限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

288.二月九日 日中 とんでもない出費 (閑話)

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 はっきり言って解せん、それが今の聡明が頭に思い浮かべている本心だった。別に美葉音たちによる潜入活動に成果があったことでも、その成果を笠に着てナントカペチーノだがなんだかわからない高級なコーヒーをねだられたことでもない。

 とにかく二人は美容室を出て車へ戻って来てから今の今まで、ずっとしゃべり続けているのだ。内容は本当にくだらないことで、学校制服の着こなしや教師たちの髪型、カッコいい男子がいるのかどうか等々多岐にわたる、と言うより一定していないと言った方が正しいかもしれない。

 聡明も、美葉音の母である爽子さわこもそれほどおしゃべりではなく、息子の聖も寡黙とまでは行かずとも大騒ぎするような性質ではない。それなのになぜ美葉音だけがこんなにやかましいのかと頭を悩ませているのだ。

「ねえパパ、はっきり言ってお手柄だったでしょ? まあ別にウチがなにかしたってこともないんだけど、だからと言って何もしてないわけじゃ無いし? 楓ちゃんが機転を利かせて話を引き出したのも、店へ入ってすぐにアロマのことを話しておいたからでしょ? それでさあ、ウチ春物の服が何着か欲しいんだよねえ。いや、言いたいことはわかるよ? まだ雪も降ってるし春物は早いって言うんでしょ? でもそれって去年も同じ話したよね? 温かくなるまで待ってたらトレンド物は売り切れちゃうんだってば! 楓ちゃんだってもう買ってあるんだよ? 春になったら一緒に出掛けるのにウチだけみすぼらしいカッコでいいの? ウチんちは分家序列二番だって誇らしげに言うじゃない。楓ちゃんちは六番目なんだよ? それでもいいわけ? いや良くないよね? やっぱりここはウチにかわいい服を買うべきだと思うんだよね。それでも聖兄が予備校に使ってるよりはるかに少ないよ? ああウチって本当に親孝行だよねえ、成績もどっちかと言うといい方だし? ――」

「ああ、わかったわかった、買ってやるから少しは静かにしてくれ。
 これからどうすべきか考えがまったくまとまらん。
 まずは耕太郎殿へ報告するからお前たちは買い物でも行って来い。
 車で待ってるから十六時くらいには戻ってくるんだぞ?」

「えー、もうちょっと遊びたいよ、せっかく瑞間まで来たんだし買い物前にカラオケくらい行ってもいいでしょ? なんてったって今日のウチらの功績と言ったらそりゃ半端ないと思うんだ、だからカラオケフリータイムで行ってくるからそれ二人分と、春物買うからその分と、あと帰りの電車賃も二人分ちょうだい、そしたら待ってなくていいからパパも楽でき――――」

「わかった、もうわかったから、言う通りにすればいいのだろう?
 とにかくもっと静かにしなさい。なんでお前はそんなにおしゃべりなんだ。
 楓だって面食らってるんじゃないのか? ずっと黙ってるじゃないか」

「いや、聡明叔父さん? ウチも結構喋る方だけど美葉音には敵わないだけ。
 それに親戚の叔父さんを前にして一応素は出せないって言うの?」

 聡明は楓の発言に思わず目頭を押さえた。今時の高校生はこんなものなのかもしれないし、自分が高校生くらいの頃も確かにギャルと呼ばれるような女子はいたはずだ。ただ近くにはいなかっただけで、自分の娘がそのギャルになったとしてもなにもおかしいことは無い。おかしなことをする不良でないだけマシだ。

 最終的に半ば強請られる如く小遣いをせしめられ『ギャル』二人から解放された聡明は、ともに調査を担当している三神耕太郎へと連絡を付けた。まったく想定していなかったがこれは本当に大きな成果で、バトン結社の中枢へと食い込むきっかけを作れそうだと聡明はほくそ笑んだ。

 先ほどの調査で愛好会の定例勉強会が週三回あることと、その場所までわかってしまったのだ。あとは諜報活動が得意な耕太郎と、その下で目下見習い修業中と言う名目で監視されているキーマ・ターリーの持っていたバトン結社幹部連絡先との擦り合わせをしつつヤツラを追い詰めてやる。

 宗教や信仰、団体活動の自由が認められているわが国では、政府や警察のような組織が表だって出来ないことがある。そのため他国には『CIなんとか』や『SAなんとか』なる組織が設けられているのは子供でも知っていることだ。

 しかしこの平和ボケしたわが国にはスパイを取り締まる法律すら存在しない。もちろん潜入捜査やおとり捜査も認められていないまま年月だけが過ぎていき、それどころか情報戦は立派な戦争であると定義された時代から何も変わっていない。

 つまり長年日本の企業や研究施設からは情報がダダ漏れで盗み放題と言うわけなのだ。このようなスパイ行為をするための諜報機関が蔓延はびこるのにも要因が有り、その一つが新興宗教活動に寛容なことも含まれている。いわゆるカルト宗教が流行ってしまうのもそうだが、始めから隠れ蓑として興した宗教団体が無数にあることを聞かされ感じるのは驚きではなく嘆きである。

 だがその宗教団体を隠れ蓑にされることは、聡明たち神職者にとって幸運な面も多分にある。宗教がらみで違法行為を働いていると当たりが付きさえすれば独断での介入が許されているのだ。もちろん神職がそのために存在するわけではなく、あくまで守護地域への悪影響を鑑みながら排除に動くと名目だ。

 まあたまにはやり過ぎてしまったこともあるが、八早月が筆頭になってからは大きな事件もなかったので今回のような対組織戦は久しぶりである。そしてカルト組織や実質武装集団のような危険な宗教団体を壊滅させた際には政府から相応の褒賞金が支払われるため、浪人生を抱えている双宗家の家計的には大いに歓迎すべきことと言えた。


『聡明殿? どうかされたのか? ちゃんと聞いておったか?』

「ああすまぬ、三神家には優秀な太一郎がおるからわからぬだろう。
 うちには金食い虫の愚息はいるわ金遣いの荒い女どももいるわでなあ。
 今回の一件はなんとしても完全解決としたいものなのだ」

『なるほど、今までとは違い産業スパイ絡みと言うのは初めてであるからな。
 おそらく褒賞はこれまでよりも期待できそうに思えるわい。
 何と言っても直接金銭に関わる組織を潰すのだから横やりに注意せねばいかん』

「横槍とは? どこか他にも関与している気配が有るのですかな?
 まさかまた無能な所轄が張り切っているのではないでしょうね?
 前回は完全に働き損で赤字でしたからなぁ」

 聡明の興味はどうにも金銭から離れることがなく、しかもそのことを隠す素振りもないのだから困ったものである。とは言え確かに赤字働きでは面白くないのは誰でも同じはず。当主の中で気にしないのは金銭感覚がまったくない八早月位のものだ。

 だがすぐに金の話を持ちだしてくる聡明や、宮司の八畑由布鉄を八早月が責めたことは無い。家計を支えているとは言っても所詮は子供の身、普段の生活に困っていないから気にしないだけである。それでも幼い筆頭が、金の重要性も必要性も理解しているのは何かと物入りな聡明たちにとっては喜ばしいことだった。

「そう言えば耕太郎殿、例のキーマはどうしておりますか?
 きちんとやれそうならいいのですが、私はまだ信用できないままなのです。
 逆に耕太郎殿や中殿が肩を持つのが不思議なくらいですからね」

『逆にと言われ逆に返すのは申し訳ないが、逆にあ奴に何ができると?
 腕っぷしでも丸腰・・の筆頭に一捻り、今は枷まで付けられておる。
 当人にそのつもりがないのもあるが、逆らう余地もないであろう?
 だったら都合よく使ってやればいいのではないかと考えるわけだ』

「確かにその言い分はもっともではありますが電話やメールがありますぞ?
 こちらで知り得た情報を土産にどこぞの組織へ寝返る、のは無理か……
 八畑山界隈から出られないのでしたな」

『うむ、なので注意するとすればドロシー殿ではないかな?
 どうもあのバカタレは立場もわきまえずにホレてしまったようなのだ。
 まあ色恋に関しては身分や立場に損得等々を度外視してしまうからのう……
 聡明殿ならその辺り、察することもできるのだろう?』

 家系を紡いでいくことが至上とされるこの特殊な限界集落では近代においても見合い結婚が当たり前な風潮である。現当主たちの中では聡明と櫻だけが恋愛結婚であり、他は全員見合いや幼きころに許嫁と定められた夫婦めおとだ。

 かと言って、こうもはっきり言われてしまうと年甲斐もなく照れてしまう聡明であり、致し方なく苦し紛れに話の筋を変えようと試みた。

「まあ若いうちは自らをぎょすることが難しいですからな。
 年を取ると金勘定ばかりが頭を埋め尽くして叶わぬ、
 先ほども美葉音たちに随分とむしりとられてしまいましたからな」

『ほうほう、それでは今回の件は是か非でも成功させなければなりますまい。
 いつぞやのように追い詰めすぎて、お上へ差し出す者が居なくなったのではな。
 確かあれば現筆頭が生まれて間もないころの――』

「耕太郎殿、その話はやめておきましょう、あれはなにも無かったこと。
 万一筆頭の耳に入りでもしたら大事おおごとになりかねませぬ」

 二人は電話口のあちらとこちらでブルブルっと体を震わせながら通話を終えた。
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