限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

286.二月七日 早朝 早朝の珍客

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 本日は待望の非番なので、そわそわとはやる心を抑えつけながら朝から鍛錬に励んでいた八早月だ。いつものように通話をしながら雪山道を走り、戻ってきた辺りで通学道中の無事を祈りつつ通話を終えると言う流れである。

 その後はもう三十分ほど打ち込みを中心にもうひと頑張りしていたのだが、どうやら来客のようだと気配を察知して手を止めて集中を高めてみる。もちろん敵意を感じ取っているわけではない。気配の主は身内のものだとすぐに分かったからだ。

「何かあったのでしょうか、あの・・楓が朝早くにわざわざやってくるなど珍しい。
 緊急でないなら学校で話すことも出来るでしょうにね」

「案外と、久しぶりに稽古をつけてもらいたいとやって来たのでは?
 主様のしごきが懐かしく感じるなんて変わり者がいるのかは存じませんがね」

「またそうやって藻さんはおかしなことをさももっともらしく言うのだから。
 こんな朝早くにわざわざ来るのだから通りがかりと言うことは無いでしょう。
 しかも誰かを連れているようですよ? こちらの気配は誰でしょうか、覚えがありません」

 やってくるまでにまだ距離があるため打ち込みを再開して待つと、十分ほどしてから二人の姿が見えてきた。なるほど、これなら珍しい組み合わせでもないし気配が感じ取れなくても納得であった。

「筆頭、おはようございます、鍛錬中に失礼します。
 朝早くからお邪魔してしまいましたが少し相談があるのです」

「楓は随分と力が付いてきましたね、ここまで歩いても息が上がっていません。
 継続の成果が出ていることが一目でわかり嬉しく思います。ですが――」

「あ、ああ、そりゃ普段あまり体を動かす方じゃないですし……
 大目に見てやってくださいよ、でもさすがに休まず歩いてへとへとみたいねえ」

 楓の後ろについて来ていた金髪の少女は、膝に手を付き頭を下げながらゼエゼエと呼吸を荒くして一言も話せない様子だった。八早月が考えもしなかったその来訪者は、双宗家長女である双宗美葉音みはねである。

 先日の生誕神輿で久し振りに見かけたのだが、人目では美葉音だとわからずてっきりドロシーの身内だろうと思い込んでしまうところだった。それほど八畑村で金髪と言うのは目立つ存在なのだ。

「それで美葉音がどうかしたのですか?
 まさか目が覚めたら金髪だったという相談ではありませんよね?」

「筆頭もそんな冗談いうようになったんだ、ウケる。でも違う違う。
 実は聡明叔父さんがめっちゃ怒ってんのよ、美葉音が金髪にしたこと。
 あとはそのせいで学校から注意されたからってね」

「それは逆ではないのかしら? 学校で注意されたことが先にあるのでは?
 例えば進路に支障が出そうだし、退学になるかもしれないと心配しそうよね。
 聡明さんは物わかりがいいし考え方は柔軟と思うわ、でも親は心配が仕事よ」

「う、大人すぎる…… でも美葉音だって考えなしに染めてるんじゃないの。
 将来美容師になりたいから瑞間の美容院へ行ってみたらついこうなって……」

「その言い方、あなたも一緒に行ったようね、いえ責めているわけではないの。
 きっと責任を感じて何とかしてあげたいと言う事でしょう?
 でもねえ、私はどちらかと言うと黒い髪が好きだから金髪には賛同できない。
 もちろんこれは個人的な好みだから美葉音が良ければそれで構わないわ」

 元々が大人しく引っ込み思案な美葉音は黙ったままだ。八早月はそんな彼女が随分思い切ったことをしたものだと感心しているが、二人の様子を見ているとどうも別の側面がありそうだとも感じる。

「筆頭は髪を染めたことないだろうから知らないと思うんだけどね。
 美容室って結構掛かるわけ、料金的なのと時間とどっちも。
 美葉音はこのあいだ染めるのに凄い使っちゃったわけ。
 しかも怒られてお小遣いしばらく無しになって遊びにも行かれないのよ」

「それは少しかわいそうね、それで美葉音はどうしたいのかしら?
 やっぱり少し派手すぎたから戻したいと思っているのか、このままがいいか。
 どちらにしても聡明さんへは私が話を付けてあげるから安心しなさい。
 だからまずは意思確認ね、私から指示することは無いから自分で決めなさい」

「なんか久しぶりにしゃべるけど、八早月ちゃん前よか怖くなってんね……
 でね? ウチさ、本当は金髪にするつもりなんて無かったんだよ?
 でも入った美容室で言われるがまま流されちゃってさ、こうなっちゃったの。
 そんで終わってみたら一万五千円だって言われちゃって参ったよ。
 手持ちが足りなくて楓に借りちゃうしカフェ寄れなくなって悪いことしたし。
 さすがに帰りの電車賃だけは別にしといたからまだ良かったけどさ――――」

 美葉音の話は延々と続き、どこまでが関係あることなのかもわからなくなってきてしまう八早月である。ただでさえ言ってる意味が分からない言葉がちらほらと混じるのに加えて、要点を得ない美葉音の語り口は八早月には難しすぎた。

「―― ああ、わかったわ、ええわかりましたとも。つまりお金がないと。
 仮にもあななたち? 八家の一員なのだから小銭に一喜一憂しないものよ?
 まあお役目に付いていないから自覚が持てなくても仕方ないけれど……
 知っているかしら? 私たちは社会的には恵まれている側の人間なのよ?」

 八早月は誇らしげに最近気づいたことを披露し二人を諭そうとした。しかしこれはあまり響かなかったようである。

「うんうん、知ってるよ、お母さんてばこんな田舎に住んでる割りにいいもん持ってるしね。こないだもなかなか買えないっていう海外ブランドのバッグが届いてウキウキしてたんだよ? その何分の一かでいいからウチにもなにか買ってくれても良くない? まあ確かに学校の送迎とかで贅沢させてもらってはいるけどさ――」

「―― これ、いつまで続くのかしら? 美葉音の話はすぐ横道へそれるわね。
 結局のところ、聡明さんを言い含め。再度美容室へ行くお金を出させたいと。
 もしくは今のままで居たいから話を付けろと、どちらを希望しているの?」

「えっと…… 黒くしたいかなぁ、村はともかく学校では目立って仕方ないもん。
 考えてみて? 八早月ちゃんが金髪になったらきっと周りは驚くよ?
 ええっ、なんで金髪にしたの? カッコいいじゃん! やるー!
 とか褒められてその気になってたら先生から呼び出されちゃってさ――――」

 もう好きにしてくれと言いたくなっているのは八早月だけではなく、楓も頭を抱えている。だがそもそも連れてきたのは楓なのだし、いとこ同士でクラスも同じらしいのだから最後まで責任を持ってもらいたいものである。だが美葉音のおしゃべりを止める様子はない。

「ちょっといいかしら? このまま美葉音の話を聞いていたら陽が暮れそうよ。
 学校へ遅刻どころの騒ぎでは無くなっても困るのだし手短に済ませましょう?
 幸いもう週末が近いわ、あなたたち土日のどちらかで何とかしてきなさい。
 お金はとりあえず私が出しておいてあげるから必ず行くのよ?
 それで一万五千円だったかしら? どうせその他に足代もかかるのでしょう?」

「うわあ、八早月ちゃんアリガトー、でも割引券貰ってるから次は半額だって!
 ほらここに半額って書いてあるでしょ?」

 いきなり半額だなんてそんなバカなことがまかり通っているのかといぶかしんだ八早月だったが、そう言って美葉音が取り出した美容室の割引券には、確かに驚くべき文面と店舗のトレードマークが印刷してあった。

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