限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

278.二月二日 昼 ささやかな望み

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 四限目が終わり自習のみの休日登校日は一日を終えた。昼休みもなく部活もなく授業もなかったため本当に何のために来ているのかわからない高岳姉弟である。だが今日は大歓迎、さっそく遊びに行こうと浮かれ気味だ。

「夕方くらいまではいられるんだろ? 行きたいところあったら連れてくよ。
 さすがに海方面は寒いと思うから釣りとかはやめといた方がいいだろうなあ」

「そうね、できれば高岳家の管理している祠をお参りしたいわ。
 近所ならお墓参りも行っておきたいわね、まだ一度も訪れたことがなく失礼だもの」

「おいおい、せっかく遠路はるばるやってきてそんなとこでいいのかよ。
 それともあれか? もしかしてウチがいることが邪魔だってことじゃね?
 まあウチも鬼じゃないからさ、二人でデートしてくるなら大人しく帰るわ」

「いいえ零愛さん、今後大きな状況変化でもない限りは飛雄さんと夫婦になるわ。
 するとどちらかが生きている限りはずっと一緒にいると言う事でしょう?
 だったら今数時間一緒にいることは重要ではないと思うのよね。
 一生で考えれば零愛さんとの時間のほうが少ないのだから気遣いは無用だわ」

「一生って随分大仰なこと言うなあ、まあ八早月がいいならいいけどさ。
 本当に二人きりにしなくていい? トビはめっちゃ残念そうにしてるけどな」

「そ、そんなことねえよ、せっかく八早月が気ぃ使ってんのに台無しにすんな。
 ホントなんでも考えなしなんだからさあ、弟として情けないぜ」

 飛雄は懸命に強がりを言ってみたが、零愛に言われたようにガッカリしていたのは本当の事だった。それをごまかしたいとの気持ちもあってつい語気を荒げてしまったほどである。

 そんなことでうまくごまかせたとも思えないが、二人ともそれ以上言及してくることは無く、気を使われているような気もして飛雄としては情けない思いだ。だがこれでひとまずは三人で行動することにはなった。

 そうは言っても、このままでは二人きりになれないだけでなく、本当に揃って墓参りへ行くことになってしまう。許嫁の行動としてはおかしくないのかもしれないが、十三歳の中学生としては甚だ疑問だと感じている飛雄だ。

「なあ本当にそんなとこでいいのか? もっと遊べるようなとこのが良くない?
 八早月が変わりもんだってことはまあ今更だけどさ、トビもいるんだぜ?」

「だったらなおさらだわ、神翼かんばねたちのルーツを探る第一歩かもしれないもの。
 飛雄さんだってきっと興味があるに違いない、わよね? どうかしら?」

「そりゃ興味がないはずないさ、かといって今行きたいかと言われると微妙。
 なんてったって誕生日なんだし特別感が欲しいものじゃないか?」

「誕生日だから特別と言うその固定観念や思い込みがいけないと思うのよね。
 もちろん祝ってもらえるのは嬉しいしありがたいことだとは思うの。
 でも何事も加減と言うものがあるでしょう? やりすぎは時に迷惑だわ。
 ええそうよ、好意に対しとても迷惑だなんて言えないからこそ困るのよ。
 だってそうでしょう? 村人全員の前を行軍こうぐんしなければならないなんて――」

「―― わかったわかった、八早月の気持ちは痛いほど分かったよ。
 確かにあまり大げさにされたら恥ずかしいもんな、そりゃ分るよ?
 でもウチらは別にそんな特別なことしてもらえないし祝い飯は寿司だぞ?
 普段から刺身とかばっか食ってんだからたまには肉食わせろっての!
 そうだよ、肉食いに行こう肉、どうせ昼まだだしトビの知り合いんとこのさ」

「ああ、あそこはこないだ食中毒出して潰れた、適当過ぎだったんだよ。
 でも別の焼肉屋で働いてるって言ってたな、値引きは期待できないけどな」

「二人はそれが希望なの? 何故それほど祠へ行きたくないのかしら。
 私には見せられない理由が何かあると言うことなの? 飛雄さん、どうなの?」

 まさかの直球に飛雄は差し込まれてしまった。これではきれいに打ちかえせずボテボテの内野ゴロかファールフライと言ったところである。つまり素直に白状するしかない。完全に諦めながら姉へと視線をやると、苦虫をかみつぶしたような顔で頷くのだった。

◇◇◇

「ふはあっ、はああぁ、ひいぃい、ふううぅ……――
 もうちょっとゆっくり行ってくれよ…… こっちは完全に生身だっつーのに。
 そう言っても聞こえるわけないよなあ」

 帰り道を自転車で急ぐ飛雄だが、そのはるか上空に豆粒のように見えるのが真宵に乗った八早月と、みくずの背を借りている零愛だった。別に能力的には二人で三人を運ぶことも出来たようだが、飛雄には自転車があるため走って帰るしかない。

 それでも八早月の命により、巳女みめが気休め程度に力を貸してくれているのだが、あくまで体力をわずかに回復するだけ、と言うよりは筋肉の損傷を回復するだけなので、心肺機能的な疲労を回復するわけではない。一旦限界まで疲れ切った後、筋肉のダメージが治療により治るのだが、疲労したまま筋肉だけがリフレッシュしているだけだ。

「これもしかして疲れるだけ疲れてもトレーニングにはなってないんじゃね?
 もし鍛えられてるなら嬉しいけどなあ、えっと巳女さん? その辺りどうなの?」

「何を言っているのか意味が分からんのじゃ。 何を鍛えると? 肉体かえ?
 主の肉体はこのおかしな馬に乗ることで壊れていく、それを治しているのじゃ。
 それ以上でも以下でもないということしかわらわにはわからぬのじゃ」

「じゃあ壊れる前に戻っているわけじゃ無いんですかね?
 ならトレーニングになっていると信じて頑張るしかねえ! うおおおお!」

「ほれほれその意気じゃ、はよせぬと置いてきぼりになってしまうのじゃ。
 もうあんなにちいさくなってしもた、トンビの君よ、急ぐのじゃー!」


 いつもなら四、五十分かけて通っている道のりを三十分足らずで走りきった飛雄は、近くの自販機でスポーツドリンクを買うと一気に飲み干した。今までで一番喉が渇いたかもしれない。しかも今は真冬なのに、だ。

「おおトビ、遅かったな、巳女さん乗せてたから安全運転で来たのか?
 いやあ大空の旅は清々しくて快適だったなあ、八咫烏にも乗れたらいいのに」

「さすがに小さすぎるから背には乗れないでしょうね。
 でも脚に捕まることは出来るかもしれないわ。
 持ち上げる力が足りないのなら零愛さんが鍛錬を積むしかないわね」

「なるほど、そう言う仕組みかぁ、まあそんな力あるなら妖退治が楽なはず。
 きっとウチらには分相応な力が備わってるんだろうさ。
 んでウチの管理してる祠なんだけどさ、見てもガッカリしないでくれよな?」

「なあ八早月、ガッカリするならまだいいんだけど、怒らないでほしいんだ。
 オレたちも好きでしてることじゃなくてさ、しがらみがあるんだよなぁ」

「どういうことなのかしら? とにかくまずは見せていただくわね。
 この高台の上になるのよね? 質の良い力の源泉を感じるもの」

「そんなのわかるのか? ウチにはさっぱり感じ取れないけどなあ。トビは?」

「いいや、オレもなにも感じないぞ? 自然神の種のほうがまだわかるぜ。
 八早月はなにを感じてるんだ? 神翼とはまた違う感じなのか?」

「なるほど、お二人は私の気配を感じ取ることができないのね。
 いつも近くにきて察知しているのは真宵さんの気配なのでしょう?
 神や神使、呼士に神翼、そして妖の気配はそれぞれ異なっているのよ?
 私も初めはあまり差を感じ取れなくて、神翼と妖が同じ気配だと感じたわ。
 でもお二人と一緒にいる機会が増えたら感じ分け出来るようになったの」

「へえ、そんな違いあるのかな、ウチからしたらすんごい強い気配は真宵さん。
 親近感があるのが神翼で寒気や鳥肌を感じるのが妖かな」

「では私はどうかしら?」

 八早月はそう言うと、両のたなごころを合わせてからブツブツと術を唱え始めた。するとコートの下の両腕が光っていることが袖越しにもわかるほどだ。しかもそれに伴って零愛と飛雄にその気配が感じ取れるようになった、が――

「ああっ、いけない、このままだとまたあの時のようなことが起きてしまうわ。
 ふう、うっかりしていてごめんなさい、二人とも大丈夫だったかしら?」

「ん? 別に大丈夫だけど圧倒される感じはあったな。
 そういやこれってこないだ祠を創建した時にも感じたやつだ。
 てっきり自然神の気配だと思ってたんだよなぁ」

「オレはあんな目にあったのに気にして無かったわ、だからダメなのかな。
 今回はなんでも無くて良かったけどなにか条件あるのかもしれねえな」

「あんなことってなんだ? 八早月が今言ったことと関係あるのか?
 まさか向こう行ったときに迷惑かけたんじゃないだろうね?」

「零愛さん、飛雄さんをそんなに責めないでちょうだい。
 あれは私が悪いのよ、力を他の巫へ分け与えた時に周囲へ漏れてしまったの。
 それに当てられた飛雄さんが気を失ってしまっただけで迷惑ではなかったわ」

 飛雄は頭を抱えたが時すでに遅し。また一つ零愛に弱みを握られてしまった瞬間だった。


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