限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

275.一月三十一日 朝 愛さまざま

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 リムタストンコヌルはすっかり夢路に怯え、好奇心からあれほど行きたがっていた人間の町や学校へ行かないと閉じこもってから三日、そろそろ旅を再開すると言いだした。どうやら彼女の神使しんしである玄鳥ツバメの体力が回復したようだ。

「本当にすまんかったのダアヨ。手間をかけてしまって悪かったダアヨ。
 それでも懲りずに祝言には顔出すつもりダアヨ」

おきな、あまり無理をしないようにお願いするよ、ありがたいけどさ。
 別に向こうまで来てくれなくても気持ちだけで十分だが。
 櫛田殿にも世話になったな、お陰で随分のんびりしちまたよ」

「そんなこと気にしなくていいわ、また立ち寄ってくれたら嬉しいわね。
 もちろんリムタストンコヌルさんも歓迎するわよ?」

「はっ、オレは別に来たくねが、ジャガガンが来るならついてくるしかさ。
 そんなときはまたメシ食ってやるよ、だがあの娘はダメだ、目つきが怖ええ」

「まったく、そなことわざわざ言わんでいいだろがいよ、波風立てんなて。
 そんじゃまあそろそろいこかよ、頼むんぞ」

「うるせえ、命令すなっていってるが!」

「本当に仲が良くて羨ましいわね、また会いましょう。
 水晶神の種をよろしくお願いしますね」

 八早月が手を振っている間にリムタストンコヌルは玄鳥へ命令し空高く飛び立っていった。あっという間に小さくなっていき見えなくなるまで見送ってから八早月も家に向かって走り出す。

「あら、さっきかかって来ていたのね、気付かなくて悪いことしてしまったわ。
 ええっと、こうだったかしら―――― ああ飛雄さん、おはようござい――
 ―――― 違いますよ、寝坊なんてしていません、お客様が帰る所だったの。
 ―――――――――― ええ、そうよ、今日も平日だもの、飛雄さんもでしょ?
 ―――――――――――――― なるほど、そう言う日もあるのね――――
 ―――――― 高校生だから? でも進学するか決めていないのでしょ?
 私とのことを判断材料にするのはやめてほしいとは伝えているわよね? ――
 ―――――――― あくまで自分で考えてほしいだけなのよ、反対ではないわ。
 もし進学したら見聞も学も交友関係だって広がるでしょう? もちろん――
 ―― ううん、なんでもないわ、大丈夫だから気にしないでくださいな。
 ―――――――― 大したことではないのよ? 女友達も増えるだろうなって。
 ―――― それに対して私がどう答えると期待通りなのかしら? ――――
 ―――――――――――――――――――― 違うって言われてもね――――
 ―――――― わかっているわ、ええ、信頼しているもの――――――――
 そうでなかったら卒業したらすぐ来てと約束させるに決まってるでしょう?
 信頼しているからよ。 ―――――――― 自信過剰ってことはないわ。
 今だってとっても不安なのよ? 近くに良い人が現れたら困るもの。
 でもやりたいと思うことがありそうなら行くべきだと思う、自分のためにね。
 ―――――――― そうよ? だって鍛冶なんて簡単だもの、結局は経験よ。
 何年も同じことをやりつづける覚悟さえあればきっと大丈夫だわ、私もね。
 少しずつでいいから料理を覚えようかなって――――――――――――――
 ―――― そんなはずないわ、きっと出来るわよ―――― もう! うふふ」

 通話は長々と続いている。もしかしたらジャガガンニヅムカムたちの様子を見ていたことで、近くにいない飛雄のことが気になって仕方なくなってしまったのかもしれない。だが理由などどうでもいい些細な問題だ。真宵は常日頃から主の幸せだけを願っているからである。

 だが幸せな時間をいつまでも続けられるわけではない。時間と言う枷があるためにどこかで分断されてしまうのだ。庭まで戻って来ても切らずに続けていた飛雄との通話は、玉枝による朝食の知らせて一時終了を告げられてしまった。

「―――― はい、私も学校の準備しなくてはね、ではいってらっしゃい。
 ―――――――― えっ? あの時? 何か言ったかしら、もう忘れたわ。
 今度思い出したらご要望にお応えするわ、では遅刻しないように、お互いね」
『ピッ』

 冷静に通話を切った八早月の顔はうっすらと紅潮している。電話を切る直前に飛雄から言われた一言が原因なのは間違いない。

『あの時、電車を待ってるホームで言ってくれた台詞もっかい言ってくれない?』

 忘れたと即答したのは覚えていることの裏返しだが、改めて聞かれると素直に答えることがはばかられるくらいには恥ずかしい言葉だった。大体そんなことをもう一度言えと頼んでくる飛雄がどうかしているのだ。

 八早月は顔を洗ってからざっと体を拭いた。夏であれば頭から水をかぶりたいくらいだが、この季節さすがに寒いのでぐっと我慢する。大丈夫、冷静に、いつも通り、先ずは朝食をいただこうと食堂へ向かった。


 まだ僅かに高揚感が残っている八早月だが、いつまでも呆けていると学校に遅刻してしまう。湯あみ、朝食、着替えといつものルーティンをこなし板倉の待つ車へと乗りこんでいざ出発である。

「ねえ板倉さん? 夢路さんの従姉とは何日に一度くらい会っているの?
 やはり回数が多い方が嬉しかったり絆が深まったりするのかしら」

「お! お嬢!? 突然何を言い出すんですかい? 小鈴さんとはそんなあれですよ? おかしな仲じゃないですからね?」

「そうそう、小鈴さんね、山本小鈴さんだったわ、覚えておかないと。
 もちろん二人の関係性について咎めようとか無粋なこと考えていないわ。
 私は出来るだけ多く一緒にいる方がいいものなのかが知りたいだけなのよ。
 もしそうだとしたら、遠く離れてしまったら心も離れると言う事でしょう?
 でも私は今そう感じていない、むしろもっと合えないかと考えるくらいなの」

「いやあ、その気持ちは自然なものではないですかね? 例え近くにいてもです。
 これは恋人限定ではありやせん、例えばお嬢は社長と離れていたらどうです?
 心細いとか寂しいとか含めて、近くにいてほしいと感じやしませんか?」

「そうねえ、今まで一度もそんなことなかったけれど、考えてみると確かに。
 もちろん板倉さんも房枝さんも玉枝さんも―― まあ皆に対して同じだわ」

「でしょう? それが愛ってもんですよ、家族愛とか身内への愛とか色々です。
 その中に他人との愛があるわけでしょうな。恋仲だったり慈悲だったりと。
 色々な形があるわけですし近い遠いでの感じ方もさまざまなのでは?」

「なるほど、流石板倉さんだわ、説得力があるわね。
 愛と距離に相関関係があると決まっているわけでないとわかれば一安心。
 やはり物事はそれほど単純ではないと言う事ね、ありがとうございます」

「いえいえ、こんなので回答になっているなら幸いです。
 しかし朝から随分と哲学的ですなあ」

「それはそうだわ、私だって多感な十代の少女、てぃいんなのですからね。
 板倉さんはてぃいんの条件をご存知かしら、私はようやく誕生日を迎えて仲間入りしたのです」

「ああ、そう言えばそうでしたね、十三歳からということでしょう?
 これはこれは重ね重ねおめでとうございます」

「ありがとう、板倉さんも小鈴さんともっと仲良くなれるといいですね。
 そろそろ結婚したくないと言う気持ちが揺らいできたかしら?」

「と、とんでもございませんよ、あくまで―― そう、趣味が合うと言う関係。
 一人で出かけるのもアレなんでたまに連れ立っていく程度の仲ですからね?」

「うふふ、今はそう言うことにしておきましょうか。
 まあ私はいいのだけれど、お母さまたち・・がどうするのかは知りません」

 運転中で振り向けない板倉はルームミラーで車内を覗き見る。すると楽しそうな笑顔で車の揺れに合わせ首を左右に揺らし、至極ご機嫌な八早月の様子が写っていた。



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 第十章はここまでとなります。次月より第十一章が始まりますのでお楽しみに。

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