限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

301.二月十六日 夜 邪魔者

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 とにかく平謝りである。おでこがすり減ってしまうのではないかと言う勢いで床へこすり付けているのだから、見ている側が心配になる。

『本当に申し訳なかったのじゃ、全く見ていなかったのじゃ。
 つい大技に見とれてしまっただけで悪意はないのじゃ』

「それはそうですよ、悪意があったら困りますからね。
 大体飛雄さんも粗忽そこつがすぎます、なぜ一緒に壁へ激突するなどという失態を。
 せっかくの晴れ姿が台無しでした」

「本当に面目ない…… 我ながら恥ずかしすぎるぜ。
 巳女殿は全く悪くないから謝らないでくれよな?」

 おでこにできていた大きなたんこぶはすでに治療済みであるが、なんだか余韻が残っているようで飛雄はついおでこをさすってしまう。確かに巳女は悪くないと言えば悪くないが、面倒を見るよう申しつけられていたにもかかわらず、飛雄が最後に繰り出した大技を見て興奮し、ぶつかった瞬間に治療をするのを忘れてしまったのだった。

 とは言え巳女が想定外の出来事だったのも当然である。まさか相手にとどめを刺そうと言う大技を、自分も一緒に喰らってしまうなどと考えるはずがない。もちろんすぐに治療はしたのだが、飛雄はすでに気を失っており後の祭りである。

 八早月はその時すでに戦いを終えており、縛ったウォーレンを部屋の隅へと転がしてから、飛雄の戦いをのんびりと見学していた。そもそも苦戦していたのだから手助けしてはどうかと真宵に言われながらも笑って眺めていたのだし、さらに言えば自分が戦っている最中には飛雄の存在すら忘れていたのだから酷い話である。


「二人とも用意出来たからおいでー
 急だったからご馳走じゃないけど、今日はキンキが揚がってたってさ。
 八早月ったらツイてるよ」

「キンキがどんなものかは知らないけれどきっとおいしいのでしょうね。
 とても楽しみだわ、そう言えば許嫁になってからお義母さまと初めてだわ。
 手ぶらで来てしまったけれど機嫌を損ねてしまわないかしら」

「そんなわけないってば。もううきうきで夕飯作ってんだからさ。
 それにしてもコイツ役に立ったわけ? ウチも呼んでくれたら良かったのに」

「ええ、もちろん大いにね、相手が二人だったから助かったわよ?
 いくら私でも手足も目も二つしかないのだから一人では限界があるわ」

「間違いないね、そこはみんな平等ってことか、良かったなトビ! なっ!」

「いてっ、いてっ、そんな叩くなってば、結構疲れてんだからさ。
 攻撃を受けた分は回復するけど疲労感は残るんだよなあ。
 さて、たっぷり食ってゆっくり休むとするか、明日もあるしなぁ……」

 飛雄の言う通り、今日のお役目・・・はすんなりと終わらず、一部が明日へと持ち越しとなってしまっていた。誰も想定していなかった事態なので仕方がないが、せっかくもらった休みに横やりが入ったことが、明日の八早月の行動に影響を与えることは明白だった。

「まあ災難ではあるよね、でも適当に流しちゃえばいいよ。
 もうアイツらにビクつかなくてもいいって八早月が言ってくれたんだしさ」

「明日には宿おじさまも来てくれるし、いざとなれば力づくでもいいわ。
 ああ、これは暴力的という意味では無くて力の差を見せつけると言う事よ?
 でも事と次第によっては以前お話した変革が早まるかもしれないわね」

 三人が三階の大部屋から四階の母屋へ向かいながら話をしていると、バタバタと慌ただしく階段を駆け上がってくる音が聞こえた。とは言っても足音だけが大きいだけで歩数はそうでもなくとても軽やかにとは言えない。

「おーい…… トビ、零愛、いるのか?
 櫛田の姫がいらしてるんだろ? な、なにか粗相そそうをしたんじゃねえがな?」

「あら? 義伯父ぎはくふかしら? 階段を走るのは大変でしょうに。
 でも話もあることだしちょうど良かったわね、零愛さんがお呼びしたの?」

「そうだよ、なんか面倒になりそうだし話は通しておこうかなと。
 でも今回のは完全に難癖だからあいつらきっと後悔するんじゃないかな。
 縄張り意識を持ち出したら形勢悪くなるって思わないもんかねえ」

「もしかしたら思いのほか時期は早いのかもしれないわね。
 それで焦っているのか、主導権を握っておきたいのか、それとも――」

「それとも? まだ他に何かあるって言うのか?」

「いいえ、何かあると言うよりほぼあり得ないことなのだけれどね。
 担当庁へ訴え出るとか政治的な働きかけをすることも想定すべきかもしれないわ」

「そこまで大きな話にするなら直接は避けて担当者立ち合いじゃないか?
 第一事を荒立てると自分たちの首を絞めかねないんだろ?」

 飛雄は楽観視しているらしく、それほど大げさな話にはならないと考えているようだ。しかし家長である磯吉の意見は違った。

「いやいやトビよ、筆頭殿がおっしゃるように最悪を考えておかんとだぞ?
 ここにきて連中がイチャモンつけてくるなんて焦ってる証だろうに」

「そうよ飛雄さん、楽観視はダメ、磯吉おじさまのの言う通り警戒すべきよ?
 だってそうでしょう? 彼らには大した力が残っていないのは明白。
 彼らだってすでにそのことを私たちが承知していると考えているはず。
 だからこそ力の気配を元にやってきたと正直に明かしたのだわ」

「自分たちが察知できているのだから八早月も出来て当然と?
 つまり自分たちの力はすでに見透かされてるつもりで来るってことか。
 じゃあ余計に安心だろ、思い切った行動は出来ねえってことだもん」

 この飛雄の意見は十分筋が通っているし、八早月もできればそうあってほしいとも思っている。ならば特に面倒な話にもならず時間もそう取られないで済むからだ。だがもう一つの可能性も頭へ入れておかねばならない。

「相手の方が格上だとわかっているのに押しかけてくるなんておかしいわ。
 つまり誰か後ろ盾を得た可能性があるのではないかしら。
 それはお役所かもしれないし、高岳家のように他家が後ろについたのかもしれない」

「まあどちらにしても来てみないことにはわからないわけだしさ。
 今あれこれ考えすぎても仕方ねえよ、それより飯にしようぜ」

 義伯父がやって来てもなお飛雄が緊張感を持つことはなく、行き当たりばったりのその場対応でどうにでもなると考えているようだ。そんな姿を見つつ八早月もそれほど深刻な事態になるとは考えていない。

 あの様子だと強大な気配に気づいてやって来てみたものの、高岳家の人間がお役目に当たっているのを見て黙ってはいられなかっただけだろう。それほどに『山海神社』の巫は力の衰えに焦りを感じているようだ。

 そのことを八早月は確信すると同時に、今考えるべき最重要事項はせっかくの休日にやってくる邪魔者・・・をいかに早く追い返すかだった。
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