限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

313.二月二十七日 夜 リモート勉強会

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 野放しにしておくと逃げられると考えたのか、夕飯を済ませた後に夢路が美晴の家へと押しかけたのも仕方のないことだ。しかしそこへ橋乃鷹はしのたか涼がやって来たのは想定外と言える。

「ちょっと涼君ったらこんな時間に女子の家へ遊びに来るなんてさ。
 いくら付き合ってるからってちょっとまずいんじゃないの?
 美晴だって今夜は勉強会するって約束してたでしょ?」

「ちがうんだってば、実は金井中も英数は金曜日なんだって。
 涼君は英語はともかく数学はからっきしだから一緒に勉強しようかって……」

「はああぁ? 百歩譲って私だけならまだしも、綾ちゃんもいるんだよ?
 八早月ちゃんはなにも気にしないだろうけど綾ちゃんは微妙な状況でしょ。
 四宮先輩のことでちょっと悩んでるっぽいのにこんなことするの?」

「だからこっそりとね、アタシが教わりながら涼君も同じとこ解いてさ。
 直接会ってるわけじゃ無いからダイジョブ、ばれないと思うんだけどな」

「いやいや、ばれるとかそう言う考えがもうダメ。
 ちゃんと説明すれば嫌な顔はしないから隠すのはやめといた方がいいよ。
 私も変に気を使うの嫌だし、後でばれたら気まずいじゃない?」

「それは確かに…… じゃあ涼君悪いけど帰ってくれる?
 改まってみんなに紹介するのはアタシが恥ずかしくてムリだもん」

「ええっ!? ちょっとそれはひどくね?
 そりゃ割り込みできた俺が悪いけどさ……
 教科書一緒だからって誘って来たのはハルのほうだろ?」

 こんなやり取りを目の前で見せられて黙っていられる夢路ではない。かといっていつものように尊いだとか眼福だとか言うわけでもなさそうだ。その証拠に、みるみる不機嫌になり強い口調で二人へにじり寄った。

「ちょっと二人とも! 真面目にやる気がないなら参加しなくていいよ。
 こんなことなら私も帰って自宅から参加した方が集中できるしさ」

「ごめんて、夢がいた方がちゃんと出来るような気がするから帰らないでー
 もちろん進級後のためにいい点取りたいから一生懸命やるつもりだよ。
 でも涼君も学年末で赤点あったら春の大会出られないんだって。
 だから今日だけは黙っててよ、ね? お願いだから!」

「そりゃ照れがあるのはわからなくもないけどさ、内緒はまずいよ。
 綾ちゃんなんて学園女子ほぼ全員から噂されてるんだからね?
 恥ずかしいなんてもんじゃないと思うよ?」

 この数日間の様子を見る限り、それは決して大げさではない。登下校時だけでも相当注目を浴びているしひそひそとささやく声が聞こえることも多い。三人と別行動の時にも当然注目の的だろう。

 もともと綾乃は男子にも人気のある美少女である。それが学園で一二と言われる直臣と婚約したのだから、それが知れてしまえば男女どちらからも注目を浴びるに決まっていた。ただ噂が広まるのが想定よりも相当早かっただけに戸惑いも当然である。

 それでもあまり表面には出さず、ほぼ普段通りの態度で過ごす綾乃の精神力は大したものだ。それだけに思い詰め過ぎやしないかと夢路は心配しているのだ。なのに美晴はお気楽に彼氏を連れ込んだのだから叱責したくもなる。

 だがこのことが解決する前に時間切れとなってしまった。

『プルルップルルップルルッ、プルルップル―― ピッ』
「もしもし、綾ちゃん? うん、今ハルの部屋で準備してるとこ。
 ―――― そう、サボるといけないから見張りにね――――――
 ああっ待って、ちょっと今着替えてるとこだから、準備出来たらこっちから切り替えるよ」

『なんで勉強の準備しているのに着替えてるの? お風呂上り?
 それならちゃんと髪乾かしてあげないと、ハルちゃんは適当過ぎだもんね。
 じゃあ八早月ちゃんにも繋いで先に始めちゃおうかな。
 明日は苦手科目ないなら英語からやった方がいいかもしれないね』

「そうだね、先に始めててもらえると助かるかな。
 ドライヤーの音がうるさいかもしれないからいったん切っとくね」『ピッ』

 通話を切った夢路は目を吊り上げて美晴と涼へ向きなおると、今にも頭から湯気が出そうな表情で二人を叱り飛ばした。

「ちょっとどうすんのよ! あんなに気丈な綾ちゃんを見てもまだ隠すの?
 それともやっぱり涼君には帰ってもらう?」

「なんか事情はわかんないけど俺のせいで仲悪くなったら悪いから帰るよ。
 ハルが照れくさいって言うのもわからなくはないしな。
 俺もクラスのおな小のやつから冷やかされることあるからさぁ」

「ちょっとそれ初耳なんだけど? なんで冷やかされるといやなのよ!
 付き合ってる相手がアタシじゃ恥ずかしいってこと!?」

「それが現在進行形で友達に紹介するの渋ってる奴の言うセリフなのか?
 なんか俺が責められるのは違くね?」

「はいはい、じゃれ合いは二人だけの時にしてって言ってんの。
 もうわかったよ、涼君はカメラに映らないようハルの横に離れてるように。
 あんまり待たせるとおかしいと思われるし、勉強時間無くなっちゃう」

 結局夢路が折れることとなり、橋乃鷹涼もこっそりちゃっかり勉強会へ参加することになった。八早月を呼び出し先に始めていると言って通話を切った綾乃をすでに大分待たせてしまったので、二人はスマホをスタンドへ立てかけてから急いでグループ通話アプリへと繋ぐ。

『あら、二人とも遅かったじゃないの。こちらは大分進めてたわよ?
 もう英語は完璧だわ、この調子なら明後日までには数学も問題ないわね。
 でもその分綾乃さんには負担を強いてしまったかもしれないわ。
 綾乃さん大丈夫? 随分と疲れてしまったみたいね』

『う、うん、大丈夫、全然疲れてないよ。
 八早月ちゃんも今回は飲みこみ良かったから助かったかな……』

 そう言いながらも綾乃は微妙に元気がないように見える。それにグループ通話で繋いだ画面には夢路と美晴が加わって四人分になるはずなのに、なぜか五分割されていた。

「あれ? なんか画面おかしくなってるみたいじゃない?
 ハルのところも同じ感じ? 私のは五人分に分かれてるんだけど」

「アタシも同じだけど? アタシと夢、綾ちゃんに八早月ちゃんで四人?
 もう一つって――」

「ああ、お待たせしてしまって申し訳ありません。
 えっと寒鳴さん、二年生の時のノート見つかったから明日持っていくね。
 筆頭も思っていたより英語は問題なさそうで何よりです」

 そう言いながら最後の一画面に登場したのは予想外もいいところの四宮直臣だった。八早月と同じように半着姿なのは八畑村の定番なのか八家のしきたりなのかはわからない。だが夢路の琴線に触れるには十分である。なんと言っても初めて見る私服姿と言うこともあって興奮気味で画面を見つめていた。

「四宮先輩! 知ってたらもうちょっとおしゃれして来れば良かった。
 部屋着姿も素敵ですね、八早月ちゃんとお揃いみたいな?」

「ちょっと夢! 変なこと言わないの、綾ちゃんの婚約者でしょうに」

「そんなのわかってるってば、でも先輩は観賞用だからいいの。
 私にとっては高嶺の花とかそんなレベルでもない雲の上の男子だもん。
 あっ、でもそっか、そういうことか」

 何かに気付いた夢路は画面をポチポチと叩き個別メッセージを送った。宛先はもちろん綾乃である。予期せぬ直臣の登場で平常心で居られなくなっていることもそうだが、そもそも八早月が考えなしに引き入れたに違いないと閃いたのだ。

 予想はズバリ的中で、綾乃が八早月に連絡しグループ通話を始めた直後、アプリに備わっている招待機能で直臣が呼び出されたのだ。だがこれでも八早月は気を使ったつもりで、自分たちの勉強ばかり見ている綾乃の役に立てると考え、上級生の直臣を呼んだのだった。

 これが綾乃のためになったか、逆効果となったかはテスト結果が出るまでわからないが、少なくとも今この瞬間は動揺していることは間違いない。それは夢路が一目で気が付くくらいわかり易いものだ。

 しかし呼びつけた八早月も当事者の直臣も、そんな綾乃の心情にはまったく気づくことなく、今宵の勉強会はしめやかに執り行われたのであった。
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