限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
260 / 376
第十章 睦月(一月)

256.一月十一日 宵の口 カレー、彼、ばれ

しおりを挟む
 うるさいのが去り一区切りと言った様子の当主会合はまだ続く。八早月は先日起きていた出来事について語り始めた。

「さて、引き留めて申し訳ありません、実は先日ドリーが保護した子の件です。
 それ自体はただの迷子でしたが実は母親がバトン教会に出入りしていた様子。
 それについては耕太郎さんが調査してくれていますので伺いましょうか」

「はっ、ええ、実はたいした情報はありませんでした。
 母親の名は牧原松美三十八歳、子供は宗也四歳で母子家庭、近名井村在住です。
 バトン教会が強制勧誘で摘発されて以来、特に接点は確認できませんでした。
 信仰先を失ったことで生きる気概が薄くなっている模様ですな。
 先日の迷子騒動は何度か起きていて今回で三度目だったとのこと。
 児相では育児放棄の疑いありと判断するも決定的ではないようで子供を保護できていません」

「なるほど、なかなかに複雑な事情がありそうですが、今回の事件とは無関係な可能性が高そうですな」

「ええ、母子家庭となったのは宗教に傾倒し離婚したためで被害者でもある。
 もし今もバトンと関係があるのならもう少し覇気があるでしょう。
 今は寝たきりではないですが、生活保護で食いつないでいる状態ですからな」

「まともに面倒を見てもらえず子供がかわいそうですね、手は出せませんが。
 児相を突いて無理にでも引き取らせてしまいましょうか」

「母親としてそうしたい気持ちは理解できるが、施設入りが幸せとも限らぬ。
 こう言うのは専門家に任せておいた方がいいのではないかな?」

「でも彼らは所詮お役所ですからね、専門家と言っても事務処理の専門家ですよ」

 過去に何があったか知らないが、櫻は児童相談所を信用していない様子だ。娘の楓は分校を出て中学からは九遠学園に通っている。そうそう似たような境遇にあいそうにないが、それでも何か思うこと、感じることがあるのだろう。

「櫻さんは本当に優しいですね、その気持ちは楓に伝わっていると感じます。
 今はまだ甘やかしておけばいいのではないでしょうかね、五月が楽しみですよ」

「はい、期待を裏切らないような結果を出せるよう指導して参ります。
 最近は朝早くから打ち込みをするなどして精進しておりますから必ずや……」

 前回の職贄しょくにえの儀では大恥をかいた六田家である。今年はまともな姿を披露し恥をすすぎたいだろう。その楓当人は、短期間とは言え八早月からの直接指導も受けたことで心を入れ替え日々研鑽を積んでいる。おそらく今年は良い結果を出すだろうと八早月も櫻も信じていた。

「話が少しそれましたが、まあわかったのはそれくらいなものです。
 今後バトンが積極的に人を増やそうと動いた際には接触があるやもしれません。
 それまでは時折確認する程度にしておこうと考えております」

「わかりました、幹部のような重要人物でないのなら放っておけば良いでしょう。
 どちらかと言えば、子供の処遇が気になるくらいでしょうかね。
 もし気になるのであれば櫻さんが引き継いでも構いませんよ?
 どう動くかもお任せします、私では理解判断するのが難しい内容ですからね」

「ありがとうございます、耕太郎殿、その案件は私にお任せ下さい。
 そのほうがバトン結社を追うことに集中できるでしょうし都合が良い。
 別件と言うか関連で気になることがあるのですがよろしいですか?
 先日の楽団自体は何者だったのでしょうか、やはり信者ですか?」

「ああ、あれはただの市民団体でした。どうやら演奏が発動条件らしいです。
 西洋のまじないがどうやってその効果を実現しているのか。
 詳しい仕組みはわかりませんが随分と凝ったことができることには驚かされます」

「まあ古式の神事でも雅楽を捧げ神を降臨させるものがありますしね。
 西洋に似たようなものがあって当然かと。
 昔の話ですが、どこかの学校でキャンプファイヤーとフォークダンスで何かが呼び出され集団酩酊が起きたこともありましたからな」

「そうでしたね、今はやりませんが大昔には麻を焚いて舞の効果を高めることも当たり前だったようですし、音楽と神事は密接な関係があって当然でしょう」

 そんな雑談をしながら会合は終わりを告げた。八早月は終了を告げるための鈴を鳴らした。するとずっと待機していた房枝がやってきて皆のお茶を入れ替えるため回っていく。会合中は出入り禁止なので終了の合図を待っていたのだ。

「房枝さん、ありがとうございます。ところで夕飯はもう作り始めていますか?
 私、どうしてもカレーが食べたいのですが玉枝さんは作れるでしょうか」

「どでしょうかねえ、見たことねえんでできないと思いますがなあ。
 いちお聞いてみますけど出来なかったら申し訳ございません」

「奇遇ですね、僕もカレーが食べたくて仕方ないんですよ。
 きっとあの男のせいでしょうな。あれは本名なんでしょうかねえ」

「宿殿、驚きですが奴の名は本名でしたし戸籍も有り日本国籍と確認済みです。
 両親は米国人らしいですがヤツを産むとすぐ両親だけ帰国したらしい。
 置いてきぼりとなり施設で育ったため、日本国籍となったようですな。
 なかなか壮絶な人生で苦労もしているのですよ」

「せっかく苦労して来たのに裏社会で生きるようになったのは残念ですね。
 まあこれからは改心して陽の当たる場所を歩けるよう導いてあげましょう。
 それでカレーの件ですが――」

「筆頭? カレーの具材は肉じゃがと大差ありませんよ。
 後はカレー粉を入れるだけでできますから料理としては簡単な部類です。
 ルーがなければお分けしますからご安心ください」

「なんと、櫻さんは料理が上手で尊敬します。私は何もできませんから。
 いつか習わなくてもいけないかもしれないとは考えているのですけれどね。
 まさか婿に作らせるわけにもいきませんし、悩みどころです」

「今時男性が台所に立つことは珍しくありませんからよろしいのでは?
 料理上手な殿方が見つかるといいですね」

「そうですね、そう言えば料理が出来るのかどうかはまだ聞いていませんでした。
 あとでメッセージを送って聞いておくことにしましょう」

「えっ!? まさかもうお相手は決まっているのですか?
 いつの間にそんなことが!? 宿さんは知っていましたか?」

「いやいや、僕も初耳ですよ? 筆頭、いわゆる彼氏が出来たと言う事ですか?
 同じ学校の男子生徒か何かですかね?」

「いいえ、正月に親御さんと共に参られて正式に結納を交わしました。
 そう言えば会合の議題にしようと書き留めてはいたのでした。
 本日は緊急会合だったので飛ばしてしまいましたけれど、まあそう言うことです」

「何故そんな大切なことをなにも言わずに! いや反対はしませんがね?
 きちんと挨拶をするとか、宴席を設けるとかしないと失礼ではありませんか。
 それでお相手はどこのどなたなのですか?」

「名は高岳飛雄さん、歳は十六か七の高校二年生ですが間もなく三年ですね。
 浪内西郡にお住いの巫ですよ、向こうでは御神子みかんこと呼ぶそうです。
 以前少しお話しましたし、共にお役目へ出たので知ってる方もいますよね?」

「ワォウ、あのボゥイフレンドゥのことですか? 気絶してしまった?
 あの時はワガハイがミジュクなせいでご迷惑おかけ申してしまいましたデスネ」

「しっ、ドリーは余計なこと言わなくていいのですよ、かわいそうでしょう?
 そう言えば会ったのはドリーと臣人さんくらいでしたかね」

「左様でございますな、高校野球をやっているあの男子でしたか。
 あの鳥の呼士は興味深い物でした、力は弱かったので小さな祠の巫でしょうか」

「ええそうらしいですね。代々地元の小祠しょうしを守っている家系です。
 ですが双子が生まれた時だけお役目につくと言う変わった盟約で成り立っている一族のようですね」

 カレーの話は一気に消え去り、しばらくは八早月の婚約相手の話で盛り上がっていた。当主の面々も結局は娯楽の少ない八畑村の住人であるわけで、こんな面白い話に食付かないわけがなかったのだ。

 そして次に飛雄がやってくる際には、八家を上げての宴をすると言うことで意見がまとまり、本日の会合はようやく解散となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...