限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
273 / 376
第十章 睦月(一月)

269.一月二十一日 夜 終宴

しおりを挟む
 夜も当に更けだいぶ遅い時間となってから、現在は皆を送って行くため車を出してもらっている。文句ひとつ言わず嫌な顔を見せたことの無い板倉は、いつもと変わらず機嫌よく車を走らせるだけだ。

 そんな車内の助手席には一人首をかしげる飛雄が陣取っている。八早月の許嫁となって始めてやってきた今回、期待を裏切り二人で過ごす時間は皆無だった。それどころかろくに相手にさえしてもらえなかったのだ。

 何よりショックだったのは、夕飯で食堂へ集まった時に『あっ、飛雄さん!』と八早月が驚いたような言葉を口にしたことである。あれはどう見ても存在をすっかり忘れていたと言うそぶりだった。

 だがそんなことを今更考えてももう遅い、これから久野駅でローカル線に乗ってターミナル駅の瑞間みずまへつくころには、白波町へ帰るための電車は最終に近い。つまり取り返す時間は無く手遅れと言うことである。

 もし九遠の高等部に野球部があったなら本気で編入していたかもしれないし、なんなら近隣の高校でも構わない。が、しかし、今から編入したら一年間の公式戦出場制限がかかり、高校ではもう野球の練習しかできないことになってしまう。

「よしっ、がんばろ!」

 飛雄が小声で気合を入れると、板倉が運転席から手を伸ばし肩をポンポンと叩き親指を立てる。どうやら男同士何か通ずるものがあるようだ。そう感じている飛雄だが、板倉はクリスマスに見合いをした山本小鈴と悪くない関係になっており、大人らしく一歩先へ行っているなんてことは知るはずもなかった。


 途中で美晴と夢路を下ろし久野駅へと向かう。だが別れを惜しむ恋人と言う雰囲気を期待するのは無駄だ。八早月は中央座席で姉たちとおしゃべりに夢中で飛雄に関心を持っている気配すらない。もしかしたら本当に手ごろな相手だったから許嫁にしたのだろうかとの気持ちが頭をよぎる程度にはナイーブな高校男子である。

 次に綾乃を家で下すといよいよ別れが迫ってきた実感が湧いてくる。これは飛雄だけではなく三人に共通した気持ちだった。例えオマケだとしても飛雄にとって八早月と会える数少ない機会、来ないと言う選択肢はない。

 それだけに飛雄は、なにも出来ない自分の情けなさを恥じているのだ。ホームまでやって来てもまだ何の行動も起こさず声をかけることすらできないでいても、刻一刻と電車の時間は迫ってくる。

 だがここで意を決したように大きく深呼吸をして八早月へと向き合おうと立ち上がった飛雄の目に映ったのは、離れていく八早月と零愛の後姿だった。がっくりと肩を落としまた待合室の椅子へと腰かけた。

「まったく情けねえ、オレはなんてヘタレなんだ、一言二言伝えるだけだろが。
 楽しかったとかありがとうとか、また会いに来るとか言えるだろうに……」

「そうですよ、飛雄さん、今回は来てくれてありがとうございました。
 これ、お勧めの温かいミルクティーを買ってきましたから飲んでくださいね。
 次はまた私が行こうと思ってますが、すぐ行けるかどうかはわかりません。
 来週はちょっと忙しいと思うので……」

「なんだ! もう戻って来てたのか、紅茶ありがとうな。
 オレも楽しかったよ、うまいこと時間作って話せなくて悪かったけどさ。
 焦らずにいたいとは思うんだけど、やっぱ離れてるのって不安なもんだなあ」

「ふふ、その通りですね、離れていると恋仲は成り立たないと考えていました。
 それはやはりそうかもしれませんが、会いたいと思う気持ちが強くなるかなと。
 今は少しだけそんな風に感じているのですよ」

 飛雄はこの言葉に感極まり、熱いものが込み上げてくるとはこう言う事かと涙をこらえる。もっと男として成長していたなら自分からもうまい言葉がかけられただろうし、抱きしめることもできただろう。そんなことを考えていたその時――

 突然八早月が飛雄に抱きついてきた。さすがに映画やドラマのようにキスシーンとはならないが、戸惑って鼓動を早めるには十分な行動である。初めて女子に抱きつかれた飛雄は当然平常心ではいられない。

 一つ想像と異なっていたのは、まるで近所の野球小僧のような骨ばった八早月の感触と、あばらが折れるんじゃないかと恐怖心さえ覚えるほど強烈に締め付けてくる鍛え上げられた両腕だった。

「や、八早月、またすぐ会えるよな、オレも出来るだけ来るからさ」

「はい、お慕い申し上げておりますよ、飛雄さん―――― あの?
 ―― こういう時はキスすべきなのでしょうか? でも人前ですし……」

「なっ! いやいいって、まだ早いよ、多分…… そのうち、そのうちにな」

 飛雄の視界には姉の零愛も入っていたが珍しく後ろを向いている。どうやらあの傲慢な暴力女子にも、配慮と言う概念はあるらしいと飛雄は感心していた。だが実は抱きつけと八早月をけしかけたのは零愛であり、後ろを向きながらもスマホのカメラでちゃんと様子を確認していた。この様子はもちろん後ほど皆のつまみになるのである。

 やがて電車はやってきて二人を連れ去って行った。後に残された八早月は少し寂しそうである。発車する電車の中からその姿を見ながら手を振る飛雄は『今のオレってちょっとポエマーでキモかったな』と反省しきりである。

「トビ、随分と寂しそうじゃないか、まあ当たり前だとは思うけどさ。
 ちゃんと八早月のことが好きだってわかって良かっただろ? 向こうもね」

「なんだよ、気持ち悪いな、いつもみたいに冷やかさないのかよ。
 どうせなんか企んでるんだろうけどさ、でも来て良かったぜ、許嫁だもんなあ」

「はっ、アツいアツい、ごちそうさま過ぎてムカついてきた。
 この写真を野球部の連中にばらまいてやっかなー」

「おい! いつの間に撮ったんだよ! 珍しく覗いてないって感心してたのに!
 ふざけんな、消せよ! はやく、こらっ! よこせ!」

「うるさいよトビ、しっ、しー」

 数は少ないが他にも乗客のいる車内で二人の騒ぐ声は目立ちすぎた。視線に痛みを感じた姉弟がようやく黙ると車内に静けさが戻ってくる。それは櫛田家の庭のような静けさではないが、ガタンゴトンと定期的なリズムを奏でる電車の音と揺れがいつしか眠気を誘っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った――― 高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。 従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。 彼女は言った。 「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」 亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。 赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。 「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」 彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...