限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

267.一月二十日 午前 墓地での遭遇

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 八早月は朝から不機嫌だった。と言っても正確には不機嫌な振りをしているだけである。理由は大したことではなく、昨晩妨害にあったせいで、玉枝が夕飯に大豆を使ってしまい、しぼりたての豆乳を飲むことができなかった事に対する当てつけである。

「まったく綾乃さんと夢路さんが妨害したからいけないのよ?
 それにしても効果は怪しいなんて知らなかったわ、きっと楓も知らないわね」

「だからゴメンて、それに効果が怪しいんじゃなくて個人差があるってこと。
 八早月ちゃんに効いて効果が出るかもしれないけど、必ずじゃないだろうね。
 でも豆乳鍋おいしかったし私は良かったけどなー」

「夢路さんは私の切実な思いが理解できないのだからそうやって気楽なのよ。
 それと豆乳鍋ではなく呉汁ごじる鍋ね、砕いた大豆が入っていたでしょ?
 確かにおいしかったけれど予定が大分狂ったわ」

「予定ってまさか豆乳飲んだら毎日どんどん成長するとかってこと?
 いくらなんでもそんな安易なはずないかぁ、まさか、ね?」

「そ、そうね、さすがに一日で効果が出るとは考えていなかったわ、本当よ?
 それよりも綾乃さんと夢路さんの食生活を聞いた方が良かったかもしれないわ。
 だって楓もそれほど大きくないんだもの」

「まったく中坊どもは朝からくだらない話ばかりだなあ、このマセガキめ!
 だいたいさ、ファッションモデルなんかはみんな小さくて細いんだぞ?
 つまりおしゃれするなら凹凸おうとつは少ない方がかっこいいってこった」

「なるほど、そう言う考え方も有りね、参考にさせてもらうわ。
 着物を着るにも都合が良いし、櫻さんのようにサラシを巻かなくてもいいもの。
 そうよ、悪いことばかりではないのだわ、なんだかもやもやが晴れたわね」

 さすが年長者、いや、この場合は体験者と言うべきだろうか。何にせよ偏屈で思い込みの激しい八早月を一発で納めたのには感心したしありがたいと感じた綾乃と夢路である。なんせ体型の話になると何かと標的にされる二人だ。

 そしてスレンダー組は朝も早くから身体を動かしていた。八早月は当然真っ先に起きて巡回へと出掛けて一仕事して帰ってきたのだし、零愛と美晴はそのタイミングで目を覚ましていた。そこから一時間ほどして綾乃と夢路が起きてくると、前述の八つ当たりが始まったと言うわけだった。

「それにしても寝起きでこんなに責められるなんて考えてなかったよ。
 休みなのにみんな早起きだよねえ」

「夜は特にやることもないから早く寝ちゃったしね。
 アタシだって普段は八時くらいまで寝てるさ、せっかく寝坊できるんだもん」

「それでも早いと思うよ? 私は大体十一時くらいかな、夜更かし好きだし。
 でも八早月ちゃんちだと部屋の中から電波届きにくいからなあ。
 だから返事遅いのかと思ってた時期が私にもありました……」

「夢ちゃんってば変な言い方してー、それもなんかのネット用語じゃないの?
 そう言うところがモテない要因の一つだと思うよ?」

「いやいや私の場合は他に問題が多いから気にしても仕方ないってば。
 綾ちゃんみたいに完璧女子に言われると余計にへこむからやめてー」

「完璧って…… 全然そんなことないよ、運動苦手だし人と話すの苦手だし。
 それに今だって……―― へんなの見えちゃうしさ」

 変なのとは相変わらず八早月の頭上に留まっている光の珠である。段々と光は弱くなり大きさも小さくなった気がするが、それでもある程度からは変わらずその場にいるままなのだ。もう完全に美晴と夢路には見えなくなっており、この場では綾乃と零愛にしか視認できなくなっていた。

「やはりまだいるのですよね? 顔を洗った時に気付いてはいましたが。
 そろそろ正体を探る必要があるかもしれません、朝食を取ったら出かけましょうか」

「いったいどこへ行くの? 文献を調べに八岐神社へ行くとか?」

「いいえ綾乃さん、神様に会いに行って直接聞くのですよ、うふふ」

 なにか含みを持たせるように答えた八早月は、さあ楽しくなってきたと言いながら木刀の振りを早めた。零愛も負けじと横向きに振りつづけ、なぜか美晴まで竹刀を手に見よう見まねの剣術修行である。

 綾乃と夢路は見ているだけで疲れてくると言いながら、濡れ縁でほうじ茶をすすっていてまるでお婆ちゃんのようだ。こうして二人が脚をぶらぶらさせていて眺めていると、そのうち朝食だと呼ぶ声が聞こえた。


◇◇◇


「随分歩いて来たけどどこまで行くんだ? 足元が悪くてちょっと怖いな。
 うちのほうは降ってももあんまり積もらないから雪道は慣れてないんだよ」

「もうすぐですから頑張ってください、夢路さんは大丈夫ですか?
 どうやらそろそろ後ろから押した方が良さそうですね、今行きます」

「ハルちゃんは頑張ってるね、普段走るばっかで歩くの苦手かと思ったよ。
 私は日々の散歩のせいかいつの間にか歩くの平気になってたんだよね」

「最近は休みの日に自転車で遠出することが多いからかな。
 アタシだって短距離だけじゃないってとこ見せてあげるんだから!」

「ど、ど、どぅせ…… じ、じ、じてん、自転車って…… りょ、涼君と、で」

「いいから夢路さんは黙って歩いて下さいな。もう間もなくですからね。
 ほら見えてきましたよ、あそこです」

 八早月がうっそうとした森の中で指さしたのは、こんもりと盛りあがった小さな丘だった。八早月以外はこれがなんだかわからないが、荘厳で神聖な雰囲気であることは疑いようがない。

「ここは櫛田家の旧墓所、察しの通り神聖な場所であることは間違いないわ。
 でも今回はそんなことはどうでも良くて、この場所にある別の側面が重要なの」

「この丘ってひょっとすると古墳!? アタシ初めて見たよ。
 んで、頭の上の光と関係があるの? もしかしてここからやってきたとか?」

「この子は森の子ではありませんからここからの可能性はないでしょう。
 かと言って何なのかはわかっていませんけれどね。
 見たままですが、雰囲気からすると光に関するなにかだろうと考えています」

「ホントそのまんまだね…… それでお墓と言うかこの場所と関係があるの?
 お墓が関係ないとするとその辺りの森の中と同じって感じだけどなあ」

「まあ少し待っていてください、巳さんはお二人に術をお願いします。
 その大きな木の辺りがいいでしょう」

 八早月はそう言いながら木の根元へ用意してきた毛布を広げ、美晴と夢路を座らせた。今からかける巳女の術により、肉体が抜け殻になってしまうためだ。ついでに綾乃と零愛もその上に座り八早月の言う通り時間が過ぎるのを待つ。

 全員が黙ってその時を待っていると当然森は静寂に包まれる。かと言って嫌な雰囲気ではなく落ち着きの持てる静けさと言えるだろう。それからしばらくすると物音一つしない深い森にごく小さい音が聞こえた。最初は一度だけ『パチン』と何かが弾けるような音だ。

 それが数度繰り返された後、徐々に数が増えていく。あちらで『パチン』こちらで『パチン』向こうで『ポツン』と言った具合で微妙に異なる音が繰り返されていくにつれ、蛍のような小さな光が宙に現れる。

『クククク、アハハハハ、ププ、ツゴベリカモコヘソミ』

「ケクヤコレミナナミヒ、マルオコフハリキケエヤエ」

「お願いだからわかる言葉で話してちょうだい、この子も仲間なのでしょう?
 どの系統の子かわからないくらいに微弱、これでは長く持たないかもしれない。
 さあ早く、この子を助けるための方法を教えて下さらないかしら?」

『ワカリマシタイキガミサマワレワレノアラタナコニシュクフクヲアタエン』
(わかりました、生き神様、我々の新たな子に祝福を与えん)

 宙を待っていた小さな光は、いつの間にか地面へと降り立ち小人となり踊るように飛び跳ねている。とは言えその様子は可愛いものではなく年寄りのようなクシャっとした姿が呪術でもしているようだった。

 始めは一人だった小人はどんどんと増えていき、終いには十数人も現れ輪になって踊っている。すると光は八早月の頭の上から離れて飛んで行き、輪の中心に進むとチカチカと点滅を始めた。

「ふう、これで何とかなりそうね、あとはこの自然神たちがうまくやるでしょう。
 では無事に解決と言うことで私たちは帰りましょうか」

 結局正体が明かされないことに釈然とせず、この場から離れ難そうな面々を無理矢理立たせると、八早月は機嫌よく来た道を戻り始めた。
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