限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

245.一月五日 夕暮れ時 大人の出番

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 飛雄の父である高岳雄二郎は脂汗を掻きながら早くこの場が終わることを願っていた。話がどう転んでも責められるのが明らかなのだ。決して伝えなかったわけではない。この婚約話が持ち上がった切っ掛けが、飛雄が八早月へ交際を申し込んだことなのだから、そのことは大前提として全員知っていると思い込んでいた。

 しかし高岳家当主である兄の磯吉は知らなかったと言う。そう言えば家に集まって相談していた時にもその話は一切出ていなかった。と言うよりも出す必要すらなかったと言った方が正しい。

「ええ…… それでですね、当主さまとしてはうちの飛雄を婿入りさせたいと?
 いえ、婿として迎え入れてくれ無碍にはしないとお約束下さるのですね?」

「もちろんです、それよりもそんなにかしこまらずともよろしいのですよ?
 確かにきっかけは飛雄さんからでしたが、私もいいお話だと感じたのです。
 もちろん彼の人間性や利発で頭脳明晰な事にも魅かれました。
 そうでなければこのような重要なこと急ぎ進めるはずがございません」

「確かに左様でございますな、こちらがちと焦り過ぎたのかもしれません。
 この愚弟雄二郎の一家ではすでにお付き合いがなされていたとのこと。
 しかし私はあまり聞き及んでおりませんでしたので急なことと感じてしまいました」

「いえいえ、私もまだ十二ですしそうお感じになるのも当然です。
 当たり前ですが、私にとっては初めてのことですから対応が不慣れでした。
 決して封鎖的のつもりはないのですが、他家とのかかわりが薄いのです」

「私共の懸念は、飛雄に不足があった際、高岳家が潰されるのではないかと。
 いや、考えすぎなのはわかっておるのですが、高岳家は矮小なる家系です。
 過去にも散々周囲に脅かされてきたと伝えられており正直怯えておりました」

「ご事情は理解できますが、現代社会で他家を潰すことなどないでしょう。
 もちろん飛雄さんが跡取りであるならば考えなくてはいけませんけれどね。
 零愛さんが跡目を継ぐと聞いていたので問題ないのかと考えたのです。
 それに将来的な話ではありますが、高岳家を守ることにも繋がりましょう」

 八早月の申し出に磯吉は首をかしげる。どうやら強力な後ろ盾を得られることまでは理解できても、それ以上のことはピンと来ていない様子がありありと出ている。

 もちろん高岳家だけではどうすることもできない難問に出くわしたときに頼りになるのは間違いないが、八早月がそれくらいのことで含みを持たせる真似をするようには見えないと磯吉は感じていた。

「それはどういう? 今の世では家々の争いは心配いらないのですよね?
 確かに櫛田家との結び付きがあればそうそう手は出されないでしょうが……」

「そう言う意味ではなく、跡継ぎが途絶えそうな時にお助けできるでしょう?
 幸いこちらは八家で一族となっておりますので養子を出すことは難しくない。
 どこかの家で跡取りが産まれぬ場合には上位家から出すしきたりですからね。
 高岳家との縁組が成立すれば櫛田家の身内となりますでしょう?
 もしもの時には安心ですし、将来的には婿や嫁を融通しあうこともできます」

「なるほど…… それは心強いですな、しかも後ろ盾としての格も十分……
 いや、これは失礼を申した、だがやはり強者の後ろ盾は心強く感じるものです」

 高岳家の事情をほとんど知らない八早月でも、これまでの磯吉の態度を見ればよほど何かに怯えており危機感を感じているとわかる。少しだけ話に出ただけだが近隣の大社おおやしろの圧力は相当大きいのかもしれない。

 それでも八畑八家の史実を振りかえれば、そうそう他家に浸食されることはないだろう。とは言え、このことについてはいずれ調査をすべきだと八早月は心に留め置くことにした。もちろん実際に調査するのは宿や耕太郎である。

「まああまり深刻に話し合っていても息苦しいですから少し力を抜きましょう。
 私としてはこの場で結納を交わし絶対的な約束事として縛りたくはありません。
 飛雄さんの将来が明るい方向へ進むことが第一だと考えますからね。
 その上で申し上げますが、親同士で許嫁のお約束をしていただくのが最善かと。
 お互いに将来別の道がいいと思えばそれもまたよし、その程度のお約束です」

「それではこちらにとって都合が良すぎると感じますが構わないのですか?
 もちろん双方にとって縁談がまとまることこそ最良であると考えます。
 しかしどちらもまだ若いですからどう心変わりするかわかりませんよね?
 離れていることもその一つの要因となり得るかと存じます」

「その通りなのですよ、私はそれゆえ交際の申し出をお断りしたのですから。
 まるで織姫彦星が如く離れた二人が恋仲になることを想像できないのです。
 ですがお気持ちが嬉しかったのもまだ事実、ですので婚約を申し出ました。
 ただこれは私の勇み足、やはりまずは親同士で話し合っていただくべきでした」

「左様でございますな、一族を率いる立場とは言え未成年であることは事実。
 法的な面を考えるとまず親同士が話し合うべきだったかもしれません。
 私としては飛雄の気持ちを第一に、次に親の考えをと想いも変わりました。
 これもひとえに櫛田家の誠意を感じたからに相違ございません。
 高岳家当主として、こちらも誠意ある対応を行うと誓う次第でございます」

「それは大層なお褒めの言葉をありがとうございます。
 こちらは誠意などと言う大仰なものではなく、あくまで事実をお伝えしたのみ。
 今後の両家が強固な繋がりを持つことを間違いなくお約束いたします。
 なんなら血判状でもしたためるのはいかがでしょうか、これは許嫁の儀でも行いますしね」

「け、血判!? でございますか? その、血で判を押すと言うことで?」

「ええ、巫同士の約束事であればごく一般的なことです。
 お互いのたなごころを切り裂き書状へと手形を押すのですが、普通には見えません。
 巫の力があるものだけが見ることのできる取り決めの証です。
 しかし内容の保証ではなく約束事を交わしたことの証ですからご心配なく。
 傍目には血も流れませんから恐ろしくもありませんよ。
 それでは私は少々席を外しますのでお母様と飛雄さんの父君でご相談ください。
 どういう結果になろうともこれ以上わがままを言わないことを誓います」

「あらあら八早月ちゃんが誓うなんてよほどのことね。
 では二人でお庭にでも出ていらっしゃい、高岳さんたちとのお話が終わったら声をかけるわね」

 次は親同士の話し合いとなったところで八早月と飛雄は部屋を出た。ここまでは八早月の想定通りに事は進んでおり、恐らくは大した話もしないうちに二人が許嫁となることまでは決まるだろう。

 だが八早月は、その前に片付けなければならない問題があると考えており、飛雄はそんなことを微塵も考えていないのが明らかだった。
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