311 / 376
第十一章 如月(二月)
307.二月二十三日 午前 逃亡者
しおりを挟む
一昨日の『書道部部室事件』のあと、昨日は朝も放課後も綾乃は現れず、八早月たちを避けるように行動していた。無論当日からメッセージも無視したままである。
夢路に説明され綾乃の行動について理解したらしい八早月は、それならば教室まで押しかけるのはやめておこうとなったのだが、そのまま週末になってしまいもやもやとした気持ちで朝の鍛錬を終えて戻ってきた。
「いったいどうしたらいいのかしら、このままと言うわけにはいかないわ。
私のせいで綾乃さんを困らせてしまったのだもの」
『ですがこれは誰が悪いと言うものでもないのではありませんか?
確かに少々うかつだったかもしれませんが、悪気がないことはご理解いただいているはず』
『真宵殿のおっしゃる通り、我が巫女は自らの心持を測りかねているのです。
直臣殿への想いがどういう類のものか、まだ理解できる歳でも無いゆえ。
かと言ってこのままということもないかと存じます』
『あら藻さんにはなにか思い当たることでもあるのかしら?
もしかして藻孤がなにか言ってきているなんてこともありそうね。
あえて聞き出すような真似はしないけれど、出来るだけ彼女の意に沿うよう導いてあげてね』
『それはもう大切な巫女でございますからね。
なんとしても主様の血縁に迎えていただきたく――』
「もう、絶対に無理強いしてはなりませんからね?
綾乃さんは一人娘なのですから下手なことをして遺恨が残ると困りますし」
『もちろんでございます、ええ、もちろんわかっておりますとも。
どちらにせよ決めるのは本人しかできないのですしね、もどかしいことです』
鍛錬後に湯あみをしながらも、まだ八早月と藻は下世話な話を続けている。健全な精神は健全な肉体に宿るとはよく言うが、逆はそうとも限らないのだろうかと真宵は首をかしげるのだった。
部屋着に着替えた八早月が自室へと戻り二度寝のために布団へ潜りこむと、枕元へ置き去りのすまほにメッセージが届いていることに気付く。先ほど話をしたばかりの飛雄だろうかと体を裏返してうつ伏せになりながら確認すると、そこには綾乃からのメッセージが表示された。
「あら綾乃さんだわ、どうやら無視する気分ではなくなってくれたのね。
ひとまずはこれで落ち着いてくれると良いのだけれど」
自分の発言が引き金であったとわかっているはずなのに、時間を空けるとまるっきり忘れてしまい他人事のように呟いている。とは言いつつも、まさか綾乃が叫びながら逃げ出すなどと誰が考えただろう。
その点では八早月が悪いとまでは言えず、夢路も八早月の発言が切っ掛けとなったとは言ったものの、責任を感じるよう諭したわけではない。そんな綾乃を教室まで追いかけた夢路からは、彼女が振り返りることなく早足で帰ってしまったのでそっとしておいたと報告受けていた。
その綾乃が一日開けただけで連絡をくれたのだから、八早月が嬉しく安堵するのも当然である。だが安心するのはまだ早い。用件を確認しなければと急いで文面を確認した八早月はどうやら二度寝をしている場合でないことを理解した。
『朝早くからごめんね。急で悪いけど今八早月ちゃんちに向かってるの。
お昼前には着けると思うから少しだけ話を聞いてもらえるかな?
それじゃ後でね』
八早月は少しだけ考えてから過ぎに返事をする。もう家を出たと言うのに到着が昼前と言うことは今頃はバスに乗ったくらいだろうか。おそらくは終点からここまで歩いてくるつもりに違いない。
だが今年は少ないと言っても雪の積もる山道は危険である。のんびり待っているわけにいくはずがなかった。迎えに行くと返事をして今どのあたりかを聞きださなくてはならない、と指先を全速力で動かすのだが今まで出来ないことが突然できるようになるはずもなく、五分たってもまだ画面とにらめっこである。
『綾乃さん、雪道は危険なのでこちらからお迎えに伺います。
今どのあたりまで来ているのか教えていただけますか?』
『ううん、大丈夫、歩きたい気分なの。雪道も気を付けるから心配しないでね』
綾乃からは十数秒で返答が有り、回答の内容も含め釈然としない八早月である。だがもっと納得できないのは藻の言葉であった。
『主様? 藻孤の居場所ならすぐに把握できますし、迎えに参りましょう。
山歩きが平気だとしても時間が勿体無うございます』
「それはそうだけどなんで先に言ってくれないのよ!
危うく綾乃さんの頑固に付き合ってしまうところだったわ。
でも困ったわね、今日明日は板倉さんにお休み頂いているのだわ。
まあ土曜日だしそれほどひと気も無いでしょうから構わないかしらね」
『左様でございますね、我が巫女のところまへ急ぎ参りましょう。
たまには遊覧飛行へ連れゆくことも喜ぶのではありませんか?』
「そうね、お昼ご飯に何かおいしいものを出せるとなお良いのだけれど。
玉枝さんへ相談しておきましょう。今日はいいお休みになりそうね」
まだ綾乃が何の話をしに来るのかもわからないうちから、きっといい話に違いないとウキウキ気分になり、盛大にもてなす準備を進める八早月であった。
◇◇◇
「家出ですって!? ちょっと綾乃さん、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫かって言われると大丈夫じゃないと答えるしかないかなぁ。
でも勢いで出て来てしまったんだもの、すぐに帰るのも悔しいでしょ?
もし私が悪いって八早月ちゃんが判断するなら大人しく帰るよ……
だからまずは話を聞いて? ね、お願いだから」
「これは随分な大役を仰せつかったわね、一体何があったの?
ともかく綾乃さんが意外に直情的で行動に移しやすいことは理解したわ。
先月の私の誕生日の時にも急に飛び出してしまったしね」
「あれは私のせいじゃ無くない? 八早月ちゃんが隠し事したからだもん。
普段はちゃんと考えて行動してる、はずだと思うんだけどな……」
「まあまずは話を聞かせてちょうだい、一体何があったと言うのかしら。
家出と言うくらいだから家人との諍いだとは思うのだけれどね。
お母さまはあんなにやさしそうなのに。もしかしてお父さまかしら?」
「そんなどっちがなんて生易しいものじゃないのよ!
両親ともだし、なんなら親戚まで巻き込んで騒動になってるんだもの」
なにやらどこかで聞いたような話になりそうだと、八早月は長丁場に備えて尻の座りを確かめるよう腰を浮かし、どっこいしょと言いながら座りなおしたのだった。
夢路に説明され綾乃の行動について理解したらしい八早月は、それならば教室まで押しかけるのはやめておこうとなったのだが、そのまま週末になってしまいもやもやとした気持ちで朝の鍛錬を終えて戻ってきた。
「いったいどうしたらいいのかしら、このままと言うわけにはいかないわ。
私のせいで綾乃さんを困らせてしまったのだもの」
『ですがこれは誰が悪いと言うものでもないのではありませんか?
確かに少々うかつだったかもしれませんが、悪気がないことはご理解いただいているはず』
『真宵殿のおっしゃる通り、我が巫女は自らの心持を測りかねているのです。
直臣殿への想いがどういう類のものか、まだ理解できる歳でも無いゆえ。
かと言ってこのままということもないかと存じます』
『あら藻さんにはなにか思い当たることでもあるのかしら?
もしかして藻孤がなにか言ってきているなんてこともありそうね。
あえて聞き出すような真似はしないけれど、出来るだけ彼女の意に沿うよう導いてあげてね』
『それはもう大切な巫女でございますからね。
なんとしても主様の血縁に迎えていただきたく――』
「もう、絶対に無理強いしてはなりませんからね?
綾乃さんは一人娘なのですから下手なことをして遺恨が残ると困りますし」
『もちろんでございます、ええ、もちろんわかっておりますとも。
どちらにせよ決めるのは本人しかできないのですしね、もどかしいことです』
鍛錬後に湯あみをしながらも、まだ八早月と藻は下世話な話を続けている。健全な精神は健全な肉体に宿るとはよく言うが、逆はそうとも限らないのだろうかと真宵は首をかしげるのだった。
部屋着に着替えた八早月が自室へと戻り二度寝のために布団へ潜りこむと、枕元へ置き去りのすまほにメッセージが届いていることに気付く。先ほど話をしたばかりの飛雄だろうかと体を裏返してうつ伏せになりながら確認すると、そこには綾乃からのメッセージが表示された。
「あら綾乃さんだわ、どうやら無視する気分ではなくなってくれたのね。
ひとまずはこれで落ち着いてくれると良いのだけれど」
自分の発言が引き金であったとわかっているはずなのに、時間を空けるとまるっきり忘れてしまい他人事のように呟いている。とは言いつつも、まさか綾乃が叫びながら逃げ出すなどと誰が考えただろう。
その点では八早月が悪いとまでは言えず、夢路も八早月の発言が切っ掛けとなったとは言ったものの、責任を感じるよう諭したわけではない。そんな綾乃を教室まで追いかけた夢路からは、彼女が振り返りることなく早足で帰ってしまったのでそっとしておいたと報告受けていた。
その綾乃が一日開けただけで連絡をくれたのだから、八早月が嬉しく安堵するのも当然である。だが安心するのはまだ早い。用件を確認しなければと急いで文面を確認した八早月はどうやら二度寝をしている場合でないことを理解した。
『朝早くからごめんね。急で悪いけど今八早月ちゃんちに向かってるの。
お昼前には着けると思うから少しだけ話を聞いてもらえるかな?
それじゃ後でね』
八早月は少しだけ考えてから過ぎに返事をする。もう家を出たと言うのに到着が昼前と言うことは今頃はバスに乗ったくらいだろうか。おそらくは終点からここまで歩いてくるつもりに違いない。
だが今年は少ないと言っても雪の積もる山道は危険である。のんびり待っているわけにいくはずがなかった。迎えに行くと返事をして今どのあたりかを聞きださなくてはならない、と指先を全速力で動かすのだが今まで出来ないことが突然できるようになるはずもなく、五分たってもまだ画面とにらめっこである。
『綾乃さん、雪道は危険なのでこちらからお迎えに伺います。
今どのあたりまで来ているのか教えていただけますか?』
『ううん、大丈夫、歩きたい気分なの。雪道も気を付けるから心配しないでね』
綾乃からは十数秒で返答が有り、回答の内容も含め釈然としない八早月である。だがもっと納得できないのは藻の言葉であった。
『主様? 藻孤の居場所ならすぐに把握できますし、迎えに参りましょう。
山歩きが平気だとしても時間が勿体無うございます』
「それはそうだけどなんで先に言ってくれないのよ!
危うく綾乃さんの頑固に付き合ってしまうところだったわ。
でも困ったわね、今日明日は板倉さんにお休み頂いているのだわ。
まあ土曜日だしそれほどひと気も無いでしょうから構わないかしらね」
『左様でございますね、我が巫女のところまへ急ぎ参りましょう。
たまには遊覧飛行へ連れゆくことも喜ぶのではありませんか?』
「そうね、お昼ご飯に何かおいしいものを出せるとなお良いのだけれど。
玉枝さんへ相談しておきましょう。今日はいいお休みになりそうね」
まだ綾乃が何の話をしに来るのかもわからないうちから、きっといい話に違いないとウキウキ気分になり、盛大にもてなす準備を進める八早月であった。
◇◇◇
「家出ですって!? ちょっと綾乃さん、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫かって言われると大丈夫じゃないと答えるしかないかなぁ。
でも勢いで出て来てしまったんだもの、すぐに帰るのも悔しいでしょ?
もし私が悪いって八早月ちゃんが判断するなら大人しく帰るよ……
だからまずは話を聞いて? ね、お願いだから」
「これは随分な大役を仰せつかったわね、一体何があったの?
ともかく綾乃さんが意外に直情的で行動に移しやすいことは理解したわ。
先月の私の誕生日の時にも急に飛び出してしまったしね」
「あれは私のせいじゃ無くない? 八早月ちゃんが隠し事したからだもん。
普段はちゃんと考えて行動してる、はずだと思うんだけどな……」
「まあまずは話を聞かせてちょうだい、一体何があったと言うのかしら。
家出と言うくらいだから家人との諍いだとは思うのだけれどね。
お母さまはあんなにやさしそうなのに。もしかしてお父さまかしら?」
「そんなどっちがなんて生易しいものじゃないのよ!
両親ともだし、なんなら親戚まで巻き込んで騒動になってるんだもの」
なにやらどこかで聞いたような話になりそうだと、八早月は長丁場に備えて尻の座りを確かめるよう腰を浮かし、どっこいしょと言いながら座りなおしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる