限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

282.二月二日 午後 真相不明もまたよし

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 巳女が察したことは八早月が考えていたことと同じであった。水竜が隠れた没した後、その力の一部がご神体となった白蛇へと宿り神使となって白波町の沿岸を護っているのかもしれない。

 となれば、初めてあの離れ小島へ訪れた際に感じた、辺りに揺蕩う気配の正体も明白と言うものだ。神格であることまでは推察できたが実態が無かったため確証を持てなかった。その直後に巳女が現れたことで、彼女の気配だと判断し気にならなくなったまますっかり忘れていた。

「確かに荒唐無稽な考えかもしれない、でもそれが一番しっくりくるのよね。
 そして山海の神職はそのことに気付いていたとすると辻褄もあうわ」

「ですがもうかれこれ千年以上前に消えてしまったと思っておったのじゃが。
 まさかだんさんがこの海を護っているなんて思いもよらなかったのじゃ。
 わらわにも気配が感じ取れず、絆の繋がりもわからぬ、もしや別の……?」

「かもしれないわ、巳女さんの知っている旦那さまは共に生きていた頃だけ。
 その後それぞれが神格となったのを巳女さんは自分だけだと思い込んだ。
 なぜなら旦那様の気配が完全に失われ感じ取れなかったからでしょう?
 でもそうではなく、二人とも別の存在として蘇っていたのかもしれないわね」

 一番繋がりの深かったはずの巳女ですら気付かなかった、離れ小島にある神蛇小祠しんじゃしょうしへ住まう神使の存在。この世に水を産み出し、やがて役目を終えたと言う水竜が健在だったころ暴れた際に巻き添えで喰われたはずの白蛇がご神体だ。

 その後水竜の遣いとなった白蛇は、人の手を介在せず純粋な神使として役目を果たし続けているのだろう。皮肉なことに、自分たちの祠が崩壊したまま治せないでいた高岳一族の手により神蛇小祠は適切に管理されてきたし、少ないとは言えたまには釣り客を乗せた船が人を連れてくるため最低限の参拝者もいたと言うことになる。

 八早月と巳女の会話を聞きながら納得した零愛と飛雄だったが、磯吉はそうもいかない。なんと言っても巳女の事は見えず言葉も聞こえないのだから簡単に信じられるはずがなかった。それに全ての事実確認は出来ておらず推察が大分含まれていることもある。

 だが真相は追々片付けていくとして、まずは遠沿守翼小嗣えんえんしゅよくしょうしの修繕を最優先事項として進めることからだ。磯吉はいぶかしみながらも渋々納得し、地元の石屋への発注を約束した。もちろん費用は八早月持ちだが、匿名の寄付があったと言うていで進めるのは言うまでもない。

「それで櫛田殿はどうされるおつもりか、いやどうすれば良いとお考えなのか。
 恥ずかしながら私には力がなく適切な判断は難しい、とは言えこの二人に負わすのも心苦しいです」

「まあまだまだ先は長く、七、八年、いや五年ほど放っておけば良いかと。
 成長と祠の修繕が相まって、今後零愛さんの力は急増するでしょう。
 同時に山海神社の御神子みかんこは衰えていきますし後継もいない。
 今度は逆にあちらが頭を下げてくることになりますよ」

「まさかそんなことが…… ですがそうなれば喜ばしきこと。
 とは言え責任も重くなるのでしょう、それを零愛一人に背負わせることに……」

「そうですか、では飛雄さんを婿養子として迎えるのをやめておくことに――」

「ちょっ、ちょっと待った! そんな短絡的に! 早まるなってば!
 大丈夫だって、姉ちゃん一人でも何とかなるよな? なあ?」

「いやならないだろ…… でも八早月の話だと何とかならなくてもいいんだろ?
 それなら出来る範囲で頑張りゃいいじゃん、海の妖は水竜様か白蛇様が何とかしてくれるっぽいし」

「その通りですが多少留意することがあるのでそれについて説明しますね。
 まず神格による妖討伐は完全な防御でもなく限定的で不完全だと思って下さい。
 これは一般的に結界だとかご利益だとか加護のように呼ばれているものです。
 私の知識では、全ての妖を退治するために働く力なのではありません。
 おそらくは自然を超え、世のことわり崩壊を元へ戻すのが役目だと考えます。
 ですので一般的な台風や土砂災害に妖の介入があっても無視されるでしょう。
 他にも人為的ななにかを得て妖が切っ掛けを作ったとしても同じかと」

「つまり万能ではないけどそれは自然現象として受け入れる範囲ってことか。
 納得しがたいところもあるけど人だけが完全に護られるわけでもないしなあ。
 それでもやっぱ船が沈んだりするのはキツイよ」

「それは当然、しかし今までも山海の巫が抑えていたか不明ですよ?
 なんなら確認のため話し合いの席でも設けましょうか。
 この場合は時間経過での緩やかな変革ではなくなるでしょうね。
 つまり山海神社を追い詰めかねませんが、当主殿含めて覚悟はございますか?」

 八早月の言葉は決して脅しではなく現実にあり得ると考えてのことだ。それが理解できた零愛も飛雄も口をつぐむしかない。しかし妖討伐に直接かかわっていない磯吉の言い分は異なっていた。

「わかりました、それでは一席設けるよう手配いたしましょう。
 櫛田殿には立会人をお願いしたいのですが、お願いできますでしょうか。
 時期は調整の上、追ってご連絡差し上げます」

「叔父さん!? それ本気? お役所だって黙ってないんじゃないのか?
 もしこの先助け合わないことにでもなったらウチらも困るんだよ?
 学校のある山側では一切動けなくなるから白波町だけの御神子になるよ?」

「だが範囲が限られていた方が負担は少なかろう?
 対処可能な事態も限られているようだし、ワシはお前たちの苦労を減らしたいと考えているだけだ」

「ウチは逆のこと考えてたけどな。海側は水神様にほぼ任せてしまうってこと。
 そんで山側を積極的に回って実績を積んで必要とされるくらいに働くのさ。
 八早月が言うように、祠を治せば力は増して今より強くなれるんだからな」

「私もどちらかと言えば零愛さんの意見に賛成ね、波風も立ちにくいでしょう?
 それと、山海神社と争った際、問題となりそうな事柄は無いのですか?
 例えば親族の仕事や取引先、何らかの権利に学校関係も考えた方がいいわね」

「それは…… あると言えばありますが、船の燃料を仕入れているくらいか。
 後は海産物の流通でも関連はしておりますが影響は少ないと思います……
 あそこの親族が燃料会社と運送会社を経営していましてこの辺では大手。
 それだけにあからさまなことをすれば周囲が黙っていないはずです」

「地元の名士と対立している側に周囲が味方してくれるなら安心ですね。
 そこまで明確に問題がないと言う事であれば私は止めはしません。
 同席も快く引き受けましょう」

「叔父さん、やめとけってば、絶対おかしなことになるに決まってんよ。
 ほっといてもあっちが不利なんだろうし、もしそうでなくとも問題ないがよ。
 オレらは力が増す、山海は山海で今まで通りなら平和でいいじゃねえか。
 慌てて突っ込んでケンカしても別にメリットねえが? それともあるか?」

 磯吉はしばらく黙っていたが、突然晴れやかで憑き物が取れたような顔で一言。

「なんもねえな、今のまんまでほっとこ、そんで祠の修復をすんがね」

 こうして方針は満場一致で固まり、八早月も安堵しながら帰宅できることが確定的になった。
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