限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
244 / 376
第十章 睦月(一月)

240.一月一日 午後 五振三柄年初披露会

しおりを挟む
 綾乃の顔色が真っ赤から平常に戻ったころ次の訪問客が訪れた。やって来たのは分家序列二位の双宗家当主である聡明である。まずは先ほどのように堅苦しい挨拶を行っていたが、今度は三人に増えた状態で形式ばった挨拶となった。

「さてと、今年も宿殿の短刀は業物でしょうか? どれどれ――
 ―― ふむう、相変わらず素晴らしい、私は今年もダメでした。
 もちろん気を入れて鍛っていますから凡作と言う事ではありませんがね」

「それでは拝見させていただきましょうか、聡明さんはその間に私が鍛った物を何かしら評することができるか、少しでもいいので考えてみてください」

 これは失敗したとばかりにおでこを叩いた双宗聡明だったが、その表情は笑顔であり焦った様子はない。つまり似たようなやり取りが毎年行われているのだろうと綾乃は推察した。

 それにしても場違いすぎると悩みつつも、貴重な体験であることは間違いなく、せめている意味を持ちたくて客人へお茶を淹れていた。部屋の外へやって来た玉枝は茶道具一式を運んできた際、綾乃へ気楽に気楽にと耳打ちしてくれ、お陰で緊張はとうに解けている

 宿と聡明へお茶を出してから八早月のすぐ後ろへと陣取り、 先ほどと同じように刀身を取り出すところを眺めようとすると、目に飛び込んできたのは刀ではなかった。

「さっきと全然違う! これって槍ってこと? スラッとしてモデルみたい。
 全員刀ってわけじゃないんだね、なんか面白いなあ」

「そうね、私たちは八家の五振三柄ごふりさんからと呼んでいるのよ。
 刀剣が五振、他は槍とほこつちで全てが付いているでしょう?
 だから三柄と言うことで今日が五振三柄年初披露会というわけなのよ」

「そんな名前の付いた会だなんて聞いてなかったけどね……
 でも槍も作り方は同じなんだね、ここのところがウニウニってしてるもん。
 さっきの朧月おぼろづきとはまた違って細かいのがキレイだなあ」

「朧月とは宿殿の短刀ですか? 名前を付けてくるとは珍しいですな。
 しかも五十男のセンスとは思えない美麗な響き、さては絵美さんが?」

「いやいや、うちのやつは興味持たんから名付けなんてしませんよ。
 名はこちらの寒鳴嬢から頂きました、良い名でしょう?」

「ほほう、こちらが筆頭のご友人であの寒鳴殿でしたか、私はお初でしたな?
 双宗聡明と申します、拙作を褒めていただき感謝いたします」

「そ、そんなご丁寧に、却ってお気を遣わせてしまい申し訳ありません。
 私はただ八早月ちゃんの友達ってだけなので普通に扱って下さい……」

 どうやら大げさな物言いは八早月だけではないようで、八家の人間は総じて褒め好きでやたらと人を持ち上げてくる。褒められること自体は悪いことでもないし、綾乃も嫌いではないのだが、それにしても過剰過ぎていつも気恥ずかしさが勝ってしまうのだ。

 あれこれ考えているうちに槍の品評は終わったようで、聡明と宿が何やら難しい話をしている。一息ついた八早月は再び槍の穂を眼前へ掲げまじまじと見つめていた。

「槍って刀と違って両側に刃があるんだね。なんか砂浜のある岬みたい。
 武器だって考えると怖いけど、美術品だと思うと目を奪われるなあ」

「やはり綾乃さんは詩人よね、言葉の響きに美しさを感じるもの。
 私も早く上達して綾乃さんに名付けしてもらいたいと言う気になって来たわ」

「またそうやって大げさなこと言うんだからさ。
 八畑村の人たちってそんな中で育つから、きっと同じように褒め体質になるのね」

「褒め体質なんてそれこそ大げさよ、でも貶すより褒める方がいいでしょう?
 私なんてなにも言ってもらえないから寂しくて仕方ないわ」

「そう言えば八早月ちゃんのを見せてもらってないね、どれどれ――
 ―― あ、ああ…… なんと言うか、かた、じ、丈夫そうね?」

 綾乃は桐箱の中に並べられていた赤茶色の物体を確認し、精一杯の愛想で褒めてみたが八早月は真顔で綾乃を見つめている。沈黙に耐えられなくなった綾乃がもう謝るしかないとしゃがみ込んだその瞬間――

「聡明さん、宿おじさま、今の聞いたかしら? 確かに褒め言葉ではないわ。
 でもなにも言わないよりはよほどマシだと思わなくて? さすが綾乃さんだわ」

「なにがさすがなのかわからないけど、酷いこと言ってごめんね。
 でも本当にどうしていいか何を言っていいかわからなかったのよ」

「気にしないでいいわ、私も自分でどうしようかと思っていたくらいだもの。
 でも去年はもっと酷かったし、年々良くなっていくと思いたいわね」

 八早月はそう言いながら自分の作である、短刀のように見えなくもない形状の鉄板を眺めていた。確かにこれを褒めるのに丈夫そうという言葉はしっくりくる。

 その鉄板がいつの日か朧月のような美しい短刀になることを想像すると楽しみになる八早月、そして全く想像がつかず不安になる綾乃だった。

「ところで寒鳴殿、先ほどの名称を私もいただいてよろしいかな?
 砂浜の岬だとちと語呂が悪いので『白浜岬』にしようと存じます」

「え、ええっ!? また!? 本当にそんな簡単に決めていいものなんですか?
 なんと言うかもう少し子供の名前みたいに大切に考えた方が……」

「綾乃さん本当に気にしないでいいのよ。
 この辺りの名人になると今までにかなりの数を鍛っているわ。
 つまり名前なんて付けようとしても思い浮かばないんだわ、そうでしょう?」

「いやいや、そんなことはござらぬ、まだ辞書を開いてポンが残っております。
 まあ気を悪くしたら申し訳ないがそのくらい気楽につける物なのですよ」

 奇しくも剣と槍を名付けてしまい戸惑っていた綾乃だったが、よくわからない論法で八早月と宿に言いくるめられてしまった。そこは大人っぽく見えてもまだ中学二年生の少女、ちょろいものだ。

 その後も次々に当主たちがやって来て品評をしているが、皆の評価が一番高かったのは意外にもドロシーの鍛ってきた刀身だった。それは銀色の光沢が美しくまるで宝飾品のように磨かれていた。

「いやあ、正直驚きましたぞ。去年の直剣は実用品の装いだったというのに。
 一年でこれだけの加工技術を身に着けるとは驚き桃の木山椒の木ですな」

「モモノキ? それはモモタロウのなる木でしょうかナ?
 つまり鬼退治ができるくらいには良くデキテいると思って良いのでスカ?
 セッシャも鍛冶を始めて十年少々、見た目だけならソレナリグッド嬉しいデス」

「私もうかうかしていられませんな、いつまでも凡作ばかりでは不甲斐ない。
 早く宿殿たちの領域へとたどり着きたいものです」

「あら中さん、まずは櫻さんに追いつかないといけませんよ?
 櫻さんが鍛つ神杭には立派な土の自然神が憑くのですからね。
 綾乃さんのお宅にもしっかりと根付いていつも見守ってくれていますものね」

「そう言えばたまにぼわぁんって床下が温かくなる時あるよ!
 あれが土の自然神の加護なのかもしれないね」

「ええ、どの神が憑くのかは決まっていないけれど、神杭の場合は土が多いわね。
 まあ本人の特性と造りからいえば当然よね、耕太郎さんならほとんど水だし。
 きっと中さんなら風の系統で臣人さんなら木の系統でしょうね」

「八早月ちゃんならどうなりそうなの? 体の中にあるの神刃だっけ?
 その性質に引かれるってことは草薙剣くさなぎのつるぎなんだし草の系統になるのかな。
 それとも天叢雲剣あまのむらくものつるぎだから雲―― ってことはないかー」

「雲の自然神は聞いたことないけれど風神雷神のお仲間かもしれないわね。
 いつか見られる時が来るのか、それとも鍛冶をそこそこにしてしまうのか。
 私は後者だと思っているしそれを願っているのだけれどね」

「えー、なんか夢の無い話だなぁ、そんなに鍛冶が嫌いなの?
 せっかく修行してるんだし、八早月ちゃんなら高みを目指しそうなのにさ」

「せっかくと言うなら、せっかく候補が見つかったのだから任せたいわ。
 今回も大分火傷してしまって、冬でなかったらボツボツの腕をさらけ出すところよ?」

 そう言って服の上から腕をさすっている八早月は、そう言えば年が開けてからまだ飛雄から連絡がないことを今更思い出していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...