限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十一章 如月(二月)

314.二月二十八日 放課後 悩みは裏返し

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 やはり綾乃の様子は朝からおかしかった。おかしいと言うと語弊があるが、昨晩の出来事を引き摺っているようで変に落ち着きがないのだ。とは言えそこに気付くのは友人の中では夢路くらいなものだろう。

 そんなこともあり夢路は綾乃を元気づけようと登校時に声をかけていた。しかし現実の恋愛経験には乏しい夢路の口から出るのは、普段ならマンガのセリフのような極端なものばかりである。それでも今朝の一言はそれほど悪くなかったようで、綾乃はすっかりとまでは行かないまでも九割がた元気になっていた。

「夢ちゃん、朝はありがとうね、やっぱり私意識しすぎなんだろうなあ。
 確かにきっかけはあくまできっかけってのは確かだよね。
 でもこう言ったら先輩に失礼だけど好きでもない相手と婚約なんて嫌だよ?
 大体まだどっちも中学生なわけだしやっぱり早すぎると思うんだよね」

「じゃあなんで断らなかったの? お父さんのため? 自分のため?
 頼まれたから? まあ理由はいくらでも後付けできるだろうけどさ。
 断らなかった理由も明確なんじゃない?」

「そこなのよねえ、じゃあ好きなのかと言うと今もそうは思わない。
 でも嫌いではないし尊敬や憧れって気持ちなら持ってると思うのね?
 もしかしたらこのままの関係性が続いたら好きになっちゃうかも。
 でもさ、それってなんか違くない? 出会った瞬間惹かれあったみたいな?
 実際にはそこまでじゃなくても当人同士だけで恋をしてみたいのよねえ」

 元気を取り戻したせいか綾乃はいつもより饒舌である。結局彼女の悩みと言うのは今までも直臣のことは気になっていたが、その気持ちに整理がつかないうちに話が大きくなってしまったこと。そして流されるように恋愛感情へ発展することに抵抗感を持っているということなのだ。

 いつになく積極的に心情を吐露している綾乃だが、それを聞かされている夢路は徐々に悩みを聞かされているとは思えなくなっていた。当人至って真面目に相談しているつもりではあるが、その相談相手はなんといっても夢路である。

 来るものを拒むつもりはまったく無いのに、具体的な相手どころか今まで浮いた話一つ、冷やかしやからかいですら異性との話題に登ったことが無い。それが悩みと言いきれないことをここまで延々聞かされ続けると、夢路でなくても一言くらいチクリと吐き出したくなるだろう。

「なにこれ、もしかして私のろけ話聞かされてるのかな?
 まったくこれだからモテる子って言うのはさあ、まったくまったく。
 って冗談はともかく、確かに外堀から埋められた感は否めないわね。
 でもそれのどこがいけないって言うの? 好きなら違いは無いじゃない。
 幼馴染同士が成長してから初めてお互いを意識するなんてよくある話。
 あれだって親同士の付き合いとか近所だからってのが始まりでしょ?
 そういうのと大差ないと思うけどなー」

「でも幼馴染でもないし親同士もこの間初めて会ったんだけど?
 確かに先輩は初対面から優しくて素敵な感じだったけどさあ。
 だったら一目惚れしたって良かったと思わない?
 つまり私のタイプじゃないってことなのよ、そう、トキメキ不足だよ!」

「タイプって言うのは外見的な? それだと飛雄君みたいな男っぽい感じ?
 それとも新庄先輩みたいにスマートでチャラっとしてる感じが好みなの?」

「うーん、そう言われると別にどれでも無い気がする……
 外見はあまり気にしたことないのかも。小学生まで遡っても初恋ってないし」

「じゃあ内面だとしてだよ? 先輩には無い性格とか内面性ってなんだろ。
 うちのクラスの郡上君みたいに負けん気が強いほうがいいわけ?
 それかちょっとだらしないくらいだと母性本能くすぐられるとかさ。
 先輩みたく完璧すぎると面白みがなくて魅力的に見えないとかもありそう」

「うーん、そう言われてもピンとこないもんだね。
 たぶんまだ何も具体的に考えたことないってことかな」

「綾ちゃんもまだまだ幼いってことか。それなら今のままでいいんじゃない?
 このまま好きになったらどうしようとか意識しすぎるのが良くないだけ。
 別に好きになってダメな事なんて無いんだしさ」

「そうなんだけどさあ、先輩はまったくなんにも感じてないところがヤなの。
 少しくらい意識してくれないと片思いみたいじゃない?
 年上から見たら私ってやっぱり子供っぽくて魅力ないんだろうなあ」

 綾乃が子供っぽかったら夢路たちなんて赤ん坊同然である、とは言えず苦笑いを返すが、当人はいたって本気マジなのだからたちが悪い。それほど親しくも無いクラスメートに同じことを言っていないことを願うだけだ。

「でもさ、綾ちゃんが先に好きになって態度に出したら先輩も変わるかもよ?
 自分が好意持たれてることに気付いたらそのままじゃいられないって。
 綾ちゃんだってモテる方なんだしそういうのわかるでしょ?」

「私がモテるってすぐ言うけどさ、今ままでそういうの一回もないよ?
 普通に学校へ通うようになったのが転校してからだから当たり前だけどね」

「なんでよ!? 新庄先輩だってそういうオーラ出してるじゃないの!
 はっきり好きなのかまではわからないけど好意は持ってるってば!
 まったく…… これじゃどっちもどっちで時間かかりそうだなあ。
 イケメンイケ女の組み合わせかと思ってたけど、こりゃニブ男ニブ子だわ」

 夢路にとっては中学生活最大と言ってもいい一大イベントが直臣卒業前に起きてほしいと願っていたが、この分では数日数週間程度で進展があるとは思えなかった。二月も間もなく終わり三月中旬には卒業式、どう考えても間に合わないに決まっている。

 こうなったら長期戦を覚悟して、高等部へ上がってから卒業するまでに目標設定を変更すべきか、などとブツブツ呟いていた。そのとき背後から美晴にカバンの紐を引っ張られ足を止める。

「ちょっとなにすんのよ、相談受けてて考え事してて忙しいんだからね?
 ん? あっち? あっ!? 四宮先輩! まさか呼んでるの!?」

「夢のこと呼ぶわけないじゃないの、綾ちゃんに用があるみたいだけど?」

「そんなのわかってるに決まってるでしょ! あんな風にコソコソして。
 かえって目立つってモンだとわからないんだろうなあ。
 ああ、早く行きなよ、すでに目立ってるからさ」

「うん、それじゃまた明日ねー」

 綾乃の顔は夢路から見たら恋する乙女だし、美晴から見ても嬉しそうには見えた。だがここで話をややこしくしそうなものが一人、今までやけに静かで存在感の無かった八早月が口を開く。

「あら? 綾乃さんはどうしたのかしら、もう一人は直臣じゃないの。
 あんなもの陰でキスでもするつもり? でもそれより告白が先よね?」

「ちょっと八早月ちゃん、大きな声でそう言うこと言わないの!
 周りの子が振り向いちゃったじゃないのさ!」

「美晴さんのほうが声大きいわよ? 小声で話さないと注目浴びてしまうわ。
 いくら同じ学園に通う婚約者でも人目は気にしないといけないでしょう?
 あっ、二人で一緒に帰るみたいだわ、真宵さんに後を付けてもらおうかしら」

『八早月様、それはご勘弁願えませんでしょうか……』

 真宵が思慮深く遠慮を願い出るのとほぼ同時、間髪入れずに美晴が八早月を叱り飛ばす。

「そんなことしていいわけないでしょ! そっとしときなよー
 ホント夢に影響されてへんなとこで好奇心旺盛なんだからさあ。
 ちょっと? 夢のせいなんだから笑ってるんじゃないってば!」

「仕方ないってば、興味を持つことは面白いことなんだからさ。
 そうでしょ? 八早月ちゃん」

「ええ、夢路さんの言う通りね。
 英語で言うならいんたーれすてぃんぐだわ」

 この返しには、夢路も美晴も目を丸くし言葉も出なかった。
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