限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

304.二月十八日 昼 複雑な相関関係(閑話)

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 突然話を振られた高岳磯吉だが、今の今まで蚊帳の外と考えており、口を挟む余地どころか自分たちに関係があるとさえ思っていない。とは言え山海からの横やりで高岳の管理している遠沿守翼小嗣の手入れが出来ていないのだから無関係ではない。

 それに加えて、これまで山海家か高岳家へしてきた他のことも今回のバトンの件とも繋がっている。自分の子供たちが能力に恵まれなかったのか、何か他に原因があるのかはわからないが、八早月の読み通り現在の当主である山海達彦の跡取りは孫の代になるのがほぼ確定的なのだろう。

 そうなるとこの辺りの地域を守護するのが高岳家のみになり、脈々と受け継がれてきた山海家の権威が失われかねない。そこで高岳家を取り込むことを考えたと言うわけである。お役目を肩代わりし恩を着せ、このまま協力して欲しければ遠沿守翼小嗣はそのままにするだとか、家同士の結束を高めるため零愛を嫁に迎えるだとかの件である。

 かと言って、タブーである異国の異教徒へ妖退治を下請けに出すなどどう考えても狂気の沙汰だ。今回はそこまで深刻な事態になってはいないようだが、弱みを握られて地域の主導権を丸ごと握られる可能性や、下手をすれば山海家自体が乗っ取られる事態まで想定しなければならない。

 それほどのリスクを抱えてまでなぜバトンと組んでしまったのか。それは地元の名士であり守護一族でもある山海が、二千年を超える年月の中で初めて危機に直面し、まともな思考ができないほど追い詰められていたということに他ならない。


 そこへ降ってわいたような話が、バトン教会なる宗教団体が活動拠点を探していると言う情報である。瑞間市で彼らに土地建物を供与していたのは地元の不動産会社の会長と聞く。美容院だけでなくその前に使用していた魔術グッズショップや居住用のマンション等々、幅広く提供していたようだ。

 それはもちろん利益のためであり、金払いのいいバトンは不動産会社会長にとって上客だった。その者たちが瑞間市や十久野郡から近隣へ活動範囲を広げるに当たり浪内郡市に目を付けた。そのために手ごろな物件を探したいと言いだしたのだから他にとられてなるものかと張り切るに決まっている。

 ただ地元の名士であり地域経済界の知り合いだった山海の存在を蔑ろには出来なかった。会長は宗教団体の進出が地元の神社と諍いになる可能性を鑑み、無用なトラブルになる前に事前に話を通してから浪内北郡の倉庫を新たに貸し付けたのだった。

 こうしてバトンとつながりの出来た山海は、自分一人となっている現在の地域守護を異教徒に手伝わせようと思い立ってしまう。これはある意味持ちつ持たれつではあるのだが、秘密結社バトンが純粋な宗教団体ではなかったことで話が複雑化することになる。つまり産業スパイであるオセアニアマフィアの存在だ。

 バトンとマフィアの関係については詳しく知っている者はいなかったが、結果的には山海が国益に反する団体と関係を持っていたと言われても仕方がない状況である。もちろん不動産会社会長も同じことだが、こちらは神職ではなくただの銭ゲバで、そうして得た利益を地元選出の議員へと還元することで、ますます力を増していた。

 会長が後援していた政治家は野党の幹部であり、環境や自然エネルギーについての活動が目立つ国会議員であった。出身地なだけあって自然豊かな浪内地方の地理にももちろん詳しく、そこで目を付けたのが太陽光発電施設の誘致である。

 浪内北郡所有の山林はもちろん、隣接する山海神社の広大な土地にも目を付けていた。その根回しとしてこの地域では小学校の社会で環境問題を積極的に取り上げている。だがそれは偏ったものであり、二十二世紀に向けてのエネルギー問題は太陽光発電と新世代蓄電池が担うという、ある意味洗脳教育なのだ。

 実はこの教育が大きく影響している重要な問題があった。それが山海の後継者問題である。幼少期からの偏った教育は山海達彦たちより後の世代、とりわけ彼の実子年代に深く刻まれていた。

 文明的な豊かで贅沢な生活には膨大なエネルギーが必要となる。もちろん次世代エネルギーの研究は進んでいるが、目に見えてわかり易いのが太陽光発電だった。すでに小規模なものは休耕田を中心に設置されており、キラキラと光るソーラーパネルは当然のように地域の子供たちにとって身近な興味の的だ。

 自然を蔑ろにする神職に未来は無い。それは関係者には当たり前すぎる常識である。だのに山海達彦は自分の子供がどう育っているのか見落としていた。その結果が代々協力関係にあった烏天狗との軋轢あつれきである。

 決め手となったのは達彦の長男が、地域の自然保護どころか一族が保有する山林の開発推進運動に参加してしまったことだった。とは言ってもその頃はまだ中学生か高校生であり、都会からやってきた活動員の華やかさと耳触りのいい言葉に影響を受けてしまっても仕方がないだろう。

 この地域に送りこまれてきたのは政党を後ろ盾に持つ党員兼NPO幹部、つまりこの手の活動に有りがちなプロ市民というやつだった。そのような手練れであれば田舎の純朴な青少年を手懐けるのは容易い。それが神職の家系であろうと所詮は子供、幾度かの講演会を経てすっかり信奉してしまい今に至る。


 当主である山海達彦の教育が行き届かなかったことが原因であるからして、山海家の弱体はなるべくしてなったと言える。とは言え特定議員や政党の利益のために行われた市民運動の被害者との側面があることも確かだ。かと言って最初に話を持ちかけてきた不動産会社会長に責任は無く、彼には我欲はあったが悪気は無くただ単に山海達彦との繋がりで提案したことが巡り巡って繋がっただけだった。

 しかしそのことが更にことを複雑にし、バトンの抱える魔力遣いの人数からして単純な力勝負では太刀打ちできないと悟ってしまった山海達彦を愚行へと走らせることとなった。それはまさしく愚か以外の何物ではないが、単独でどうにかしようとすれば他に手がなかったこともまた間違いない。

 そんな複雑に入り組んだ人や事情の相関関係は表に漏れることなく危ういバランスを保ちながら十数年が経過していたのだが、ひょんなことから現状が揺さぶられることになった。


 偶然なのか神の導きなのか、それこそが高岳零愛・飛雄姉弟と櫛田八早月の邂逅かいこうである。人知れず地域のうねりに巻き込まれていた高岳家の御神子姉弟が、事情も何も知らないが正義感と好奇心が旺盛な八早月と出会ったことは長い目で見れば地域にとっても幸運だっただろう。

 金と贅と権力が全てと考えている当該の国会議員、そのあおりを受け跡継ぎ喪失の危機を迎えている山海家、そこへ余計な話を持ちかけてきた不動産会社会長、その余計な勢力であるバトン教の面々と協力関係のあるオセアニアマフィア。

 そんな魔窟のような渦の中へ引き込まれてしまった山海達彦は、振り返ってみれば運が悪かったとしか言えない。狂い始めてしまった歯車は更なる歪みを産み、山海は起死回生を狙い高岳家を取りこもうと企んでしまった。

 この話を聞いた八早月だが、遠くないうちに訪れるであろう山海家の凋落ちょうらくを予測し高岳家には静観を勧めており、積極的に横やりを入れるつもりは無いはずだった。しかし彼女が渦に加わった時点で事態が動き出すのは必然だったのかもしれない。

 こうして相関関係はさらに複雑化の兆しだったのだが、ややこしさを増すことになったのはバトン教が十久野郡での宗教活動を活発化させたことだろう。しかもただの布教ではなく、若い青少年層へまじないを広め信徒を増やそうとしたこと。それによる被害が八岐八家の守護地域で発生し、八早月の知るところとなったことがバトン終焉への引き金となったに違いない。

 一時は議員経由でバトン教会摘発と言うお茶を濁したともいえる処分で逃げられるところだったのだが、秘密結社となり地下へ潜ったバトンが行った大規模な術式の実験により地下活動が露呈ろてい、再び八家と対峙することとなった。

 しかもこの時に捕らえた雇われの諜報員から産業スパイとの協力関係を聞きだしたことは八早月たちにとって渡りに船の新情報と言える。現状ではただの宗教活動をしている市民という体の秘密結社バトンに対し、巫として力を振るう大義名分がなかったからである。

 しかし相手が武装している国際的なテロリストだかマフィアだとか言う集団なら話は別、守護地域に与える悪影響が容易に想像できるからである。こうしてこじつけとも言える大義名分を作ってバトン壊滅作戦が始まったのだ。


 その着地点は思わぬものとなったが、八家としては最低限以上の目的は達したと言える。前回突然打ち切られた異教の呪詛調査に関する費用は回収でき、法律では裁きにくい秘密結社の地下活動も暴き出した。それだけではなく産業スパイとそれを主導するオセアニアマフィアの幹部多数をも捕らえたのだから報酬は近年類を見ないほども大盤振る舞いだったそうだ。

 もちろん息子の予備校費用に頭を悩ませていた聡明が大喜びであったのは言うまでもない。さらには銃撃戦で流れ弾が当たり車が傷物になった五日市中も新車が買えるだけの報酬を上乗せしてもらいホクホクだったと言う。

 こうして八早月たちの活躍により自分たちの守護地域だけでなく、婿殿の住まう地方の安寧までもが護られることとなった。もちろん問題はまだ残っており、山海達彦が今後も巫としての活動を続けるかどうかすら不透明である。さらに言えば妖退治にバトンの面々の手を借りられない今、高岳家でどこまで護れるのか等々考えるべきことは山積みどころではない。

 しかし今日のところはひとまず考えるのをやめ、一連の区切りとしてささやかな宴席が設けられることとなった。まだ陽が高いと言うのにおじじいちゃんの店からは何本もの一升瓶が運ばれ、座卓に乗りきれないほどの海鮮が目の前に並べられた。

 もちろん零愛や母親にも連絡をし、一族総出で祝いの支度となった。もちろん最大の功労者である八早月と宿は上げ膳据え膳で最大限の歓迎を受けている。久し振りの新鮮な海鮮に舌鼓を打ち早々に顔を赤くした酒好きの宿も上機嫌である。

 ここまで全くもって蚊帳の外、不満が相当募っていた零愛は八早月に絡んでその手を離そうとしない。しまいには母親が加わり、食の細い八早月のために真珠や珊瑚で作られた宝飾品を並べてあーでもないこーでもないと品評会を始めるのだった。


 飲んだくれの大人たち、装飾品に夢中な女たち、この場にはそのどちらにも属さない者が一人だけいるのだが誰も気にかけようとはしない。正確には存在は認識しており、だからこそ酒を追加するために何度も店と本家を行き来させられている。

 やがて一息ついた飛雄は大きく息を吐きながら庭に座り込み七輪を仰ぎながら焼き物の用意を始める。その表情はとても晴れやかで、どうやら先ほどの吐息がため息ではなかったことを表していた。
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