとしても余計こじれそうである。はっきり言ってしまえばもう子供たち同士で相談してどうこうと言う状況ではないと言うことだ。

「高岳家の皆さんは飛雄さんの縁者なだけあって発想が豊かですね。
 私では到底思いつかないことですし、きっとうちの一族でそんな考えに至るものもはいないでしょう」

「これ、発想が豊かって言うのか? バカなだけじゃないかって思うけど……
 まあ結局のところ、オレが頼りないのがいけないんだけどな。
 お役目に関してもそうだけど、姉ちゃんに劣るところが多すぎるからさ」

「あら、それはおかしいですよ? 人に優劣などそうそうつけられません。
 人間を抽象的な基準で評価するなんて間違っていると思いませんか?
 学業のように優劣がはっきり決まるものならともかく。
 巫としての力は決して画一的ではなくそれぞれに特徴があるものです。
 強さだけを追い求めることも時には必要でしょうが、それではまるで乱暴者。
 金鵄と八咫烏は同じ能力に思えるかもしれませんがきっと違います。
 それはこれからの鍛錬次第で見えてくるものもあるでしょうし、すでに差異はあるかもしれません」

「いやいやそんな風にフォローして褒めてくれなくてもいいってば。
 第一勉強はオレの方が大分できるんだから画一的な基準での評価は上なのさ。
 姉ちゃんが凄いのは決断力の早さや統率力、後は純粋な力量ってとこか。
 別に羨んじゃいないけど、客観的に見てもアレは凄いやつだと思うよ?」

「それは確かにそうかもしれませんが全てではないでしょう?
 飛雄さんには気遣いと労わりの出来る広い視野と落ち着いた思考があります。
 お互いの個性を生かすことで今よりももっと高みを目指せるはずです。
 元来八咫烏は人々を導く神使、金鵄は人々を窮地から救う遣いですからね。
 それぞれ個性があってしかるべきかと」

「うはっ、よくもまあそこまで褒められるもんだなあ、感心するよ。
 でもありがとう、そんな風に言ってくれる人は周りにいないから嬉しいぜ」

 今まで受けてきた評価を完全に固めることなく、これから変えてひっくり返すことも出来る。だからこれから頑張る意味があるのだと激励された飛雄は、改めて八早月のことが愛おしく特別な存在だと感じていた。

 方や八早月は、薄々感づいていたものの、改めて飛雄が頭脳派で成績もよくスポーツにも打ち込む好青年であることに好感度を上げている。だが同時に、不足している分に関しては、今後櫛田家の婿に相応しくなるよう教育して行けばいいのだと、またもや好ましくない方向へ考えを巡らせる。

 こうして二人は大人の世界に片足以上突っ込んだことを考えつつ、さらに八早月なぞは家系のしがらみに絡めようとする思考をも含んでいる。それでもグラウンドの片隅で談笑する様子を傍から見ると、遠距離恋愛中の恋人同士が久しぶりに再会し愛を確かめ合っているようにしか見えない。

 ということは外野にとっては仲睦まじいところを見せつけられているも同然だろう。それに話が長くなれば当然時間も進んでいくのは自然の摂理だ。それを知らせるように突如大声が響く。

「こおれトビー! なんでお前はこんなとこでいちゃついてんだよ!
 鍵は開けてねえ、着替えてもいねえってよー! 練習やる気あんのかー?」

「いけね主将が来ちまった、当番だから早く来たのにやっちまったよ……
 もう行かないといけないけど、まだ帰らずに見ていくんだよな?」

「ええまだまだ時間は大丈夫、いいところを沢山見せてもらうわね。
 不足している分は私が評価して補ってあげるから任せてちょうだい」

 八早月は今後鍛えていく上で不足を感じるであろう、体力的なことを含んだ身体能力のことを想定しながらそう言ったのだが、飛雄は他人からの評価が低く見積もられていると考えてくれた八早月が、飛雄のいいところを見つけ褒めようとしていると考えた。

 そんなすれ違いも幸せの一つ、恋心で盲目的になっている単純純情な高校球児は、冷やかされ怒鳴られ続けながらチームメイトの元へと走り去って行った。いつの間にかグラウンドの反対側には十人ほどの生徒がユニフォーム姿で待ち構えており、制服のままなのは飛雄だけだ。ということは一人だけ遅刻と言うことになる。

『あらあら、悪いことをしてしまいました。叱られなければいいのですが。
 それにしても野球の練習と言うのがどういうものなのか、とても楽しみですね』

『八早月様? たまには純粋に楽しんでもよろしいのではございませぬか?
 おそらく日々の鍛錬になにか取り入れられないかと考えているのでしょう?
 もちろんそれも大切だと言うのは承知しておりますが、楽しみこともまた大切かと』

『わかっていますよ、真宵さんは心配性ですね。巳さんをご覧なさいな。
 やはり故郷が近いので安心できるのでしょうか、いいことですね』

『いえいえ、現状に不満があるとか不足があると言うわけではござらんのじゃ。
 ただこの辺りの空気が肌に合うと言うか、英気を養えると言うか……』

『野球場も校庭と同じで人の作った広場、力を蓄えるには向かないのでは?
 現に学園では力が出て行くばかりではありませんか』

 地べたに寝転がった巳女とそんな会話をしている八早月だが、確かに学園の校庭とは何かが異なっているようだと感じている。ここでは力が流れ出していくような感覚はなく、現状維持より微増といったところか。

 だがその答えはすぐに判明した。まず第一にこの場所は街中ではなく、小山町全体が山を切り開いて出来た土地と言うのが大きいだろう。人の手は入っているもののそれは決して大きくなく、八早月たちのいるこの場所の地面も削った山土そのままなのだ。

 そしてもう一つ、目の前では野球部員による練習が行われている。それは皆で目標に向かい汗を流し努力するひたむきな姿だ。人や環境、状況を恨むことが呪いなら、その逆に団結し感謝し楽しむ姿は祝事と言えなくもない。

 その祝事は特定の神に捧げているものではないが、自分たちを取り巻き支えてくれている環境への感謝、上達したいと言う想いがこの場に溢れていることは間違いない。これは明らかに正の感情、つまり祈りのような精神性無形供物むけいくもつである。

 さらには部員たちがこの場へ注いでいる正の感情はそのまま垂れ流しになっているわけでもない。無意識下で偶然の産物ではあるが、飛雄が八早月に自分を見てほしいと考えることが純粋な願いとして作用し、皆の産んだ正の感情を集めることとなっていたのだ。

 人々の願いを神職が取りまとめ神へと繋ぐことが祭事であり、今行われていることもまさしく祭事の有り方そのものである。偶然、全ての要素が揃ったことで、八早月の元へ人のもつ力が集められたと言うわけである。

 だがこれは同時に、八早月が神に近い存在であることの証明でもある。まさに藻や巳女が常々言っていたように生き神ならではの御業みわざなのだが、当の八早月は全く気付いていなかった。
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