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第十章 睦月(一月)
271.一月二十四日 黄昏時 八畑村の神輿
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節目であるこの日、それぞれがそれぞれの朝を迎えていた。学園では綾乃たちがサプライズのための準備は万全と気合を入れている。方や八早月は学校を休んで朝早くからお披露目神輿へ乗せられる準備のため村の麓へと向かっていた。
八歳で八早月が当主を継ぐ前は当然前当主の道八が乗せられていたのだが、その時にはこれほど盛大な祭りではなく、あくまで儀式と言った雰囲気で粛々と進められていた。それは九月生まれでのため村人たちが忙しい収穫の季節と重なっていた事も影響していただろう。
だが最大の理由は華がないからだったことは言うまでもない。八早月が当主を継いでからは村の女衆を中心に華やかな着物や装飾品が用意されるようになった。特にどの品を誰が選んだのかはとても重要な事である。
そのため、村では毎年様々なことで勝負事が行われており、今年は出荷した農作物の品評が良かった家から着物を出すと決められていた。他にも髪飾りや扇子、傘などが必要になるため、たとえ一番でなかろうと諦めはしない。こうして栄誉を勝ち取った家は、その後一年に渡り筆頭へ供物を出せたことを羨まれるのだった。
この準備は午前中いっぱいかけてようやく終わるかどうかと言う大変なものであり、道八の時のように着替えのみの十分十五分で済ますようなものではない。その世話を含めてすべてが女衆にとっての栄誉なのだ。
昼のドン突きならぬチャイムが鳴るといよいよ神輿行軍の開始である。村から集まった力自慢たちはこの日のために己を鍛え上げ競い合い、神輿の担ぎ手を勝ち取ろうと自己研鑽に励むのだ。女衆が飾り手を誉とするのと同じで、男衆なら担ぎ手が栄誉とされるのである。
ちなみに今年の担ぎ手は丸太投げで決められた八人である。重さ数十キロの丸太を放り投げ距離を競う単純なものだったのだが、十番目には樵の家系で力自慢の女子が入り皆を驚かせた。しかも本気で担ぎ手を狙っていたらしく、栄誉から漏れたことを本気で悔しがりその場で大泣きしたため再び周囲を驚かせた。
「それではみなさん、今年もよろしくお願いします。
くれぐれも安全運転で、去年のように崖から落ちたりしないようお願いします」
「「ははっ!」」
担ぎ手たちが野太い声で返事をすると神輿はゆっくりと動きだし、掛け声が段々と揃っていくとその速度を上げ始めた。去年はこうして調子に乗って猛スピードで山を駆けあがったあげく一人が足を滑らせ、崖下へ転落したため大騒ぎになったのだ。
そのことをふまえ、今年は出発直前に村長から強く釘を刺されている。自分たちが落ちるならまだしも筆頭を転落させたら栄誉一点、末代までの恥さらしとなってしまうと脅され担ぎ手たちは気を引き締め直した。
最初は麓にある集合住宅からとなる。とは言え、こんな限界集落にマンションのようなモダンでコンクリート造りの建物があるはずもなく、八畑村の集合住宅は木造平屋の長屋である。主に足を悪くした年寄り連中の住まいであり、近所の村人が交代で様子を見に行っているという互助用住宅と言うわけだ。
この長屋では八早月が降りていきお披露目をするため時間がかかる。ここで各戸を順番に回り終えると早くも十三時を回っていた。このペースだと最終地点の神社へつくのが夜暗くになるかもしれない。そうなると空の神輿を担いで戻る男衆の道中が心配になる。
そう言えば分校へ通っているときに『家に帰りつくまでが遠足です』と先生に言われたことがあった。最後には偉そうにその台詞を言ってやろうと企む八早月だった。
次に麓の家々を通って行くが、ここではただ道を進むだけで済む。それでもゆっくりと良く見えるように進んでいく。今年の着物はこの麓の家で勝ち取っており、自らが奉納した着物を着た八早月の晴れ姿を見て号泣していた。
さて、ここからが本番である。板倉の運転でも十五分はかかる雪の残る山道を神輿で登って行くのだから相当の苦行である。いったい誰がこんなことを考えて実施しているのかと問い詰めたくなるのだが、実は伝統行事でもなんでもなく、村民たちが競い合う口実のために始めた行事らしい。
そのため八岐神社から宮司は来ないし祈祷の時間があるわけでもない。ただ八家筆頭がさらし者になって進むだけだ。それでも村の誰かが望むならば極力叶えていこうと言うのが八家の責務である。これでも皆を鼓舞し研鑽を積ませ、今年であればより良い作物を育てることに繋がるのだから、決して意味がないなどと言ってはならないのだ。
八畑山を登って行き最初に見えてくるのは七草家である。時間は十五時前、当然ドロシーはまだ学園で仕事中のため不在だ。だがそこには彼女の両親が住んでいるので手を振りながら出迎えてくれた。
「Hi,Ya-yoh-i! Very Cute!」
「Wow! Yayoi! so beautiful!」
「せんきゅーせんきゅー」
これも毎年お決まりの台詞で小学生のころから進歩がない。気のせいか背も伸びていないかもしれないが、本人は伸びていると言っているので周囲はそのことに触れないようにしている。
本来であれば六田家、五日市家と進むべきなのかもしれないが、そうすると深夜までかかってしまうため近い順に回って行く。と言うわけで次は三神家へと向かい神輿は山道を走りつづける。
「筆頭! 今年もほんにお綺麗ですよー」
耕太郎の連れ合いである小梅が大声で世辞を言っている。耕太郎は横で頷いているだけ、太一郎は興味無さそうにぼーっと眺めていた。八早月は小さく手を振り歓迎に応えて通り過ぎていく。
次の六田家は櫻と旦那の恭一が出迎え静かに見送ってくれる。大人の対応と言えるだろう。続く双宗家では聡明と爽子の夫妻と聖が手を振っていたが、聖がいかにも義務感と言った様子だったのがおもしろい。
いよいよ神輿は終盤に差し掛かり西側の残り三家へ向かう。時間は十七時を迎えようと言うところで予定よりも少し遅いペースだ。五日市家では隠居した爺婆を含めた一家四人が出迎えてくれにぎやかだったが、初崎家は宿と絵美の二人だけで落ち着いた雰囲気である。
最後の四宮家の四人と挨拶を交わしたら、いよいよ終点である八岐神社まで最後の上り坂を神輿は突き進んでいく。もう陽が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。今は神輿の先端に取り付けたLEDライトが行き先を明るく照らしてくれるので安心感は高い。ここからの道は両側が森のため滑落の恐れもなく最高速度でのラストスパートを迎えるのだった。
八歳で八早月が当主を継ぐ前は当然前当主の道八が乗せられていたのだが、その時にはこれほど盛大な祭りではなく、あくまで儀式と言った雰囲気で粛々と進められていた。それは九月生まれでのため村人たちが忙しい収穫の季節と重なっていた事も影響していただろう。
だが最大の理由は華がないからだったことは言うまでもない。八早月が当主を継いでからは村の女衆を中心に華やかな着物や装飾品が用意されるようになった。特にどの品を誰が選んだのかはとても重要な事である。
そのため、村では毎年様々なことで勝負事が行われており、今年は出荷した農作物の品評が良かった家から着物を出すと決められていた。他にも髪飾りや扇子、傘などが必要になるため、たとえ一番でなかろうと諦めはしない。こうして栄誉を勝ち取った家は、その後一年に渡り筆頭へ供物を出せたことを羨まれるのだった。
この準備は午前中いっぱいかけてようやく終わるかどうかと言う大変なものであり、道八の時のように着替えのみの十分十五分で済ますようなものではない。その世話を含めてすべてが女衆にとっての栄誉なのだ。
昼のドン突きならぬチャイムが鳴るといよいよ神輿行軍の開始である。村から集まった力自慢たちはこの日のために己を鍛え上げ競い合い、神輿の担ぎ手を勝ち取ろうと自己研鑽に励むのだ。女衆が飾り手を誉とするのと同じで、男衆なら担ぎ手が栄誉とされるのである。
ちなみに今年の担ぎ手は丸太投げで決められた八人である。重さ数十キロの丸太を放り投げ距離を競う単純なものだったのだが、十番目には樵の家系で力自慢の女子が入り皆を驚かせた。しかも本気で担ぎ手を狙っていたらしく、栄誉から漏れたことを本気で悔しがりその場で大泣きしたため再び周囲を驚かせた。
「それではみなさん、今年もよろしくお願いします。
くれぐれも安全運転で、去年のように崖から落ちたりしないようお願いします」
「「ははっ!」」
担ぎ手たちが野太い声で返事をすると神輿はゆっくりと動きだし、掛け声が段々と揃っていくとその速度を上げ始めた。去年はこうして調子に乗って猛スピードで山を駆けあがったあげく一人が足を滑らせ、崖下へ転落したため大騒ぎになったのだ。
そのことをふまえ、今年は出発直前に村長から強く釘を刺されている。自分たちが落ちるならまだしも筆頭を転落させたら栄誉一点、末代までの恥さらしとなってしまうと脅され担ぎ手たちは気を引き締め直した。
最初は麓にある集合住宅からとなる。とは言え、こんな限界集落にマンションのようなモダンでコンクリート造りの建物があるはずもなく、八畑村の集合住宅は木造平屋の長屋である。主に足を悪くした年寄り連中の住まいであり、近所の村人が交代で様子を見に行っているという互助用住宅と言うわけだ。
この長屋では八早月が降りていきお披露目をするため時間がかかる。ここで各戸を順番に回り終えると早くも十三時を回っていた。このペースだと最終地点の神社へつくのが夜暗くになるかもしれない。そうなると空の神輿を担いで戻る男衆の道中が心配になる。
そう言えば分校へ通っているときに『家に帰りつくまでが遠足です』と先生に言われたことがあった。最後には偉そうにその台詞を言ってやろうと企む八早月だった。
次に麓の家々を通って行くが、ここではただ道を進むだけで済む。それでもゆっくりと良く見えるように進んでいく。今年の着物はこの麓の家で勝ち取っており、自らが奉納した着物を着た八早月の晴れ姿を見て号泣していた。
さて、ここからが本番である。板倉の運転でも十五分はかかる雪の残る山道を神輿で登って行くのだから相当の苦行である。いったい誰がこんなことを考えて実施しているのかと問い詰めたくなるのだが、実は伝統行事でもなんでもなく、村民たちが競い合う口実のために始めた行事らしい。
そのため八岐神社から宮司は来ないし祈祷の時間があるわけでもない。ただ八家筆頭がさらし者になって進むだけだ。それでも村の誰かが望むならば極力叶えていこうと言うのが八家の責務である。これでも皆を鼓舞し研鑽を積ませ、今年であればより良い作物を育てることに繋がるのだから、決して意味がないなどと言ってはならないのだ。
八畑山を登って行き最初に見えてくるのは七草家である。時間は十五時前、当然ドロシーはまだ学園で仕事中のため不在だ。だがそこには彼女の両親が住んでいるので手を振りながら出迎えてくれた。
「Hi,Ya-yoh-i! Very Cute!」
「Wow! Yayoi! so beautiful!」
「せんきゅーせんきゅー」
これも毎年お決まりの台詞で小学生のころから進歩がない。気のせいか背も伸びていないかもしれないが、本人は伸びていると言っているので周囲はそのことに触れないようにしている。
本来であれば六田家、五日市家と進むべきなのかもしれないが、そうすると深夜までかかってしまうため近い順に回って行く。と言うわけで次は三神家へと向かい神輿は山道を走りつづける。
「筆頭! 今年もほんにお綺麗ですよー」
耕太郎の連れ合いである小梅が大声で世辞を言っている。耕太郎は横で頷いているだけ、太一郎は興味無さそうにぼーっと眺めていた。八早月は小さく手を振り歓迎に応えて通り過ぎていく。
次の六田家は櫻と旦那の恭一が出迎え静かに見送ってくれる。大人の対応と言えるだろう。続く双宗家では聡明と爽子の夫妻と聖が手を振っていたが、聖がいかにも義務感と言った様子だったのがおもしろい。
いよいよ神輿は終盤に差し掛かり西側の残り三家へ向かう。時間は十七時を迎えようと言うところで予定よりも少し遅いペースだ。五日市家では隠居した爺婆を含めた一家四人が出迎えてくれにぎやかだったが、初崎家は宿と絵美の二人だけで落ち着いた雰囲気である。
最後の四宮家の四人と挨拶を交わしたら、いよいよ終点である八岐神社まで最後の上り坂を神輿は突き進んでいく。もう陽が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。今は神輿の先端に取り付けたLEDライトが行き先を明るく照らしてくれるので安心感は高い。ここからの道は両側が森のため滑落の恐れもなく最高速度でのラストスパートを迎えるのだった。
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