限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

246.一月五日 日没 けじめ

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 二人が庭へ出てみたところ、辺りはもうすっかり暗くなっていた。つい先ほどまで夕焼けが部屋に差し込んでいたのだが、小難しい話をしているうちに日が暮れていたのだ。

 これだけ時間をかけたと言うのにすべてが解決していないことに八早月は頭を悩ませていた。八早月にとって重要な問題は、飛雄が許嫁や婚約を望んでいるのかいまだ返答を聞いていないことだった。

 八早月が一方的に進めたと言っても良さそうな現状、飛雄は一体どう考えているのか今この場で問い詰めなくてはならない。ただしせっかくきれいな着物を着ているのでそれらしく・・・・・振舞うつもりではいる。

「ねえ飛雄さん、私はまだ大切なことを聞いていないと思うのだけれど?
 今日来てくれると伝えられた時から今か今かと待ち遠しかったのよ?
 早くしないと話が進んで纏まってしまうかもしれないけどよろしくて?」

「えっ!? それはどういうこと? オレからなにか伝えることがあったっけ?
 今日来るって話と叔父さんが話をややこしくしてるってことは言ったよなあ。
 後はええっと…… まさかプロポーズとか!?」

「なんで話がそこまで飛躍するのかしらね、それよりも前にあるでしょう!
 今のままだと本当に親同士の話し合いで決まってしまうのがわからないの?」

 飛雄は真剣な顔つきで考え込んでいるが、元来こう言ったことには疎く、八早月のようにマンガも読まないため架空の知識すらない。このままでは永遠に答えを導き出せそうにないと八早月はイライラし始めてしまった。

 いつもなら怒鳴りつけるか、立ち合いをしようと言いだしてやり込めるか考えてしまうところだが、来ている着物がそれを押しとどめる。なんと言っても正月用の正装ではなく、純粋に自分の好みで選んだ柄なので上機嫌なのだ。

 その着物に願を掛けるように帯の辺りに手をやりモジモジしていると、ようやく飛雄は何かを感じ取ってくれたようだ。ハッとした顔でを八早月へと向き合った。

「今日の着物、とってもステキだな、なんて言うんだっけ? 猫じゃらし?
 冬山で良く見かけるやつだろ? 今の季節に凄くあってて似合ってるよ」

「そうね、ありがとう、でも猫じゃらしではなく雪柳よ? 大分違うわね。
 大体言ってもらいたいのはそうではないの、でも褒めてくれたのは嬉しいわ。
 まったくどうしたらいいのか複雑な気分とだけ言っておこうかしら」

 一大決心とでもいえるほどの気持ちで着物を褒めたのだが、飛雄の感じた照れくささのかけら程度しか八早月は喜んでいない様子である。つまり着物を褒めることは的外れであったのだ。

 再度考え込んだ飛雄だったが、八早月はもうそんなことを許さず、縁台に立てかけてあった木刀を握りしめていた。まさかこの格好で殴りつけてくることはないと思いたい飛雄だったが、八早月の目は真剣に飛雄を見つめている。

「ちょっと待って、落ち着こう、な? せっかくの着物が汚れちまうしさ。
 オレがなにかを忘れてるってのはわかってるよ、そこまでは理解できてる。
 それが親同士の話に関連してることもわかってるから少し落ち着いてくれ。
 あっ、もしかしてそういうことか、言うよ、今ちゃんと言うからマジで!」

 飛雄の言葉に少し落ち着きを見せた八早月は、木刀を持った手を下してはいるがまだ握りしめていたままだ。ここで言葉を間違えれば即脳天をかち割られそうで気が気ではない飛雄である。

「あのな、オレが今日来たのはこの先ずっと八早月と一緒にいたいからだ。
 今、親同士が話し合って許嫁に決まるかもだけど、それをオレも望んでるよ。
 八早月もそれを望んでいるのだと思いたい、だからオレの許嫁になってくれ!」

 これではまるでプロポーズだとは思ったが、他に言い様を思いつかなかった飛雄は自分の心中を正直にさらけ出した。どの道駆け引きなどできるはずもないのだからまっすぐが一番だと考えたのである。

 だが飛雄の胸に飛び込んできたのは、その言葉に喜んだ八早月ではなかった。

「ぐわあっ! い、痛ええ…… なんで真宵さんが……」

「飛雄殿申し訳ない、しかし私の意思よりも八早月様のお気持ちが優先なのだ。
 こう言っては実も蓋もないが、飛雄殿の言葉は外れなのでしょう」

「真宵さん、余計なことを教えないで下さい、私は怒ってはいないのです。
 反対に嬉しいくらいなのですが、なぜか同時に突きたくなってしまったの。
 それにまるっきり的外れと言うわけでもないのだし、これで勘弁しましょう」

 八早月がそう言うと真宵は飛雄から離れそのまま消え去った。飛雄はその場でうずくまりたいが、高そうな着物を着せられているので雪解けで湿った庭に膝はつけない。何とか耐え胸を抑えて悶えていた。

「巳さん、お願いします、お手間をかけてごめんなさいね」

「全く主様は直情的なのじゃ、まるで戦国武将のようですじゃ。全く熱い熱い」

 巳女に冷やかされながらも飛雄の治療をしてもらい、なんとなく満足げな八早月である。結局のところ、こんなプロポーズじみたことまでは望んでおらず、婚約を申し出て混乱する一族だが、誰がなんと言おうと受けるのだと言って欲しいだけだった。

 だからこちらへ到着してすぐに婚約のために来たと言えば済んだのだが、飛雄はそんな気の利く男ではない。まして高岳家の代表として叔父と父が同席なのだから緊張で頭が働いていないくらいである。

 お陰で『婚約の件で話をしに来た』などと当たり前で遠回りな言葉を最初に発してしまい、八早月がもやもやする原因を作ってしまったのだ。だがそれも飛雄が本心を口にしたことと真宵のひと突きとで帳消しとなった。少なくとも八早月の心は晴れたのである。

 二人の気持ちが一段落したいいタイミングで手繰の声が聞こえてきた。どうやら話がまとまり準備が整ったようだ。

「八早月ちゃん、飛雄さん、書類の用意ができましたよ。さあいらっしゃい。
 そのまま夕飯になってしまうけれど先にお湯にしますか?」

「私は後で構いませんから叔父さま方に先をお願いしましょうか。
 お疲れでしょうし、湯あみをしてゆっくり休んでいただきたいですからね。
 それでは早く済ませてしまいましょうか、飛雄さん参りましょう」

 飛雄には主導権も選択権も無い。ただ言われるがままに従うだけだ。それが時に主体性がなく流されやすいとか、自主性がなく一人で動くことができないと思われる一因なのだが、本当はそんなこともなく、ただ単に言われたことに従うのが楽だと考えてるだけだった。

 常に命令口調でいくら逆らっても結局は押し切ってくる姉の零愛と、有無も言わさず用事を積み上げてくる母にこき使われて育ったため、無駄な抵抗は損だと言う考えに至ったのも当然だろう。

 きっと櫛田家へ婿に来ても同じように尻に敷かれるのだろうな、と気の早いことを考えるくらいには冷静である、それでも心中では、これからなされる区切りの儀を迎えるに当たりわずかな緊張感を覚えていた。



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