限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

300.二月十六日 午後 その時婿殿は

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 ついて来たことが良かったのか悪かったのか、今はまだわからないが、八早月に後悔させないためにも何とかカッコつけなければならない。すぐ隣では今にも戦いが始まりそうなこの瞬間、飛雄はそんなことを考えていた。だがそちらに気を取られている余裕は無さそうである。

 この規模の建物なのだから奥にはまだ人がいるかもしれない。しかし力の気配を感じ無いため目の前の二人だけが相手で間違いないだろう。つまり、もし八早月が一人で来ていたなら同時に戦う必要があったはずで、初動だけを考えれば一緒に来たのは正解だったと言えそうだ。

 とは言っても八早月の相手は尋常ではない迫力を醸し出している。その姿形はまるでファンタジーゲームやタロットカードか何かから出て来たようなバケモノで、背丈は三メーターほどはある。一瞬だが、あの八早月と真宵に緊張の表情が走ったのでおそらく容易い相手ではない。

 そして自分の相手である、この丸々と太った大男の能力も軽く見積もるわけにはいかなそうだ。単純なフィジカル勝負では敵わないだろうから直接攻撃は避ける必要があるだろう。つまりは神通力を用いた戦いに徹することが最低条件ということになる。

 その勝負にしたってどちらも動物同士だと言う共通点はあるものの、こちらは力の弱いトンビだ。相対あいたいする前には相手の遣いのことを八早月が山羊と言ったがどう見ても違う。四足の動物に間違いはないが実在の動物に当てはめるのなら狼であり、しかも角が生えていてそこだけは確かに山羊だった。

 これは獣型の悪魔と分類されている魔獣と言う召喚生物であり、山羊の角は悪魔直属の遣いであることを示す。もちろん目の前の大男が悪魔なわけではなく、あくまで学術的な分類上の話である。四足の魔獣にもケルベロスやグリフォン等色々な種が存在し、飛雄の前にいるのはマルコシアスと呼ばれている魔獣だった。

 見るからに凶暴そうな肉食獣相手に金鵄で戦いを挑むのはいささか無謀とも思えるが、鳶も立派な猛禽類であるわけで分類上では五分、と思い込もうとしている飛雄である。もちろん勝機はあるし、実は勝ち筋も見えていた。

 相手の遣いは使い捨て、こちらは飛雄さえ元気なら何をどうされても金鵄自体はノーダメージだ。事前に立てた作戦により、飛雄のダメージは巳女が即座に回復してくれることになっている。つまりその力が尽きるまでに相手を倒せばいいと言うことになる。

『一発で意識を飛ばされないよう気をしっかり持たないとな……
 まあ少しくらい殴られようが体力と根性には自信があるぜ』

『婿殿、その意気でございますのじゃ。わらわがついている限り死なぬのじゃ。
 もしもの時には…… わらわたちと共に常世で暮らせばよいのじゃ』

『ちょっと、冗談でも不吉なこと言わないで下さいよ……
 じゃあそろそろ、先手必勝! 頼むぞ金鵄!』

『ピーピピピー』

 ひと鳴きした金鵄がマルコシアスへと飛びかかった。しかし相手も黙って攻撃を喰らってはくれない。身軽に避けると逆に飛びかかり前足で金鵄の尾を引っ掻いた。

 すると飛雄はその場で飛び上がり痛がりながら尻を押さえた。どうやら攻撃を受けた箇所と痛みを感じる箇所が、概ね連動しているようだと飛雄はこの時初めて知ったのだ。なんせ妖を相手にするときには格下相手にしか向かっていかないため、痛みを伴うほどのダメージを喰らうこと自体初めてだった。

『ほれ婿殿しっかりするのじゃ、これでもう大丈夫じゃろ?』

『おっ、本当だ、痛みがまるっきり無くなった! 巳女殿凄いですね!』

『本当だとは何事蛇、これで疑いが晴れたのならキビキビ参るのじゃ』

 巳女にせっつかれた飛雄は再び金鵄へ命を出し、周囲を高速で飛びまわりながらヒット&アウェイを試みる。しかしそれでもひらりと交わされてしまい、今度は金鵄の腹へと噛みつかれてしまった。これは相当の痛みとダメージがあったらしく、飛雄は派手に転がり入ってきたドア付近まで後ずさりする羽目になり痛みでうずくまる。

 それでも巳女の回復術で痛みもダメージも一瞬で消してもらうとすぐに立ち上がり再び攻撃へと移る。何が起きているのかよくわかっていない太っちょは、ためらいながらも金鵄への攻撃を繰り返すが、金鵄は金鵄で動きが早く簡単には捕まらず却って反撃を受けていた。

 つまりこれは攻撃を仕掛けた側に隙が出来て不利になると言う、いささか不毛な戦いなのである。となると当然陥るのはにらみ合いの続く膠着状態である。

『なあ巳女殿、これどうしたらいいと思う?
 いっそのことあの術者を直接攻撃した方がいいのかな?』

『ふむ、婿殿があの巨漢の女子おなごに敵うと言うならそれも悪くないのじゃが。
 これから主様の婿になろう男子が女子へ手を挙げると言うのじゃな?』

『ええ!? あのデ、いやあの人って女性なのか? マジで?
 そんなの考えもしなかったな、巳女殿はそういうのわかる能力でも持ってるの?』

『わらわの癒しは男女で効き目が異なるのじゃ。
 それゆえ見極める力もあると言う事じゃな』

 思いがけず女性と対峙していたことを知った飛雄は、なんとなく戦い辛い気分になってしまった自分に気が付いた。しかしここで甘さを見せてはこの件自体が片付かない。心を鬼にしてもやるしかない。と言いたいところだが、今のところは形勢不利である。

『それじゃこれでどうだ、金鵄よ、旋回するんだ』

『ピー、ヒョロロロロー』

 金鵄がマルコシアスの頭上で旋回を始めると、四足の狼はどうすればいいのかとその下をうろうろし始める。やがて太っちょ改めふくよかな術者が命ずるに従い攻撃をしようと天井へ向けて飛びあがった。

『今だ!』

 空中へ飛び上がるとそこからの動きには相当の制限がかかる。いいとこ両手両足を動かすか体を捩る程度だろう。つまり空中戦なら金鵄に分がると言うことになる。そしてその思惑通り、飛び上がったマルコシアスには金鵄の空中攻撃を避けるすべは無かった。

 なんと言っても百メートル以上の上空から人の持つおにぎりを射抜くほど正確な鳶の急降下攻撃だ。ホンの目と鼻の先への攻撃など外しようがない。マルコシアスの横っ腹を捕らえた鋭いくちばしは、分厚い毛皮を僅かに削り取り初めての有効打を与えることに成功した。

 その飛雄はドヤ顔でふくよかな女性に目をやったが、相手はなんのリアクションもせず平然と立っている。それもそのはず、召喚魔は術者との絆がないので痛みが術者へうつし写されることは無い。

 彼らの用いる召喚術と言う術式自体が、常世から呼び出した者と主従関係を結び絆で繋がると言う巫とは全く異なる原理のもとに成り立っている。主従一体であるからこそ、攻撃を受けると同じ個所に痛みを感じる現世写しうつしようつしが発生すると言うわけである。

 他にも死体を操る死霊術や、人ならざる力を自らに降ろし肉体等を強化する降霊術等もあるが、狭い範囲の知識しかない飛雄たちには縁が無く知る由もない。

『ちくしょう、それでもあの狼をやればいいことに変わりはねえぜ!
 このまま続けてやる! 頼むぜ金鵄よ、頑張ってくれ!』

 同じようにひと鳴きした金鵄は再び円を描き始める。だが今度はふくよかさんもマルコシアスも誘いに乗ってこない。それでもしつこく上空を飛ばせる飛雄はいい加減じらした頃合いを見計らって攻撃を仕掛けた。

 金鵄の急降下攻撃に合わせてカウンターを狙うマルコシアス、それを高速でかわしながら腹部を中心に攻撃を掠らせていくと徐々に弱って行く様子が見て取れる。よろめいた狼を見た飛雄はここが勝負どころだと踏んで、降下中にかわしながらのくちばし攻撃ではなく、鋭い爪を背中へと突き立てるよう指示を出した。

 飛雄の狙いはうまく行き、背中寄りの首元へ両脚の爪が突き立てられた。そのまま飛び立つことは難しかったが、羽ばたきを利用して相手の自由をある程度奪うことには成功し、そのまま物凄い勢いで壁へと叩きつけた。

 するとマルコシアスは段々と姿が薄くなっていき、やがて霧散して消えていった。術者であるふくよかな女性に痛みを伴うダメージは無いのだが、精神的には相当のショックを受けたのかその場にへなへなと座り込んでしまった。

 では飛雄はと言うと――

「ま、た、こう、いう…… パターンな、わ…… け、か、よ……」

 金鵄の爪が思いのほかガッチリと食い込んでおり、マルコシアスを壁へと叩きつけた際に金鵄も一緒に激突していたのだ。無論そのダメージは飛雄へと振り戻され、その結果辛うじて意識を保ちつつも勝利を確信して安堵したのか、結局気を失うことになっていた。
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