限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

277.二月二日 朝 当日と言う意味

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 前日の合同説明会、そしてこの土日に行われているオープンキャンパスのせいで休日登校となっている飛雄は、相変わらず不機嫌そうに時間が立つのをただただ待っていた。無関係な生徒まで登校する必要はないはずだが、教師は出勤しその分の休みを平日へ移動するためには登校日にするしかないらしいとの話である。

 そんなどうでもいいことに巻き込まれてもいいことはなく、どうせなら飛雄も興味の無いオープンキャンパスへ参加すれば良かったと思わなくもない。しかし大学は受験の時期なので、キャンパスと名がついていても行き先は専門学校とのこと。つまり野球とは無関係で参加する意味は皆無だ。

 それでもソフト部員は結構な数が参加しているようで零愛は暇を持て余し、飛雄の教室までやって来ていた。普段から姉を疎ましく思っている飛雄だが零愛はそうでもないらしく、事あるごとに、いやなにも無ければそれはそれで絡んでくる。

「いくらなんでも自由過ぎるだろ、自主学習であって自由じゃねえんだぞ?
 せめて自分の教室に留まってろってんだよ……」

「別にいいじゃん、お互い暇なんだしさ。でもトビは進路考えるんじゃないの?
 八早月にもそう言われてるんだろ? 高校卒業したらすぐ行くとしてもさ」

「まあね、一応監督の伝手で社会人に入れないか聞いてもらってるよ。
 フリーとは限らなくてもセレクションみたいなの参加できるだけでもいいしな」

「考えてるならひと安心だ、八早月に棄てられないようしっかりしないとだし。
 さてと、そろそろグラウンド行かね? もう出てる子いるからいいん――」

「ん? 姉ちゃんどうした? キャッチボールやるなら付き合ってやるよ。
 なに? グラウンドがどうかし―― まさかあれって――」

 飛雄は教室を飛び出して階段を飛ぶように駆け下りていった。そのまま靴も履き替えずに校舎を出てグラウンドの端まで全力で走って行く。向かう先には背筋をピンと伸ばし、なぜかバットを縦に振っている小柄な女子がいるのだ。

『ちくしょう、オレとしたことが気配に気づかないなんて気が抜けてるぜ。
 これが妖じゃなくて助かった…… つか姉ちゃんも気付いてなかったのか』

 その場まであと十数メートルのところまで近寄ると飛雄は大声で叫んだ。恥ずかしさとか考えている余裕はない。

「八早月! 来てくれたのか! めっちゃ嬉しいぜ!」

「私もお会いできて嬉しいですよ、ですが自習なのに出てきて平気なのですか?
 飛雄さんが叱られてしまったらめっちゃ申し訳ないです」

「なにそれオレの真似? ププ、八早月ってそういうかわいいところあるよな。
 普段はキリっとして冗談ひとつ言わなそうなのに、ギャップが凄いよ」

「もう、そうやってバカにするのは良くないですよ? 私はお姉さんですから。
 こう見えても従妹たちが大勢いるのです。この間も―― なんでもありません」

 八早月は従妹に慕われている証として、皆を抱きながら写真を撮ったことを言おうとした。しかしそうすると誕生日に神輿に乗せられ村中隅々まで披露しに回ったことまで話すことになる。それが恥ずかしいから誕生日の話題には極力触れないでいたのに意味が無くなってしまう。

 飛雄としても、八早月が言いかけてやめたと言うことはなにか知られたくないことを言いかけたからで、それを無理に聞き出そうとすれば機嫌を損ねるのは明白なことくらい学習済みだった。かと言って何もなかったようにすれば何か知っていると白状するようなもの、つまり誕生日の写真を見たことがばれる。

「な、なんでもないなんて言われると気になるなあ、でも疑がっちゃいないよ。
 八早月は普段からお姉さんっぽいとこあるだろ? 友達と一緒のときとかな」

「そうでしょう? なんと言っても年上の綾乃さんよりもお姉さんぽいと自負しておりますからね」

 こう誇らしげに喜ぶ姿をもう幾度となく見てきたがやはり愛らしい。確かにたまには怖いこともあるが、それでも自分にはもったいないくらいの相手だと飛雄は本気で考えており、その幸運を運んできた特別な力や立場に感謝していた。そして口には決して出さないが、切っ掛けを作ってくれた姉にも、だ。

「そうだ、せっかく来てくれたんだから早めにコイツをな。
 女の子向けにかわいいとは言えないが、伝統工芸だし悪いもんじゃない。
 漁へ出るもんが無事に帰ることを願って持たせる物でただの飾りだけどさ」

 飛雄が差し出したのは貝殻を削って碁石のようにしたものを、編んだ麻紐で繋げたストラップ状のチャームだった。特定の場所につけるアクセサリーではなく、衣類へ結びつけたり船室へ下げたりするのが主な使い方とのことだ。

「この石のようなものは貝殻なのですね、素敵ですし想いが伝わって嬉しいです。
 それに飛雄さんの長所をまた一つ知ることができました、随分器用なのですね」

「いやいや、地元の漁師家庭の子供ならこれくらい作れるもんさ。
 ウチは漁師じゃないけど船で出かけるのは同じだしな」

「家族の願を掛けた海の民の護符、とてもきれいで可愛らしいものなのですね。
 なんだが自分のを出すのが恥ずかしくなるわね」

 そう言いながらも照れくさそうに八早月が包みを差し出した。平たいが少し重さを感じる畳んだ和紙の包みを受けとった飛雄は、促されるままに開いていく。すると中からは色鮮やかな組紐で飾られた金属製の意匠が現れた。

 それは小判状の金属板に八つの丸と八本の棒を刻んだ、八岐八家の神紋を象った飾り札で、上下に空けられた穴へ組紐が通されていた。さらに下側の組紐が伸びた先には鳥の羽を模した意匠が繋げられている。

 二人が交わした品はしくも示し合わせたように似たものであり、その偶然にどちらも驚いていた。それでも互いは似て非なるもの、飛雄は八早月の安全を願う気持ちを込めて作った地元に伝わる土着の護符。そして八早月は自分が出来る範囲でなんとかってみただけで、護符でもなんでもなく神紋を模した飾りであった。

 そんなことを知らない飛雄は心が通じ合っているのだと感激している。反対に八早月は気持ちを込めてくれたものと形が似ているだけで、気持ちも技術も拙い自分の作を晒し恥ずかしさを感じているところだ。

 しかも感激しているのがありありと出ている飛雄の前では、零愛にも同じ物を作ってきているとはとても言えない。そう、言えないのは本当だったのだが――

「ちょっと八早月ったらさ、来るなら来るって言ってくれたらよかったのに。
 朝になってから来たの? それにしちゃ随分と早いな、あれ? みんなは?」

「いえ、走ってきたので一人なのよ、突然思い立ち来てしまっただけだもの。
 どうしても当日にお渡ししたかった急な来訪になったけれど勘弁してね。
 これ、零愛さんの分もお渡ししておくわ、二人ともお誕生日おめでとうございます」

「マジかー アタシなんて大したもん用意しなかったのにさ。
 でも自分ではああいう柄を選ぶことは無いだろうから面白さはあったよな」

「ええ、とても気に入っているわよ? それになんだか大人になった気分。
 さすが零愛さんは良い感性をしているとみんなからも好評だわ、ありがとう」

 八早月の誕生日に合わせ零愛から送られて来ていたのは、ハワイアンキルトで出来たあぶら取り紙を入れだった。使ったことの無い化粧品と見たこともない柄のケースは世間知らずの中学生を喜ばせるに十分な品であったことは間違いない。

 そして許嫁からの贈り物が実は姉と同じ物だったと知った飛雄は僅かながらショックを受けていた。それでも誕生日当日に来てくれたことへの喜びが勝っており八早月へ感謝しているのだが、同時に彼女の誕生日当日に行かなかった自分を責める気持ちも湧き上がる。

「八早月、当日行かなくてごめんな、来年こそは絶対見に行くから!」

 もちろん飛雄は本心を述べただけで、なにか裏があるとか深い意味が込められているわけではない。だがしかし、八早月がこの言葉を聞き逃すはずがなかった。

「飛雄さん、お気持ちは嬉しいのですが、何を・・見に来るつもりですか?
 祝って下さることを伝えたい気持ちはもちろん承知しております。
 ですが何か見る・・べきものがあると考えているのはなぜでしょうか?」

「そ、それは…… 八早月の…… 晴れ姿?」

「正直におっしゃいなさい! 誰から何を聞いたのですか?
 まさか写真でも送られてきたのではないでしょうね!?」

 その様子を見ながら零愛は呟いた。

「なんであのバカはああやって墓穴を掘っちまうんだろうなあ。
 我が弟ながら飽きれちまうけど、哀れすぎて同情もしちゃうよ……」

 この言葉に反応したのか八咫烏は『カァ』とひと声鳴き、飛雄の金鵄きんしは上空でくるりと輪を描いた。
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