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第十一章 如月(二月)
291.二月十日 午後 八つ当たり
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地べたへ転がされていた賊三名を八早月が捕縛し補助当番の三神耕太郎へと繋ぎを付けた頃、最初に倒したはずが消えてしまったもう一人を拾い逃げているものがいた。それはドロシーが追っていた三名の内の二人である。
しかしこれは賊にとっては悪手であっただろう。体を鍛えているわけではない一般的な成人男性が、同じ程度の体格を持つ大人を抱えて走ることは相当に難しい。そのため自分たちだけであればもう少し遠くまで逃げることができたはずなのだ。
「春凪、脚を斬ってしまいナサレ! セッシャもすぐに追いつくでゴザル。
早くしないと筆頭が追い付いてしまいマス、その前にナントカ良き結果を!」
「ドロシー様、かしこまりました! あと五秒で追いつきますのでお任せを。
それにしても本当に何の気配も出さないですな、一体どういう原理なのか……」
春凪が言うように、札を貼って回っている輩は八早月たちの見立て通りバトンと言う秘密結社の一員、と言うよりは旧バトン教会の信徒であった。つまりただの一般人なのだが、彼らが完全な一般人と言いきれないのは強力な洗脳状態にある狂信者であることだろうか。
これはバトン教に限らずカルト的な新興宗教にはよくあることだが、教祖や教団の説く教えが聞いた者の現状にピタリ当てはまってしまったり、求めていた救いの言葉そのものだったりと言う偶然から始まることが多い。
人は最初に強く信じ込んでしまうと自らの失敗を認められずますますのめりこむことになるし、他人に諭されようものならそれを信仰の障壁であり試練だと思い込もうとするものだ。
もちろん教団内でも試練だとか異教徒の策謀だとか大げさな表現をしながら信徒間で共有し、結果として自分たちの敵を作り出す。それを聞いた信徒たちは、皆で力を合わせ立ち向かおうとし更なる洗脳が施されると言う図式である。
おそらく前回の摘発により多くの信徒が散り散りになったはずで、その中から特に信仰心が強かった者や元々の幹部、その他今まで利を得ていた者たち等がバトン結社の中核だろうと推察される。そしてそうならなかった者たちの中には生きる上での支えを失ったものもおり、以前ドロシーが保護した子の母親である牧原某もその一人である。
ドロシー自体も八岐神社の氏子であり神職でもあるため信仰自体を責めるつもりはさらさらないが、こうしてしばしば起きる犯罪行為をもいとわない行動と言うのはカルト教団特有と言ってもいい。そのほとんどは信仰心を利用されているだけであり、金だったり権力であったりを求める者が一番上に居座っている図式は大昔から変わらない。
数年間にドロシーも参加した壊滅作戦対象のカルト教団は、神職家系の放蕩息子が、自らの神通力を小金稼ぎのためひけらかしたことが発端となり、持ち上げられ利用され立ちあげられた新興宗教組織だった。その者たちが行う詐欺まがいな行為がエスカレートして摘発が進められていたのだが、現役神職の身内の不祥事で公にはし辛いという理由から八家へと依頼が回ってきたのだった。
『そう言えばあの時の御仁、一体どうなったんでゴザったのだっけ?』
『主殿? なにか命じられましたか? 今丁度三名を打ち捨てたところです。
軽く小突いただけなので早々に目覚めるかと存じます、お早めに』
『ああ、ナンデモありまセン、もう着くので心配はいりまセヌヨ』
春凪へ返答を返しながらドロシーはぶるりと背筋を震わせた。もしあのキーマなる男が使い物にならないやつだとの判断へ至った際、宿たちは本当に警察へ引き渡すだろうか。おもわずそんな物騒なことを考えてしまったのだ。そしてその命が自分へ回ってきたとしたら……
とりあえず今はそんなことを考えている場合ではない。春凪へ追いついたドロシーは早速賊たちを縛り上げ八早月へと繋ぎを付ける。春凪から真宵、そこから八早月へ伺いが立てられ真宵へと戻され、また春凪へと連絡がかえって来た。どうやらこの大量の狐たちが呪符を剥がして回っているらしく、ドロシーも春凪も一息ついて構わないとのありがたい返答に安堵する二人だ。
それにしてもこのなんの力も持たない一般人である信徒たちが、誰かから供与された呪符を貼るだけでこれほど大量の妖を出現させることが出来るのは一体どういう原理なのだろう。ドロシーは少しでも手がかりがないか注意を払ってみたが、結局なにも見つからずなにも思い浮かばなかった。
このように神通力を気配を探ることが得意ではないドロシーだったが、突如、誰にでもわかるのではないかと思えるほど強大な力の発生を感じた。この方角は八早月が担当していた区域である。まさかとうとう本丸が現れて八早月へ牙をむいたのではないだろうか、そう考えたドロシーは縛り上げた三人を引きずりながら急いで向かったのだが、そのおかげで最初に捕らえた一人を転がしたままであったことを失念してしまっていた。
それはともかく、急に発生した強大な力はそのままどこかへ移動を始め、あっという間に消え去ってしまったのだが、その移動速度は到底ドロシーで追いつくものではない。まさか筆頭である八早月が一瞬で敗れたわけもなかろうと、再び気配を探ると、元いた場所に近いところに誰かの気配を感じ取った。
ホッとしたドロシーがその場へと到着してみると、そこで繰り広げられていた光景は考えていたのとはまったく異なっていた。てっきり八早月と真宵が賊を捕らえてドロシーとの合流を待っているのだと思っていたのだが、視界に入ったのはむさ苦しい男たちだ。
「おおドロシー殿、そちらから連れて来てもらえるとは助かった。
この辺りは道が狭くて難儀していたのだ、さワシの車へと突っ込んでしまおう」
「は、ハア、まさか耕太郎殿がいらしていたとは思いもしませんでゴザッタ。
確かにこやつらを人力で運ぶのは大変でしょうカラお呼びしたのでショウナ」
それは八早月に呼び出されてやって来ていた三神耕太郎が、捕らえた賊を車へと放り込むところだったのだ。特別仕様の高級ミニバンは、後部座席の三列目が撤去され完全に前座席と別れた荷室となっている。後部ハッチから放り込まれた賊はもはや逃げることは叶わない、そんな強固な造りなのだ。
「はて? 報告では全部で七名おったと聞いているのですが、これで全部ですか?
ひいふうみい…… 一人足りないようですなぁ」
「ああこれはシッタイ、一人置いて来てしまいまシタ、縛ってはあるデス。
春凪、さっきのヤツをここまで連れて来てもらえますカネ?」
「いやいやドロシー殿、誰かに見られたらまずいですぞ?
縛られた男が宙を舞ってどこかへ行くなどと噂になったら困るでな」
「ナルホド、それもそうでシタね、ではワガハイも行って参ります。
耕太郎殿はこの丘の上の駐車場でお待ちクダサレ。
ところで突然発生した先ほどの強い力は筆頭だったのデスカ?
てっきり敵と遭遇し戦闘開始カト思ったのデスがいらっしゃらないモノデ」
「それがなあ…… さすがのワシもおしっこ漏らすかと思ったわい。
ワシにはわからなんだがごく微量な気配を感じたと言うことでな?
瞬時に激高し真宵殿と行って仕舞われた、幸い藻様は残って下さったがな」
確かにまだ狐たちは働き続けており、呪符を集めて来ては耕太郎が持って来た箱へと入れている。この箱は簡易的だが強力な結界が施されており、むき出しで持ちかえるには危険な呪符や呪具を持ちかえるための道具である。
「まあ筆頭のことだ、何があっても問題は無かろう、すぐに戻ってくるわい。
それよりも今はこの呪符を集めることが先決ではないかな?
未だ原理はわかっておらぬが、結界箱へ入れておけばひとまず安全だろうて。
こんな印刷物一枚であれだけの妖を発生させるのだから恐ろしいものだわい」
「ですがこの札ジタイになんの力も感じられナイのはなぜデショウカ?
セッシャでは感じ取れない何かの力が籠めラレテいるようでもないトイウ。
安易に真似をするものが出てキテしまったらオオゴトになってしまいマスヨ」
「そうじゃのう、老婆による鵺召喚や高校生による呪術行使もあったしな。
あまりに簡単だと噂が広まりかねんし、ヤツラの狙いはそこにあるやもしれぬ」
耕太郎とドロシーがこうして真面目に話し合っている間にも、なにも言わず飛び出していった八早月は移動を続けていた。正確には『何者かの気配』と一言だけ発してはいたのだが、耕太郎にも感じ取れないほど微弱なものである。その気配が弱きものと言う意味での微弱なのか、極端に遠い場所で発せられたものなのかは耕太郎ではわからなかった。
だがそれからほどなくして、八早月は力の発生地点にたどり着いていた。それは白い商用ワンボックスカーの中からである。日曜日と言うことでひと気のない倉庫か何の敷地を囲った塀の影に停まっており、倉庫の関係者なら敷地内に止めているはずだと考えれば怪しさ満点だ。
「どこのどなたか存じませんが大人しく出てらっしゃいな。
大人しくお縄になるのであれば乱暴はしないと約束しましょう」
そう言った八早月の言葉には全く説得力がなく、すでにワンボックスカーの後部スライドドアはその小さな手に握られている草薙剣形代によって開閉方向とは無関係に切り抜かれていた。どうやら丁寧な物言いとは裏腹に、はらわたは煮えくり返っている様子である。
理由はもちろん、楽しみにしていたひと時を台無しにされたことであるが、本分ももちろん忘れてはいない、はず。捕らえて全てを吐かせるためにも逃がすつもりなど毛頭なかった。
「ちょとアナタ乱暴すぎダネ、なぜこんなことをするのかマタク理解できないヨ。
どうやらキミも選ばれし民なのダロ? 利益独占はヨクナイダネ?」
この言葉は正義感と自尊心の強すぎる少女には看過できなかったようで、車の中の怪しげな男が怪しげななにかを召喚した瞬間、彼のみぞおちへ小さな拳が深々とめり込んでいた。思いがけぬ強打を受けた男は白目を剥いて車内へ転がっている。
狭い車内と言えど八早月の傍らにはもちろん真宵がつき従えており、主の身を案じて声を掛けた。
「八早月様、お怪我はございませんか? 召喚された異形めはかなりの怪力。
私としたことが危うく受け止め損ねるところでした」
「何をそんな謙遜を。真宵さんが護ってくれているから私は不安を感じません。
現に今も私より先に届いていたではありませんか。
相手の遣いを斬ることで残撃が私へ届くのを避けたことくらいお見通しです」
「これは痴れ事を申してしまいました。やはり八早月様には敵いませぬ。
それでは捕縛し急ぎ帰還いたしましょう、まだ間に合うかもしれません」
ハッとした八早月がすまほを取り出し時間を確認すると、すでにまもなく二時になろうかと言うところ、これではきっと間に合わないとがっくりとうなだれる様を見て、真宵は余計なことを言ってしまったと後悔するのであった。
しかしこれは賊にとっては悪手であっただろう。体を鍛えているわけではない一般的な成人男性が、同じ程度の体格を持つ大人を抱えて走ることは相当に難しい。そのため自分たちだけであればもう少し遠くまで逃げることができたはずなのだ。
「春凪、脚を斬ってしまいナサレ! セッシャもすぐに追いつくでゴザル。
早くしないと筆頭が追い付いてしまいマス、その前にナントカ良き結果を!」
「ドロシー様、かしこまりました! あと五秒で追いつきますのでお任せを。
それにしても本当に何の気配も出さないですな、一体どういう原理なのか……」
春凪が言うように、札を貼って回っている輩は八早月たちの見立て通りバトンと言う秘密結社の一員、と言うよりは旧バトン教会の信徒であった。つまりただの一般人なのだが、彼らが完全な一般人と言いきれないのは強力な洗脳状態にある狂信者であることだろうか。
これはバトン教に限らずカルト的な新興宗教にはよくあることだが、教祖や教団の説く教えが聞いた者の現状にピタリ当てはまってしまったり、求めていた救いの言葉そのものだったりと言う偶然から始まることが多い。
人は最初に強く信じ込んでしまうと自らの失敗を認められずますますのめりこむことになるし、他人に諭されようものならそれを信仰の障壁であり試練だと思い込もうとするものだ。
もちろん教団内でも試練だとか異教徒の策謀だとか大げさな表現をしながら信徒間で共有し、結果として自分たちの敵を作り出す。それを聞いた信徒たちは、皆で力を合わせ立ち向かおうとし更なる洗脳が施されると言う図式である。
おそらく前回の摘発により多くの信徒が散り散りになったはずで、その中から特に信仰心が強かった者や元々の幹部、その他今まで利を得ていた者たち等がバトン結社の中核だろうと推察される。そしてそうならなかった者たちの中には生きる上での支えを失ったものもおり、以前ドロシーが保護した子の母親である牧原某もその一人である。
ドロシー自体も八岐神社の氏子であり神職でもあるため信仰自体を責めるつもりはさらさらないが、こうしてしばしば起きる犯罪行為をもいとわない行動と言うのはカルト教団特有と言ってもいい。そのほとんどは信仰心を利用されているだけであり、金だったり権力であったりを求める者が一番上に居座っている図式は大昔から変わらない。
数年間にドロシーも参加した壊滅作戦対象のカルト教団は、神職家系の放蕩息子が、自らの神通力を小金稼ぎのためひけらかしたことが発端となり、持ち上げられ利用され立ちあげられた新興宗教組織だった。その者たちが行う詐欺まがいな行為がエスカレートして摘発が進められていたのだが、現役神職の身内の不祥事で公にはし辛いという理由から八家へと依頼が回ってきたのだった。
『そう言えばあの時の御仁、一体どうなったんでゴザったのだっけ?』
『主殿? なにか命じられましたか? 今丁度三名を打ち捨てたところです。
軽く小突いただけなので早々に目覚めるかと存じます、お早めに』
『ああ、ナンデモありまセン、もう着くので心配はいりまセヌヨ』
春凪へ返答を返しながらドロシーはぶるりと背筋を震わせた。もしあのキーマなる男が使い物にならないやつだとの判断へ至った際、宿たちは本当に警察へ引き渡すだろうか。おもわずそんな物騒なことを考えてしまったのだ。そしてその命が自分へ回ってきたとしたら……
とりあえず今はそんなことを考えている場合ではない。春凪へ追いついたドロシーは早速賊たちを縛り上げ八早月へと繋ぎを付ける。春凪から真宵、そこから八早月へ伺いが立てられ真宵へと戻され、また春凪へと連絡がかえって来た。どうやらこの大量の狐たちが呪符を剥がして回っているらしく、ドロシーも春凪も一息ついて構わないとのありがたい返答に安堵する二人だ。
それにしてもこのなんの力も持たない一般人である信徒たちが、誰かから供与された呪符を貼るだけでこれほど大量の妖を出現させることが出来るのは一体どういう原理なのだろう。ドロシーは少しでも手がかりがないか注意を払ってみたが、結局なにも見つからずなにも思い浮かばなかった。
このように神通力を気配を探ることが得意ではないドロシーだったが、突如、誰にでもわかるのではないかと思えるほど強大な力の発生を感じた。この方角は八早月が担当していた区域である。まさかとうとう本丸が現れて八早月へ牙をむいたのではないだろうか、そう考えたドロシーは縛り上げた三人を引きずりながら急いで向かったのだが、そのおかげで最初に捕らえた一人を転がしたままであったことを失念してしまっていた。
それはともかく、急に発生した強大な力はそのままどこかへ移動を始め、あっという間に消え去ってしまったのだが、その移動速度は到底ドロシーで追いつくものではない。まさか筆頭である八早月が一瞬で敗れたわけもなかろうと、再び気配を探ると、元いた場所に近いところに誰かの気配を感じ取った。
ホッとしたドロシーがその場へと到着してみると、そこで繰り広げられていた光景は考えていたのとはまったく異なっていた。てっきり八早月と真宵が賊を捕らえてドロシーとの合流を待っているのだと思っていたのだが、視界に入ったのはむさ苦しい男たちだ。
「おおドロシー殿、そちらから連れて来てもらえるとは助かった。
この辺りは道が狭くて難儀していたのだ、さワシの車へと突っ込んでしまおう」
「は、ハア、まさか耕太郎殿がいらしていたとは思いもしませんでゴザッタ。
確かにこやつらを人力で運ぶのは大変でしょうカラお呼びしたのでショウナ」
それは八早月に呼び出されてやって来ていた三神耕太郎が、捕らえた賊を車へと放り込むところだったのだ。特別仕様の高級ミニバンは、後部座席の三列目が撤去され完全に前座席と別れた荷室となっている。後部ハッチから放り込まれた賊はもはや逃げることは叶わない、そんな強固な造りなのだ。
「はて? 報告では全部で七名おったと聞いているのですが、これで全部ですか?
ひいふうみい…… 一人足りないようですなぁ」
「ああこれはシッタイ、一人置いて来てしまいまシタ、縛ってはあるデス。
春凪、さっきのヤツをここまで連れて来てもらえますカネ?」
「いやいやドロシー殿、誰かに見られたらまずいですぞ?
縛られた男が宙を舞ってどこかへ行くなどと噂になったら困るでな」
「ナルホド、それもそうでシタね、ではワガハイも行って参ります。
耕太郎殿はこの丘の上の駐車場でお待ちクダサレ。
ところで突然発生した先ほどの強い力は筆頭だったのデスカ?
てっきり敵と遭遇し戦闘開始カト思ったのデスがいらっしゃらないモノデ」
「それがなあ…… さすがのワシもおしっこ漏らすかと思ったわい。
ワシにはわからなんだがごく微量な気配を感じたと言うことでな?
瞬時に激高し真宵殿と行って仕舞われた、幸い藻様は残って下さったがな」
確かにまだ狐たちは働き続けており、呪符を集めて来ては耕太郎が持って来た箱へと入れている。この箱は簡易的だが強力な結界が施されており、むき出しで持ちかえるには危険な呪符や呪具を持ちかえるための道具である。
「まあ筆頭のことだ、何があっても問題は無かろう、すぐに戻ってくるわい。
それよりも今はこの呪符を集めることが先決ではないかな?
未だ原理はわかっておらぬが、結界箱へ入れておけばひとまず安全だろうて。
こんな印刷物一枚であれだけの妖を発生させるのだから恐ろしいものだわい」
「ですがこの札ジタイになんの力も感じられナイのはなぜデショウカ?
セッシャでは感じ取れない何かの力が籠めラレテいるようでもないトイウ。
安易に真似をするものが出てキテしまったらオオゴトになってしまいマスヨ」
「そうじゃのう、老婆による鵺召喚や高校生による呪術行使もあったしな。
あまりに簡単だと噂が広まりかねんし、ヤツラの狙いはそこにあるやもしれぬ」
耕太郎とドロシーがこうして真面目に話し合っている間にも、なにも言わず飛び出していった八早月は移動を続けていた。正確には『何者かの気配』と一言だけ発してはいたのだが、耕太郎にも感じ取れないほど微弱なものである。その気配が弱きものと言う意味での微弱なのか、極端に遠い場所で発せられたものなのかは耕太郎ではわからなかった。
だがそれからほどなくして、八早月は力の発生地点にたどり着いていた。それは白い商用ワンボックスカーの中からである。日曜日と言うことでひと気のない倉庫か何の敷地を囲った塀の影に停まっており、倉庫の関係者なら敷地内に止めているはずだと考えれば怪しさ満点だ。
「どこのどなたか存じませんが大人しく出てらっしゃいな。
大人しくお縄になるのであれば乱暴はしないと約束しましょう」
そう言った八早月の言葉には全く説得力がなく、すでにワンボックスカーの後部スライドドアはその小さな手に握られている草薙剣形代によって開閉方向とは無関係に切り抜かれていた。どうやら丁寧な物言いとは裏腹に、はらわたは煮えくり返っている様子である。
理由はもちろん、楽しみにしていたひと時を台無しにされたことであるが、本分ももちろん忘れてはいない、はず。捕らえて全てを吐かせるためにも逃がすつもりなど毛頭なかった。
「ちょとアナタ乱暴すぎダネ、なぜこんなことをするのかマタク理解できないヨ。
どうやらキミも選ばれし民なのダロ? 利益独占はヨクナイダネ?」
この言葉は正義感と自尊心の強すぎる少女には看過できなかったようで、車の中の怪しげな男が怪しげななにかを召喚した瞬間、彼のみぞおちへ小さな拳が深々とめり込んでいた。思いがけぬ強打を受けた男は白目を剥いて車内へ転がっている。
狭い車内と言えど八早月の傍らにはもちろん真宵がつき従えており、主の身を案じて声を掛けた。
「八早月様、お怪我はございませんか? 召喚された異形めはかなりの怪力。
私としたことが危うく受け止め損ねるところでした」
「何をそんな謙遜を。真宵さんが護ってくれているから私は不安を感じません。
現に今も私より先に届いていたではありませんか。
相手の遣いを斬ることで残撃が私へ届くのを避けたことくらいお見通しです」
「これは痴れ事を申してしまいました。やはり八早月様には敵いませぬ。
それでは捕縛し急ぎ帰還いたしましょう、まだ間に合うかもしれません」
ハッとした八早月がすまほを取り出し時間を確認すると、すでにまもなく二時になろうかと言うところ、これではきっと間に合わないとがっくりとうなだれる様を見て、真宵は余計なことを言ってしまったと後悔するのであった。
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