限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第九章 師走(十二月)

235.十二月二十七日 午後 二人の時間

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 きちんと用意はしてきて今もコートを着てはいるものの、じっとしているとやはり寒く、八早月はいい加減体を動かしたくなっていた。だが時折遠くから飛雄の視線が向けられるためうかつな行動はとれず我慢するしかない。

 だがそろそろ我慢の限界である。昼食調達とトイレ休憩のため、一時的に浪西高校を離れることにした。しかし――

「おおおい! 八早月! 帰っちゃうのかー!
 昼飯なら俺のを分けてやるから一緒に食おうぜー!」

 気の利かない純朴野球少年が大声で追いかけて来る。八早月にも恥じらいはあるのだから、どこへ行くと聞かれてなんでも正直に答えられるわけではないというのに。

「もう飛雄さん! 私にも都合があるのですからむやみに追いかけないで下さい。
 休憩がてら散歩へ行ってきますがすぐに戻りますからご心配なく!」

「休憩なのに散歩っておかしなこと言うなあ、もしかして体冷えちゃったか?
 向こうの焚火で温かいお茶入れてやるから大丈夫だよ、早く行こうぜ。
 ―― あ、それとももしかしてしょんべんしたくなっ――」

 顔を真っ赤にして立ちすくむ八早月の感情は大きく揺さぶられ、それはそのまま真宵への命へと置き換えられる。すなわちこの場合は、乙女に恥をかかせるやからは斬り捨て御免ということだ。

「飛雄殿、御免!」

 何もない空間から突如現れた手のひらに叩かれた飛雄の頬は、申し訳程度の一言と共にものすごい音を立てながら一瞬の歪みを作った。

「飛雄さんのバカ! 考えなし! そんなに私をはずかしめたいのですか!?」

「―― ゴメン、姉ちゃんとは違うよな…… ホント悪かったよ。
 その、べ、トイレなら校舎の中にあるから場所教えるって、な?」

 指の跡が付いた頬としおらしく反省した様子を見せた飛雄にこれ以上当たることもなく、八早月は無言で頷いてから飛雄の後について校舎へと向かう。野球部の連中は言い合いをしている声だけは聞こえていたので冷やかすこともなく知らんぷりしながら見送っていた。


 校舎の昇降口で動物園の隈よろしくうろうろしながら待っていた飛雄は、用を足して戻ってきた八早月と共にグラウンドまで戻ってきた。もちろん他の部員から一斉に視線が注がれたことは言うまでもない。

「その女子って前にも来てたよな、トビの彼女だろ?」

「いや、彼女って言うか、なんというか、まだそういうわけでもなくて……」

「そうです、今は私が一方的に――」

「ちょっとまった! ややこしくなるから八早月は黙っててくれよ、頼むから。
 つーか先輩は引退したんだから余計なことにまで首突っ込まないでくれよ。
 あんましつこいと姉ちゃんに言いつけるからな?」

「引退は関係ないが? 就職も決まってんだからやることねえしよお。
 しかも零愛は余計に関係ねえがよ」

 飛雄とその先輩がなんだかよくわからない言い合いをしている間も練習は続いており、部員たちは八早月を気にしている様子があるものの傍目には真面目に取り組んでいる。その光景を見て八早月が興味を惹かれたのはやはり素振りだった。

 掛け声とともに数人が一斉にバットを振っているのだが、どうやら対象を定めることなく漠然と振っているように見える。だがよく見ると全員同じ個所を振っているようなので、それはそれで目的意識はあるのだろう。

 少し離れたところでは投球練習が行われておるのだが、片側が座っていて非対称なのがなんだか不思議で興味深く観察していた。投げ方も小刀の投擲とは大分異なっていて遠投向きなのかとも思ったが、その割に二人の距離は遠くない。しかも一人は全力、もう一人は緩やかに投げているのはなぜだろうかと疑問を持つ。

 眺めているうちに合図が有りどうやら昼休憩に入るようだ。結局昼食を調達に行かれなかった八早月は、本当に飛雄から分けてもらうことになりそうで少し恥ずかしさを感じていた。

 漫画では女子が弁当を作って男子へ差し入れをする展開ばかりなので、本当はそうしたかったのだ。しかし料理は全くできないため現実問題として弁当の用意など無理である。それどころかお茶を淹れることができるかすら怪しい。

 だがそんな心配は無用だと飛雄がレジャーシートの上に弁当を広げた。そこには見覚えのある雰囲気、つまり高岳家で昨晩残ったものを詰め込んだおかずである。そのほとんどは揚げ物と焼き物であり色は真っ茶色が基本だ。

「ほら八早月も摘まんでいいからな、おにぎりも食べるだろ?
 昆布と梅だからどれでも好きなの食べてくれ」

「ええ、ありがとう、でもこんな大きなおにぎりではひとつでお腹いっぱいよ。
 後はこの切り身を一切れいただければ十分だわ」

「じゃあおにぎりを半分にしておかずをもっと食ったらどうだ?
 揚げ物よりもこっちのさんが焼きとつみれの煮たのがいいだろ」

 思っていたよりもずっと気遣いをしてくれる飛雄を意外に感じつつ、それならなんで大声でトイレの話をしたのかが余計に解せない八早月である。だがどちらも深く考えていない飛雄は、八早月と一緒の昼食がよほどうれしいらしく、ニコニコとご機嫌で弁当を頬張っている。

 そこにはすでに真宵にはたかれた跡は無く、当事者の八早月としては一安心だ。お陰で心穏やかに昼食をとることができており悠々とおにぎりを食べていたのだが、その間にも飛雄は次々に弁当箱の中身を片付けていき、悠に八早月の六、七人前ほどありそうな弁当を空にした。

「そんなに食べて動けるのですか? 私は午後の授業でよく眠くなりますよ?
 しかしあれだけ食べても太らないのですから運動量も相当なのでしょうね」

「そうだな、腹いっぱいにしただけなら問題ないさ、水分取りすぎはヤバイが。
 八早月も少し体動かしてみるか? 興味あるのあったら教えてやるぞ」

「そんな勝手を言って、皆のお邪魔になってしまいますから遠慮しておきます。
 ただ不思議なことがあるのでどういう練習なのか聞いてもよろしいですか?
 さっき数名だけ早い球を投げていましたがあれをばっとで打つのですか?
 私は止まった球を打ったことしかないので的外れかもしれませんが……」

「いやあってるあってる、ちゃんと理解できてるよ、すごいじゃんか。
 それでどこに疑問があるんだ? 投げたボールを打って取ってってスポーツさ」

「こちら側では皆さんがばっとを振っておりましたが、対象がありませんよね?
 全員が打つ場所を変えながら振るのは球の位置が一定ではないからでしょう。
 これは武術の話になってしまいますが、素振りは漠然と行いません。
 必ず剣なり槍なりを振った先には相手がいることを想定して行うのです。
 それが感じられなかったのでなにか理由があるのかどうか気になりました」

「あれ? そうだったのか、えっとさっき最後に素振りしてたのは一年か。
 アイツらはまだまだってことだなあ、それにしても良く見てるじゃないか。
 ちょっとこっち来てもらっていいか?」

 飛雄は少し離れたところへ八早月を連れていき自分の素振りを見せた。すると八早月は納得した様子で頷いている。どうやら先輩である飛雄と一年生とでは格が違うと言う事をまざまざと見せつけ株を上げた様子だ。

 その後は練習を眺めたり校舎内の掲示物を見たりしているうちに夕方になり帰る時間がやって来た。だが名残惜しいと情けない顔をしているのは飛雄だけである。

「年内はずっと練習なのですか? もう一度くらいは来られるかもしれません。
 ただ元日に祭事が有り準備もあるので何とも言えないのです」

「オレは正月開けて七日までは休みだからそっちへ行くよ、行ってもいいかな?
 その…… もうちょっと詳しい話もしたいんだけど、泊まるところがさ」

「そうですね、今度はきちんと部屋を用意しておきますからご心配なく。
 必要なものがあるならおっしゃっていただければ用意しておきますよ?
 勉強用の机や大きな食器も必要でしょうね、お任せ下さい」

「そんな、わざわざ悪いから必要なものはこっちから持っていくってば。
 金の問題もそうだけど、オレは手間のかかる面倒なやつにはなりたくない。
 家のやつらを納得させるためにも、お荷物みたいな男じゃいられないんだよ」

「まあ、随分と頼もしいことを言いきって下さるのですね。
 楽しみにお待ちしてますから、予定が決まったら連絡くださいませ」

 こうして飛雄と別れた八早月は、帰り道を真宵へと任せしばしの休憩と言うことですやすやと寝てしまった。早起きと気疲れ、それに移動で大分力を使っていたので相当眠かったはずなのに良くここまで頑張ったものである。

 真宵の背に乗る八早月のさらにその上には巳女が陣取り、癒しの力を振るっている。これなら明日の朝目覚めた時にはすっきりと元気になっている事だろう。

 そんな八早月の訪問を突然受けご機嫌で帰宅した飛雄には、元キャプテンからの連絡で顛末を知らされた零愛が待ち構えていた。もちろん仲間外れにされた気分で怒り心頭なのは言うまでもない。

「まったく、これからどうすべきなのかってことも決まってないのにアンタは!
 一体どうする気なわけ? 本当に将来一緒になるつもりなら全員を説得しろ!
 アタシだっていつまでもこんな雰囲気が続いてんの勘弁なんだからさ」

「うん…… だからもうちょっとじっくり話すつもりで正月行く約束し――」

「アンタってばバカなの!? 今の状況で相手の家に泊まりに行くとかさぁ。
 それってわかりやすく言えば婚前旅行みたいなもんじゃんか!
 余計に話がこじれちまうってわかんない? 何もない時とは違うんよ?」

 こうして零愛には叱られ親にも言いつけられ、再び一族集結となり深夜まで話し合いが続いた高岳家であった。
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