限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

280.二月二日 午後 名探偵八早月

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 腕を組みながら片手で顎を押さえ行ったり来たりしている八早月を見ながら、飛雄と零愛は首をかしげていた。どうもなにかおかしい、二人でなくとも感じることである。

 これには理由があって、今ちょうど八早月が夢路から借りている少女漫画が探偵ものと言うだけだ。そうは言っても今まで話した内容は適当な事ではなく、八早月にとってはきちんと根拠も有り自信を持って推察を並べていた。

「よろしいですか? まず一つ、祠が崩れたままでいてほしいのはなぜでしょう。
 そして二つ目、私たちでも発生した妖をすべて倒すことは不可能と言うこと。
 八人いても足の速い妖は発生から到着の間に逃げてしまいます、つまり全討伐は義務ではない」

「と言うことは? 本当は倒していないかもしれない?」

「ええ、一人の神職で回れる範囲はたかが知れていますからね。
 しかも人間である以上寝食も必要なのですから動ける時間も限られます」

「ぷっ、神職が寝食、駄洒落か?」

「零愛さん! 私は真面目に話しているのですよ! まったくもう!」

 緊張感のある真面目な状況が苦手な零愛が、とうとう耐えきれずふざけてしまったことが八早月の逆鱗へ触れたらしい。首をすくめ口をつぐんだ姉を見て呆れているしっかり者の弟と言う図式はいつもの事である。

 そして八早月の話は続く。

「祠の再建を妨害している件ですが、もし整えられたとしたらどうでしょう。
 地元の祠が綺麗になったことを喜んだ近隣住民は参拝に訪れるはずです。
 そうすると何が起こるかと言うと、祠には力が蓄えられるでしょうね。
 残念ながら今この場所には神がいる気配が有りません。
 ですが再建したならどうなるでしょうか、はい零愛さん!」

「そっか、元の神様が戻ってくるかもしれないってことか!
 そうなるとどうなるんだ? なにかいい事があるってことが言いたいんだろ?」

「先日創建しました双尾弧神藻小祠そうびこしんみくずしょうしも同じことなのですが、神が宿り信仰心が注がれることで、関連するすべてに影響が出てきます」

「と言うことはウチらの力も増す可能性があるってこと?
 そう簡単な話じゃないとしても今の状態じゃ可能性ゼロってことだもんな。
 まあ最低限、ウチらはお参りしてるけどそれだけじゃなあ」

「そしてここからが本題、いいえ、本題に入る前の肝と言ったところですね。
 本来、高岳の神職が力を増すのは近隣にとって好ましいことではあります。
 山海神社としても共闘し易くなって歓迎のはずなのですよ?
 彼らにとって望ましくないのは上下関係がくつがえることでしょうね。
 そして今はその恐れがあり、高岳家の力を削いでおきたいと言うことです」

「まさかそんなことは無いだろ、ウチらはそもそも双子が条件なんだぜ?
 高岳に御神子みかんこがいない時は山海が一手に引き受けてるのが実情さ。
 そこに力関係なんてないよ、完全に向こうが上で間違いないさ」

「ところがそれを覆す事が起きているとしたらどうでしょうか。
 焦りのあまり、高岳を取り込もうとしているのではありませんか?
 先日いらした時に義伯父ぎはくふがそのようなことをにおわせていましたよね。
 山海神社当代の神職も間もなく引退でしょう、
 私たちの記録と経験では六十歳前後が働ける限界ですから。
 そしてその次の世代はまだ育っていないか幼いのでしょう」

「それってマジの話? まさか事前にどっかで調べて来たの?
 あそこにはウチらより一回り上の世代が何人かいて跡継ぎのはずだよ。
 だからそんなに焦るはずないんだけどなあ、トビもそう聞いてるだろ?」

「いいえ、これは根拠と言うには弱いかもしれないけれどね。
 先ほど上空を飛んできたときに巫の気配を感じ取ったのよ。
 ごく普通の、うちで言えば五、六番目くらいの神通力の持ち主だったわね。
 そのほかには本当に微弱で、とても妖討伐へ出られるほどでないのが少々。
 そしてそれらよりは多少強めだけれど恐らく赤ん坊なのが一つだったわ」

「と言うことは次の世代には御神子がいないってこと? マジで?
 でも次は孫世代の赤ん坊が一人いるってことだろ? ならそこまでは御神子いなくていんじゃね?」

「そうするとその間に高岳家に主導権を握られる、そう考えているのでしょう。
 だから祠の再建を妨害しているのよ、無いに等しいところからあげるのは容易いもの」

 ここまでは全て八早月の推察でしかないのだが、二人はもう完全に真実だと思い込んでいる。詳しくは調査してみる必要がありそうだが、なんと都合の良いことに白波町の近辺で調査活動を行っている者がいた。

 それが例のバトン結社について追跡調査を行っている双宗聡明である。くだんの結社は摘発を受けた十久野郡での活動を諦めかけており、新たな拠点として浪内郡市で物件を探している節があった。八家の目的としては結社壊滅というわけではなく、あくまで神職に類する力を持つ者の無力化と身柄の拘束、そしてお上へ差し出すことだ。

 そこに金銭目的などと言う下賤な下心はない。調査を率先して行っている聡明の信条は別として、少なくとも八早月自体には無いのは間違いなかった。とは言え活動費はかかるのだから最終的にいくらかは貰わないと働き損になってしまうし、空振りなんてもってのほかである。それだけに聡明がこの件に掛ける情熱は大したものだった。

 八早月としてはそのついでに山海神社を少々・・突いてもらおうくらいに考えているが、それでも高岳家の意向も確認しておく必要がある。そんな思惑もあるため、お参りを済ませた一行は昼食を取るためにおじじいちゃんの店へと向かう。

「でも小心者の叔父さんが納得するかな、力関係とか見てもわからないだろ?
 だから肩書と言うのか家の規模で判断してるんだろうと思うんだよね。
 山海神社はこの辺りの大社おおやしろだし、逆らおうなんて考えもしないくらいさ」

「零愛さんでもそんな考えになると言うことなのね、興味深いわ。
 おそらくは地域に根付いていて格式や信頼を積み上げてきたのでしょうね。
 それだけにその立場からの転落は恐ろしいに違いないわ。
 まあこの件は私に任せてもらえたら悪いようにはしないつもりよ?
 義伯父の説得含めてね、大丈夫よ、私にはちゃんと考えがあるの」

「まあそれなら信じて任せちゃお、どう転んでも現状維持か良くなるしかないし。
 八早月としてはやっぱり祠が壊れたままなのが許せないんだろ?」

「そうね、それ以外は割とどうでもいいわ、だってこの地域にはほかにも神職がいるもの」

「えっ? それもマジの話? やっぱ気配とかあったのか?
 全然気づかないし、今も結局八早月の気配なんてわからないままだよ」

「気配と言うより状況証拠と言うものね。考えてみれば簡単な話よ?
 高岳家と山海神社で取り逃がした妖を討伐している誰かがいるはずだわ。
 その家系は私たちのように周囲と断絶し、密かに暮らしているかもしれない。
 山海の巫がどういった遣いを従えているのかはまだ推測だけれど間違いないわ。
 その一つと高岳の二羽だけで賄うにこの地域は広すぎるし人も多すぎるもの」

「そっか、人が多く住んでいるってことはそれだけ悪気あくけも増えるか。
 でも都会には御神子が減ってるって話だろ? どうしてんだろうなあ」

「私も伝聞で正確なところはわからないけれど、参拝者の桁が違うのだとか。
 都会の大社には一日に何万人もの人々が参拝に訪れるらしいわ。
 小さな祠も同じようだと自然と広範囲に結界が働いているでしょうね。
 それでも賄いきれないから都会は物騒で生活も荒んでるのではないかしら」

 そんな話をしているうちに、三人は例の古民家へとたどり着いた。何度見てもここが食堂には見えない。時間はすでに十四時過ぎ、タイムリミットが迫る八早月は多少焦りながらも昼餉を楽しみにするのだった。
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