限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

290.二月十日 昼下がり 公私混同

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 午前十一時三十分を過ぎて八早月はますます殺気立っていた。とにかくこの無限に湧き出てくる送り雀を早く始末しないとならない。だが常世の扉があるような気配も無く、未だ決定的な対処方法がわからないままなのだ。

 もちろん八早月のイライラは妖退治が進まないことに対してだけで湧き上がっているわけではない。飛雄と交わした十一時の約束を断る羽目になっただけでなく、この後の本命と言える野球の試合見学もできなくなりそうな気配だからである。

「それにしても数の割には手ごたえがありませんね。
 まるで妖と言うより虚空を斬り捨てているかのごとく。
 真宵さんはどうですか? いくら弱小妖とは言え弱すぎますよね?」

「はい、斬るまでも無く刀身が近づくだけで霧散していくようです。
 ですが数は相当ですから放っておくわけにもいかないかと。
 それと一つ気になることがございます」

「気になること? なんでしょうか、術者でも見つけましたか?
 いや、それなら気配ですぐにわかるはず、今のところ一般人しかいない様子。
 まさか神通力や常世の気配を感知させない術でもあるのでしょうか」

「そこまでは…… しかし山歩きをしている中に不思議な人々がおりまして。
 八早月様も気付いておられますか? ああ、あそこにも楽しそうでない者が」

 真宵が指で示した方向へ目をやった八早月は、確かに里山へ散歩に来ているにしてはおかしな恰好をした人が混じっていることに気が付いた。作業服のような、そろいのユニフォームのような、その者たちは到底遊びに来ているのではないことがひと目でわかる。

 まるで工場や建築現場にでもいそうな風体の者たちが三、四人はいるだろうか。彼らが何をしているのかわからないが、特に規則性も無く遊歩道を少し進むと林の中へ出たり入ったりしていることから遊びに来ているわけではないのだろう。

「藻さん、彼らが何をしているのか確認してきてもらえますか?
 いや、万一攻撃してくると大変ですね、真宵さんと交代して乗せてください。
 真宵さん、怪しいものであったなら斬り捨て上等ですから」

「はっ、かしこまりました、それでは藻殿、八早月様をお願い致します」

「お任せ下さい、私もたまには主様を乗せてお役目に参加したかったのです。
 これはこれは役得で嬉しゅうございますね」

「藻さん! そんな気楽なことを言っている場合ではないのです!
 試合開始は十三時なのですからそれまでに帰宅したいと言いましたよね?
 それともこのまま遊覧飛行でもするつもりなのですか!?」

 不機嫌の絶頂にある八早月に向かって余計な軽口を言ってしまったことに後悔した藻だったが、それでもこの飛行時間は楽しいものだった。自ら仕えておきながら、その主を娘代わりくらいに考えている藻である。少々叱られたくらいで反省するはずがない。

 もちろんお役目にはきちんと取り組まなければならないわけで、藻も今日は一緒になって送り雀を倒していく。なんと言っても触れるだけで消し飛ぶような相手なので非力な藻でも、なんなら背中へ出て来ている巳女でも倒せてしまう。

「本当にこやつらは弱いのじゃ。わらわが倒せる妖などおらぬと考えておったのじゃがなあ」

「左様でございますね、私も戦いは得意でないので初体験でございます。
 今までなら眷属に戦ってもらっておりましたからね。
 綾乃がいれば良い経験になったでしょうに残念です」

 そうこうしているうちに、真宵が件の不審者についてわかったことを伝えるといって念話を送ってきた。それはどうにも気味が悪く捨て置けぬ話だった。

『八早月様! 彼奴等はなんとか某だかと言う異国教の関係者と思われます。
 林の中の木々へおかしな紋様の描かれた紙を貼って回っておるのです』

『例の魔方陣と言うやつでしょう、そこから送り雀が湧き出てくるとは……
 一体どういった仕組みなのか気になりますが、今はそれどころではありません。
 その輩をさっさと拘束してしまいましょう、真宵さん、荒事も許しますよ!』

『ははっ! お任せ下さいませ!
 春凪のいる方面にも同じような者たちがいたようです。
 同様に対処するよう伝えてよろしいでしょうか』

『もちろんです、遠慮せずやっておしまいなさい!
 藻さん、一回降ろしてください、木々の呪符を除去しなければなりません。
 その後、送り雀の処置は任せます』

『主様、それならば私の眷属をお使いくださいませ。
 地上であれば自由が利きますゆえ、札の色形を覚えさせれば楽になりましょう』

『まさかモコのように生意気な子たちが大勢出てくるのではありませんね?
 手伝ってくれるのはありがたいですが、うるさすぎるのは勘弁してくださいね』

『ご心配には及びませぬ。普通の眷属たちは言葉を発しはしません。
 藻孤が当初そうだったように、わざわざ力を与えなければ静かなものでございます』

 そうこう言っているうちに藻は地上へと降り立ち、八早月を背から下ろすと指先をもぞもぞさせた後に息をそっと吹きかける。そんないかにもな、まるで孫悟空が分身を作るかのような所作の後、その指先のさらに先の視線の先に次から次へと狐が湧いて出て来たではないか。

 大きさは藻孤と大差なく普通の狐よりも小さい程度、しかしこちらはちんちくりんではなくちゃんとした動物の狐である。てっきり耳としっぽの形で辛うじて狐だとわかる藻孤とそれほど大差のない姿で出てくると考えていた八早月は多少の驚きを見せた。

 どちらかと言うとぬいぐるみのように簡略化され記号化された、いわゆるディフォルメキャラクターのような藻孤だが、それは綾乃の潜在意識が求めた精神的願望が反映されている。それはまさに八早月に対する真宵、つまり巫と呼士の関係と似ているものだ。

 だが今現れた狐たちは一時的に用を言いつけられるだけの存在とのこと、すなわち誰かの想いは介在していない。藻にしても特段の思い入れは無い。使い捨てと言うとかわいそうに思えるが、狐の神であるから産み出す実体が狐なだけで、命も魂も無く意志を持っているわけでもない。ただ藻の命によって動くだけの存在なのである。

 その数はおよそ百体ほどだろうか。あっという間に林の中へと散って行った。二人が降り立ったすぐ近くにも札が貼ってあり、それを見た藻が眷属たちへと伝達する。あとは待っているだけでも札は始末できるはずだ。だがそれだけで全てが解決するはずもない。

 頭から湯気が出ているのではないかと言うくらいに顔を紅潮させた八早月は、札の処置を藻へ任せると、ひとまずの最重要と言える怪しげな者たちの元へと急いだ。

『真宵さん、賊は見つかりましたか? まさか大勢いるのではないでしょうね?』

『八早月様、こちらには四名おりましたが全て仕留めて転がしておきました。
 ですが痛みは一時的なものですからお早く拘束お願い致します。
 ドロシー様のほうには三名いたようで、すでに一名確保とのこと』

『ドリーも随分手際がいいですね、なにか急ぐ用事でもあるのでしょうか。
 いやいやそんなことを言ってはいられません、私も急がなければ
 真宵さん、場所を案内して下さい』

『ただいま三名をまとめて転がしたところでございます。
 もう一人は八早月様がいらっしゃるすぐそばなのですがおりませんか?
 まだ目を覚ますには早いはず、もしや他にも賊がいたのかもしれません』

『そうですね、この者たちは神職でもない一般人、ただの信徒のはずです。
 気配など全く分かりませんから見落としがあっても仕方ありません。
 もう一度上空から探してみてください、私は先の三名を拘束しておきます』

『ははっ、お手間をおかけしまして申し訳ございません。
 ところで藻殿は一人で平気なのでしょうか、大量の狐を従え疲れていないといいのですが』

『戦闘があるわけでもありませんから今はまだ平気でしょう。
 あの送り雀は虚構のようで藻さんの一振りでも消し飛びますからね。
 それよりも私たちは早く賊を捕らえてしまいましょうか。
 もう時間があまりありません、この恨み…… いえ、なんでもありません』

 明らかに私情を挟んでいるのがありありと出ている八早月の雰囲気から、彼らの為にも賊があまり抵抗せず大人しく捕まってくれることを願う真宵だった。
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