限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

307.二月二十三日 午前 逃亡者

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 一昨日の『書道部部室事件』のあと、昨日は朝も放課後も綾乃は現れず、八早月たちを避けるように行動していた。無論当日からメッセージも無視したままである。

 夢路に説明され綾乃の行動について理解したらしい八早月は、それならば教室まで押しかけるのはやめておこうとなったのだが、そのまま週末になってしまいもやもやとした気持ちで朝の鍛錬を終えて戻ってきた。

「いったいどうしたらいいのかしら、このままと言うわけにはいかないわ。
 私のせいで綾乃さんを困らせてしまったのだもの」

『ですがこれは誰が悪いと言うものでもないのではありませんか?
 確かに少々うかつだったかもしれませんが、悪気がないことはご理解いただいているはず』

『真宵殿のおっしゃる通り、我が巫女は自らの心持を測りかねているのです。
 直臣殿への想いがどういう類のものか、まだ理解できる歳でも無いゆえ。
 かと言ってこのままということもないかと存じます』

『あら藻さんにはなにか思い当たることでもあるのかしら?
 もしかして藻孤モコがなにか言ってきているなんてこともありそうね。
 あえて聞き出すような真似はしないけれど、出来るだけ彼女の意に沿うよう導いてあげてね』

『それはもう大切な巫女でございますからね。
 なんとしても主様の血縁に迎えていただきたく――』

「もう、絶対に無理強いしてはなりませんからね?
 綾乃さんは一人娘なのですから下手なことをして遺恨が残ると困りますし」

『もちろんでございます、ええ、もちろんわかっておりますとも。
 どちらにせよ決めるのは本人しかできないのですしね、もどかしいことです』

 鍛錬後に湯あみをしながらも、まだ八早月と藻は下世話な話を続けている。健全な精神は健全な肉体に宿るとはよく言うが、逆はそうとも限らないのだろうかと真宵は首をかしげるのだった。

 部屋着に着替えた八早月が自室へと戻り二度寝のために布団へ潜りこむと、枕元へ置き去りのすまほにメッセージが届いていることに気付く。先ほど話をしたばかりの飛雄だろうかと体を裏返してうつ伏せになりながら確認すると、そこには綾乃からのメッセージが表示された。

「あら綾乃さんだわ、どうやら無視する気分ではなくなってくれたのね。
 ひとまずはこれで落ち着いてくれると良いのだけれど」

 自分の発言が引き金であったとわかっているはずなのに、時間を空けるとまるっきり忘れてしまい他人事のように呟いている。とは言いつつも、まさか綾乃が叫びながら逃げ出すなどと誰が考えただろう。

 その点では八早月が悪いとまでは言えず、夢路も八早月の発言が切っ掛けとなったとは言ったものの、責任を感じるよう諭したわけではない。そんな綾乃を教室まで追いかけた夢路からは、彼女が振り返りることなく早足で帰ってしまったのでそっとしておいたと報告受けていた。

 その綾乃が一日開けただけで連絡をくれたのだから、八早月が嬉しく安堵するのも当然である。だが安心するのはまだ早い。用件を確認しなければと急いで文面を確認した八早月はどうやら二度寝をしている場合でないことを理解した。

『朝早くからごめんね。急で悪いけど今八早月ちゃんちに向かってるの。
 お昼前には着けると思うから少しだけ話を聞いてもらえるかな?
 それじゃ後でね』

 八早月は少しだけ考えてから過ぎに返事をする。もう家を出たと言うのに到着が昼前と言うことは今頃はバスに乗ったくらいだろうか。おそらくは終点からここまで歩いてくるつもりに違いない。

 だが今年は少ないと言っても雪の積もる山道は危険である。のんびり待っているわけにいくはずがなかった。迎えに行くと返事をして今どのあたりかを聞きださなくてはならない、と指先を全速力で動かすのだが今まで出来ないことが突然できるようになるはずもなく、五分たってもまだ画面とにらめっこである。

『綾乃さん、雪道は危険なのでこちらからお迎えに伺います。
 今どのあたりまで来ているのか教えていただけますか?』

『ううん、大丈夫、歩きたい気分なの。雪道も気を付けるから心配しないでね』

 綾乃からは十数秒で返答が有り、回答の内容も含め釈然としない八早月である。だがもっと納得できないのは藻の言葉であった。

『主様? 藻孤の居場所ならすぐに把握できますし、迎えに参りましょう。
 山歩きが平気だとしても時間が勿体無うございます』

「それはそうだけどなんで先に言ってくれないのよ!
 危うく綾乃さんの頑固に付き合ってしまうところだったわ。
 でも困ったわね、今日明日は板倉さんにお休み頂いているのだわ。
 まあ土曜日だしそれほどひと気も無いでしょうから構わないかしらね」

『左様でございますね、我が巫女のところまへ急ぎ参りましょう。
 たまには遊覧飛行へ連れゆくことも喜ぶのではありませんか?』

「そうね、お昼ご飯に何かおいしいものを出せるとなお良いのだけれど。
 玉枝さんへ相談しておきましょう。今日はいいお休みになりそうね」

 まだ綾乃が何の話をしに来るのかもわからないうちから、きっといい話に違いないとウキウキ気分になり、盛大にもてなす準備を進める八早月であった。


◇◇◇


「家出ですって!? ちょっと綾乃さん、そんなことして大丈夫なの?」

「大丈夫かって言われると大丈夫じゃないと答えるしかないかなぁ。
 でも勢いで出て来てしまったんだもの、すぐに帰るのも悔しいでしょ?
 もし私が悪いって八早月ちゃんが判断するなら大人しく帰るよ……
 だからまずは話を聞いて? ね、お願いだから」

「これは随分な大役を仰せつかったわね、一体何があったの?
 ともかく綾乃さんが意外に直情的で行動に移しやすいことは理解したわ。
 先月の私の誕生日の時にも急に飛び出してしまったしね」

「あれは私のせいじゃ無くない? 八早月ちゃんが隠し事したからだもん。
 普段はちゃんと考えて行動してる、はずだと思うんだけどな……」

「まあまずは話を聞かせてちょうだい、一体何があったと言うのかしら。
 家出と言うくらいだから家人との諍いだとは思うのだけれどね。
 お母さまはあんなにやさしそうなのに。もしかしてお父さまかしら?」

「そんなどっちがなんて生易しいものじゃないのよ!
 両親ともだし、なんなら親戚まで巻き込んで騒動になってるんだもの」

 なにやらどこかで聞いたような話になりそうだと、八早月は長丁場に備えて尻の座りを確かめるよう腰を浮かし、どっこいしょと言いながら座りなおしたのだった。
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